ドラマティックレポート 




 1度目は偶然、2度目は必然。
 その教訓を生かす機会は、あのおっさんくさい男以外にもあった。
 外見は、あの白長ラン男よりマシだった。栗色の髪を二つに緩くくくった女子高生。しかしなー、『偶然』の出会いは、あまりにもベタ過ぎたよなー。あの男が賢くも本当に『偶然』の機会を狙っていて不自然じゃないのか、それともこの女がアホ過ぎるのか。
 いつの時代の少女漫画だよ、『偶然』ぶつかって転んだり、『偶然』出会ったときに不良に絡まれたり、なんて。うぜぇな、と思いつつも、相手の意図を確認するために乗ってやったら。
 タッキーに連絡して、返事が戻ってくる前に、ちょっかいをかけられてしまった。あの男の場合はすっげー特徴的だったから報告も早く戻ってきたが、この女の場合、あんまり特徴が無かったからな。
 二人っきりで会って、で、脅迫状が届いて。行ってみたら、女の兄とやらがイっちゃっていた。質の悪い美人局だよな、実際。でもまあ、俺としても俺の体に興味があったから、実験には付き合ってやった。その結果、俺は自分がSっ気そのものと思っていたのが、実はMの気もあったことが判明した。いやー、まさか自分の血でも興奮するとは知らなかったよ。切り開かれて電極が付けられた筋肉のピンクが保護材に覆われててらてら光る様が、何とも言えず卑猥で、もう。しかし、見知らぬ男の前でイくのも情けないので、俺は耐えた。無事帰ったら自宅で心おきなくやろうと心に誓って、脳裏に情景だけときっちり焼き付けた。
 で、結局真神の仲間が駆けつけたので、俺は無事拘束台から脱出したわけだ。兄貴は「僕の紗夜が」どーとか言ってたが、俺的にあの女はただの敵だったんだが。しかし、うちの連中は何を勘違ってんのか、あの女が兄貴もろとも焼死体になったのを俺が気に病んでると思ってるらしく、やたらと俺に優しくする。…いや、優しくするというより、腫れ物にでも触るような、ってやつか。
 全然的外れな心配だとは思うんだが、あんまり「むしろ敵がいなくなってすっきり〜みたいな〜」と言って退かれるのもまずいかな、と思って放置してたら…誰も修行に行こうって言わないのな。
 おかげで良い天気の日曜に俺はごろごろと転げるしかなかったんだが。
 うーん…一人で修行に行ってもいいけど、後でばれたらうざったい。傷心の男心らしく、どっかぶらつきに行って来るか。
 さて、どこに行くかな〜、おのぼりらしく東京タワーって手もあるが…。
 「みゃあ」
 考えている俺の背中に爪を立ててアネミアがよじ登ってくる。
 「あー。ミア、魚が一杯なの、見たいか?」
 「みゃあ!」
 「そっか、そっか。食えねーけどなー」
 よっし、品川水族館に行こう。あの女が誘ったときは、意識が「いつ仕掛けてくるか」にしか向いて無くて、魚なぞ記憶に残っとらん。
 ウェストポーチにアネミアを入れてっと。
 「いいか、ミア。いきなり啼いたりするんじゃないぞ?」
 「にゃ」
 「ひっそりこっそり一緒に魚を見ような」
 「ふにゃあ」
 アネミアは賢い。生後2,3ヶ月にも関わらず、俺の言うことを聞き分けてる…気がする。親ばかか?
 そして、俺は、水族館に足を運んだのだった。
 さすがに日曜だけあって、館内はそれなりに混んでいる。ミアは賢くしてるが、逃げ出されたら誰かに踏まれそうで気が気でない。
 人に押されるのが嫌で、でっかいウツボの水槽前のベンチに座って息を吐いた。
 「うぅ…ミア、お前のことは俺が守ってやるからなー。暴れるんじゃないぞ?」
 ちょっとだけポーチのファスナーを弛めると、アネミアが顔を覗かせた。その顎を撫でてやりつつ、ぼんやりとウツボを眺める。岩穴でとぐろを巻いている奴、悠々と泳いでいる奴…俺は嫌いじゃないが、ちょっと向こうにラッコの水槽があるため、客は皆そちらへ向かう。まー、ラッコが可愛いのは理解するが。
 そうやって、しばらくぼーっとしてると、人の『氣』の流れの中で、確実に俺を目指して流れてくる気配があった。
 俺の方も『氣』を延ばしてそれを探る。
 その『氣』を思い出したのと、顔を上げてそいつを視覚で確認したのとはほぼ同時。
 しかし。
 顎に無精ひげ、皮肉そうに歪められた唇。そこまでは良い。
 が、赤アロハに紫のサングラスはやり過ぎだろう、この男。
 これが、こいつの私服なのか…やっぱりどっかの時代から間違って飛んできたに違いない。
 そいつは、俺を認めて、ちょいっとサングラスを外してウィンクしてきた。やーめーれー…周りの奴も相当退いてるのに、俺を仲間認定するなー。恥ずかしいぞ、俺はこんな奴とは知り合いじゃありませんっと逃げたい気分だ。俺は変態ではあるが、ごく普通に世間体も気にする平凡な男子高校生だっつーの。
 にしても。
 俺も私服なんだがな。もちろん、眼鏡付き。
 そんな俺を『俺』と認めて良いのだろうか、こいつは。もっと芝居した方が良いんじゃないか?
 「よっ。また会ったな、真神の」
 「はぁ…1ヶ月ぶり…かな?」
 あぁ、そう言えば、初めて会ってから、約1ヶ月間隔で出会っている気はするな。監視だけじゃなく、直接の会話も報告、とかいう仕事を請け負っているのだろうか。
 ぼそぼそと呟く俺に、アロハ男はちょっと眉を上げて、
 「隣、いいかい?」
 と言った後、俺の返事も待たずにベンチに座った。
 あぁ…周りの視線が痛い…。
 せめて、アネミアがいるのは周りにばれないよう、隠しておこう。
 「ん?どうかしたのかい?」
 覗き込むなよ。
 が、まあ、こいつはこれの存在を知っているだろうから、仕方なくそっと手を開けて、アネミアの顔を見せてやった。すると、男は手を伸ばしてアネミアの顎をひょいっとすくった。慣れてる手つきなのか、アネミアは目を細めて喉を鳴らす。
 「よりにもよってウツボの前なんぞで座ってるから、気分でも悪いのかと思ったぜ」
 単にここが一番すいてたんだよ。しかし、傷心の男がウツボ前ってのは、ちょっとイメージダウンだろうか?
 「可愛い娘に、でっかい魚を見せてやろうと思って」
 「あぁ、雌だったのか」
 男の無骨そうな手に撫でられて、アネミアはますます気持ちよさそうに目を細める。うーん、ちょっとジェラシー。
 しばらく無言で男は座っていた。見るからに怪しい男が座るベンチなんぞに誰も近づきたくないのか、ますますウツボ前は閑散としている。
 「あー、その、何だ。何か、落ち込んでることでもあるのかい?」
 「………いや、別に………」
 なるほど。
 こいつは、俺の最近のデータまで把握しているらしい。表面上は、近寄ってきた可愛い少女が実は魂胆があって、兄貴に怪しげなことをされて、最後に死なれた、というストーリーだから、俺が落ち込むポイントは色々とあるだろう。
 さて、本当に慰めたいのか、それとも、俺の反応を知るために近づいたのか。
 男は、アネミアを撫でていた手そのままに、俺の頭を撫でた。
 「何かあるなら、話くらい聞いてやるぜ?何も関係が無い奴の方が話しやすいだろうしな」
 いや、だから。
 俺は全く落ち込んでなぞいないんだが。
 さー、どーすっかなー。ここで、俺が取るべき態度は…。
 俺は視線を床に固定したまま、呟いた。
 「そもそも、あんたは何でこんな所にいるんだ?デート中じゃないのか?」
 どこの素人女がこんな派手な男とデートするっつーんだ。でもって、この服装と合う玄人女は、休日に爽やかに水族館になんぞ来ないだろう。いや、あくまで推測だが。
 男は、面倒くさそうに手を振って見せた。
 「あぁ、いいって、いいって。最初はそうだったが、途中でケンカしちまったしな」
 それが本当かどうかは知らんし、どーでもいい。
 とにかく、こいつは、俺と『偶然』出会ったのを強調したいわけだ。
 どうしたものか決めかねて黙っている俺をどう思ったのか、男はいきなり立ち上がった。
 「さぁて、俺ぁ行くぜ?一人でこんなところにいるのは居心地が悪くていけねぇ」
 あぁ、まあそりゃそうだろーなー、そんな格好じゃなー。
 「どうだ、せっかく会ったのも何かの縁だ。あんたも付き合えよ」
 はぁ!?
 どうせ遠回しに探って来る程度だと思ってたら、いきなり強引か!?
 慌てている俺を後目に、男は楽しそうに俺の腕を引っ張ってずかずかと歩いていく。うーん、傍目には、やくざに連れ去られる真面目な男子高校生だろうな。
 そろそろ腹も減ってたし、水族館を後にするのは別に構わないんだが…そして、こいつの目的が俺の命なんかじゃないのは知ってるから、そう言う意味では警戒せずにすむんだが…。
 しかし、連れて行かれたのは駐車場だった。
 でっかいバイクに跨って、俺にヘルメットを投げる。
 黒いそれはフルフェイスでいかにも暑苦しい代物だったが、そんなことより。
 「ちょっと待った!二人乗りでバイク!?」
 「あぁ、しっかりしがみついてくれりゃ大丈夫だぜ?ちゃーんと安全運転で行くから、安心してくれ」
 「駄目!絶対、駄目!」
 掴まれた腕を振り解く。
 そして、ウェストポーチをぎゅっと握った。
 「ミアがもし落ちたら、確実に死んじゃうだろ!」
 「あ〜」
 男は困ったように顎を撫でた。それから、がしがしと後頭部を掻く。
 「しっかり抱いておきゃあ大丈夫…って言いてぇが、あんまりきっちりしまい込むと今度は息が出来ねぇかもしれねぇしなぁ」
 こくこくと頷く俺からヘルメットを受け取り、男は苦笑いした。
 「車にしときゃ良かったな。ま、今回はしょうがねぇ。今度会ったら、付き合ってくれよ?」
 何でじゃ。
 まるで、俺のせいで楽しみがなくなりました、みたいな言い方をしやがった男は、ヘルメットを被った。どうでもいいが、ヘルメット一つしかないじゃないか。俺が使ったら、自分はノーヘルでバイク転がすつもりだったのだろうか。
 この暑いさなかに、皮の手袋まで着けている。服装はあれだが、意外と真面目なライダーかもしれない。
 手を振ってさよならを言う男に、黙っておこうかとも思ったが、ついつい言ってしまう。
 「俺、あんたの名前も知らないんだけど」
 「あぁ?そういや、言ってなかったな」
 ヘルメットのフェイス部分を上げて、男は目だけで笑った。
 「しこうって呼んでくれ。あんたは?」
 「緋勇龍麻」
 「じゃあな、緋勇。また会おうぜ」
 そして、スロットルを吹かし、男…村雨祇孔は去っていった。
 どーでもいいが、俺の予備知識が無かったら、ただ『しこう』と言われても名字か名前かすら分からんぞ。あの男、あれしか名乗らないってことは、俺に『しこう』と呼ばせるつもりか。男にいきなり名前の方を教える奴ってのも珍しいよなー。それとも、あの男なりに名前を隠しているつもりだったのだろうか?
 駅に向かって歩きながら、俺は頭の中で確認していた。
 表面上、俺が知ってるデータは『しこう』という呼び方のみ。
 実際には、俺はあれが皇神学院の3年で、村雨祇孔って名前だってのと、秋月の護衛役ってことを知ってる訳だが。あぁ、制服で皇神の人間だってのは知っててもおかしくないか。
 秋月ってのは、星宿を読んで政治に御神託を下賜するらしい。そんなもんが何で俺に興味を持つかというと。俺がこの地の龍脈を司る<黄龍の器>だからだろう。俺の力ってのは強大だが、実のところ、ただ自然の力を利用しているだけで、力そのものに色は無い。利用する人間、つまり俺次第で地を治める『母なる大地』ってもんにもなるし、この地を掻き乱す荒ぶる力にもなりうる。そりゃ、俺がどういう人間か興味も持つだろう。
 ま、分かってても、俺は『良い人』になる気は無いけどな。俺はちょっと変態でちょっと力持ってるだけのただの高校生だし。
 タッキーに言わせれば、秋月の目的は俺を利用することだろうから警戒を怠らないように、ということだが、俺に言わせれば、そういうタッキーは俺を利用してるんじゃないのか、と問いたい。
 どいつもこいつも、俺の力に群がってくる。それが不愉快とは思わない。つーか、思ったってしょうがないんで思わないようにしてる。
 俺としては、憂さ晴らしを妖物にぶつけるだけだ。そいつらには迷惑な話だろうが。
 「みにゃあ」
 慰めてくれるのか?
 もー、このままだと俺、信頼できるのは猫だけです、なんて寂しい人になりそー。





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