告白

其の四


 その夜から、俺は、奇妙な寒気に襲われることになった。
 元々、俺は、寒がりな方では無かったはずなのに・・冬の夜の、きんっと冷えた空気が、とても好きだったはずなのに・・・・・・そういえば、村雨も、好きだったんだよなー、冬・・・俺は、村雨が言った小さなことでも覚えてるのに、村雨はそうじゃない。
 ・・・やっぱ、俺のことなんて、別にどうでもいいんだろうなー・・・。
 いや、話が逸れてる。
 そう、寒いのが、苦手じゃないって話だ。
 苦手じゃないどころか、鼻の頭が痛くなるくらいに冷たい空気って、澄んでる感じで気持ち良いと思うくらいで。
 なのに・・・このところ、毎晩、寒くて目が覚める。
 手足の先が凍えて、ちょっと寝返りをうったりして体勢を変えたときに、冷たいシーツに触れたりすると・・泣き出したくなるくらい、身体の芯から冷えてきて。
 自分で自分の手を抱え込むようにして、足もなるべく身体に引きつけて、小さく小さく身体を丸めて、体温が逃げていかないようにするんだけど・・・。
 寒くて寒くて、身体の表面のどこもかしこもから、体温が冷たいシーツに奪われていく気がした。

 
 「ひーちゃん、最近、なんか元気がねぇなー」
 ぼーっと教室の窓から外を眺めていると、いきなり京一が声をかけてきた。
 ・・・俺の感覚では『いきなり』なんだけど・・その背後には醍醐もいるし、美里や小蒔もこっちを見てるってことは、相当前から俺は見られてたってことだろーなー。
 「べーつにー。寒いだけー」
 面倒くさそうに、そう言って、俺は机の上の日溜まりで手を握ったり開いたりした。
 昼間は、そんなに寒くない。
 夜の・・・・特にベッドに入ってからだ。異常に寒いのは。
 霊障かとも思ったけど、そんな気配は無いし、エアコンも壊れてないし・・・夕べなんて、ベッドに入るのが怖くて、一晩中テレビの前で座ってたよ・・おかげで眠いったら。
 「それって、風邪でもひいてるんじゃない?」
 小蒔の心配そうな声に、醍醐も、うんうんと頷いている。
 ・・・大丈夫、とは言いたいけど、じゃあ何なんだって聞かれるても答えようがないから、俺は、無難な選択をすることにした。
 つまり、適当に真実を、適当に誤魔化しを言うってことだ。
 「こないだの土曜日にさー、翡翠んちで飲んだだろー?」
 「おー、ひーちゃんが冷たくも俺を置いて帰った日か」
 うるせー。・・・それどころじゃなかったんだよ。
 「途中で帰ったけどさ、やっぱ、それまで畳の上で寝てたじゃん。あれから、なーんか調子が悪くてさ」
 そう言って、わざとらしく身体を震え上がらせて見せる。
 ・・・ホントに、あの日から寒いのは事実だし。
 醍醐が、ちょっぴり不機嫌そうに眉を寄せた。
 「・・・飲んだとは・・まさか、アルコールか?」
 もー風紀委員なんだからー・・。
 「そうだよ。飲んだ挙げ句に潰れてしまいましたー」
 あっはっは、と笑うと、
 「自業自得だな、龍麻」
 と、醍醐は苦笑いした。
 まー、確かに、自業自得は自業自得だけどな。
 ・・・・すっごい高い代償を払ったよ、俺は。
 「龍麻・・病院に行かなくてもいいの?お薬は飲んでる?」
 ありがとう、美里。心配してくれて。
 ・・・でも、きっと、無駄だから。
 「いやー、もっとはっきり熱が出るとか、症状がはっきりしてたら病院行くんだけどなー。今のとこ、何となく寒いってくらいだから」
 これも本当。
 ただ、尋常じゃない寒さだってだけ。
 ・・だけど、こいつらと話してると、少しマシ。
 じんわりと暖かさが身に染みてくる。
 あぁあ、と俺は大きく息を吐いた。
 「あー、心が寒いよー・・。京一、ラーメン奢ってー」
 「ひーちゃん・・・俺は、財布が寒いんだっ!」
 ちゃんちゃん♪
 
 でも、そう言いながらも、京一は帰りにラーメンを奢ってくれた。
 イイ奴だなー、おまいは。
 
 温かいラーメンで身体がホカホカしてる間に帰ってきたのに・・・部屋に入ると、寒さで身震いした。
 ・・・今日も、眠れないのかなー・・・ちぇっ・・・。

 
 やっぱり夜は眠れなかったが、幸いにも翌日は休みだし・・というか、昨日が登校日であって、普段はこの時期学校はない。
 それを良いことに、朝、陽が射して暖かくなってから、俺はベッドに潜り込んだ。
 うぅ・・昼夜逆転生活・・・。
 ダメダメ人間真っ逆様だよー。
 夕方に目を覚まして、今から訪れる夜のことを考えると、心底寒かったんで、夜通しビデオでも見るかーとレンタルビデオ目的に、外に出てみた。
 オレンジ色に染まった空、買い物帰りの主婦、公園で遊ぶガキ・・こういうところは、東京でも田舎でも変わらないよなー、とかほのぼのしつつ、自転車を走らせる。
 そして着いたレンタルビデオ屋で、京一に会った。
 「おー、京一。またエロビデオか?たまには勉強しろよー?」
 ・・・大声で遠くから呼びかけたのは、故意だ。
 「・・・ひーちゃん・・・ひでぇ・・・」
 実際いるじゃないか、エロビデオコーナーに。
 「ただの通路なのに・・・ここ、通り過ぎようと思っただけなのに・・・」
 そーゆー言い訳は、もっと大きな声でした方が良いと思うぞ。もし、回りの皆さんの注目に答えるつもりなら、
 「ひーちゃんの方こそ、風邪はもういいのか?夜更かしは良くないぞ?」
 おまいに言われたくない。
 頭の中で、ぱぱーっと納得してくれそうな答えを探して。
 「いやー、寝過ぎて昼夜逆転でさー。本日の夜更かしグッズを求めに来たんだ」
 これも、嘘じゃないし。
 京一は、ちょっと笑ってから、考えるような仕草をした。
 「それじゃあよー。ひーちゃんも如月のとこ行くか?」
 ・・・翡翠んとこ?
 麻雀か?
 ・・・・・・・・・・・・・まだ・・・・・村雨には会いたくないかも・・・・・。
 「なんか、村雨の浜離宮の仕事が続いててさー、麻雀のメンツが揃ってねぇって言ってたからよ。ひーちゃん行ったら喜ぶと思うし」
 ・・そっか・・・村雨、来ないのか・・・。
 なら・・まあ、いっかな。
 気が紛れるし。
 「俺、全然麻雀出来ないけど?」
 「メシたかるだけでも来りゃいいじゃん」
 ふと、京一が、俺の身体のことを心配してるんだと気付いた。
 そんなにやつれたか?俺。
 ・・・遠回しな『もっといいもん食え』というお誘いに、俺は乗ることにした。
 バカでアホで、時々軽い奴だけど・・京一は、ホントにイイ奴だ。
 ・・・男とやった挙げ句に捨てられたおバカな俺としては、少々その汚れなき友情が眩しい気もするけど。
 まあ、今は甘えさせてもらおう。
 
 
 でもって、自転車で如月骨董品店にやってきて。 
 翡翠に夕食のリクエストをしてから、畳の上でごろごろしてたら、紅葉が来て。
 「あれ?龍麻も来たのかい?」
 「うん。村雨が来なくて、麻雀のメンツが足りないって聞いてさー」
 コートを脱いで、ハンガーに掛けてる紅葉の手が、一瞬止まった。
 「・・・そう?・・あれ?おかしいな・・・僕の聞き間違いかな?」
 ・・・なんか・・・イヤな予感がするんだが・・・。
 聞こうと思った時、ちょうど翡翠がお盆持って入ってきて。
 「あぁ、蓬莱寺には連絡してなかったか。村雨は、仕事が一段落したので、気分転換を兼ねて今晩ここに来ると言っている」
 なんですとーーーっ!
 うぅ・・畳に横になってて良かった・・下向けば、顔見えないもんな。
 「えー?せっかくひーちゃん呼んできたのに」
 「ちょうど良いだろう?龍麻は、まず我々がするところを見るところから始めるくらいのレベルだろう」
 そうですよ・・そりゃそうですけどね・・。
 う・・・ちょ、調子悪いから帰るーとか言ったら・・不自然だよなー、やっぱ。 
 頑張れ、俺。
 どうせ、いずれは村雨と顔を合わせなきゃならないときが来るんだし。
 それが、こいつらの前でのことになる確率は高いんだし。 
 ・・いっそ、ばったりと何の気構えもなく出会うよりは、心の準備が出来る今の方が、マシ・・という考え方もある。
 今まで培ってきた演技力を、今こそ発揮する時が来た!ってところか。
 ・・村雨は、オトモダチ・・・オトモダチ・・・オトモダチ・・・・よし。
 あとは、村雨がどう出るかを楽しみにしておこう。
 ・・・・・・まだ、心のどこかで期待してんだよなー、俺。
 女々しいよなー・・・。

 そうして自己嫌悪に陥りつつ鍋をつついてると、ついに来てしまった。
 玄関から近づいてくる、暖かな気配。
 ころん、と畳の上に寝転ぶと、廊下に通じる障子戸がからりと開いて、俺は入ってきた村雨の足下から見上げてやった。
 俺を認めて、村雨の片眉が、僅かに持ち上がった。
 「よぉ、先生。アンタが麻雀かい?」
 裏に「そんなわけねぇだろ」みたいな響きがある。
 「どーゆー意味だよ。俺が麻雀するのはおかしいか?」
 本当に、麻雀しに来たんだからな。お前に会いに来たなんてことは無いんだからな。
 疑われてるようなのがむかついて怒ると、村雨は「いやあ」とか何とか、いかにもどうでも良さそうに誤魔化した。
 ・・・全然、俺の気持ちなんか、分かってないんだから・・・期待する方がいけないんだろうけど・・・。
 村雨なんか転んじゃえっと、膝の裏を蹴ってやったが、更にむかつくことに、そのくらいでは全然姿勢が崩れなかった。
 ・・・あぁ、むかつく。
 どうしてお前は、そんなに丈夫で体術にも長けてて・・・格好良いんだ、畜生。
 
 麻雀を始めると、京一が横に誘ってくれたが・・・左手で横を叩いたんで・・・つまり村雨側なんだよなー、そこ。
 俺・・・なるべくなら村雨の遠くが良い。
 近くにいて、村雨の暖かい氣を感じるのって・・・今は気持ちいいんだけど、離れたとき、もっと寒くなりそうで、怖い。
 ちょうど紅葉が誘ってくれたから、そっちに行った。
 紅葉はあぐらをかいて、その真ん中に腰を下ろせ、と手招きしてる。
 ・・・なんか、子供扱いなんだけど・・・紅葉は兄ちゃんみたいなもんだからいっか、と思って、その通りにすることにした。
 ・・・だけど・・・失敗したかなー。
 村雨からは一番遠いけど・・・真っ正面じゃん、これ。
 何故か村雨はこっちをじっと見てるし、目を上げたら村雨と目が合っちゃうんで、俺は牌を熱心に見つめるフリをした。
 紅葉が何か解説してくれてるけど、全然耳に入らない。
 目を下に落としたまま、俺の全身が村雨の気配を感じようと、そっちに集中してるのが自分でも分かる。
 村雨・・・何、考えてるんだろ・・・。
 ま、でも、悔しいくらいに普通だったから・・・村雨にとっては、俺とのあれは『終わったこと』で『忘れたこと』で・・・俺は、ただの友達に戻ってるんだろうなー。
 俺に近くに来いって誘ってさー・・・俺が、ホントはそうしたくてそうしたくてたまらないんだ、なんて思いもしてないんだろーなー。
 ・・・どんな顔するかなー、俺が、村雨に恋い焦がれてんだって言ったら。
 「悪ぃが、アンタ、友達だろ?」
 俺を傷つけないように優しく、でも断固として断るセリフが耳に聞こえるよーだ・・・。
 
 俺が目だけは牌に向けて、頭の中でうじうじ考えてる間に。
 何故か、村雨が立って、こっちに歩いて来ていた。
 ・・・な、何がしたいんだろー?
 思わず呆然と見上げると・・・両手が差し伸べられて・・・。
 俺が身動きできずに固まってるのを気にも留めずに、俺の両脇を抱えるようにして。
 ・・・それ、子供抱き・・・。
 い、いや、お姫様抱っことかされても困るけどさー。
 頭がパニクってる間に、俺は紅葉の膝から引き抜かれたままの格好で、村雨に連れ去られ、さっきまでの姿勢と同じ状態にさせられてた。
 ・・・ちょ・・・!
 ま、まずいってばー!!
 お、俺・・俺・・・村雨に抱っこされてる〜〜!?
 あ、足とか、尻とか、背中とか・・・うわ、首筋まで・・・村雨の体温が・・・氣がーーーっ!
 うぅ・・・温かいよぉ・・・。
 生き返るよーだ・・・なんて、温泉に浸かったじじーの感想みたいなことを考えてる場合じゃねーーっ!
 凍り付いた身体の芯まで溶けていくよーで・・・き、気持ちはいいんだけど・・・で、でも、これって、どういうことだ?
 村雨、一体、何考えてんだ!?
 ・・・まさか、俺の気持ち知ってて・・・からかってるんじゃないだろーな・・・。
 いや、そーゆー意地の悪い奴じゃないし・・・。
 と、ともかく、脱出を・・・。
 「む、村雨?」
 じたばたじたばた。
 俺が抵抗してんのに、村雨はますます俺をぎゅーっと抱き締めて・・・本気で抵抗できない俺も情けない・・・。
 「俺はな」
 村雨の真面目な声が、耳元をくすぐった。
 「何だよ」
 「ついさっきまで、3日連続で浜離宮でこき使われてたんだ」
 それがどーした。
 今、この姿勢に、なんの関係があるって言うんだよー。
 「となると、癒しが欲しいってもんじゃねぇか」
 「・・・癒し〜?」
 しれっとして村雨が放った言葉は、俺の理解を超えていた。
 癒し・・・癒しって・・・。
 何で、俺の身体抱きしめて癒しになるんだよーっ!
 「お、俺はハーブティーか!足裏マッサージか!」
 あーもー、俺、何を口走ってんだか・・・。
 「村雨、いい加減ひーちゃん離せよ。オヤジくせぇ触り方してんじゃねぇっ!」
 ・・・へ?
 京一、何言って・・・。
 って、うわわわ!
 い、いつの間に・・・村雨ー!その手をどけろーっ!
 う、うわうわうわっ!村雨の手が・・・俺の肌に直接触ってる〜〜!
 まずいって、それは!
 温かい・・温かいんだけど・・・。
 「離せよ、村雨」
 セーターとシャツをくぐり抜けて潜り込んでる村雨の右手を、思い切り抓ってやった。
 かなり痛くしたつもりなのに、村雨は、眉一つ動かさずに。
 「気持ちイイから、いやだ」
 気持ちイイって何だーーっ!
 俺の身体?俺の身体抱き締めてて、気持ちイイ?
 ・・・なんで・・・なんで、そーゆーこと、言うんだよぉ・・・・。
 誤解・・・するだろーが・・・。
 村雨の一言で舞い上がってしまう自分を認識すると、すっごいみじめになるから・・・俺は、とにかくこの状態から抜け出したくて、村雨に提案した。
 「そうだ!疲れてるなら、肩揉んでやるから!」
 そーだよ、村雨、仕事で疲れてて、こんなことしてんだから・・・実際、気の張りつめる仕事なんだろーと思うし・・・。
 俺が、少しでも楽にしてやれたら、嬉しいし・・・。
 そう思って、俺は村雨の背後に回り、肩に手を置いた。
 村雨は少し抵抗しようとしたみたいだが、諦めたよーだ。
 んーと・・・このへんかなー。
 村雨の肩を揉む。
 やっぱり、筋肉が付いてて、とても術士とは思えない身体してるよなー。
 肩・・・それから、首・・・この辺は、目から疲れたときに効くツボがあるんだぞー。
 あ、それから、肩胛骨の境目あたりも、結構気持ち良いんだよねー。
 手のひらから、村雨の体温が俺の身体に染みわたっていくみたいで、温かくて温かくて、ちょっと幸せな気分。
 俺が気分良く揉んでると、村雨が、はぁって息を吐いた。
 「何?村雨、痛い?」
 「いんや・・・結構、気持ちいいぜ」
 「へっへー。俺、じーちゃんとばーちゃんの肩、よく揉んでたんだ。肩揉みには、ちょっと自信があるぞっ」
 つまんないことだけど・・・村雨が、気持ちいいって言ってくれて、嬉しい。
 ・・・やっぱ、好きなんだなー・・俺・・・。
 まー、そんなすぐに諦められるもんでもないけどさー・・・。
 せめて、今、村雨に触っていられることを楽しもう・・・そう表現すると、ちょっと変態ちっくだが・・・。
 ふと、目を上げると、みんなが笑いを噛み殺してるみたいな顔をしていた。
 ・・・な、なに?
 俺、なんか、顔に出てた?
 「なんかよ〜、お前らさー」
 な、なに、なに?
 「えぇ、なんだか、その・・・」
 紅葉までくすくすと笑っている。
 そして、翡翠が、ずばりと言った。
 「親子のようだな、そうしていると」
 ・・・親子。
 子供が、父親の肩を揉んでる図?
 い、いや、まあ・・・俺の気持ちがばれなくて良かったんだけど・・・。
 村雨、気ぃ悪くしてないかなー。
 これでも同い年なんだし・・・オヤジって言われるの、結構気にしてるみたいだし・・・。
 「お前ら、ピチピチの男子高校生に向かって、何を言いやがる」
 ほら、ちょっとむっとしてる。
 ・・・惚れた欲目で見ても、ピチピチ、と言われると、違和感があるけど・・・。
 ピチピチ・・・ピチピチ・・・お肌はそりゃ、じーちゃんとかに比べりゃピチピチだけど、それは比べるのが失礼ってもんだろー。
 ・・・う・・・ズボンがピチピチなのを想像しちゃった・・・。
 で、でっかかったから・・・中から押し上げられて、めっちゃピチピチ・・・あわわわわ!俺、何、考えてんだよーっ!
 男の股間想像して、妙な気分になってる場合かーっ!
 な、何か・・・他にピチピチ・・・ピチピチと言うと・・・。
 「ピチピチ・・・村雨がピチピチ・・・ピチピチちゃぷちゃぷランランランラン・・・」
 ・・・何、口走ってんだ、俺・・・。
 「イカサマ野郎に似合うのは、『エロオヤジ』!それしかねぇだろう」
 京一・・・後で、黄龍な。
 村雨は、わざとらしく嘆くような仕草で顔を覆って。
 「人のことをオヤジ、オヤジと・・・この純情な好青年に向かって言う言葉じゃねぇぜ」
 「じゅ・・・純情な、好青年・・・!」
 あ・・思わず吹き出しちゃった。
 だって・・・村雨が、純情な好青年、だー?
 俺に、あんなことしといて・・・酔った弾みで、何とも思ってない男抱いたくせに・・・。
 「純情・・・む、村雨が、純情・・・!」
 そりゃ、薫ちゃんに対する態度は、『純情』なのかもしんないけどさ。
 俺には・・・俺には、『あんな』なくせに・・・。
 じゅ、純情が、聞いてあきれるって、もんだよなー。
 しかも・・・好青年・・・だってさ・・・・。
 ・・・全然・・・全然・・・俺にしたこと、気に病んでない・・・ってことだよなー・・・。
 俺にはさ・・・すっごい大事件だったんだけどなー・・・村雨にとっては・・・・・・そりゃ・・・分かってたけど・・・分かってたつもりだったんだけど・・・やっぱり・・・少しは、気にして欲しかったなー・・・。
 笑い転げてるふりで、畳の上を転がって。
 でも、鼻の奥がつんと沁みて、痛かった。
 ・・・まずい。
 誤魔化さなきゃ・・・。
 「いやーっ笑いすぎて、涙出ちゃったよーっ」
 声が、ちょっと震えてたかもしれないけど、手で押さえてたから、あんまり目立たなかった・・・と思う。
 俺は、何か言いかける奴らと目を合わせるのが怖くて、その場を逃げ出した。
 洗面所で、顔が痛いくらい、冷たい水で洗った。
 ・・・鏡の中に映る顔は、鼻も目も赤くて、みっともなかった・・・。





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