ドラマティックレポート 




 俺は如月骨董品店で旧校舎で手に入れたアイテム類を叩き売り、自転車に乗った。ここの主はごーつくで、同じアイテムをたくさん売ると、値崩れするからと安値でしか買い取ってくれなくなる。資本主義と言えば資本主義だが、実に人の足元を見た商売をしてくれる。
 もっと下の階に潜って、もっと良いアイテムを手に入れたいよなー、と今後の計画を立てながら自転車に乗っていたら、店から出てものの5分で、いきなり天が真っ黒になったかと思うと、大粒の雨が降り出しやがった。このまま家まで強行突破しても良いが…と思ってたら、目の端にビデオショップがかすめた。
 よし、ここでしばらく雨宿りするか、と自転車を留め店に入る。早くも冷房がかかっているのか、一瞬ひやりとした空気が俺の体を包む。
 血に濡れて貼り付く制服は気にならないのに、雨で濡れたもんは気色悪いとは、よくよく人間とは勝手に出来ている、と自分でも思いながら、ハンカチで首筋を拭う。
 さて、どうするかなー。ホントにビデオ探しても良いんだけど…。えーと、スプラッタの棚はどの辺だ?
 天井付近にぶら下がるビデオジャンルを見つつ歩いていたら、横の方から出てきた人とぶつかってしまった。
 「あ、すみません!」
 俺は咄嗟に謝って、体勢を立て直しながら、相手の表情を窺おうとしたら。
 相手もびっくりした顔で、俺を見ていた。
 白い制服。無精ひげ。あの時の男じゃないか。
 男は、にやりと笑って白い帽子をちょいと上げて見せた。
 「また会ったな、真神の眼鏡くん」
 そのとき、俺は確信した。
 こいつは、俺を『緋勇龍麻』と知って、接触しているのだ、と。今回の場合は、俺がここに入らなけりゃ会ってないかもしれないけど、それでもこれは偶然であり、必然でもある。
 自慢じゃないが、俺の顔は現在平々凡々。あの時も眼鏡付きでわざと視線は逸らしていたはず。その俺をきっちり覚えているってあたり、最初から俺の顔を知っているとしか思えない。
 俺がこいつを覚えているのは、まあ当然だろう。危険人物ボーダーラインでもあったし、何せ派手だ。
 「あぁ、あのときの」
 俺も覚えている、という意味で、そう小さく呟いてみせる。男は面白そうな顔で、顎を撫でた。
 「お、覚えていてくれたかい」
 そんな派手な格好してる奴、こいつ以外に見たこと無いっつーの。
 その時、他の客が通りかかり、通路に突っ立っていた俺たちは、何となく身をかわして、男が出てきたラックの方へ場所を移動した。
 「あの時の子猫ちゃんは元気かい?」
 うーん、何故だろう、いちいち言い方がエッチくさく聞こえるのは。外見がオヤジだからだろうか。
 「まだ、生きてるよ、おかげさまで」
 そうなのだ。あの時拾った猫は、命冥加にも生き長らえたのだ。ちなみに、成長してみたら、真っ白な毛並みに水色の目が美しい、なかなかの美人さんだった。
 「へぇ、何て名前にしたんだい?」
 んなもん、お前に何の関係があるんだ。
 だが、教えない理由も無い。
 「ミア」
 一言、答えてやる。
 正式名はアネミア。貧血って意味だが。
 これでも一応俺も考えたのだ。拾ってしまったからには、これは殺さずに飼っておこう、と。すると、あんまり血塗れ人生を送らせるのも気が咎める。最初はブラッディマリーとか名前を付けようとしたのだが、上記の理由で取りやめて、逆パターンを考えた。ノーブラッド…は、略すとノーブラになって、さすがに外で呼べないので諦めた。で、最後に思いついたのがアネミアだったのだ。『血が少ない』って意味と思えば悪くないんじゃないかと思う。いや、貧血人生を送らせたいわけじゃないんだが。
 男はただ、ふぅん、とつまらなさそうに相づちを打った。なら、最初から聞くんじゃねーよ。
 「で、あんたの家はこの辺なのかい?」
 いちいちうざいな。しかし、一応世間話の範疇だし…仕方がない。
 「この辺に用があって。そしたら急に雨が降ったから」
 自分で言うのも何だが、顔を伏せてもじもじ言う内容じゃねーよな。しかし、本性がばれないように声を抑えて喋ったら、こんな感じになってしまったのだ。気弱い優等生の喋り方って、気持ち悪いなー。もしここに京一なぞいたら、絶対吹き出してるだろう。
 「俺ぁちっと用がある所に先客がいたんで、ここで時間潰ししてたんだがよ。何だ、あんたもこういうのが好きなのかい?」
 こういうの、というのに併せて男の目線がそのあたりのラックを走る。
 えーと、この付近のビデオは……18禁エロビデオかよ。男の声が、いかにも「そんなわけないだろ」って感じの響きだったので、俺は一瞬、趣味がばれたのかと頭に血が上った。
 顔を真っ赤にして絶句する俺に、何を思ったのか男が顔を近づける。
 「何だ?あんたも良い歳した男なんだから、こういうの興味無ぇってこたぁないだろ?」
 からかう声音に体が強張る。やっべー…気づかれてる?気づかれてるのか?俺が、女の裸にゃ興味なく、血と死体とにしか反応しないって。
 男の目が探るように俺の顔を覗き込んだので、俺は目を合わせないよう、ぎゅっと目を瞑った。その間にも頭の中で男の言葉を反芻する。
 「…っと、からかい過ぎたか?」
 すっと男の気配が遠ざかる。
 うーん、俺の考えすぎだよな。ひょっとしたら俺のデータがばれてる可能性もあるが、単に『気弱な優等生』をからかってるだけ、という可能性もある。
 どっちだ?どっちかで俺の反応も変更する必要があるんだが。もし本性がばれてるとしたら、俺が芝居打ってるのに気づかれてるということで。そしてそれを心中で嘲笑われてるとしたら。…めっちゃむかつく。俺のプライドに賭けてそーゆー事態は避けたい。
 探るように男を見るが、さすがに目を合わさずに相手の胸中を読むのは無理だ。
 男はにやにやと笑って、ばさりと長ランを翻した。
 「じゃあな、真神の」
 長ランをマントのように翻す、というのにも呆れたが、男が軽く手を挙げて立ち去る背中にも俺はひたすら呆れていた。
 何だ、このでっかい真っ赤な『華』は。
 どこの制服がこんなけったいな縫い取りをしてるんだ。
 呆然と見送っていると、男が不意に振り返った。やべ、とぽかんと開けた口を閉じると、男は気障にウィンクして見せた。
 …アホだ。
 この男は、きっと30年くらい前からタイムスリップしてきたに違いない。
 俺は動揺した拍子にぶつけてラックから落としてしまったエロビデオを拾い集めながら、タッキーへの報告を如何にするかをまとめ上げていた。



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