ドラマティックレポート 14
てことで。
いつの間にか俺の情人扱いになってる村雨も込みで、あの腐れ顔傷男をぶっ飛ばすことになった。
もちろん、これ以上にないハイテンションで戦いに赴こうとする俺を、やっぱり俺が心配だか恋愛沙汰だかいうクソみてーな理由で邪魔しやがった担任は、心おきなく排除させて貰った。俺の人生で最高に興奮してる時に、水差す奴が悪い。
死んでも構わないくらいのつもりだったんだが、担任は何故か犬せんせーが助けていた。人外同士、互助組合みたいなもんがあるのかも知れない。
で、犬せんせーに見送られながら、俺は寛永寺に向かったのだった。
「はーい、点呼。真神四人。村雨。劉。如月。アラン」
ちなみに、如月は戦力としては期待していない。いわゆるアイテム係だ。
基本的には、男優先、守る者がある奴は除く、遠距離広範囲対応って選択をした。
「んじゃ、行くけど。一つ、大事なこと」
皆が緊張して見守る中、俺はきっぱり言い切った。
「俺の邪魔をしないこと!射線上にいたら、遠慮なく巻き添えるからな!」
皆の顔が、幾分青ざめた。もー、邪魔するつもりだったのか?しょうがねー奴らだなー。
で。
戦闘の細かいところは省く。
だって、気合い入れるほど大したこと無かったしー。
ま、俺と同じく<黄龍の器>ただし陰の器、とやらが龍脈を受け入れて、暴龍になった時には、ちょっと興奮したけど。
何て言うのか、別に「俺のもん取りやがってー」とか「俺が器だぞー」とかそーゆーのは全く無かったが、『氣』の流れがそれに収束するのを見ると、あぁ気持ちよさそうだなーとちょっと羨ましかった。
しかし。
これだけでっかい敵、しかもこんな一般常識外のもんを相手に出来るのは、この機会を外しては無い!と思ったので、心からの黄龍を食らわせてやったら。
……『氣』を吸収しやがりましたよ、暴龍の野郎。
ま、考えてみりゃ、相手は腐っても黄龍なんだよな。俺の『氣』は龍脈から来るもんだから、そりゃ器に吸い込まれるわな。
俺は、これ以上無いってくらい落ち込んだ。この俺が、何も出来ねーなんて…。
「しょうがねー。こいつは俺が抑えてるから、他の皆で削るよーに!」
断腸の思いでそう命令して、『氣』を張り巡らせて巨体を押さえる。そして、相手の攻撃は俺が受ける。何つっても俺も<黄龍の器>、俺の攻撃が通じねーのと同じく、こいつの攻撃も通じねーんだわ。
ちっくりちっくりちっくりちっくりと傷を与えていき。すっげーイライラするが、いつだって1は0より多い。
なんとなーく暴龍の動きも弱って来たことだし。
…あぁ、もー我慢できねー!!
「なー、皆の衆」
「な、何だ?」
皆疲れ切った顔で返事する。まったく、修行が足りんな、修行が。
「ちょーっとだけ、こいつに全力で攻撃していいかなぁ?」
サービスで、可愛らしく首まで傾げて聞いてやったと言うのに、「「駄目だ!」」の大合唱。
「何考えてやがる。ようやく削ったもんを、一発で回復させる気か?」
そーなんだよな。村雨、お前の心配は正しい。
俺も、俺が『氣』を乗せて全力で撃ち込んだら、却ってこれを回復させてしまうんじゃないかなーなんて思ったりもするんだが。
「でもー、我慢出来ないしー。皆は楽しそうに戦ってるのに、俺だけつまんないんだもんー」
「「「楽しくないっっ!!」」」
まーたまた。
これだけ全力で戦える相手、楽しいに決まってるって。今は疲れてても、後になって、あぁ楽しかったなぁって分かるって。
てことで。
許可も得たことだし。
「ち、ちょっと待……」
「いっきまーす!リミッター解除!エネルギー充填150%!」
「待て〜!せめて80%くらいにしとけ〜〜!!」
あぁ…たまんねー…!
今まで意識的に抑えていた体内の『氣』の流れを解放する。
これ以上もなく荒れ狂っている龍脈が、俺の中に轟々と音を立てて流れ込んでくる。
丹田から背筋を通って、脳髄まで突き抜ける快感。
体中の毛を逆立てて、俺はふるりと身体を震わせた。
あ〜もーイっちゃいそー…。
しかし、さすがに衆人環視の前で、しかも敵さんの前でイくわけにはいかんし、何より『氣』が拡散するのはまずいし、で、根性で耐える。
さーて、今までないほど『氣』を取り込んだことだし、そろそろいきますか。
「秘拳・黄龍!」
大地の氣が俺の体を通って収束する。
黄金色の光の束が、巨体に吸い込まれていく。
……治っていってますな、傷。
だけど、俺は止めなかった。止まらなかったのもあるし、何より。
暴龍の巨体が跳ねる。大地が揺れて、周囲の人間様も立ってはいられない。へたり込む仲間を視界の端で見つつ、俺は『氣』を流し続けた。
傷一つ無くなり、艶やかな色を取り戻した鱗が、弾けるように裂けた。
があああああああああっっ!!
音ではない悲鳴があたりを満たす。
龍の身体が膨れ上がり、裂け目が増えていく。
「おいおい…」
誰かの呆れたような声がした。
ついにびしり!と乾いた音を立てて、裂け目が拡がった。途端、黄金色の光が龍の体から吹き出した。
巨体がのたうち回る。だけど、俺は止めてやらない。目一杯、真心からの秘拳黄龍を放ち続けた。
そうして。
暴龍の身体は、ずたずたに裂けた。
ぼろくずのようなそれが、萎んでいって、人間の姿を取り戻す。
いや、元人間の姿っつーべきか?むしろミンチに近い見た目だったし。
ふーっと大きく息を吐き、俺は中指を立ててやった。
「器の違いって奴を思い知ったか!」
ふわり、と体が浮いた感触があった。いつの間にか近づいていた村雨が、俺を抱き上げたのだ。
「先生、そーゆーセリフは、きちんと立って大声で言うもんだ」
わはは、最後の一滴まで注ぎこんじまったからなー。さすがに立ってられんし、さっきのセリフも掠れ声だったのだ。
あー、頭が痛ぇー。手まで震えてるよ。
周囲を漂っている『氣』を取り込んでいく。普段より段違いに濃度の濃い空気に、間もなく俺の氣は再充填完了だ。
「村雨、降ろせ」
素直に放されて、床を踏みしめた俺の前に、真神の連中が駆け寄ってくる。
「大丈夫!?龍麻!」
「へーき、へーき」
「しっかし、結局、ひーちゃん一人でやっちまったってことかよ」
ふて腐れんなよ、蓬莱寺。
他の皆も、微妙に釈然としてねー雰囲気だったので、俺はにやりと笑ってやった。
「時間稼ぎ、ご苦労。皆が気を引いてくれたおかげで、目一杯『氣』を充填出来ました!」
ま、あながち嘘でも無いし。
口々に話し出したり、俺の肩を叩いたりする皆に、村雨の冷静な声がかかる。
「おい、何かきな臭いぜ?とっとと退散した方がいいんじゃねぇか?」
ふんふん。
空気を嗅いでみたが、確かに何やら燃える気配が。
「んじゃ撤退〜!」
途中、一回だけ振り返ってみた。
俺と同じ<黄龍の器(陰)>とやらを。
…ま、持って出ていっても生き返るわけないし。つーか俺たちが殺人犯扱いされそうだし。
死因が分からねーくらい、しっかり焼け焦げてくれよ、と心の中で手を合わせた。
燃える寛永寺から出ていったところで、その辺の岩にもたれ掛かるようにこっちを見てる奴がいた。
赤いとんちきな制服を着た、顔傷男。
しっかり殺したはずだったんだがなー。皆の殺気も膨れ上がる。
顔傷男は、胸を押さえながらもにやりと笑った。
「ふん…俺は不死身だ!そう簡単には死なぬ」
あ、そ。
顔傷男は、真剣な顔で俺を見つめた。
「しかし、さすがに<陽の器>。龍脈を受け入れて、なお人の形に留まるか」
はぁ?何、俺にもあんな形態になれってか?
…うーん…ジュ〜ヴナ〜イルっつーより怪獣大決戦じゃねーか、それ。
じゃりっと音を立てて村雨が一歩踏み出た。
「陽か陰かは関係ねぇだろ。自然に生まれた器と、人工的に作り上げた器の差だろ」
…あ?あっちは人造器だったのか?
顔傷男は、頭痛でも感じているかのように額を押さえて項垂れた。
「くっ、やはり俺の力で龍脈を操るのは無理だったか…」
そして、すぐに顔を上げて俺をまっすぐ見つめる。
「しかし、分からぬ。緋勇よ、お前は修羅の世界に相応しい男。あのまま渦王須の黄龍を暴れるに任せておけば、お前の望む世界が実現したものを」
ま、あのまま放置しときゃそうなったかもな。乱れ乱れて人も魔も全てが弱肉強食の修羅の世界。
だけど、俺は胸を張って、顔傷男を見下ろした。
「アホゥ。俺は自分が血を好きな変態であることに自負を抱いてんの。いわゆるアイデンティティーが確立してんの。修羅の世界?んなもん来たら、俺は『普通の人』になっちゃうじゃんか。んなもん、つまんねーことこの上なし!」
顔傷男は、はぁ?みたいな顔をしたが、背後では村雨が感心したように腕を組んでいた。
「さすがは先生だ。すげぇ理屈を持ち出してくるぜ」
「だいたい、てめぇだって、自分が『特別』なことにドリーム抱いてるだろうが。『普通の人』になりたいか?柳生宗嵩」
顔傷男は、いきなり喉を反らして、はははははは、と高らかに笑った。
「良いだろう!今回は俺の負けを認めよう!だが、いずれまた、龍脈の乱れる時期に…」
うーん…不死身の男ねー…。
「蓬莱寺。刀」
返事も待たずにもぎ取って、顔傷男にすたすた歩み寄り、胸にさっくりと突き立ててみた。
何やら自分は不死身だから今回の機会に限らず再度挑戦するぞとか何とか言っていた顔傷男が、一瞬ぎょっとしたような顔で自分の胸を見下ろした。
うーん、しっかり心臓の位置だと思ったんだがな。
「ふっ、俺は不死身だと…」
無駄だった刀をぐりぐりと回してみる。
いててててて、という呟きは、背後から聞こえた。視覚的に痛かったらしい。
「いや、だから、無駄だと…」
幸い、顔傷男は俺に逆襲出来るほどは回復していないらしい。
となれば。
心おきなく。
「…何やってんだい?先生よ」
とりあえず、刀でとんちきな赤い制服を切り裂いた。
ほー、一応心臓から血は出てんだな、少ないけど。で、確かに傷口は小さくなってきているような。
まずは、と。俺は顔傷男の足を引っ張って、岩にもたれた姿勢から、地面に仰向けに落とした。
でもって、先ほどと同じく心臓の位置に刀を突き立てる。
「ぐわはっ!…む、無駄だと言っている!」
いや、殺そうとしてんじゃないから。とりあえず、昆虫標本よろしく地面に縫い止めただけ。
「よいしょっと」
掛け声と共に、俺は拳を顔傷男の腹にめり込ませた。ふーん、ちょっと柔らかい。死後硬直ならぬ筋肉弛緩状態か。それに、微妙に温度が低いよな。まだ完全には生き返って無いってことか。
「お、俺は、不死身だと…」
ずりずりと内臓を引きずり出してみた。もちろん、口から肛門まで繋がってるから、全部は出せない。
えーと、どこまで喋れるのか試してみるのも一興だしー、横隔膜より上は、まだ置いておくか。
んじゃ、食道の辺りで引きちぎって、と。
「だ、だ、だ、だから、む、無駄…」
うわ、胃の中身が逆流しちゃったな。とりあえず、扱いて地面にぶちまける。
「あら、おうどんかしら。それもカップ麺ぽいわね」
いつの間にか俺の背後に近づいていた美里が、俺の肩越しに興味深そうに覗き込んでいた。
「そーだなー。決戦前にうどんって虚しいよなー。しかもカップうどんってところがますます貧乏臭い」
いや、闘い前にステーキとか重いもん食うのもしんどいけどな
「他人の食生活にケチを付けるな!」
顔傷男は顔を白くして叫んだ。ホントは赤くなってるのかもしれないけど、さすがに全身の血が足りないらしい。
胃から下に辿って腸を結んだりして遊んでいたら、美里が嫌そうな気配で離れた。
「龍麻、あんまり糞便臭いのを移さないでね」
「あ、悪い」
「そこか!突っ込むのはそこなのか、菩薩眼!」
不死身の体でもメシは食うし、うんこにもなるらしい。あんまり引っ張ってると中身が漏れそうだったので、俺は腸をとりあえず結んで顔傷男の首にかけてやった。
「しかも、縦結びか!」
…細かいところを気にすんなよ。そんなんだと胃に穴が開くぞ。あ、丁度いいや、裏返して見てやれ。
「あー、やっぱ潰瘍の痕がある。そんな性格は損だぞ?」
せっかく忠告してやったのに、顔傷男は何も言わなかった。
さて、腸は無しとして〜。次は…肝臓いってみよう。
取り出したそれを手で割ってみる。
「うーん…ちょっとフォアグラ?」
カップ麺なんて食生活のくせに脂肪肝とは生意気な。つーか武人のくせに修行が足りんな。
巫炎を出してちょっと炙ると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「服着替えたら、焼き肉食いに行くかー」
振り返って誘いをかけたのに、仲間は皆嫌そうな顔をしていた。若いくせに焼き肉が嫌とは枯れてることだ。
さーて、次は…と。
「ひーちゃん!そんなもんに俺の刀を使わないでくれーっ!」
無視無視。
さすがに半死人。ぐんにゃりと縮こまってるそれを指先で挟んで持ち上げ、根本からさっくりと切り取った。
今まで内臓をなぶっても声一つ上げなかった顔傷男が、ぎゃーっと悲鳴を上げる。痛いのか?痛覚が残ってんのか?
「先生…あんたに武士の情けって言葉は無いのか?」
「無い」
切り取ったシメジさんを、刀でさっくりさっくりと八枚くらいに卸す。
標本のようになったそれを放り投げると、美里と桜井から悲鳴が上がった。
「ちょっと龍麻!そんな汚いものをこっちに投げないで!」
「いやーっ!気持ち悪い〜!」
顔傷男は蒼白な顔で
「き、気持ち悪いとは、失礼な…俺とて生きているときの臨戦態勢時にはそれなりの破壊力が…!」
うん、まあ、でも今は情けないだけの代物だしー。
で、もっと弄りたかったんだけど、早く引き上げないと拙い立場になると脅されたので、しょうがなく俺はお遊びを切り上げることにした。
首だけ切り取った顔傷男の前で、残りの体をバラバラに切り刻む。
それから、丁寧に巫炎で炭になるまでこんがりと焼いて、足で踏んで粉にして。
如月に頼んで水流で押し流してもらった。
「ゆ、許さんぞ、緋勇龍麻!おのれ、この屈辱は…」
うーん、肺も無いのに、どうやって喋ってるんだろう、この男。
「いやー、ここまでやっても死なないんだなー。すげーや。よくやった!感動した!」
おざなりに拍手して、俺は立ち上がった。
「ま、待て!まさか俺の首だけをここに放置していくつもりでは…」
「だーいじょーぶ!あんたの残りは、警察がじっくり丁寧に司法解剖した上で、ホルマリン漬けにしてくれるから!」
「ひーゆーーたーつーまーーーーっっ!!」
絶叫を背中に、俺たちは壮快な気分で寛永寺を後にしたのだった。
…一部、何故か吐き気を押さえてるような顔の奴もいたけど。うーん、闘いのストレスが今になって出てきたのか?
蓬莱寺は泣きそうな顔で自分の刀を見つめているし。
しょうがねーなー。仮にも仲間だ。ちょっとサービスしてやるか。
「如月。蓬莱寺の刀を研ぎ直して。代金は俺が払うからさー」
さすがに人間一体分解体すると、鈍っちゃったんだよな。蓬莱寺にはちょっと悪いことをした。
「そういう問題じゃねぇんじゃないか?」
そこまで言ってやったのに、まだ背中を丸めている蓬莱寺を見て村雨がぽつりと呟いた。
「だってー。不死身の奴を殺そうと思ったら、あーゆー方法しか思いつかなかったしー。胸に杭でも打ち込んで太陽に当てたらおしまいってんなら分かり易かったんだけど」
一応俺だって、冗談で解体作業をしたわけじゃないのよ。ま、多分に趣味だけど。
村雨がそれを聞いて、深々と頷いた。
「まぁな。少なくとも、しばらく緋勇龍麻って男に手ぇ出そうたぁ思わねぇだろうな」
皆が、うんうん、と同意する。
「じゃ、帰ろっか。徹夜しちゃったし」
足下を震わせていた龍脈の乱れは、今はすっかり落ち着いている。
もしも、これで全てが解決したってんなら、もう二度と俺が闘うことは無いのか。
そう考えると、身震いするほど辛いが…ま、第二第三の顔傷男に期待しよう。いや、本人かもしれないけど。