ドラマティックレポート 10
あれから、何度か俺は歌舞伎町に出ていって、村雨に会って、それからセックスする、というのを試してみた。場所はあのアパートだったりラブホだったりしたが、ま、やることは一緒だ。
村雨とのセックスは、まあ、悪くはない。自慰をせずに済ませられる程度には満足している。
で、あれの本意は未だ不明だ。しかし、『愛の睦言』と思わしきセリフを何度か口にするところを見ると、『俺を体で繋ぎ止めよう作戦』ではないか、とは思う。その割には、睦言に誠意がこもってないのが丸分かりっつーのがへぼいが。
さて、そんな関係をずるずると二ヶ月ばかり続けてしまったのだが、そうこうしてる時に、転校生行方不明事件なんてもんが起こった。東京中に、高校三年の四月なんぞという妙な時期に転校してきた奴が何人いるかは知らないが、とにかくそーゆーのが狙われているらしい。
…ったって、どーせ、標的はずばり俺だろうが。
誰がやってんのかは知らないが、アホもいいところだなー。
まあ、放置しときゃいつか俺のとこまで辿りつくだろーと思っていた頃。
蓬莱寺が寒い日にも関わらず半袖シャツで登校してきた。訳を聞くと、歌舞伎町で巻き上げられたらしい。どーでもいいが、洗い替えは無いのか。
そして、俺に泣きついてくる。俺の動体視力をもってすれば、そいつのイカサマを暴けるんじゃないか、と。ま、イカサマなら暴けるがな。運の悪さまでは面倒見んぞ。
にしても。
歌舞伎町で、花札で巻き上げられた、か。
いよいよ本格的にちょっかい出してくるつもりか?
それにしても面倒くさいやり方をする。どうせ俺のことは知ってる…どころかセフレなんだし、直接俺を何とかすればいいだろうに。真神の連中も一括りで用があるんだろうか。
当然、俺は蓬莱寺に同意して、放課後皆で歌舞伎町に出かけることにした。
蓬莱寺を先頭に、とある路地に向かう。ちなみに俺は最後尾だ。出来るなら、あれの真意を確かめるまではでっかい猫を被ったままでいたい。
で、予想通り、そこには村雨がいたわけだ。
仰るには、俺たちの力を試したい、とか。
さーて、どーするかなー。
「俺は、ちょっと観戦モードな。今ちょっと興奮しててさー、人間相手に手加減できるかどうか分かんねーから」
真神の連中にだけ聞こえるように言えば、皆苦笑しながら納得してくれた。こいつらは俺の性癖を知ってて付き合ってくれるんだから、実におめでたい奴らだ。
実際、俺が出なくてもその辺の不良如き敵でもない。村雨に辿り着くまでの障害物がせいぜいだ。
俺は最後尾でズボンのポケットに両手を突っ込んで、観戦する。我らが真神は着実に敵を葬って、村雨に迫る。…つっても、足の遅い醍醐除くって感じだけど。
村雨の目がこっちを見た。視線は外してあるが、つまらなそうな顔をしてるのは分かる。生憎、まだお前さんに俺の力を見せるつもりは無いんだ。そいつらで我慢しな。
蓬莱寺が何度か火炎を食らったが、多勢に無勢、あっさりと決着が付く。
ふーん、花札を媒体に五行の術を使うのか。媒体は巫山戯てるが、行使される術はなかなかよく錬られている。悪くない。それに、あくまでお試しなのか、もっと高位の術も行使出来るだろうにそんな素振りは見せない。がたいのせいか、それなりに体力もある。術師系としては、そこそこ使える部類に入るだろう。
決着が付いたっつっても、まだまだ余裕の表情で、村雨は両手を上げて見せた。降参ってことらしい。巻き上げられた蓬莱寺の金や制服も返してくれる。甘いな、どうやらイカサマでも無かったようだし、正当な報酬として取り上げていてもよかろうに。蓬莱寺には良い薬だ。
で、何でも俺たちに会わせたい人間がいるらしい。…らしい、って言っても、ま、秋月の当主だろうな、という推測は出来る。ま、それは知らないことになってるが。
他の連中は疑ってるが、俺が頷いたので不承不承って感じで了解した。
撤収しようとしていたら、背後から村雨が声を掛けてきた。
「おい、緋勇」
「じゃ、また明日」
俺は振り向きもせずに片手を上げた。
まだ追い縋ってくる気配に、殺気をぶつける。
「今の俺に近づくな。…殺されたくなければ」
そーなのだ。
俺はどうやら、自分のセフレがそれなりに使えると分かって、興奮しているのだ。あーもー、殺りてー!犯りてー、じゃないぞ、殺りてー、だ。
くそー、何となくただ者じゃない気配は感じ取ってたが、こんなにやれる奴とはなー。あー殺してーなー。間合いに飛び込めば俺が有利だが、多分近接用の術も持ってるはずだ。ま、遠距離ならあっちが有利かというと、そうでもないけどな。俺の遠距離攻撃もちょっとしたもんだ。
あー、あの肉厚な胸板をぶち抜きたいなー。白い制服に血が映えるだろーなー。それなりに楽しませてくれた<ぴー>を食い千切ってやっても良い。
ふるん。
思わず身体が震えた。
あーもー駄目だ。早く帰って、抜きてー。
俺は真神の連中を追い抜いて走った。
「ひーちゃん!?」
「悪い、先、帰る!」
俺の行動には慣れてるんだろう、追っても来なかった。良い奴らだ、うんうん。
翌日。指定の場所に集まったところで、蓬莱寺に溜息を吐かれた。
「ひーちゃん…すっげー目の下に隈浮いてるんだがよ」
わはは、夕べやり過ぎた。いやー、最近刺激に慣れちまってたところに、久々に良い興奮材料だったもんでなー。
「駄目だよ?ひーちゃん。あの人、敵とは決まってるわけじゃないんだから」
うーん、読まれている。しかし、女子だというのに、俺の性癖を知っててよくまあ普通に付き合えるものだ。他人事ながら感心するわ。
「あいつが皇神の奴ってのが信じられないぜ。どうみても貴族じゃないよな、ひーちゃん」
分からんぞ、あのレトロな感覚はお公家さんかも知れん。
そんなどーでもいい話をしているうちに村雨がやってきた。ついでにもう一人…人間じゃないのが。
秋月には陰陽師が付いてるって話だからな。式神なんだろう。
それで、そいつの先導で、浜離宮の別空間に案内された。
そこでは、長髪の陰陽師が待ち受けていた。…こいつもレトロだ…今時、男でこんな腰までの黒髪つやつやストレートってのは、漫画の世界にしかいないと思っていたよ。
村雨はいつの間にか離れたところに向かっている。多分、秋月当主に付いてるんだろう。その間に、こいつと話をすることにしよう。
「どーも、直接には初めまして。四月から見張っててくれた割には、今頃の接触なんて、何か事態に変化でもあったのか?」
めんどくさいのでそのままずばり聞いてやる。
後ろの真神の連中も驚いてるようだが、目の前の長髪もちょっと目を見張った。
「おや、お気づきでしたか」
「言っちゃあ何だけど、あれは隠密に向いてないぞ?」
「あぁ、それは確かに」
長髪は扇子で口元を隠して笑った。冷ややかなそれは、俺ではなく村雨に向けられたものだろう。
「しかも、あれの報告する貴方のイメージとは、随分異なりますしね」
「騙される方がアホだろ?」
肩をすくめて言ってやると、今度は声を立てて笑った。今度は楽しそうだが、笑いながらも目は冷静に俺を値踏みしている。
「良いでしょう。私は貴方が気に入りましたよ、緋勇さん」
笑いを収めて扇子をぱちりと鳴らし、長髪…御門は式神に頷いて見せた。
偽物の空間の屋敷に意味を持たせてもしょうがないと思うんだが、かりそめの屋敷のかりそめの玄関から、ゆっくりと二人が姿を現した。
村雨が車椅子を押してくる。あの速度だと、ここに来るのはまだちょっと先だろう。
俺は、目をそっちに向けたまんま、御門に言った。
「なぁ、どーせなら、おもしれーから村雨には俺の本性内緒ってのはどう?」
本人が気づくまでってことだが。
御門も同じくそちらを向いたまま、ほとんど唇を動かさずに答える。
「あぁ、それは面白いですね。そうしましょう」
うーん、意外と話せるな。それともこいつも村雨は玩具認識なのか。
そうして、車椅子が俺たちの前に来る。
「初めまして。お呼びだてして申し訳ございません。秋月マサキと申します」
ふーん。データでは男ってことだったけど。ま、どーでもいーか。
「祇孔が何かご無礼を働きませんでしたでしょうか?」
ご無礼、ねー。アホな真似は散々やってくれたが、無礼ってほどのもんは何もないわな。
「いや、特には」
と答えたのに、申し訳なさそうに秋月は頭を下げた。うーん、信用されてないな、村雨。
それから、秋月は星宿がどーとか龍脈がどーとか話し始めた。興味が無いわけじゃないが、特に目新しい情報も無い。礼儀として辛うじて欠伸を抑える程度の話だ。
それでも、秋月が描いた絵ってのはちょっと気になった。
でっかい龍に立ち向かう学生服の奴ら。中心にあるのは、俺。ま、それはいいんだが…複数で立ち向かってんのが気に入らねーよなー。こんな殺りがいのある敵なら、俺が一人で立ち会いたいんだが。
絵を嫌そうに見ていたら、秋月が遠慮がちに聞いてきた。
「あの…緋勇さんは、絵がお嫌いですか?」
嫌いつーか。この場合は、意味が違うが…しかし、この問いは『一般的に絵が好きか否か』だよな。この絵じゃなく。
「いわゆる名作の類は嫌いかな。余計な執念が染みついてたりするから、見てて気持ち悪い。いっそ、小学生が描いたような絵を見るのは楽しいんだが」
これは、本当だ。こんな体質に生まれたおかげで、普通の視力と被って氣の流れまで見えてしまうのだ。
「…分かるような、気がします」
少し俯いて秋月は言った。あぁ、これも見えてるんだろーなー。あんまり楽しいとは言えないものが。
「盲人蛇を怖じずって言葉通り、見えないと危ない時もあるし、見えないより見えた方が得だろね」
慰めになっとらん気もするが、秋月はちょっと笑った。ふーん、笑うと可愛いじゃないか。なるほど、村雨が姫様警護の騎士よろしく突っ立ってんのも分かるわ。
その時、背後から桜井が俺をちょいちょいとつついた。
「ねー、ひーちゃん。葵とかひーちゃんとか、治癒の力を持ってるよね」
俺のは俺限定だがな。
「マサキさんの足、治せない?」
「はぁ?」
俺は思わず振り返った。桜井は本気なんだろう、きらきらした目で俺を見てるし、蓬莱寺や醍醐も目を輝かせている。
つくづくアホだねー、こいつら。
陰陽師の最高峰…えー、ちょっと低めに見積もっても東の最高峰…が付いてんだぞ?現代医学はおろか術系の治癒もとことん試してるに決まってんだろが。ついでに言うなら、それを俺たちが治せるんじゃ?なんて、言うだけで無礼だ。
治す気なんぞ無いが、一応秋月の足を見る。
………。
あかん。
俺の手に負える代物じゃない。
「あぁ、俺か美里なら治せるかもな」
その答えに、真神の連中は喜び、御門の顔は露骨に顰められる。
「秋月の<星見>と同程度の器の者を代わりにそこに繋げば可能かも。有り体に言えば、身代わり、だ」
自慢じゃないが、そんなことが可能なのは<菩薩眼>か<黄龍の器>しか無いだろう。もちろん、俺はそんなことやる気は無いが。
一瞬ほうけたような顔になった桜井に、つけつけと言ってやる。
「ついでに言うなら、桜井程度の器じゃ、100人寄っても身代わりにもならないよ。潰されて終わりだ」
…あ、村雨も聞いてたか。ま、いーや。
「分かったら、気軽に『治せない?』なんて言うんじゃねーよ」
あー、うざってー。
氣の流れが見えて無いとは言え、アホなこと言い出すのは勘弁して貰いたいもんだ。
しょげ返った桜井に、秋月がそぅっと言う。
「あの…お気持ちだけで、十分嬉しいですから…」
「ごめんなさい、秋月さん…」
あー、つくづく、うぜー。
にしても、自分で言ったことながら、これがビンゴなのか?星神の呪いを振り替えるために俺を呼んだのか?…違うな、それなら俺単独に仕掛けてくるはずだ。それに、今の時点で<黄龍の器>をこの地から失うのもまずかろう。
となると、まさかとは思うが…単に親切で俺の状況を教えたかった、とか?
アホくさー。
興味を失って、目の前で繰り広げられる友情ごっこから目を反らせると、御門と目が合った。唇の動きを見るに…「ますます気に入りました」?はぁ、そりゃどーも。
その時。
浜離宮を覆っている結界が綻んだ。いや、無理矢理突き抜けてきたものがある。
戦闘態勢に入る俺の前に……あー、これは確実にこいつらの仲間だ。濃い顔したおかまなんて、絶対漫画の世界の住人だ。
基本的にこんなもんに触りたくもなかったが、俺に敵対するってんなら話は別だ。その面、もっと楽しくしてやるぜ。
が、期待に反しておかま野郎はさっさと引き上げた。招待状付きで。
ご招待、と言うなら、行かせてもらうか。あの女言葉聞いてるだけで鳥肌が立つ。血の色までピンクなのか試してみるのも悪くない。
で。
御門が言うには、御門&芙蓉、または村雨を提供しても良いってことらしい。あの程度の奴に援軍なんぞ欠片も必要じゃないが…術師の予備があるのもいいかもしれない。
「じゃ、御門と芙蓉、よろしく」
「では、参りましょうか」
俺の即答に、村雨がひょいと帽子の鍔を上げた。何を驚いてんだか。もうこれの力は見せてもらったし、なら御門と芙蓉の戦いぶりを見る方が有用じゃないか。
富岡八幡宮とやらの前に着くと、おかまが待っていた。おかま共が創り上げた空間に入れってことらあしい。何も相手に有利な場所まで出向くことはないんだが…。
「あら、ここでやり合って、一般客に被害が及んでも良いの?」
「全然問題無し!むしろ望むところだが?」
…何故、怯む。てめーが言い出したことだろーが。
しかし、背後の連中が煩いので、俺たちはおかまの言い分を飲むことにした。ま、地理程度で彼我の戦力差が詰まるとも思えんし。つーか、それくらいのハンデをやって丁度良いんじゃないかと。
さて、結界に入るかってところで、知ってる気配が来た。
「待ちな、ともちゃん。一名追加だ」
「来ると思ってたわ、しーちゃん」
…ともちゃん、しーちゃん、ね…。
どーでもいーが、村雨の野郎、おかまとやってねーだろーなー。あんなのとやった<ぴー>を俺との尻に突っ込むのは勘弁してくれよ、まったく。
結界に入りながら、村雨は独り言のように言った。
「マサキが手助けしてやれってうるせぇんだよ。11の式が付いてるから、心配無用だとよ」
あっそ。ま、どーでもいいけど。
結界内には、おかまとじじぃ、それに鬼たちがいた。あー、これは心おきなくぶっ殺せる相手なんだが。でもまー、本人に気づかれるまで村雨には目を見せないことにしたし。
「じゃ、あんた達の力が見たいから、前線に立ってね」
あっさりと俺は言って、皆の背後に立った。
ホントは術師を前にするほど落ちぶれてないんだけどねー。ま、大した相手じゃないし、同じ術師同士、遊んで貰おう。
一応周囲の式鬼たちは、蓬莱寺たちにも手伝わせる。御門と村雨、芙蓉の三人にはおかまとじじぃに対面して貰う。
「ひーちゃん、ホントに手伝わなくて良いのか?」
いかにも落ち着かなさそうに蓬莱寺がこっちを窺う。
それにひらひらと手を振ってやった。
「いいって、いいって。見りゃ分かるだろうが、御門の方が術者として格上だろ?ま、向こうは多少底上げしてるようだが、それでも足りない。今後のためにも、自分の身の程って奴を知って貰った方が良いんだって。どー転んだって御門にゃ勝てねーって分かれば、妙なちょっかい出してこねーだろ」
蓬莱寺は、まだ何か言いたそうだったが、無視る。
で、見物モードの俺の前で、徐々にじじぃとおかまの体に傷が付いていく。どっちも相手の術を封じることが出来るんだが、それでも能力差ってのは出てくるもんだ。
にしても…何だ?この気配。
この程度の奴らが、歯向かう気になった理由は、妙な「氣」がまとわりついてるせいだろう。自分のキャパ以上の術が使えるし、多少の暗示効果もあるのかもしれない。
さて、誰がそんなことが出来るか、というのが問題だ。陰陽師の長なら可能だろーが、東の頭領はここにいる。西の頭領は、阿部氏だが…わざわざ京から出てくる奴とは聞いてない。
『氣』を操れる能力があって、こいつらをぶつけて秋月の勢力を削ぐ目的を持っている…ついでに、俺、<黄龍の器>を探してる奴。
うーん、これまで俺は『来る者は来やがれ、来ない奴まで面倒見ねぇ』方式だったが、ちょっとは炙り出しに出ていく必要があるのかも知れない。
まずは、手始めに、こいつらに裏を取るか。
ちょうど、じじぃとおかまは倒れたし。
俺は、すたすた歩み寄ろうとして…いきなりじじぃが血を吹いた。待て、言っちゃあ何だが、御門の術ではそこまでダメージ与えられないと思うが……時限爆弾か?いや、爆弾ってのは語弊だが、ある程度負けが予想されたら、口を割られないよう術を仕込んでおくってのは良い手だ。
「きゃああ!パパ〜!」
ぱ、ぱぱ?
一瞬、声すらかけられんかったぞ。パパねー、今時、男子高校生がんな言葉使うたぁ思ってもみなかったなー。
「待っててね、パパ!今すぐ、あの人の所に連れて行くから!」
…しまった。
パパの衝撃がでかくて、戸惑ってる間に、逃げられてしまった。ま、結界に押し潰されなかっただけ儲けものと思おう。
さて、現実に戻った俺たちは、そこで解散しようとした。
すると、御門が声をかけてきた。相変わらず扇子をぱちりと鳴らして澄まし顔だ。
「あぁ、緋勇さん。私は貴方が気に入りました。これからも力を貸して上げてもよろしいですよ。もちろん、芙蓉も同じです」
うーん、物好きな。
いや、俺の仲間たち、全員そうだが、よくまあこんな性格破綻者に付いていこうなんて思うもんだ。俺なら絶対ごめんだがなー。
「秋月の次で良いけどね」
「それは、もちろんです」
いやー、はっきりした奴だねー。そーゆーの、嫌いじゃない。
くくっと思わず笑って、俺は御門と握手した。
御門は、手を離した後、視線を上げた。
「村雨、お前はどうするつもりです?」
「あん?俺?」
ちょっと離れたところで立っていた村雨は、面倒くさそうに懐を探った。タバコでも探してるんだろう。
見つけだしたそれを一本くわえて、じろじろと俺を見る。
「義理は、果たしたと思うがねぇ」
別に義理なんぞ無いが…あぁ、秋月のに言われた命令か。
「正直、つまんねぇ男だし、俺はパスさせて貰うわ」
言いつつ、ばさりと長ランを翻し、タバコを挟んだ手を振っている。ま、俺はどーでもいいんだが。
御門が、それはそれは楽しそうに目を細めた。
「後悔すると思いますよ」
「あぁ?」
俺は笑いを堪えるのに必死だった。結構本性出たと思うのに、まーだこの男は俺を『気弱な優等生』とでも思っているらしい。
ひくつく喉を押さえていると、村雨はわざとらしく俺の頭から足まで見て、唇を歪めた。
「別に…大した体でもねぇだろ。欲しけりゃやるよ」
い、いかん、マジで吹き出しそー。
慌てて手で口を押さえる俺に、村雨は嘲笑を残して、今度こそ去っていった。
完全に姿が見えなくなった時点で。
「ぶわっはっはっはっはっは〜!!もー、マジ、おかしーーっっ!!」
それまで堪えていた分、俺は涙まで流して笑い転げた。あーもー腹痛ぇ〜〜!!
「なー、御門〜!あれ、飽きないだろーっ!?おもしれーなーっ!!」
「そうですね、実に楽しませてくれますよ」
御門も喉を鳴らしている。短い付き合いだがそんなに笑うのは珍しいのだろう、芙蓉が妙な顔で「晴明様…」と呟いた。
「なー、御門。あれの能力って何?」
「あぁ、あの男は『運が良い』んですよ。天秤を不自然に傾けています」
なるほど。ギャンブラーにとってはウハウハな能力だな。勝つと分かってる勝負が楽しいのかどうかは知らんが。
それにしても、『運が良い』か…。
旧校舎でアイテムゲット率って、運によるんだよなー。結構深く潜っても、ろくなもん出てこない時もあるし。となると、『運が良い』奴がメンバーにいるのは便利だな。
俺は、背伸びをしながら、呟いた。
「んじゃまー、ちょっと入ってくれるよう粉かけてくるかなー」
「えーーっ!?」
蓬莱寺が素っ頓狂な声を上げる。
「だって、ひーちゃん、これまで去る者追わずだったのによー。そんなに強いってんでもないだろ?あいつ」
ま、蓬莱寺の評価は半分減くらいで聞いておいた方がよい。パンツ一丁事件が尾を引いてる。
「なーに、運が良い奴に、レアアイテムゲットして欲しいだけー」
蓬莱寺はまだぶつぶつ言ってたが、もっと良い武器が欲しいのはこいつも一緒だ。渋々ながら承諾する。つーか、まあ、こいつの意見がどうあれ、俺は動くが。
「それはいいですが、きちんと白蛾翁の話も聞いて下さいよ?」
あ、そんな話にもなってたか。
さて、翌日に中央公園に行く約束を取り付けてから、俺は歌舞伎町に向かった。日付が替わろうかという時間帯だが、まだまだ宵の口に違いない。
予想通り、村雨はいた。秋月の護衛は良いのか。
村雨の目が俺を認めて、ちょっと驚いたように開かれてから、うざそうなのを隠しもせずに顔を顰めた。いやだなー、予想通り過ぎてつまらん。
「何の用だい?」
「えっと…その、やっぱり力を貸して貰えないかと思って…」
視線はまだ逸らしてるあたり、本気じゃないってことなんだが。レアアイテムは魅力的だが、どこまで村雨の運が通用するのか分からないし、それをこの俺が頭を下げてまで仲間にするほどのものかって気がするからな。
「あのな、緋勇」
溜息を吐きながら言う様子は、頭の悪い子供にでも物事を教えるような調子で。
「俺があんたに近づいたのは、秋月からの依頼なんでな。本来、あんたなんぞには一欠片も興味が無ぇんだ」
いや、そんなことは知ってるが。つーか、この時点に置いて俺が知らないと思ってる方がどうかと思う。
「つまらねぇ男のくせに周りに人が群がってやがるから、こりゃよっぽど身体がイイのかと思ったが、大したこたぁなかったしよ」
おいおい、俺が他の男共を身体で釣って仲間にしてるってか?自分で言うのもあれだが、そんなに褒美になるような身体じゃないぞ、俺。つーか、反応の悪さ見りゃ、俺が慣れてねーのも分かるだろうに…あ、分かってて怒らせてんのか。
ふーむ、つまり、こいつは俺を怒らせたいんだな。つーか、俺が傷つくのを見て楽しみたいってとこか。それが分かってて乗ってやるのも業腹だなー。そこまでする義理もねーしなー。
「村雨祇孔」
俺はフルネームで呼んでやった。それと同時に、眼鏡に手を掛ける。
「つまり、お前は今後、俺に関わる気は無いということだな?」
「そのと……」
言いかけた村雨の言葉が不意に途切れる。ようやく、俺の顔を真っ正面から見たらしい。眼鏡抜きの、サーチライトのように光るという俺の目を。
ぽとり、と村雨の唇からタバコが落ちた。つまり、口をぽかんと開いてるってことだ。
うーん、この一瞬のために一年近く、俺もよく我慢したもんだ。
「それじゃ。もう会うこともないが、元気で」
にっこりと笑ってやる。そして、さっさと身を翻した。
背後から、慌てたような声が聞こえてきたが、俺は速度を速めてそこから立ち去った。
喉から堪えきれない哄笑が漏れる。
いやー、おもしれー顔だったなー!御門にも見せてやりたかった。
さー、どう出る?村雨祇孔。
言葉通り、もう二度と面を見せないか?
それとも……意を曲げて、俺に従うか?
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