ドラマティックレポート 2
梅雨にゃまだ早いってぇのに、いかにも今から雨が降りますといった天気だ。こんな日にゃ出かけずにいた方がマシってなもんだ。
…と言いてぇのに、秋月のお使いとなりゃそうも言ってられねぇ。ちっ、運が悪いぜ。
しょうがねぇんで、さっさとバイクを転がすことにする。早く誕生日が来ねぇかな。早いとこ車の免許取りてぇぜ、まったく。ま、基本的にゃ二輪の方が好みなんだが、雨の日はさすがに辛い。
向かう先は如月骨董品店。秋月経由で知った店だが、店主が俺と同じ年齢で、しかも結構麻雀がいける口なんで、これと言った用が無い時でもふらりと立ち寄ったりしている。
残念ながら、今回は物を仕入れ次第帰らなきゃならねぇが。
マサキの見立てによると、店主は四神の一人で<玄武>だとか。てぇことは、いずれ<黄龍の器>と接触するはずだ。もし、如月が緋勇の『仲間』になったら。で、緋勇がいつ店に来るか分からねぇ状態になったら。…そうそう気軽に店に行くわけにゃあいかなくなるな。俺が秋月の人間だってばれてるからな。同じ時に居合わせでもしなゃあわざわざ話題にも上がらねぇたぁ思うが。
そんなことを考えながら店近くまでバイクで来た時。
店の戸をくぐって入る制服姿が見えた。
ちらっとしか見えなかったが、ありゃあ真神の制服じゃねぇか?
ってこたぁ、緋勇と見ておいたほうが良い。
ちっ、運が悪い。どっかで暇潰しておくか。いや、店内で鉢合わせすること考えりゃ、運が良かったのかもしれねぇが。
しょうがねぇんで、近くのビデオレンタルショップに入る。
どうせ借りる気はねぇが、棚のビデオを一つずつ手に取って物色していく。
そうして30分も経った頃だろうか。そろそろ良いかもな、と欠伸をしつつ通路に出てきたら。
とんっと肩がぶつかった。
「あ、すみません!」
吃驚したような声に聞き覚えがあるような気がして顔を見れば。
俺がこんなところにいる原因になった男だった。
鼻を押さえてるところを見ると、俺の肩に当たったのはこいつの鼻なんだろう。身長差から言えば妥当なところだが。
如月の前でなきゃ会っても別に問題はねぇ。どうやらこいつ一人のようだし、かえって偶然出会って良かったと思うべきか。
さて、ぶつかってしまったものを無視するわけにもいかねぇんで、俺は真正面に立って挨拶した。
「また会ったな、真神の眼鏡くん」
すると、ちっとびっくりしたように肩が跳ね、それから長い前髪を透かして窺うような上目遣いがちらりと走る。だが、視線は相変わらず合わねぇ。徹底的に避けられているようだ。
そんな、目が合ったからって噛み付くような真似はしねぇんだがな。信用が無いこって。
「あぁ、あのときの」
だが、呟きからすると俺を覚えてはいるようだ。
「お、覚えていてくれたかい」
言うと、明らかに視線を外して何も言わなかった。おいおいホントに覚えてるんだろうな、ほんの5分か10分話しただけの相手だがよ。
別に覚えてなかろうがどうでもいいんだが、もし忘れられてるとしたら俺ぁただのナンパみてぇじゃねぇか。記憶を刺激するためにも、あのときの話をするか。ま、他に出せる話題はねぇがな。
「あの時の子猫ちゃんは元気かい?」
「まだ、生きてるよ、おかげさまで」
打てば響くような、と言えば聞こえは良いが、ここまで即答されると話の接ぎ穂がねぇじゃねぇか。さて、次は…。
「へぇ、何て名前にしたんだい?」
猫の話ばかりしてどうする。が、他に共通の話題もねぇしな。しかし、正直なところ、あの猫がまだ生きてるってなぁ驚きだ。てっきりさっさとくたばったと思ってたが。運が良いのか、<黄龍の器>の近くという『氣』の流れが良かったのか。
「ミア」
簡素な返答。
ミアねぇ。タマだのシロだのよりゃマシだが、これもせいぜいみゃあみゃあ啼くってとこから付けたってとこだな。やっぱ、つまんねぇ男だ。
はぁ、また話が途切れたぜ。何も、俺が努力して会話を続けなければならない義理もねぇんだが、まぁ、この程度じゃ御門に嫌みを言われんのは目に見えている。しょうがねぇ、もうちっと話をするか。
えー、他に話題っと。真神の奴がこの辺までビデオを借りに来るなぁ変だろう。住所も確か学園に近いところだったはずだ。いや、これは知らないはずの情報だが。その辺でいってみるか。
「で、あんたの家はこの辺なのかい?」
俯いていた顔が、少し上げられたが、俺に合わせることなく店の入り口の方へを向けられた。
「この辺に用があって。そしたら急に雨が降ったから」
ふん、自分の住所は言わねぇつもりか。ま、会ったばかりの人間にほいほい教えるもんでもねぇな。
しかし、さっきから会話は『俺質問する』→『緋勇答える』で、終わっちまってるんだよなぁ。会話を成立させるってぇのは、双方の努力の元に成り立ってんだと改めて認識するぜ、まったく。こいつにしてみれば、俺は不審者か不良その1だろうから、出来るだけ関わらずにさっさと切り上げたいってとこだろうが。
さて、と。これで「じゃあな」でも良いが…と辺りを何気なしに見れば。
ふ…ん。ちょいとどんな反応か見てみるか。真面目な優等生くんの反応なんざ、だいたい予想が出来るがな。
「俺ぁちっと用がある所に先客がいたんで、ここで時間潰ししてたんだがよ。何だ、あんたもこういうのが好きなのかい?」
ちょうど俺たちが立ってたのは、いわゆるアダルトビデオのコーナーだ。通路で出会って、他の客の邪魔にならねぇよう、ちょいと移動したのがここだってだけだが。
緋勇は初めて気づいたみたいにきょろきょろと見回して…絶句した。見る間に顔が真っ赤に染まる。おぉお、予想通りの反応で。
優等生っつっても性欲は人並みだろうに、何で隠すのかねぇ。自分はそんなものに興味ありません、みたいな顔して何が楽しいんだか。
「何だ?あんたも良い歳した男なんだから、こういうの興味無ぇってこたぁないだろ?」
更につっついてみると、すっかり俯いて自分の足下しか見ねぇ。産毛が逆立って、緊張してんのが見え見えだ。一体どんな表情してるんだか、と顔を覗き込めば、ぎゅっと目を閉じた。そこまで目を合わせるのが嫌かよ。視線恐怖症とかいうやつか?
あんまり虐めが過ぎると次からの接触に差し障りがある。ここは退いておくとするかねぇ。
「…っと、からかい過ぎたか?」
身を引くと、ほっとしたように小さく息を吐き、緊張が解けた。おずおず、といったふうに俺を見上げるが、視線が合う前にまた慌てて俯く。
唇をきゅっと噤んで床を睨み付けている姿は、ある種の嗜虐心を誘ったが、これ以上ちょっかいかけるのは拙いだろう。
「じゃあな、真神の」
さらっと手を挙げて店の入り口へと向かう。背後の緋勇が、何か言いたそうに口を小さく開いた気配がする。
振り向くと、思った通りの表情で俺を見てるんで、冗談半分にウィンクしてやった。すると、思わず、といった感じで後ずさり、肘がラックに当たったのかビデオががたがたと床に落ちてきた。
赤い顔でそれを拾い集めている緋勇を後目に、俺は店から出ていった。
つまんねぇ任務だが、ちっとは溜飲が下がった気分だぜ。
しかし、見た目通り過ぎてつまんねぇな、緋勇龍麻。あんなんで、どうやって戦ってんのかねぇ。人の裏切りにあいでもしたら、悩んで悩んでどん底まで落ち込むタイプじゃねぇか?まったく、お綺麗な花を気取るのもイイが、もっとしたたかにならねぇと<黄龍の器>なんざやっていけねぇんじゃねぇのかねぇ。