ドラマティックレポート 13
12月24日。
俺はめでたく退院ということで、帰る準備をしていた。
蓬莱寺が、クリスマスイブに一人なんて可哀想だ、誰か一緒に過ごしたい奴はいないのか、なんて言ったが、生憎そんな相手は思いつかない。かといって、蓬莱寺とラーメン食う気もないので、申し出は丁重にお断りさせていただいた。
で、俺はさっさと醍醐んちでアネミアを引き取って家に帰りたい、と思っていたのだが。
タオルだのティッシュだのといった細々したものは、入院後に仲間が持ち寄ってくれたものだ。病院に寄付して帰っても良かったが、大したものでもなかったので、仕方なく持って帰ることにする。高見沢に頼んで紙袋を用意して貰い、適当に放り込むと、退院準備の完了だ。
しかし。
紙袋を手に出ていこうとしたところで、知った気配が玄関にあるのに気づいた。
何を考えているのやら。
が、わざわざ裏から出ていくほどのこともない。俺は普通に玄関前の受付で会計を済まし、ついでに故か院長からアイテムを貰って、玄関から外に出た。
で、玄関脇に佇んでいた男に声をかける。
「何の用だ?村雨」
「いや…今日、退院だって聞いてよ」
ふーん、ずいぶん大人しいじゃねーの。誰かにこっぴどく怒られたとか?
「あっそ。俺は元気だから。じゃ」
手を挙げてさっさと歩き出すと、慌てたように追い縋る。
「まぁ、待ってくれよ。これでも、反省してんだぜ?その証拠に、あんたの仲間と一緒に旧校舎に潜って、アイテムをしっかりゲットしてんだから」
ふむ。
でかい図体で神妙にしてる様子は、可愛くなくもない。何より、アイテムゲットという言葉は悪くない。
俺は頭の先から足までじろじろといつもの白長ラン男を見つめた。
今回は心おきなく目を合わせられるんで、しっかり目も覗かせてもらったが、村雨の目に浮かんでいるのはどうやら『懐柔』とでもいうような気配だった。
「なぁ、勘弁してくれよ。俺ぁ、あんたがまさかこんなに面白い奴たぁ思ってなくてよ」
「修行が足りんな」
「あぁ、その通りだ。な、もう一回チャンスをくれねぇかい?あんたとは本気で付き合ってみてぇんだ」
ふーむ。
両手を合わせて拝むようにしてくる男は、どうにも本気とは思えなかったが、ま、俺的にはさほど怒ってるわけでもない。つーか、ようやく退院できたのに、まだ病院前でうろうろさせられてるのにはむかつくが。
さて、どうするか。どーせ、こいつも大晦日から正月までは秋月の警護から離れられないだろう。それなら、それまでアイテムゲット要員として使い倒しておいても悪くない。
俺は、村雨の目を見て、にっこりと笑ってやった。
「おっしゃああ!絶好調〜!!」
「…元気だねぇ、先生は…」
あれから予定通りアネミアを回収していったん家に戻り、それから改めて旧校舎にやってきたのだった。無論、他の誰にも声はかけてない。記念すべきクリスマスイブは、皆好きに過ごすべきだ。俺も好きなようにやらせてもらうが。
てことで、村雨だけをお供に久々の戦場である。俺が最も俺でいられるところ。家だの学校だの以上に、そこにいることを幸せに思う場所。
ちなみに、村雨が一緒にいるってことはいつもより深い場所に潜れるんじゃないかとも思ったが、ま、病み上がりでもあるしこれまでと同じ階から始めてみた。
残念ながらちっと体は鈍ってたが、ベッド上でも出来るだけの鍛錬をしていたこともあって、すぐに勘を取り戻す。
肋骨をへし折って心臓を直接握り潰す快感。
氣で相手を燃やし尽くす快感。
そして、何より。
俺は大技の修得に成功したのだ。
あの清冽な氣の巡る桜ヶ丘病院内でしばらく過ごしたのが良かったのかもしれない。今まで体内で燻っていた俺の氣がこれ以上無く膨れ上がるのを感じる。
「秘拳・黄龍!」
『氣』が流れる。
大地の豊かな氣が俺の体を貫いて、掌から放たれる。その感触は、射精の瞬間の何倍もの陶酔をもたらした。
あたりの雑魚を全て散らした俺は、まだ脳底に蟠っている快楽に身を震わせた。
どうにか技の範囲からは外してやった男が、周囲を警戒しながら俺の方へ向かってきた。
「さ、次行こうか」
そういう俺を見る村雨の目にある輝きは…欲情か?
「あんた、戦ってると、最高に色っぺぇな」
何を今更。
戦いこそが俺の快楽の源。今の表情は自分では見えないが、どうせ何度も達した時の顔にも似てるだろう。
村雨が俺の体を抱き締め、掠れた声を耳に吹き込んだ。
「なぁ、あんたに感じちまってんだ。鎮めてくれよ」
押しつけられる腰の中心は、確かに熱量と質量を主張している。それを食いちぎってやりたい衝動に駆られて、俺は舌なめずりした。
「鎮める必要がどこにある?」
何度も何度も絶頂を迎えるように。
熱と高揚感を、わざわざ鎮静させる気が知れない。
波の頂点まで吹き上げられれば良いのに。
「そうは言われてもねぇ。集中できねぇじゃねぇか」
村雨は苦笑して俺の背中に置いていた手を尻へと滑らせた。村雨がよく収めていた場所をズボンの上から刺激する。
ちっ、俺は今の興奮を引きずって、まだまだ下へと向かいたかったんだが。これだから、他人が一緒なのは嫌いなんだ。
「なら、お前だけでも帰れ」
「冗談。それに、あんただって嫌いじゃないはずだぜ?こんな死体だらけの場所でセックスするのが」
確かめるように撫でられた俺のそこは、確かに熱を帯びている。それに、村雨の言うのももっともだ。
言われて初めて気づいたが、あれだけ血塗れが好きな俺だが、旧校舎内でやったことは一度たりとも無い。自慰でさえ、だ。それは敵を警戒したからじゃない。単に、自慰で解放するよりも、熱はこもらせたまま戦い続ける方がよっぽど気持ちいいだけだ。
しかし、申し出は確かに俺の興味を引いた。
手は血塗れのまま、あたりの空気は血臭に満ちあふれるこの場所で、男と交わる。
見透かされたようで気に入らないが、試してみるのも悪くない。
「良いだろう。ただし、気に入らなきゃ、これでつまらんことを言うのは止めてもらおうか」
「へいへい。せいぜい励ませていただきますよ」
そうして交わした口づけは、幾分俺の頭を冷やす。もつれ合うようにお互いの衣服を脱がしながら、俺は「氣」を拡散させて周囲に網のように拡げた。これで、敵が来ればすぐに引っかけられる。
結果から言うと、セックスに限って言うなら、これまでで一番楽しめた。
下に敷いた制服にあぐらをかいた村雨に正面から跨る形で繋がったのだが、心地よかったのは体位が違うせいじゃないだろう。
うん、悪くない。
この分なら、俺は殺人鬼にならずに済むかもしれないな。
そんなことを考えながら、ぐしゃぐしゃになった制服を手早く身につける。
「さ、下行くぞ、下」
「…元気だねぇ、先生は…」
呆れたように言って、村雨は自分の髪を手櫛で整えながら立ち上がった。同じくぐしゃぐしゃの制服を着る。やっといて何だが、血と泥と、ついでに精液にまみれたそれを身につける気色悪さは計り知れない。見た目にも全く美しくない。これが女なら、どう見ても強姦直後ってとこだろう。
「今度から、お前も着替えを持ってくるんだな」
相変わらず生物準備室に着替え及び眼鏡を放り込んでいた俺は、今更遅い忠告を施した。が、ついでのように言ったそれに、村雨はぴくんっと眉を上げた。
「お気に召して頂けたようで」
…あ?
あぁ、これからも同じ行為をするって意味になるのか。
うーん……ま、いっか。
非生産的な行為には違いないが、その辺の生き物を殺すよりはマシな行為だろう。
何より、俺に全面降伏して『先生』なんぞと尊称を付けるアホが意外と可愛い気もしたし。
それでも、まだまだ殺しの方が楽しいことに違いはないから、あくまでキープくん程度の扱いだがな。
「じゃ、下行くか!」
「まったく…退院したばっかりってのを忘れてんじゃねぇだろうな」
ぶつぶつ言いながらも付いてくる男を視界の端に入れつつ、俺はどんどん下へ向かうのだった。
クリスマス以降、何故か村雨は俺のマンションに居着いてしまった。秋月の護衛は良いのかよ。そう聞くと、村雨は意外と真面目な顔で答えた。
「あぁ、秋月は何も援助出来ねぇ代わりに、俺を提供するって方向性になったらしい。御門や芙蓉が力を貸せねぇから、それも含めて俺を使い倒してくれ、とよ」
マサキちゃんが気を使ってんのかな。元々、俺はあの二人を戦力と考えたことは無いんだが。あぁ、村雨も数に入れて無かったが。
だがまあ、術士としちゃあ悪くはないけどな。一応全距離対応だし。
それに、何と言っても、どうやらこの男、俺に本気で惚れたらしく、使い勝手が良いんだわ。意外と尽くし系ってやつ?メシだの洗濯だのもしてくれるし、高ぶった神経も静めてくれるし。方法?もちろん、体と体のぶつかり合いで。
如月だの壬生だのも「言ってくれれば、いつだって君の役に立ってみせる!」なんて言ってるけど、女慣れしてる村雨ですらこの程度だもんなー。如月と壬生が村雨以上のテクを持ってるかどうか分かんねーし、だったら無理して付き合うこと無いもんな。
って、如月と壬生に言ったら、何故か一緒に付いて来ていた村雨が、間抜けな面をさらして俺に呟いた。
「ちょっと待ってくれ、先生。あんた、俺ので満足してねぇのか?」
「うん。まだ、敵を殺ってる方が気持ちいいかな」
あっさり言うと、なんだかもの凄い顔になった。結構表情豊かで面白い男だ。
「く…くくくくくく…言ってくれるじゃねぇか、先生よ…」
いや、凄んでも恐くないから。
「みてろ、そのうち、あんたの方から『もう挿れて』って強請るようにしてやるぜ!」
はあ、ま、頑張ってくれ。
俺的には、体の熱が静まるくらいに抜けりゃ、それで良いんだが。
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