取引  中編




 「・・・・・・なんだよ、まったく、ひーちゃんはそうやって・・・」
 「・・・いや京一、今のは、お前が悪い」
 「もうっ、京一なんか放っておいて、さっさと行っちゃおうよ、ね、ひーちゃん」
 
 楽しそうな笑い声が聞こえる。
 いたって平穏な学生生活を、エンジョイしている『仲間達』の会話。
 
 その中に、緋勇龍麻も混ざっていた。
 男にしては、やや小柄な細身の躰は、大柄な醍醐の影になって、時折しか覗けないが、ひょこひょこと頭が見え隠れするさまから推測するに、蓬莱寺とじゃれ合っているのだろう。
 
 屈託のない笑顔が、こちらを見て、一瞬、表情を無くす。
 そして、次の瞬間には、悪戯っぽい笑みが浮かべられ、手が勢いよく振られた。
 「やっほー、村雨ー!」
 
 「あ、ホントだ、村雨クンだー」
 「へぇ、珍しいじゃねぇか。あいつがここに来るなんてよぉ」
 
 仲間達に、何か声をかけて、龍麻が走ってくる。
 そして、顔には笑みを張り付けたまま、囁いた。
 「何故、ここにいる?」

 ふん、と村雨は嗤う。
 「なんてぇ言いぐさだよ。少しでも長くいるために迎えに来てやったんじゃねぇか」
 「よく、言う・・・」
 龍麻も、鼻を鳴らすように嗤った。
 そして、満面の笑みを浮かべて、振り返り、仲間達に、
 「悪い!俺、村雨と遊びに行くから〜!」
 と、叫んで、村雨の腕を取った。
 仲間達が何か言う前に、村雨のバイクの後部座席から、予備のヘルメットを取って被る。
 「・・それで?今日は、どこへ連れ込む気だ?」
 表情とは、全く違う、冷笑じみたセリフ。
 村雨は、腹も立てずに、肩をすくめて見せた。
 「俺の家」

 そうして、村雨は、龍麻を後ろに乗せて、自分のマンションへと向かう。
 
 『村雨から<氣>を奪った代償』及び『元の緋勇龍麻ではないことを黙っている代償』として、『1月一杯、龍麻を自由にする権利』を得てから、5日目になる。
 自由にする、と言っても、龍麻は学校へ行くことにはこだわったため、放課後から夜にかけてが、村雨の時間であった。
 
 一度。
 2日目だったか。
 わざと、場末のいかにもな安ラブホテルに連れ込んだ。
 だが、それでさえも、龍麻は昂然と頭を上げ、まっすぐに前を向いて、ホテルへ入っていった。
 そう、そんなことで、この人の矜持は傷つくことはない。
 湿ってタバコ臭い狭い部屋で、龍麻を抱きつつも、どこか虚しかった。
 だから、もう、場所を選定するのはやめて、自分の部屋に連れて行くことにしている。

 それに。
 どこで夜を過ごそうと同じこと。
 ことが終わると、龍麻は『用は済んだ』とばかりに、さっさと身支度をして、帰っていく。
 翌朝登校するなら、泊まっていって、学校まで送ってやった方が楽なのではないかと思うのだが、『自分のベッドでないと眠れない』と言って、何が何でも帰ろうとする。
 かといって、自分の部屋に村雨が来ることは、頑なに拒むため、結局、夜も更け、ひどいときには明け方近くに、龍麻のマンションに送ることになる。
 
 つい先程まで、男を受け入れていたとは思えないような、しっかりとした足取りで、マンションに消えていく龍麻を見送るのは、ひどく胸が痛んだ。
 それは、寂寥なのか。
 それとも、焦燥なのか。
 村雨自身にも、はっきりとは名前の付けられない感情だった。

 何度、抱いても。
 悲鳴を上げるほどに犯しても。
 
 その人は、数秒前まで震えながら突っ張っていた足をベッドから下ろし。
 潤んでいたはずの瞳に、冷たい光を宿して。
 背に回していた手で、身支度を整え。
 喘ぎを漏らした唇から、一言『帰る』と告げるのだ。

 いくら、肌に唇を落としても。
 身内を一杯にするほどに、精を注ぎ込んでも。
 
 人間離れした回復力は、所有の印を許さない。
 少し目を離せば、そこにあるのは、新雪のようにシミ一つない肌。
 なんら余韻を残さない、踏みしめる足腰。

 いっそ、帰さずに、そのまま、閉じこめてしまいたくなるほどに。

 だが、村雨には、こうやって、毎夜自宅で、龍麻を抱くより他に術はなかった。
 たとえ、それが、砂漠に吸い込まれる水のように、龍麻には何の痕跡も残さないモノであったとしても。
 
 
 それでも。
 
 龍麻の、強張った無表情が、僅かに緩むときがあったり。
 ただ、唇を噛み締めて堪えているような顔に、惑乱するような艶が添えられる瞬間があったり。
 自分のイイところに村雨を導こうと、たどたどしいながらも腰が揺らめいたり。
  

 固い固い蕾が、少しずつほどけていくように。

 ほんの、ほんの僅かずつではあったが、確かに前進していっていると感じられるために。
 
 待とう、と思ったのだ。
 
 自分の腕の中で、心を許してくれることを。
 自分が、龍麻にとって、特別な存在になれることを。



 その日までは。





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