告白

其の六



 その夜から、俺の『なんとなく寒い』は、はっきりと『村雨がいなくて寒い』に変わってしまった。
 寒くて寒くて震えてるとき、自分で抱きしめた身体が、村雨の体温を思い出す。
 背中に添う温かさ。
 首筋にかかる吐息。
 思い出した部分が、幻の温かさを感じては、より一層の寒さへと変わる。
 「寒いよぉ・・・」
 身体の中心は、まだ温かいから・・・俺はなるべく丸まって、胴体の体温を手足に分け与える。
 「寒いよぉ・・・村雨ぇ・・・」
 誰に伝えるでも無い言葉が、俺の口から勝手にこぼれ落ちる。
 村雨が、触れた肌。
 村雨が、触れた・・・俺の・・・。
 冷たく凍えた手で触れると、そこは寒さに縮み上がった。
 (龍麻・・・)
 あのとき、村雨は、俺の名前を呼んでくれた。
 俺の名前を呼びながら・・・こうして・・・俺のものを・・・・・・。
 熱くて熱くて溶けてしまいそうだった、あのときのことを思い出しながら、俺は自分で自分のものを慰める。 
 ・・・・・・温かかったのは、一瞬だった。
 後は・・・冷えていくそれと、布団に籠もった匂いに、よけい惨めさが募って、俺は、ただただ泣いていた。
 それでも・・・凍えていく一方より、マシ。
 馬鹿馬鹿しいことに・・・俺は、一晩中、自分のそこを握り続けていた。


 朝、ようやくベッドに暖かな光が当たって、俺はのろのろと身を起こした。
 風呂に湯を張りに行き、通りすがりに鏡を覗いた。
 ・・・ひっでぇ顔・・・。
 マスターベーションを教えた猿は、ずっとやり続けて死ぬんだって聞いたことあるけど・・・それ聞いたときには、そんなアホなことがあるかって笑い飛ばしたけど・・・俺、その『アホ』になるかもしんない・・・。
 緋勇龍麻、やり過ぎで死亡・・・アホくさ・・・。
 汚れたシーツを洗濯機に放り込み、俺自身も風呂に入って綺麗に洗い流す。
 飯は食いたくなかったから、辛うじて牛乳だけ流し込んで、シーツの無いままのベッドに倒れ込んだ。
 「死ぬのかなー・・俺」
 柳生に斬られても死ななかったのに・・・黄龍と戦っても死ななかったのに・・・。
 エアコンもかかってるところで凍死するなんてことはあるんだろーか・・・。
 どうせ死ぬなら・・・もう一回、村雨にぎゅーって抱きしめてもらってから死にたいよなー・・。
 
 ぼーっとしてたら、いつの間にか寝てたみたいで、もう3時過ぎになっていた。
 こうして、今日も一日、無為な時間が過ぎていったんだなー・・・。
 俺・・・もう、イヤだ・・・今晩もあんなになるくらいなら・・・あんなになるくらいなら・・・。
 どーしよう・・・。
 村雨に、訳を話そうか・・・。
 ひょっとしたら、同情して、一緒に寝てくれるかも知れないし・・・別に、抱いて欲しいんじゃなくて、俺はもう、睡眠不足で限界だよぉ・・・。
 昼には・・寝てるけど。
 同情でどうこうされたくないって思ってたはずなのに、人間切羽詰まれば、プライドなんて放り出すもんだなー。
 もー、ここまで惨めになったんなら、いっそとことん情けなくなってみてもいーかもしんない。
 みっともなく村雨に縋り付いてさー・・嫌いにならないでーって泣きつくの。
 はは・・村雨、どんな顔するだろーなー・・・。
 ・・・こーやって・・・友達付き合いしなきゃならないくらいなら・・・いっそ嫌われたほうが思い切れるかもしんない。
 でも・・・こうやって投げやりな思考になってても、やっぱり村雨に嫌われるのは、怖い。
 ・・・どうしよー・・・。
 誰かに、相談してみよーか・・・。
 だけど、誰に?
 女の子は問題外として・・京一は・・・あんまり得意そうじゃないし・・・紅葉は・・・親身にはなってくれそうだけど、逆に村雨に襲いかかりそうで怖いし・・・・・・。
 翡翠・・・かな。
 でも、もし、翡翠が村雨と出来てたりしたらどーしよー・・・。
 ・・・でももしそうなら、村雨、男だから駄目っていうんじゃないってことになるんだよな。
 だとしたら、『俺』だから駄目ってことで・・・傷は深いぞ、がっくりしろ、べんべんって感じー。
 ・・・もし、もし、出来てるんなら・・・波風立てちゃうよなー・・・いっか。
 俺の心は波風立ちまくりだもんな。
 もしそれで二人が別れるんなら、別れちゃえってんだー。
 ・・・・・・・あぁあ。みじめくさー。

 しばし、ごろんごろん回った挙げ句。
 結局、俺は翡翠に電話をかけるのだった。
 
 一応、「何か温かいもの食わせて」という名目で、翡翠んちに押し掛けて。
 鍋焼きうどん(大量の七味入り)を食って。
 身体はホカホカしたところで、俺は畳の上に転がった。
 「・・・君は、顔を隠したいときに、畳に転がるようだが・・・」
 はは・・ばれてんの。
 「何か、言いたいことでもあるのかい?」
 そう言って、ちゃぶ台の前に正座するってことは、話に付き合ってくれるてことだよな。
 ・・・さー・・・どう切り出そう・・・。
 翡翠は、村雨と出来てるのか?・・・駄目だろーなー・・・いきなり。
 「えとさー・・・翡翠はさー・・・男と寝たことある?」
 ・・・なんか、別の意味で直裁だったかも。
 翡翠の眉がぴくっと上がった。
 「龍麻。それは、
   1.ただの世間話。
   2.僕を誘っている。
   3.僕が同性愛者に見える。

  この3つのうちのどういう了見で、そういう質問をするのかな?」
 ・・・・・・えーと・・・2じゃないです・・・。
 「えーと・・・世間話?」
 あははーと笑ってやると、翡翠は眉の間に深い皺を寄せて、溜息を吐いた。
 「世間話には向かない話題だと思うが?」
 ・・・翡翠さんってば、嫌味なんだからー・・・。
 「えとー・・いや、その、さー・・・ほら、世間一般で、男同士でするのは痛いって言うだろー?それってホントに痛いのかなー、翡翠はどうだったのかなーとか、ちょっと思っただけー」
 俺としては、誤魔化したつもりだったんだけど、翡翠の皺はより深くなった。
 「それは・・・僕が受け身だと信じて疑っていない、ということか?」
 ・・・あ。
 「あ、あはは・・・はは・・」
 「笑って誤魔化さない」
 ・・すみません。受け身だと思いました・・・。
 「龍麻」
 すみませんってばー!
 「で、本当は、何が聞きたいんだい?」
 う・・・。
 「君には、婉曲な聞き出し、というものは無理だと思う。はっきりと言いたまえ」
 ・・・失礼だなー・・・そりゃ・・・そうかもしんないけど・・・。
 俺は、腹をくくることにした。
 そもそも、そういう目的で来たんだし・・。
 「じゃあ、聞くけど。・・翡翠って、村雨と出来てんの?」
 翡翠の顔は、無表情で、全然感情が読めない。
 「ノーコメント」
 うわ、ずるい。
 というか・・・これって、肯定・・・ってこと?
 「それで?仮に、僕が村雨と出来ていたとして、君に何の関係があるんだ?」
 ・・・いや・・・そう言われると、引っ込むしかないんだけどさ・・・。
 お幸せにーと言いかけて、なんか、胸がムカムカした。
 関係ない・・・そりゃ、俺には関係ないかも知れないけどさー・・・関係あるんだもん。
 「それはねー・・俺が、村雨と寝たからさー・・」
 畳に向かってくぐもった声で言ったが、忍者には十分聞こえてるだろー。
 「ふぅん」
 ふ・・・ふぅん、はないだろーがー!
 思わず、がばっと身を起こすと、翡翠は手を組んだ上に顎を乗せて、思慮深そうに見つめていた。
 「なるほど。昨日の態度は、そういう意味か」
 えとー・・・ひょっとして・・俺、引っかけられた?
 「君は、つくづく情報戦には向いていないと思う。龍麻」
 ・・・しくしく。
 
 結局。
 俺は、最初から洗いざらいぶちまけさせられた。
 ・・・ちなみに、翡翠と村雨は出来てないそうな。
 冷静に考えれば、そんな気もしてきた・・・。

 「それで?君は、どうしたいんだ?」
 「どうって・・・り、理想はさー・・・村雨にも、俺のこと好きになってもらって、一緒にいたいんだけどー・・」
 もじもじと指でちゃぶ台に「の」の字を書いてる俺を、翡翠は珍獣でも見てるような目で見た。
 ひでぇ・・・俺が、村雨好きって、そんなに変かー?
 「まぁ・・・乗りかかった船だ。協力するのにやぶさかではない」
 「ありがとーっ!」
 うぅ・・・おまい、いい奴だったんだなーっ。
 「さて・・・となると、まずは村雨の気持ちを確認しなくてはな」
 そ・・それは、そうなんだけど・・・。
 俺、男だし・・・『友達』として好かれてはいても、恋愛感情となると・・。
 俺がためらっているのを翡翠はどう受け取ったのか、優しい声音で言った。
 「大丈夫。最悪の場合、良い薬があるからな。絶対、村雨の気持ちが君に向くようにするから。大船に乗ったつもりでいたまえ」
 ・・・・・・薬・・・・・・。
 いえ・・・そういう気持ちの向き方は・・・そこまでは・・・・・・いらない、と言い切れない俺も何だけど・・・。
 で、翡翠は優しい声のままで。
 「聞いた事情と、昨日の態度から推測するに、村雨が君を好きな確率は低いが、まあ、聞いてみることだ」
 ・・・・・・冷たい・・・・・・。
 畳よ、畳・・・翡翠より、おまいのほうが暖かいよ・・・。
 「さ、畳に懐いていないで、電話してみたまえ」
 へ?
 こ、ここで?今から!?
 「当たり前だ。君に、村雨の口調から感情を読みとることは難しいだろう。だから、この僕が協力しよう、と言ってるんだ」
 え?え?え?
 で、でもー・・・心の準備がー・・・。
 「龍麻」
 ひーっ!
 き、厳しい声〜!
 「いいかい?何かを得るには、何か代償を払わなくてはならないものだ。それは、時として、価値に見合うだけの代償とは限らない。欲しいものを得るには、賭に近いことも、時には必要なんだよ」
 うぅ・・・商売人の説教は、身に染みます・・・。
 ・・・・・・でも・・・・・・凍死することを思えば、電話くらい、何でもないよな、うん。
 俺は、思い切って、携帯を取り出して・・・取り出して・・・。
 見つめてると・・・。

 ぷるるるるる

 うわ〜!!
 びっくりした〜〜!!
 い、いきなり鳴るから、思わず、放り出しちゃったよ・・・えーと、えーと・・・。
 拾い上げてー・・よし、通話ボタンっと。
 「はい、緋勇です」
 『・・ってことで』
 ・・・は?
 何か喋ってる続きみたいだったけど・・間違い電話?
 『せ、先生?あ、いや、もう、出ねぇのかと・・・』
 「村雨?」
 え?え?え?
 う、うわわうわわ〜!
 こ、心の準備が・・・!
 「・・・えと・・・何の用?」
 ふ、震えるなよ、俺の声・・。
 『何の用かってぇと、その・・・』
 村雨にしては、珍しく、何か言い淀んでる。
 それに・・村雨以外の気配も感じるんだけど・・。
 誰かと一緒・・・なのかな?
 『せ、先生。話があんだが、今、どこだ?』
 は、話?
 俺も話があったんだけど・・・ちょうど良いんだけど・・。
 「え・・・?その〜・・翡翠んとこ」
 何でそんなこと言うのか分からなかったから、正直に答えた。
 『誰かと一緒かい?』
 「いや・・俺と翡翠だけだけど」
 あぁ、麻雀、したかったのかなー。
 今日は、京一も紅葉もいませんよーっだ。
 俺だけじゃダメなんだろー?どうせ・・。
 ふてくされた顔になったのが、自分でも分かる。
 あぁあ。
 でも、なんか、間が空いてるんだけど・・・と思ってたら。
 『龍麻、そこにいろっ!俺が、今から、そこに行く!』
 「・・・え?」
 今・・・『龍麻』って言った?
 あの晩は『龍麻』って呼んでくれたけど・・それ以外の時に、名前で呼ばれたことないのに・・。
 『もし、如月と二人で、服が乱れたりしてみろ!アンタも如月もぶっ殺す!!』
 ちょっとドキドキしてたんだけど・・何言ってるんだろ?村雨。
 「・・・・へ?」
 思わず間抜けな声を出してしまった・・。
 服が乱れる?
 なんで・・?
 ・・・え?え?え?
 でも、とっくに電話は切れていた。
 携帯を握りしめたまま、俺は、ぼーぜんと翡翠の方に振り向いた。
 翡翠は、何か考え込んでるみたいな表情だった。
 「翡翠ー・・今の・・どう思う?」
 「今の、とは?どの部分を指す?」
 えとー・・・。
 最後は、全然わかんないから、とりあえず・・。
 「『龍麻』・・って、呼んでくれたよねー。・・・期待して良いと思う?」
 そーなんだよなー。
 初めて(しつこいようだが、あの晩を除く)、名前で呼ばれたんだよなー。
 ・・「龍麻」・・・か・・・こんなにイイ名前だと思ったのは、初めてだよー俺。
 ふ・・・くっくっく・・・「龍麻」かー・・・。
 『龍麻、そこにいろっ!俺が、今から、そこに行く!』だってー・・。
 ・・・って、あぁ?!
 今から、そこに行く!?
 来るの!!?
 「ふむ・・・そうだな、悪くはない感触ではあるな」
 あ・・・やっぱり、そう!?
 「だが、龍麻。パンドラの箱に、『希望』が入っていたのは何故だと思う?・・『希望』もまた、災厄だからだ。『希望』は『絶望』を、より深くする」
 ・・・おまいは、どーして、そう、氷水をぶっかけるよーなことを言うかなー・・・。
 しくしくと、また畳と仲良くなっていると、翡翠は腕組みをして、平然と言った。
 「僕の提案としては、君は、村雨に『好きだ』とはっきり伝えるべきだと思うね」
 ・・・はいーーっ!?
 「気持ちを探るなんぞ生温い。真っ向から、村雨に伝えたまえ」
 ひ、他人事だと思って・・・。
 「大体、君は臆病に過ぎるな。そんなだから、最初に、村雨を利するような『酔った上での過ち』と自分から言ってしまうんだ」
 だ、だって・・・嫌われたくないし・・・怖かったんだもん・・・。
 「そう言われたから、村雨は君について考えることを怠ったんだと思うね。あいつも、悩むべきだったのに」
 悩んでくれるかなー・・・。
 「だから、今からでも遅くはない。自分の気持ちを伝えて、村雨に君のことを考えさせたまえ」
 うぅ・・・。
 だって・・だって・・・軽蔑とかされたら・・・俺、耐えられそうになかったんだもん・・。
 だけど・・そうだな。 
 伝えなかったから、結局、俺ばっか悩んでるんだよなー・・。
 村雨は、のうのうと『男と寝たことなんてありません』みたいな態度でへらへら笑ってるのかと思うと・・・うぅ・・・腹が立ってきた・・・。
 くそぉ・・・何で俺だけこんなに悩んで、睡眠不足になったり、猿のよーに間抜けな死に方する心配をしたりせにゃーならんのだーーっ!
 村雨も、悩めばいいんだーーっ!
 ちくしょーっ、俺は、お前が好きで好きで、諦められないんだぞーーっ!

 ・・・と、自分で自分を盛り上げてるうちに。

 玄関が、凄い音を立てた。
 ・・・うっそ、もう着いたのか!?
 あわわ・・・ど、どうしよう・・・。
 すっかり仲良くなった畳ちゃんから起き上がって、でも、障子戸の方を見る勇気はなくて。
 足音荒く入ってきた村雨を、翡翠の冷徹な声が迎えた。
 「いらっしゃい」
 ・・・なんで、返答がないんだろー・・・。
 村雨、何、考えてるのかなー・・・何となく、怒ってるような気配はするんだけど・・・何を怒ってるのか、さっぱり・・・。
 ふっと翡翠が溜息を吐いたのが聞こえた。
 「じゃ、僕は引っ込んでるから。二人で心ゆくまで話したまえ」
 翡翠が後ろ手で閉めた襖が、かたんっと音を立てた。
 え?え?え?えーーーっ!?
 翡翠、行っちゃうのかーっ!?
 俺の代わりに、村雨の感情を読みとってくれるんじゃなかったのかー?
 ・・・自分でっやれってことっすね・・・はい・・・。
 目の前に、村雨が、どすんと大きな音を立てて腰を落とした。
 「先生。話があるんだが」
 やっぱ、怒ってるような声だけど・・。
 でも、俺だって、怒ってるんだから!
 ・・・この、怒ってる気持ちが萎んでしまわないうちに、言っちゃわないと・・・村雨が何か言ったら、言えなくなる気がする。
 「俺も、ある」
 だから、俺は強気に村雨を睨んでやった
 「先に、俺の話を聞け」
 「やだ。俺は、お前に言いたいんだ」
 お前こそ、俺の話を先に聞け。
 そして、困ってしまえ、村雨なんか。
 男に好きって言われて・・・困って困って悩んでしまえーっ!
 
 「あのな、村雨。俺はな・・・」
 「あのな、先生。俺はな・・・」

 「お前のことが・・・」
 「アンタのことが・・・」

 「「好きだ」」

 ・・・・・・・・・え?
 今の・・・俺の幻聴じゃないよな?
 俺の声に被って・・・村雨も、確かに言ったよな?

 「村雨・・今、何て?」
 「好き・・・つったか?」

 口を開くと、完璧同じタイミングで。
 ・・・嘘だろー・・・?
 だって・・だって・・・そんな出来過ぎてるよー・・・。
 口を開こうとする俺に、村雨はちょっと手を上げて『ちょっと待て』と合図した。
 「あのな、俺の言う好き、は、前に酔って言った『好き』じゃなくてだなぁ。・・・抱きてぇってのを含んだ『好き』なんだけどよ」
 ・・・・・・だ、抱きたい・・・?
 え?え?え?
 それって・・恋愛感情?
 それとも、単に、俺の身体が気持ちよかったとか、そーゆー意味?
 で、でも、はっきり『好き』って言ってくれたし・・・。
 えーーーーっ!?
 で、でも、とにかく、俺も気持ち伝えなきゃ・・・
 「俺の・・・『好き』も、その・・・そういう『好き』なんだけど・・・」
 単に『お友達」としてじゃなく、肉欲も伴って、『好き』なんだ。
 だって・・・村雨の体温を感じたいってことは、そーゆーことだろー?
 「だって、アンタが、言ったんだぜ?『酔った弾み』ってことにしようって」
 村雨は、困惑したように頭を掻いた。
 「だって、それは・・・!む、村雨が、困ってるみたいだったから・・・それに、村雨、そう言ったら、安心したじゃないか!」
 うー・・・翡翠の言うとおりなのかなー・・・。 
 俺、村雨に迷惑がられるのが怖くて、自分から身を退きすぎたのか。
 「そりゃまあ・・・正直、言って、あの時点じゃ、そうだったが・・・だけど」
 村雨は、そう言って・・・なんか・・・じりじりとにじり寄って来てるんだけど・・・うわ、両手を取られちゃった。
 あ、温かい・・・けど・・・ダメだ、頭がぽーっとするぞー・・。
 のぼせたみたいだ・・・。
 恥ずかしくて、目を逸らそうとしたのに、村雨は俺の顔を覗き込んでくる。
 「あれから、アンタが忘れられねぇんだ・・・アンタのことばかり考えてる」
 う・・・うわわわわわ・・・・。
 村雨の真摯な瞳が、俺の瞳の奥を真っ向から貫いて・・・。
 ちょっと掠れたような甘い声が、耳元からざわざわと這い寄ってくる。
 うわー・・・だ、ダメかも・・俺・・・・。
 「寝ても覚めても、女と寝てても、アンタのことばかり浮かんできて・・・」
 「・・・女と寝てても・・・?」 
 ・・・沸騰しかかっていた俺の脳が、実に不愉快な単語を拾い出した。
 周囲にツンドラの風が、ひゅおおおおーっと巻き起こる。 
 ふふふ・・・そうか・・・おまいは、俺がこんなにも悩んで寒い夜を過ごしているときに、女と寝てたのか・・・。
 ふっ・・・うふふふふふ・・・・・・・・。
 村雨は、ちょっぴり「しまった」って顔してから、また真顔に戻った。
 「アンタが、好きだ」
 う。
 誤魔化されてるのは分かってるのに・・・殴りたくて手が震えたりするのに・・・。
 ・・・嬉しい俺は、バカか?
 「俺だって、村雨のこと、好きだ」
 そう言うと、村雨は目を細めて俺を見た。
 ・・・うわー・・・なんかこー、可愛がられてる気がするー・・・。
 恥ずかしいけど・・・嬉しい・・・ちくしょー。
 「それじゃ・・・これから、『恋人』ってことで、いいかい?」
 「え・・・あ・・・う、うん」
 ぽーっとしてた俺は、我に返って、慌ててこくこくと頷いた。
 だけど・・・さっきの「女と寝てても」を忘れた訳じゃないからな!
 「こ、恋人って言うからには、浮気しちゃ駄目なんだからな!」
 ・・当たり前だろーがー!
 何故、そこでがっかりした顔をするかーーっ!
 「男は、アンタだけ・・・ってのは、駄目か?」
 「駄目!駄目ったら、駄目!」
 それは、女とは寝るってことか!?
 やっぱ、女は別格!?
 じゃあ、俺って何!?
 男の『恋人』が物珍しいだけ!?
 「も、もし、浮気したら、俺も浮気してやるんだから!」
 ・・・出来もしないだろーけどさー。
 相手いないし・・・しくしく。
 でも、これは効いたのか、村雨の目が険しくなった。
 「もし、そんなことしたら、アンタも相手の男も、ぶっ殺すぞ」
 「・・・何で、相手が『男』に限定してるんだよー」
 ・・村雨は、虚を突かれたような顔になった。
 ・・・ひでぇ・・・。
 俺を一体何だと・・・。。
 「龍麻、愛してるぜ」
 「お・・俺も、愛してる」
 う・・・また誤魔化されてる・・・。
 で、でも・・・村雨が顔近づけるし・・・。
 このままだと、唇が触れるし・・・。
 や、やっぱり、キスしよーとしてるんだよな?この体勢って。
 ・・・・・・こーゆーときって、目を閉じるもん・・・だよな。

 ガラッ。 

 うにゃっ!!
 ここが翡翠の家だとゆーことを一瞬で思いだした俺は、思わず村雨を突き飛ばした。
 恨みがましい目で見られたけど・・ごめんってー。
 だけど、キスしてるとこ見られるの、恥ずかしいじゃないかー。 
 ・・・たとえ翡翠には知られてる関係だって言ってもさー。

 「話し合いは終わったか?」
 ・・・終わりましたー。
 へへへー・・後で、報告するなっ。
 翡翠のおかげだしー。
 「とりあえず、床の用意はしておいた。新しいシーツを敷いた上に、念のため大判のバスタオルを敷いている。枕元には、ティッシュとミニタオル、濡れタオルも用意しておいたので、心おきなく使ってくれたまえ」
 ・・・・・・・・・・・。
 襖の間から見えるのは・・・見えるのは・・・・。
 ひ、翡翠ー・・・・・・。
 「ここまで用意したんだ。仮に布団自体を汚したら、お買いあげ頂くぞ」
 よ、汚す?
 汚すって・・・な、何で?
 ねぇ、何でですか!?翡翠さん!!
 「じゃ、僕は奥で休むから。ごゆっくり」
 翡翠ーーっ!
 俺に一体どーしろとゆーんだーっ!

 「どうする?」
 「ど、どうする・・・って・・!」
 どーするって何!?
 ふ、ふ、二人で寝ろってこと!?
 「いや・・・帰るか?お言葉に甘えるか?」
 ・・・あう・・・。
 帰る、という選択肢がありましたかー・・。
 いや・・・その・・・さー・・。
 ここ、翡翠の家だしー・・だから、迷惑かけるべきじゃないのは分かってるんだけど・・・でも、俺、寒いのもうイヤなんだ。
 ・・・村雨と、くっついて寝たい。
 「あ、あのさ・・・俺、さ・・・」
 うぅ・・・村雨に、上手く説明できるかなー・・。
 「あ、あのとき、すごく・・・気持ち良かったんだけど・・・」
 村雨は、妙な顔をした。
 ・・・あ、こーゆー言い方だと、誤解されるか?
 「か、勘違いするなよっ?気持ちいいっていうのは、そ、そういう意味じゃなくって・・・」
 そんな、がっかりした顔しなくても。
 「村雨の身体・・温かくってさ・・・なんか・・・安心するっていうか・・・その・・・」
 そう言って、ちらっと見上げると、村雨は、優しく笑ってくれていた。
 う・・・そ、そんな顔するのは、反則だー・・。
 「それじゃあ」 
 うわわ・・また手握られちゃった。
 「・・単に、一緒の布団で、寝るかい?ぐーぐーと」
 ・・・えへへ・・・。
 そーしてくれると、俺は、すっごい嬉しい。
 「重なって?」
 「そう、重なって」
 よかった・・村雨も、俺とくっついてキモチイイって思ってくれたんだ。
 「愛してるぜ、龍麻」
 「俺もー」  
 あんまり嬉しくて、村雨の手をぎゅーって握ったら、村雨は、俺に小さく触れるだけの可愛いキスをしてくれた。



 ・・・で。


 『単に重なって、ぐーぐーと寝る』は、ものの15分しかもたなかった・・・。

 むらさめぇ・・・・俺はなー、眠いとゆっただろーがーーっ!
 お、お、おまけに、その後も大人しく寝ればいいものを、俺の・・・その・・・したとこを指でごそごそごそごそと・・・!
 そのせいなんだからなーっ!布団が汚れたのはっ!!
 お前が翡翠に謝れよーーっ!!

 
 そして。
 村雨は、買い取り料金とは別にクリーニング代も払って、あの布団は翡翠んちに置いておくことにしたらしい。
 「ここでやるとき、あったほうが便利だろ?」
 ・・・そーゆーことを、さも当然って顔で言う村雨の神経が、俺には理解できない・・・。
 まあ・・・そーゆー男を『恋人』にした自分自身の神経も、理解できないんだけどな。
 
 凍死は免れたようだから・・・まあ、いいや・・・ってことにしとこうっと。




 あとがき
 『初々しいモノ』・・・どこが?どのへんが?
リベンジしてやる〜〜!!
てことで、今回は、
『女とは散々遊んでるんで、自分が色恋沙汰に長けていると錯覚している、
でも、実は本気の恋愛はしたことがない子供の村雨さん』と
『相手の気持ちを読みとって、嫌われないようにしていて、上手く人間関係を築いてるつもりの、
でも傷つくことにとっても臆病な龍麻さん』
のお話でした。
・・・そう書くと、めっちゃ初々しくなるはずなのに・・・なんでこんなことになるんだろう。
本来の予定では、こう、もっと、やっちゃったことにびっくりして、
自分はノーマルなはずなのに・・・でも、やっぱりこれは恋愛感情では・・
と悩むはずだったんですが。
・・・村雨さん、脊髄反射というか動物的感覚で生きてるようですわ。
・・てことで、次の更新はリベンジな(笑)。

ちなみに、若旦那お誕生日だったので、イイ役にしてみました(少なくとも桃太郎よりは良い)。
でも、大変分かり辛いですが、この若旦那は龍麻さんに惚れてます(笑)。


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