ドラマティックレポート 12




 置いてきた式が、緋勇の闘気に当てられて引き裂かれるのを感じて、俺は息を大きく吐いた。予想以上にいかれてやがる。
 だいたい、恋愛沙汰を「クソみてーなこと」と言い切るたぁ恐れ入った。あれだけセックスして、あれだけ囁いた睦言はどこに行ったんだ。
 しかも、だ。
 今、桜ヶ丘からぞろぞろと出て行っている奴らは、俺たちの会話を聞いても動揺一つしやがらなかった。むしろ、俺を『気づいてなかったのか、気の毒に』みてぇな視線を寄越しやがる。
 緋勇が『そういう』人間だって気づいて信望してんだから大したもんだ。以前ならこりゃあ嘲笑で言うところだが、ここまで来ると本気で感心するより無ぇ。
 先ほどからむっつりと黙り込んでいる如月に声をかける。
 「おい、如月。ありゃあ一体、どういう人間だ?」
 おっと、じわりと殺気が出てるぜ、若旦那。
 「…あれは、緋勇龍麻だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
 はいはい、正論ですよ。
 そこに、割って入ってきたのが…えー、拳武の制服ってこたぁ、確か壬生紅葉。緋勇の兄弟弟子にあたる奴だ。
 「僕としても、少々伺いたいことがあるんですよ、村雨さん」
 口調はへりくだってるが、目には隠し切れない殺気が燻っている。やだねぇ、暗殺稼業の奴の殺気は。
 「んじゃあ、ちょいとどこかでお話し合いでもするかい?」
 俺がタバコをくわえながら提案すると、二人はゆらゆらと殺気を背負ったまま頷いた。
 さて。
 俺としちゃあその辺の茶店ででも…と思ったんだが、いつの間にやら如月骨董品店。やれやれ、人目のあるところで話し合いをしたかったんだがねぇ。俺の命のためにも。
 如月が、ことりと湯飲みを三人の前に置いた。色は辛うじて緑だが、限りなく白湯に近いそれは嫌味か本性か。
 「まず、僕が聞きたいのは、だ。お前は、本当に龍麻に手を出したのか?」
 手を出すも何も。何度やったかカウントもしてねぇくらいだがな。
 そう答えると、如月はこの世の終わりだ、みてぇな顔で天井を仰いだ。
 「何故だ…この僕が幾度口説いても、色好い返事は一度として貰ったことがないのに!」
 へぇ……そうなのか。
 あれだけ気軽に寝る奴だから、他の男が口説いてもあっさり乗せるかと思ったが。
 「僕もですよ。兄弟子の特権を最大限に利用してがんじがらめに言葉責めしたにも関わらず…!」
 おいおい。陰鬱そうな顔で、何を言ってんだ、こいつぁ。
 しかし、こいつらが一番緋勇に惚れ込んでるみてぇだったよなぁ。ま、赤毛猿は「親友」なんてポジションを得ていたが、あくまで「親友」ってこったろうし。
 てこたぁ…俺だけか。
 ふん、ちったぁ自惚れて良いのかねぇ。
 内心の緩みが顔に出たのか、目の前に忍刀が突き出される。
 「…これで勝ったと思うなよ…」
 そりゃあ、悪役の捨て台詞だ。
 壬生が湯飲みから一口啜って、息を吐いた。
 「建設的に話をしましょう。何故村雨さんならOKで、何故我々なら駄目だったのか」
 そして、俺に倣って緋勇と寝ようってか?
 
 それから、俺たちはとことん話し合った。これこれこういうシチュエーションで口説いても駄目で、こういう言い方をしてあっさりOKされた…等。俺もちっと気になったんで、包み隠さず白状した。
 で、結果として。
 「つまり、こういうことだな?」
 如月が額に手を突き、疲れ切ったような声音で呟いた。
 「スポーツ扱いの単なる性欲処理としてならOKで、それが恋愛感情に基づくものなら否、と」
 そうなのだ。
 どうも、改めて聞く緋勇の性格及び行動パターン、そして俺たちの口説き方を比べると、そういう結論にならざるを得ない。
 俺たちは、三者三様に溜息を吐く。
 「今更、それが分かったとて、軽く『龍麻、溜まっているなら付き合うよ』などと言える訳があるまい…」
 「僕は、龍麻の体だけが欲しいんじゃありませんからね。心が伴っていないただの処理なんて、そんな…」
 「俺だってなぁ…それじゃああれは只の扱きっこの延長かよってんだ。惚れちゃあ駄目なのかよ、まったく」
 正直、体だけの関係なら、女とやる方が遙かに気持ちイイだろうしな。
 それを今後も緋勇と寝たいなら、性欲処理と割り切った単なるスポーツと受け入れるか、それとも恋愛として口説いて振られるか。どっちかしかねぇなんてなぁ…。
 「言っとくがな、二人とも。俺ぁ確かに単なる興味で手ぇ出してたがな。ちっと本気で惚れたみてぇだから、真面目に口説くつもりだぜ?これからは」
 これで体の関係がある分、有利…とは言えねぇのが辛い。どう考えても、緋勇に九ヶ月に渡ってからかわれてたんだろうしな。やれやれ。まさか、「あんたとは計算尽くで近づいた只の性欲処理」っつって突き落とすつもりが、てめぇが突き落とされる羽目になるたぁ思ってもなかったぜ。
 ま、それがますます征服欲をそそることだし、新鮮な気分でイイんだけどよ。
 まさか、こんなにオモシロイ奴だとは思わなかったぜ、緋勇龍麻。
 この俺を完璧に騙し通せたその意気を買って、『先生』と尊称を付けてぇくらいだ。
 世界が破滅に向かってるかもしれねぇってときに不謹慎なのは百も承知だが、こうなったら緋勇言うところの『クソみてーなこと』に引きずり込んでやる。
 相手にとって不足は無し。とことん駆け引きを楽しもうぜ、先生よ。
 俺がにやにやと薄笑いを浮かべているのを、如月は陰に籠もった目つきでじろりと睨んだ。
 「僕でも、体だけなら手に入れるのは簡単そうだな。同じスタートラインに立つのも悪くは無い」
 ま、やってみな。俺も、体だけが欲しいんじゃねぇ。心が欲しくなったんだ。今更、心の伴ってねぇ体が、誰に抱かれたって、焼き餅妬くような真似はしねぇよ。…ま、あんまりイイ気もしねぇがよ。
 俺は一つ伸びをして、誰にともなく言った。
 「さて、俺はまず、『仲間』になることから始めるとするかねぇ」
 すると如月と壬生は、はぁ!?ってな顔になる。
 「仲間ではなかったのか!」
 「それを、何故あそこにいたんですか!」
 だってよ、仲間になるか否かの選択の時にゃ、まだ緋勇の本性を知らなかったしよ。
 さて、緋勇本人を口説いても良いが、ここは誠意を見せるべきだな。
 「なぁ、これから毎日旧校舎に修行に行くんだろ?そん時、俺も呼んでくれよ。俺の運でアイテムゲットしてやるから」
 如月が、ふん、と鼻で笑った。
 「誰が恋敵を利するような真似をするか」
 ほほー、そんなこと言うか。
 俺は思い切りいやらしく笑ってやった。
 「あぁ、別に俺ぁ構わねぇぜ?お前らがせっせと修行してる間に、桜ヶ丘でしっぽり二人っきりってぇのも悪くねぇしな」
 病室で何が出来る、とか、相手は病人だぞ、とか、色々あるんだが、恋する男には耐え難い事態だったらしい。壬生が俺の手を握りしめて叫んだ。
 「いいでしょう!共に修行に励もうじゃありませんか、村雨さん!」
 「そうとも!身も心もずたぼろになるくらい、とことん修行しようじゃないか!」
 …身も心もずたぼろ…んな修行はてめぇだけでやれ。
 ま、何にせよ。
 俺は『仲間(仮)』として、旧校舎に潜る機会をゲットしたのだった。

 そうやって修行すること約三日。
 さすがに俺の運、アイテムがざっくざく…らしい。らしいってのは、俺がいないときのアイテムゲット率がよく分からねぇからだ。
 修行の成果もさることながら、アイテムによる戦闘能力の向上は著しく、俺はとりあえず緋勇以外の仲間たちの信頼を勝ち得ることに成功した。
 ま、問題は緋勇本人なんだが。
 甘言を弄して蓬莱寺を花札に引きずり込み…懲りない奴だねぇ、あの猿も…賭け金の代わりに緋勇の退院日情報を得た。クリスマスイブという一大イベント日に、蓬莱寺は「ひーちゃんには普通に女の子とデートさせてやりてーのに…」とぶつぶつこぼしていたが、緋勇本人に断られたらしい。どうもあの人、自分でも普通の恋愛にゃ縁がねぇって思いこんでるみてぇだからな。
 何にせよ、俺にとっちゃあ運が良い。
 さすがにイベント日、修行に集まるメンバーも少ない。俺も「女が待ってる」と言やあ、誰も引き留めることなく抜けれたしな。一番厄介な壬生は「お仕事」、如月も何やら入荷があるとやらでいねぇ。ここら辺でも俺の運は発揮されてんな。
 てことで、堂々と緋勇退院日に桜ヶ丘にやってきたのだが。
 一人で退院しようとしていた緋勇を捕まえると、あからさまに「何でお前がいるんだ」みてぇな顔された。
 ここからが誠意の見せ所、と頭を下げてまで『仲間』認定して貰う。
 どうでもよさそうに視線を流していた緋勇だが、何かいきなり思いついたらしく、にっこりと笑って俺を見た。その目に燻ってんのは情欲だと思って、ちっと浮かれてたら。
 「おっしゃああ!絶好調〜!!」
 「…元気だねぇ、先生は…」
 何で旧校舎で修行なんぞせにゃならねぇんだ。
 普通クリスマスイブってぇのはだなぁ、恋人同士がしっぽりと…………ま、しょうがねぇ。こんな人だから惚れたんだしな。
 それに、初めて緋勇が本気で戦ってるとこを見たが、何とも…色っぽい。おいおい、こんなイく時の顔みてぇなのを皆に晒して戦ってたのかよ。敵にとどめを刺した時なんぞ、あぁん、なんて嬌声が聞こえたかと思ったぜ。
 惚れた相手のそんな色っぽい顔を拝みながら平気な面出来るほど枯れちゃあいねぇ。
 誘いをかけりゃ、最初面倒くさそうに断った緋勇だが、シチュエーションを指摘してやったら、舌なめずりした。段々コツが掴めてきたな。
 てことで、今まででも最高に興奮出来るひとときを過ごした後は。
 もう勘弁してくれ、と弱音を吐くぐらい、ひたすら旧校舎に潜り続けたのだった。
 
 結局、緋勇んとこのマンションに転がり込んで。
 風呂も浴びずに血臭を漂わせたまま絡まり合って。
 散々いっていかせて夜が白む頃に起きたってぇのに、緋勇は目覚ましと共にすっきり起き上がった。
 「じゃ、俺はガッコ行くから。お前もさっさと出ていけ」
 もう少し布団と懐いていたいところを放り出されたんだが、朝の光の中で見る緋勇は、とても退院直後とは思えねぇほど、つやつやのお肌をしていた。
 ……俺のご奉仕ですっきり満足ってぇ奴ですかい?俺の方はこんなにしょぼくれてるっつぅのに。いずれ、この村雨祇孔ともあろう者が腎虚で死ぬかもしれねぇなぁ。
 やっぱり、俺しかこの人を満足させられる男はいねぇ!と、ちっと優越感に浸ったりもしたが…毎日こんな生活してたら、死期が早まるな、確実に…。



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