ドラマティックレポート 11



 俺は、重い瞼をゆっくりと押し上げた。
 えーと、何がどーしたっけー。確か、中央公園で飲んだくれの話を聞いてたら、赤い学生服なんてもんを着用した顔傷男が……。
 思い出した。
 ばっさり斬られたんだっけか。
 この緋勇龍麻をよくもまあ。やってくれるじゃないか。
 周囲の音がようやく耳に届く。この気配は…おいおい、勢揃いしてんのかよ。
 「俺、どのくらい意識が無かった?」
 声も掠れている。つーか、喉が痛い。どうやら気管挿管されたらしい。
 あー、うるせーうるせー。騒いでねーで、さっさと答えろ。
 「龍麻…貴方は三日も眠っていたのよ…」
 三日かー、三日……やべーじゃん!
 「醍醐!」
 「な、何だ、龍麻」
 「悪ぃ、俺の制服のポケットに俺んちの鍵入ってるから、うちに入って、アネミアの世話頼む!」
 身を起こそうとしたが胸が痛い。息を詰めた俺の肩を高見沢が掴んで、そっとベッドに押し戻した。
 「駄目よ〜ダーリンてば重傷なんだから〜」
 はいはい。大人しくしてますって。
 あ〜、俺の可愛いアネミア〜腹空かせてるだろうなー。ごめんなー。
 「龍麻、猫の世話なら、私のうちでも良いのよ?マリィのメフィストも一緒だし…」
 「ソウヨ、龍麻お兄ちゃん!マリィ、ちゃんと世話スルヨ!」
 「あー、ま、誰でも良いんだけど、早くアネミアにご飯やってくれー」
 俺としては、それが最優先事項だったんだが、周りの奴らは呆れたような笑い声を漏らす。どうも生死の境を彷徨った重傷の人間が、目覚めて一番に言うセリフが猫の心配ってのはドラマティックではないらしい。しょーがねーだろ、俺的にはついさっき斬られてそれから今に繋がってんだから。
 「…アネミア?」
 ぼそりと呟く声には覚えがある。唯一『仲間』ではないのにここにいる男。
 「あぁ、龍麻の猫の名前だよ」
 親切にも藤咲が説明している。続けて高見沢が笑う。
 「ダーリンの発想って面白いわよね〜、猫に『貧血』なんて名前付けるなんて〜」
 さすがに看護学生は知ってるか。本来医学用語だから、普通の高校生は知らない英単語なんだが。
 「確かに色素の薄い猫やけどなぁ」
 いや、そーゆー意味で付けたんじゃないぞ、劉。ま、説明するのもめんどくさいけど。
 ひとしきり俺のアネミアの話で盛り上がったところで。
 「で、何でお前はここにいるんだ?村雨祇孔」
 「いちゃあ、悪いかい?」
 「別に。ただ、もう二度と面ぁ見せないもんだと思ってたもんでね」
 周囲を俺寄りの人間に取り囲まれてるにも関わらず、村雨は飄々とした態度を崩すことなく唇を歪ませて見せた。
 「なぁに、ちっと罪悪感に捕らわれただけだ。俺が冷たく振ったせいで、あんたが遅れを取ったんなら悪ぃと思ってねぇ」
 ざわり。
 あぁあ、みんなして殺気出してんじゃねーよ。特に壬生。本気で暗殺準備はやめれ。
 「アホか。そんなんなら、むしろ喜ばしいわ」
 ニヤニヤ笑う村雨にこれ見よがしの溜息を吐いてやる。
 高見沢に合図して、ちょっとベッドを起こして貰う。よし、これで皆の顔を見渡せる。
 「言っちゃ何だが、俺はあの時点で絶好調だった。それでも、敵わなかった。もう一回やったって、太刀打ちできると思えねー」
 正直に打ち明ける。
 実際、あれを俺一人でどうにかするのは無理だろう。
 だが、沸き上がってくるのは、痺れるような興奮だ。たまんねー。俺の全力で戦えるんだ。これ以上に楽しいことがあるか?
 「秋月の絵を見てから、嫌な感じはしてたんだよ。俺一人で殺したかったんだがな。どうも、そうはいかない相手のようだ」
 いったん切って、皆の顔を見回す。
 「てことで、お前らも使う。あの絵から見るに、敵は顔傷男の他にもいる。命の保証はできない。それでも、俺に付いてくるって奴、手ぇ上げろ」
 間髪入れずに手が上がる。村雨除く全員だ。
 「よし、ま、全員が最終決戦に出向くわけじゃねー。どんなのが効率的か、俺はこれからシミュレートする。無論、俺が退院するまでは、各自修行に励んで貰いたい」
 それが自分の命を自分で守る、一番の近道だ。ま、そんなに大幅なレベルアップは期待してねーが。
 「如月は、出来るだけ月草を始めとしたアイテム類を入荷しておいてくれ」
 「了解した」
 さて、どのメンツをぶつけるのが一番効果的か。
 真神の連中は外せねー。これは戦力がどーとかではなく、これまでの経緯から無視できないってことだが。後の残りをどう組むか…。
 「御門、芙蓉。お前たちは秋月の側にいろ。多分、正月あたりだろうが、大幅な龍脈の乱れがある。どうなるか、俺にも見当つかん」
 「まぁ、そうなるでしょうね」
 「御意」
 元々、こいつらを戦力とは考えていない。何せ、俺を守るよりもよっぽど大事な任務があるからだ。
 「俺は?」
 アホが間抜けた面さらしてやがる。
 「あ?元々村雨はメンバーじゃねーだろーが。好きにしな」
 しっしっと追い払うように手を振れば、村雨は目を細めて俺を見た。けっ、てめー程度の殺気で怯えるほど落ちぶれちゃあいねーよ。って、壬生、如月。お前らも反応してんじゃねー。
 「せっかく、手伝ってやろうかと思ったのによ。これまで何度も寝た仲じゃねぇか」
 俺が反応するより前に、壬生と如月が動いた。まったく…俺に惚れ込んでる奴は多いが…つーか『仲間』は皆そうだが…親衛隊レベルにまで入れ込んでんのは、こいつらくらいだ。何が楽しいんだか。
 ま、壬生の蹴りと如月の忍刀を寸止めされて、それでも悠然と構えてる、その度胸は認めてやってもいいがな。
 「はっ、ずいぶん鼻毛を抜かれてんじゃねぇか、若旦那。そんなにいいケツしてるたぁ思わねぇがね」
 ………。
 「いい加減にしろ、村雨祇孔。それから、壬生、如月。お前らも退け」
 そえで、退くってのがまた。自分で言っておいて何だが、まるで俺の部下だよ、これじゃあ。
 「言っておくがな、村雨祇孔。俺は、今、どうやって敵をぶっ殺すかを考えるという、この世で最も楽しいことをやってんだ。それを、セックスがどうの惚れたはれたがどうのと、クソみてーなことで邪魔するんじゃねー。あんまりうぜーこと抜かしてっと、てめーから殺すぞ」
 本気だ。
 今の俺は、興奮している。アドレナリンばりばりだ。
 すぐにでも飛び出して、何かを引き裂きたい気分で一杯だってのに体は動かねーし、じゃあせめて頭ん中で妄想を繰り広げようかってーと、うだうだとくだんねーことで邪魔しやがるし…あーもー、うざってーっっ!!
俺は苛立ちのままに掌に集めた『氣』を村雨の胸板にぶつけてやった。廊下の壁にまでぶち当たった音に、ちょっとすっきりする。
 が。
 地面が揺れる。いや、病院の床だ。
 「一体、こりゃ何の騒ぎだい!緋勇が目を覚ましたってんなら、さっさとワシに報告しないか!」
 「院長先生、ごめんなさ〜い〜」
 …桜ヶ丘かよ…考えてみりゃ当然だが。
 俺は女怪ににっこり笑って見せた。
 「そりゃもー、お楽しみのところを邪魔されちゃー、腹ぁ立てんのも当然っしょ?」
 が、女怪はじろりと俺を睨め付けて、腕を組んで見下ろした。さすがにすげー迫力。
 「緋勇、お前は怪我の治療にここにいるんだ。そんなに戦闘的な『氣』の高め方をせずに、自分の体に『氣』を巡らせんか!」
 理屈は分かる。ここの高められた『氣』は心地よい。大地の『氣』を吸い上げた時と同じような流れを感じる。本当はそれを放出したりせずに、体内に廻して『氣』を回復させるのが肉体の回復への近道だ。
 けどなー。どーにも抑えられんのよ。
 気が高ぶって高ぶってしょうがねーのよ。
 「せんせー、睡眠薬でも調合しねー?俺、今にも踊りだしてーくらい、昂揚してんの」
 ざわり。
 あ、やべーやべー。
 体から『氣』が滲み出た。
 院長は巨体を揺すって溜息を吐いた。
 「まったく…死にかけてたくせに元気だねぇ。こりゃワシの相手でもして貰わにゃならんか?」
 それまで気配を薄くしていた蓬莱寺が、ぎょっとしたように体を震わせ、ますます醍醐の影に縮んだ。そこまで嫌か?俺はどーでもいいが。
 「この興奮沈めてくれんなら、何だっていいよ。ま、殺し合いほど楽しくないだろーけどな」
 院長は一つ舌打ちして、俺には答えず周りの奴らに「さっさと帰れ」と言った。皆、名残惜しそうに…気の毒なもんでも見てるかのような視線の奴もいたが…帰っていく。
 あんまり期待はしてねーとはいえ、もうちょっと修行で力付けてて欲しいもんだ。
 皆が病院外まで出ていったのを確認して…よけいなもんを残した奴はいるが、まあそれはおいといて…院長に訴える。
 「なー、ちょっと解放して良い?」
 「治りが悪くなるぞ?」
 「それでも。もー、我慢できねー」
 返事を待たず、今まで押さえていた闘気を解放した。部屋中の『氣』が渦巻く。窓ガラスがびりびりと震える。
 「困った子だねぇ」
 「しょうがねーじゃん。やっと本気で戦えるんだぜ?弱いもん虐めしてるよーな気分にもならず、全力で戦えるんだぜ?最っ高!の気分だよー。早く殺してー」
 背筋から髪の毛を巻き上げて闘気が抜ける。あーもー、イっちゃいそー。
 「怪我を治さんと、殺すどころか殺されるわ」
 「それはそれでいーんだよー」
 基本的に、俺が死んだ後、世界がどーなろーと知ったこっちゃねーし。俺が楽しけりゃ、それでいいんだよ。
 「あはははははははたーのしーねーー!生きてるって感じだねーーっ!」
 女怪は、また溜息を吐いて、俺の額に手を当てた。徐々に俺の『氣』が鎮まっていくのが分かる。
 「さっさと寝な。どうせまだまだ退院出来ないんだから」
 「はぁい、せんせー」
 俺は大人しく頷いてベッドに身を沈めた。
 どうやら、今夜は良い夢がみられそうだった。



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