告白

其の参



 その夜から、俺は、ある夢に悩まされることになる。
 具体的な中身を覚えているわけじゃねぇが、あらましは同じだ。
 ・・・俺は、何かを探している。
 見つけた!と思って触る度に、その感触が違うことにがっかりする。
 どんな感触だ、と言われても答えようはないが、それが、俺の探している『何か』では無いことだけは、はっきりと分かるのだ。
 「違う!これじゃねぇ!」
 夢の中で、俺は、駄々っ子のように足を踏みならし、叫んで、『何か』を求めている。
 焦燥と渇望に炙られながら目を覚ますのは、あまり良い気分じゃねぇ。
 それが1週間ばかり続いた頃、ある夜明けに、もう一度寝直そうと掛け布団を掴んだとき、妙な記憶が甦ってきた。
 厳密には俺自身の記憶としてあるんじゃねぇが、何度も母親に聞かされていたため、自分自身の記憶のような気さえしてくるその記憶。

 「しーちゃんは、ちっちゃい頃、ねんね用毛布があってねぇ」
 ある程度大きくなってから、ガキの頃の話をされるなんざ、恥ずかしいとしか言いようがねぇ。
 「いっつも『それじゃなきゃ、やっ!』って言って、握り締めてたのよ~」
 ましてや、俺自身に覚えはねぇことだ。
 「あんまりずっと握りしめて離さないものだから、どんどん汚くなる一方でね?」
 俺の責任じゃねぇって。
 「ある日、眠った隙を狙って、ついに洗濯したのよ~。そしたら、感触が違うのか、『これじゃない!しーの毛布はこれじゃない!』って散々泣き喚いて、そりゃもう大変だったのよ~?」
 その話をされると、俺が照れて怒るもんだから、おふくろはわざとのように、何度も話したっけ。
 ちなみに、結局、俺はそれでその『ねんね用毛布』から卒業したらしいが。

 ・・・俺ぁ、3歳から成長してねぇってかい。
 勿論、夢の中で探してんのが、『ねんね用毛布』じゃねぇのは間違いないが、かといって、それが何だ?と聞かれると、俺にもわからねぇ。
 なんかこう、柔らかくって、すべすべしてて、ひたりと手のひらに吸い付くような感触で、でも、安心するような温かさを持った『何か』。
 妙なことも思いだしちまったし、俺ぁ、人恋しいのかねぇ。
 しょうがねぇ。
 今日は、ちっと女、引っかけてみるか。


 てことで、出てきました、歌舞伎町。
 あんまり素人くさい女は面倒くさいんで、結局、年上の女を相手にしちまうんだが。
 正直なところ、香水臭ぇのは好きじゃねぇんだが、後腐れのないような年上の女ってのは、高確率で香水付けてんだよなぁ・・はぁ。
 その晩引っかけたのも、髪からぷんぷんに甘ったるい匂いを発散させていた。
 心の鼻に蓋をして、それを意識しないよう努めながら、適当にその辺のホテルに入る。
 お互い、やるために入って来たんだ。口説くとかシャワーを浴びるとかよけいなことはせずに、ベッドの脇で舌を絡めた。
 背中に回した手で、女のワンピースのファスナーを下ろしながら、俺は、女の唇の感触に心中で眉をひそめた。
 綺麗に塗られた口紅は、上等な部類に入るだろう。そんなに脂ぎってべたべたするわけじゃねぇんだが・・・何故か不愉快だった。
 これまで、こんなことを感じたこたぁ無かったんだが・・・。

 何も、塗っていないのに、濡れたような唇は、しっとり水を含んで柔らかかった。
 合わせた唇は冷たいのに、中は熱くて心地よい。
 勿論、口紅の人工的な味がするこたぁねぇ。
 酒臭いのは確かだが、それが不愉快とは全く感じなかった。


 女の服を滑り落として、背中に手を這わせる。
 ブラジャーのホックを外しつつ、ベッドに押し倒す。

 冷たい肌は、触れているうちに徐々に温かくなり、吸い付くようにしっとりと潤って。
 
 首筋まで塗られた化粧の肌触りには目を瞑り、キスはなるべく素肌に落とした。
 やや大ぶりの胸を揉みしだいているうちに、こちらは小さめの乳首が、つんと立ってきて、存在を主張し始める。

 女のような膨らみのない胸だったが、薄く乗った筋肉がなだらかな丸みを帯びていた。
 周囲の肌に溶け込むように薄い色の乳首が、刺激するにつれて色づき始め、小さなしこりになる頃には、驚くほど甘い声が口から漏れた。


 大ぶりな胸同様、腰もまた肉付きが良く、『母なる大地』という言葉を思い出させる豊かさだ。
 白い肌は『凝脂』というのだろうか、きめ細かいが、手のひらに余るような腰だ。

 薄っぺらい胸同様、腹もまた盛り上がりに欠け、仰向けに寝ていると、腰骨が露になって。
 細い腰は、抱くと皮膚の下の筋肉を通して骨が触れるようで、強く掴むと跡になるのでは無いかと心配させられた。


 女の下の茂みからは、滾々と泉が湧き溢れ、俺の指をしとどに濡らす。
 嬌声を上げて、女は、早く、と強請った。

 閉じたそこは俺の指を拒んでいたが、ふとした弾みに潜り込ませると、中は驚くほど柔らかかった。
 あんまり、ふんわりと俺の指を包み込むから、どうなっているのかと周囲を探れば、泣き出しそうな声で「やめて」と訴えた。

 女を貫くと、真っ赤な爪が、俺の背中に食い込んで、掻きむしった。
 中は十分に熱く、それなりに締め付けはよかったが、どこか物足りなくて、指で女の後ろを探る。
 女は驚いたような声を上げたが、かまわず中指を一本沈め、薄い壁を腹側に押した。
 指を通して、てめぇのモノをなぞると、女が高く鳴いた。
 「それ、イイ!イイわ!」
 俺としても、多少は締め付けが増すようで、肉体的には快感が増したが、頭のどこかで、「これはケツの穴だぜ。指を突っ込むような場所じゃねぇ。汚ぇな」と不快な声がする。

 細い腰を抱えて貫くと、声も立てずに仰け反った。
 爪がシーツを掻きむしるのを、なだめるように手で包んでやると、ぼんやりと目を開けて、かすかに笑った。
 食い込む指を引き剥がし、ゆらりと上がった腕が、俺の首に回って。
 だが、奥へと身体を進めると、途端ぎゅっと目を閉じて、俺にしがみつくように力が込められた。
 ゆっくりと腰を揺らすと、哀切な途切れ途切れの悲鳴が、律動に合わせるように奏でられた。
 

 女はイったようだが、俺はどうにもイき損ねて、まだ腰を単調に動かしている。
 意識を取り戻したのか、幾分締め付けが増して、女がうっとりとした声で、「ステキね、貴方」と言う。
 アンタはステキじゃねぇけどな、と胸の内で反論しつつ、何とか肉体の快楽を得ようと、動き続ける。

 熱い細道に思い切り欲望を叩きつけ、2,3度余韻で出し入れをすると、こぷり、と音がした。
 腹に生暖かい飛沫を感じるってこたぁ、相手も射精したってこった。
 感じたのか、それとも単に生理的なものかはしらねぇが、多少は罪悪感が薄れるってもんだ。
 意識を失った身体から、ずるりと引き抜き、そこを見ると、流れ落ちる白い粘液に、僅かだが鮮やかな赤い筋が混じっている。
 傷つけちまったな、と、極自然に、俺はそこに口づけた。

 

 結局、何とか俺も射精はしたが・・・満足感よりも疲労感の方が強いってのが何だかなぁ。
 しかも、最後の方は、女を見てるってよりゃ、動きながら、頭ん中での追想でイったって感じで、かなり自慰行為に近かったぜ。
 女の方は満足したらしく、俺の連絡先を聞いてきたが・・・俺はもうゴメンだ。
 嘘の携帯番号を教えて、そそくさとその場を立ち去った。
 
 自分の部屋に戻り、思いっきり熱いシャワーで女の匂いを洗い落とす。
 全く・・・アレは、近年稀に見る不作だったな。
 何が悲しうて、てめぇの妄想で抜かにゃならねぇんだ。
 
 ・・・って・・・あれ?
 
 アレは・・・誰だ?

 妄想?いや、確かに、はっきりと手触りとか声とか覚えてるんだが。
 それに・・・・・・腹に射精した精液の飛沫って・・・・・・。
 確実に、相手も男だってことだよな?
 俺は、中出しした感覚だったよな?

 ・・・・・・おいおい。
 俺ぁ、男と寝たことは、生まれてこの方、一度しかねぇよ。

 なるほど。
 俺は、女と寝ながら、先生とやった記憶で抜いた、と。
 そういう訳か。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・変態か、俺は。


 それから3日間くらいは、何も考えずに済んだ。
 浜離宮で仕事に勤しんだからな。
 まあ、半分以上、現実逃避っぽく、仕事だけに集中したってのもあるが。
 そしてようやくお役御免で帰ろうとしたところに、如月から電話があって、麻雀のメンツに呼び出されて。
 まあ、麻雀なら、先生とは会わねぇかと踏んで、気を紛らわせるために乗ったのは良かったんだが。

 ・・・いやがんの。先生。
 「よぉ、先生。アンタが麻雀かい?」
 考えてみりゃ、あれから初めて顔を合わすんだが・・・ま、普通に挨拶できたと思うぜ、我ながら。
 「どーゆー意味だよ。俺が麻雀するのはおかしいか?」
 ぷんっと頬を膨らませて言うのが、そんな顔は見慣れていたはずなのに、妙に可愛く思えて、内心あせった。
 いやあ、とか何とか適当に誤魔化すと、先生は「何だよ、それ」とか笑いながら、俺の膝の裏を蹴りやがった。
 ・・・ちょっと思い出しただけで、普通の男友達だったやつが可愛く見えるってのも・・・俺って、実はそっちの気もあったのだろうか・・・。
 いや、先生とのことは忘れるってことになってるし、そうすると、俺が先生見て妙なこと思い出すのも、先生にゃ迷惑な話だよな。
 ・・・忘れろ、俺。
 てーか、何故思い出したんだ、俺。
 思い出しちまったせいで、先生のいつもの制服姿が、普段なら「もうちょいしゃれっ気のあるもの着りゃあいいのによ」と思うところが、「ストイックで色っぺぇなぁ」とか感じちまうし。
 負けん気の強い瞳がキラキラしてるのを見ると「元気小僧」という言葉が思い浮かんでいた筈なのに、「意地っ張りで健気だねぇ」とか考えちまうし。
 全く同じものを見ているはずなのに、ここまで印象が変わるたぁ驚きだ。
 ここまで来ると、いっそ初めて会った人間を観察してるも同然だぜ。

 卓を囲んでみりゃ、やっぱり先生は見学組だった。
 「覚えるんなら、ここ来いよ、ひーちゃん」
 蓬莱寺が、自分の横に座れ、と畳を叩いてみせる。
 「・・・覚えるにゃ、蓬莱寺の旦那を見るのは、不向きだと思うがねぇ」
 これは、別に、妬いてるんではなく、真剣な話、蓬莱寺を手本にしても強くなれねぇと、先生の将来を慮ったんだ。
 なのに、壬生の野郎は、俺をじろりと睨んできやがった。
 「貴方も、向いて無いと思いますよ」
 何でだ。
 この中じゃ、一番強ぇってのに。
 「そうだぜ!ひーちゃんは初心者なんだから、初心者らしく、レベルの低い俺あたりから見る方が・・・」
 ・・・身を切った意見だな、おい。
 言ってて自分で悲しくならねぇか?
 先生もそう思ったのか、蓬莱寺の肩をぽんと叩いて。
 「俺、どうせなら強くなりたいから」
 ざまーみろ。
 悔しかったら、もっと強くなりやがれ。
 しかし、先生は俺の手招きを無視して、壬生の方へと向かった。
 「紅葉、見ててもいい?」
 「勿論。ここに座るといいよ」
 この伸ばした手の行き場は・・・。
 いや、そりゃ、壬生と如月あたりが平均的でいいかなーとは俺も理性では思うんだが・・・。
 思うんだが・・・。
 ・・・何故、わざわざ膝の上に乗せるんだ、壬生よ。
 そして、先生も、何故、座る。
 そりゃ、先生と壬生の身長差から言えば、そうやって前に座っても、壬生は先生の頭越しに牌は見えるだろうよ。
 しかし、見ることが『可能』なんであって、全く『必然性』はねぇだろうが。
 壬生は何やら先生に囁いている。
 この野郎、何だってそんなに近づいて囁く必要がある!
 唇が、先生の柔らかい頬に触れてるだろうが
 先生も避けろ!
 それとも何か!?アンタは、ホントは男好きなのか!?違うだろーが!!
 絶対、アレは初心者の反応だった!
 やっといて俺が『お友達』なら、壬生なんざそれ以下だ!未満だ!
 むかむかむかむかむかむか・・・・・・・。
 あくまで、その位置にいるってぇんなら、俺にも考えがあるぜ・・・。

 いきなり立ちあがった俺に、4人の視線が集中する。
 かまわず、ざかざかと大股に歩を進めて、真向かいの壬生の横に立ち。
 「よいせっと」
 先生の脇の下に手を回して、壬生の膝から引っこ抜いた。
 呆然としている先生を持ったまま、俺は元の席に戻って、あぐらをかき、先生を膝の上に乗せた。
 「・・・・・・村雨さん・・・・・・」
 壬生の顔は、恨めしそうというより、半分呆れ顔だ。
 蓬莱寺も同様に、呆気にとられたように目をでかくしている。
 如月は・・・無表情だったが。
 先生を背後からぎゅーっと抱き締める。
 首筋から香るのは、勿論香水なんかじゃねぇ。
 かすかな体臭は、妙に甘酸っぱいような懐かしいもので。
 うーん、唇に触れる肌の感触も、極上だ。
 「む、村雨?」
 ようやく、先生に電池が入って、あわあわと身じろぎし始めた。
 「俺はな」
 真面目な声で言ってやる。
 「何だよ」
 「ついさっきまで、3日連続で浜離宮でこき使われてたんだ」
 それがどーした、と言われるとそれまでだが。
 如月も仕事はしてただろうし、ひょっとしたら壬生も仕事帰りかも知れないが、それは置いといて。
 「となると、癒しが欲しいってもんじゃねぇか」
 「・・・癒し~?」
 胡散臭そうな声は無視して、腕の中の先生の身体を確かめる。
 温けぇなぁ。
 マジで、癒しだよなぁ。
 疲れた心に潤いが戻ってくるってぇか。
 「お、俺はハーブティーか!足裏マッサージか!」
 それが、先生の癒しなのかい?
 意外と平凡だねぇ。
 「村雨、いい加減ひーちゃん離せよ。オヤジくせぇ触り方してんじゃねぇっ!」
 オヤジくせぇ触り方って、何だよ。
 ・・・あぁ、右手がシャツの裾から侵入していることか?
 それとも、左手が腰を抱いてることか?
 気にするな。ただの条件反射だ。
 「離せよ、村雨」
 先生が、俺の右手を思いっきり抓り上げた。
 痛ぇよ、先生・・・。
 「気持ちイイから、いやだ」
 気持ち良いのは、先生の身体だからな?抓られて喜んでるんじゃねぇからな、念のため。
 先生は、しばらく、うーうーと呻っていたが、ぽんっと俺の腕を叩いた。
 「そうだ!疲れてるなら、肩揉んでやるから!」
 ・・・は?
 ちっと意表を突かれた隙に、先生の身体に逃げられちまった。
 捕まえようと延ばした手を擦り抜けて、先生は俺の背後に立つ。
 「よし。これで、牌も見えるし」
 ・・・まあ、そりゃそうだけどよ。
 俺ぁ、精神的に疲れたんであって、実際に肩が凝ってるんじゃねぇんだが・・・。
 だが、先生の手が、俺の肩を揉み出すと。
 そんなわけねぇのに、先生の温かな氣がそこから流れ込む気がして。
 結構、ホントに癒し系で、思わず大きく息を吐いた。
 「何?村雨、痛い?」
 「いんや・・・結構、気持ちいいぜ」
 「へっへー。俺、じーちゃんとばーちゃんの肩、よく揉んでたんだ。肩揉みには、ちょっと自信があるぞっ」
 嬉しそうだな、先生。
 確かに年寄り向けの肩揉みだろう。俺には多少物足りないくらいだ。
 だが、ホントに肩が凝ってるわけじゃねぇし、何だか愛撫みてぇなこれも、なかなかにいい感じだし・・・。
 ・・・って、お前ら。
 何、にやにやしてやがる。
 「なんかよ~、お前らさー」
 あん?いちゃいちゃしてるってか?
 「えぇ、なんだか、その・・・」
 壬生までくすくすと笑っている。
 そして、如月が、ずばりと言った。
 「親子のようだな、そうしていると」
 ・・・親子。・・・お前ら、仮にも恋人候補に向かって・・・。
 いや、候補ったって、先生は男だし、その気はねぇんだろうが、よく見ると可愛いし、側にいると癒されるし、恋人っつーか、ただ一緒にいたい・・・・。
 じゃなくて。
 「お前ら、ピチピチの男子高校生に向かって、何を言いやがる」
 ・・・自分で言っておいて何だが、これじゃ俺の方が『親』ってのを認めてるようなもんだが。
 まあ、先生が『親』で『親子』はねぇだろう。
 「ピチピチ・・・誰が?」
 「ピチピチってのはな~、ひーちゃんみたいなのを言うんだぜ?」
 ・・・あぁ、先生はピチピチだよな。
 太股の張り具合もピチピチだったし、身体がまた、ピチピチとよく跳ねて・・・。
 何で、知ってる、蓬莱寺。
 お前もやったのか?もしそうなら殺すぞ、てめぇ。
 ・・・いや、『お友達』な俺に、その権利はねぇんだが・・・何となく、むかつくんだが・・・。
 「ピチピチ・・・村雨がピチピチ・・・ピチピチちゃぷちゃぷランランランラン・・・」
 ・・・先生の思考も、よくわかんねぇな。
 「イカサマ野郎に似合うのは、『エロオヤジ』!それしかねぇだろう」
 蓬莱寺・・・お前なぁ・・・。
 「人のことをオヤジ、オヤジと・・・この純情な好青年に向かって言う言葉じゃねぇぜ」
 ただの、応酬のつもりだったんだが・・・。
 背後の先生が、思い切り吹き出した。
 「じゅ・・・純情な、好青年・・・!」
 腹ぁ抱えて転げている・・・。
 ひーひーと笑い転げている姿は、100年の恋も冷め・・・冷めねぇどころか、そういうところも可愛いなぁとか・・・はっ!い、いや、俺はそもそも『恋心』なんざ抱いてなくてだなぁ!
 「純情・・・む、村雨が、純情・・・!」
 ・・・あれ?
 先生・・・泣いてる・・・のか?
 畳の上に転がっている先生の身体を捕まえると、それを振り払いざま、座り込んで。
 真っ赤になった顔は、確かに目元が濡れていて。
 ・・・な、なんだ?泣くところじゃねぇだろ?
 先生は、片手で口を押さえて、妙に甲高い声を出した。
 「いやーっ笑いすぎて、涙出ちゃったよーっ」
 ・・・そうか?
 それならまだいいんだが・・・笑いすぎの涙ってのは、そんなに大量に出るもんか?
 「翡翠、洗面所借りるぞー」
 先生はぱたぱたと走り去って・・・。
 残った俺たちは、顔を見合わせるより他になかった・・・。
 見当が付かねぇ・・・。『俺が純情』で、何故、泣く。
 「ひーちゃん・・・最近、なんか情緒不安定なんだよなー」
 蓬莱寺が、ぼそっと呟いた。
 泣いた理由はわからねぇが・・・どうやら、他の3人にとっては、『俺のせいで泣いた』というだけで十分だったらしい。
 思い切り結託しやがった。
 おかげで、散々だったぜ、麻雀は・・いや、結託されたせいだけでもねぇんだが・・・目元の赤い先生も気になってたし・・・い、いや、そりゃ普通のことだろ?
 何でかわからねぇ理由で『友達』が泣いてりゃ気になるだろ?・・・それだけのこったよ。うん。



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