告白

其の五



 その夜から、『夢』に出てくる『何か』は、先生の姿を取り始めた。
 厳密には、本当の先生じゃねぇんだがな。
 先生は、あんなに男を誘うような目線でこっちを見たりしねぇし、いつも制服の襟はきっちり詰めてるのを、鎖骨を見せつけるよう中のシャツごと開けたりしねぇし・・あまつさえ、キスを強請るように上向き加減で目を閉じたりしねぇし・・。
 『俺に都合のいい先生』ってとこか?
 都合がいいったって、触らせてくれねぇんだがな。
 こっちを誘惑してる癖に、捕まえようとすると、するすると逃げちまう。
 やっと捕まえたと思えば、あのくそ女になってたり・・・腕の中に閉じこめたはずが、煙のように消え失せたり・・・。
 ・・・結局、疲れ果てて目を覚ます、というのに、変わりはなかった・・・。
 くそっ、俺の夢なんだから、俺の良いようになりやがれってんだ。

 「なんだか、疲れているようね、祇孔」
 「おー。ちっと寝不足で」
 薫が心配そうに声をかけてくれる。
 そんなに目に見えて疲れてるかい、俺は。
 ぐりぐりと肩を回すと、関節が鳴った。
 そういや、先生の肩揉みは気持ちよかったなーと思い出す。
 あぁあ。触りてぇなぁ・・・・・・・・・はっ!いや、これは、肩を揉んで欲しいだけで、先生の身体に触りたいという意味じゃねぇ!
 俺は、ノーマルストレートであって、いくら先生が可愛いったって、あくまで先生は男で、しかも『お友達宣言』済みで・・・!
 『お友達』・・・自分でそうしといて、「あの日のことが忘れられないの」なんて馬鹿なことをほざく女は、鬱陶しい、の一言のはずで、てめぇがそんな感情抱くなんざこれっぽちも・・・。
 忘れられない・・・んだよなぁ。
 いっそ思い出さねぇほうが楽だったのによぉ。
 おまけに、想い出は美化されるってやつじゃねぇか?先生が日毎に色っぽく思い出させちまうってのは・・・。
 俺が動く度に、泣きそうな顔で縋り付いてきて、俺の名を呼んで・・・。
 中も極上で、ホモが増えるのも納得というか・・・。
 先生があんまり可愛いから、同じ男のもんだってのに、アレをくわえんのも全然気にならなかったし、こともあろうに一般的には汚ぇ場所も口を付けても平気・・どころか、舌まで入れたよなぁ、俺。
 いや、先生がいやがる様子が何ともそそったんで、つい・・・。
 ・・・先生もなぁ・・・どうだろうなぁ、全くそっちの気がねぇのに、男に抱かれてよがるかねぇ。
 だとすりゃ、先生も多少は俺のこと好きってことだろうが・・・でも、先生の方から「あれは無かったことに」って言ったしなぁ。
 俺ぁ、その気がねぇのにやっちまってるしなぁ。
 ・・・・・・はぁ。

 っと。そういや、目の前に薫がいたんだった。
 頭切り替えねぇと・・・。
 「そういえば、最近、龍麻さんのご様子はどうですか?」
 がたっ。
 ・・・思わずテーブルに足をぶつけちまったぜ・・・。
 龍麻さんのご様子?何で、いきなり・・・。
 俺が考えてることがばれたわけは無し・・・はっ!
 まさか、先生の身に何か起こるって予知でもあったのか!?
 「・・・祇孔?どうかした?」
 「先生の身に、何か起こるのか!?」
 薫は、ぱちくりと目をしばたかせた。
 「いえ・・・私は、ただ、前から龍麻さんと一度、ゆっくりと話をしてみたいと思っていたので、最近、龍麻さんはお忙しいのかどうか・・と、聞きたかったんだけど・・・」
 あ・・・そう。
 しかし・・・薫の目は・・・きらきら・・ってーか、爛々としてるんだが・・・。
 「祇孔が、そんなに慌てるところ、初めて見たかも。・・ひょっとして、祇孔。最近おかしかったのは、龍麻さんのせいなのね?」
 うっ・・・い、いや・・・その・・・。
 「龍麻さん、可愛いし・・祇孔のことが好きみたいだし・・そうなの・・・ようやく祇孔も自分の気持ちに気づいたのねっ。あぁ、愛する二人が結ばれる・・・ステキねっ」
 ・・・何でこう、女ってのは、他人の恋愛沙汰が好きなんだろうか・・・。
 男装してても、薫は女だなぁ、としみじみ・・・。
 ・・・って、おい。
 『好き』?先生が俺のこと、『好き』?
 いや、そりゃ本人も言ってたが、そりゃ『友達』な『好き』で・・・何故、『結ばれる』になる?
 大体、結ばれたって単語がまた・・。そりゃ、女の好きそうな言い回しだが、やるこた同じで、確かにやるこたぁやりました。
 『結ばれた』ってんなら、『結ばれた』んだろうよ。・・身体は。
 しかし、心が結ばれてなきゃ、何の意味も・・・何、言ってんだ、俺・・・。
 「ふふふ〜。そう、ついに祇孔も大人の仲間入りなのねっ」
 ・・・薫・・・今まで俺を何だと・・・。
 というか、女遊びは『大人』の範疇に入んねぇのかい?
 「それで、それで?何を悩んでるの?教えて、教えてっ」
 うっ・・・俺は、これまでで初めて、薫に恐怖を感じた・・・。
 な、何故、そこまで興味津々に迫ってくるんだ・・・。
 「か、薫。そりゃ、誤解だ」
 俺は、何とか体勢を立て直し、咳払いをした。
 「先生はあくまで友達でその友達の様子が最近おかしいんで心配してるだけで・・・」
 「嘘」
 薫は、にっこりと、それはもう天使のような笑みを浮かべた。
 「だって、祇孔の下半身に、龍麻さんの氣がまとわりついてるのが見えてたもん。下半身が結ばれた証拠じゃないっ」
 ・・・そんなもん、見るんじゃねぇぇぇっ!!!
 見えるのか!?そんなもん、見えるもんなのか!?
 てこたぁ、これまでも、誰も彼もの下半身に、他人の氣が絡んで見えたりしてたのか?
 「私、これでも心配してたのよ?祇孔ったら、毎日日替わりで相手を取っ替え引っ替え・・・特定の恋人は作らないのかしらーって」
 うわ〜〜〜!
 不特定多数とのアレまでばればれかいっ!!
 う〜・・・薫の恋人になる奴ぁ、大変だろうなぁ・・・。
 俺ぁもうとっくに諦めてるからいいんだけどよ・・・。
 しかし・・・薫諦めんのに、女遊びしてたって側面もあるんだぜ?
 ・・・言わねぇけどよ。
 「あ〜・・いや、その・・な?俺ぁ、特定の恋人を作る気はねぇんだ」
 そう、作る気は全く無い。
 恋愛対象としての薫は諦めたたぁ言え、薫とマサキを守るってぇのに変わりはねぇ。
 大事なもんってのは、一つならまだ守りきれるが、二つ以上は無理だ。
 舎弟どもだって、多少は守ってやらねぇといけねぇし・・・。
 これ以上、守る対象を増やすのは自殺行為だぜ。
 てわけで、俺の『理想の恋人』ってぇのは、守るよりも、一緒に同じ方向を向いて並んで立っていられるやつで・・・・・・。
 そんな女は、まず、いねぇ。
 そういう意味のことをぼそぼそと説明し終えると、薫は真剣な顔で、俺に問うてきた。
 「恋人って、守らなきゃならないの?」
 そりゃ・・・そうだろ?普通。
 なんてーか、男の甲斐性ってやつか?
 「龍麻さんも、守らなきゃいけない?」
 ・・・へ?
 いや、あの人は、俺より強ぇし、守るってぇより、背中預けて安心できる数少ない奴で・・・。
 あれ?
 まさか、先生は、俺の『理想の恋人』?・・・いや、しかし、恋人ってぇっからには守るのが男の甲斐性・・・しかし、男同士の場合、どんなんだろうなぁ・・・いや、しかし・・・しかし・・・・・・。
 「ほら、祇孔に龍麻さんはぴったりvvv」
 ・・・いや、だからな?何故、そこまで嬉しそうに他人の恋愛沙汰に首を突っ込むんだ?
 まさか薫は、『遣り手婆』だったのか?
 いるんだよ、女の一部にゃ、他人同士をくっつけて自分が幸せに感じる奴が。
 「ねぇ、祇孔。龍麻さんが、好きでしょ?」
 に、逃げてぇ・・・。
 何故、こんなときに限って、御門の野郎はいやがらねぇ・・・いたらいたでややこしいが・・・。
 「ねぇっ!好きでしょっ!!」
 ひーっ!
 い、いや、すでに『恋愛沙汰』とか考えちまった時点で、これは、『恋愛問題』になっちまってるのを自分でも認めちなってる気はするが!
 し、しかし・・・そりゃ、先生は可愛い・・・可愛いが、男だってーの!
 ・・・そういや、薫が好きな少女漫画雑誌・・・『少年同士の愛』がどうのという見出しが踊ってたな・・・。
 薫の様子から見るに、俺と先生が同性だってのは、薫にとっては、全然気にならねぇことなんだろうな・・・。
 俺には気になるんだが・・それとも、俺の方がおかしいのか?
 男だからってだけで、ハナっから『恋愛対象外通知』をするのは、頭が固いってことなのか!?
 そっち方面じゃ、かなりの柔軟性があると自負してたんだが・・・くっ、村雨祇孔ともあろう者が、セックスで時代遅れなんてのは、自分で自分が許せんぞ。
 相手が男・・・まあ、いい。
 やっててかなり良かったんだ。そう悪くはねぇだろう。
 そういうことにしておこう・・・深く考えるとダメな気がする・・・。
 問題は・・・まだ特定の相手に縛られる気は無かったってことなんだが・・・。
 『やってもいいけど、拘束されるのはイヤだ』・・・通じねぇだろうなぁ・・・薫には・・・。
 ・・一応、言ってみるか。
 「あ、あのな、薫。俺は、まだ特定の相手を作る気はねぇんだが・・・」
 「作る気も何も、だって、龍麻さんのことが好きになったんでしょう?恋は『そろそろしよう』って思ってするものじゃないじゃない」
 ・・・あからさまに擦れ違ってねぇか?これ。
 どう説明したものか、と頭を抱えていると、薫はとんでもないことを言い出しやがった。
 「そもそも、祇孔は龍麻さんのことが好きでも、龍麻さんはそうでもないかも知れ無いじゃない。そしたら、祇孔が悩むこともないんだし・・・」
 何を仰りやがりますかね、この姫さんは。
 俺が先生に「好きだ」っつって、先生が「悪いけど、俺、お前のこと好きじゃないから」とか言うとでも?
 ・・・・・・・・・・・あ。
 そういや、先生から「無かったことに・・」だったっけか。
 とすると、俺だけが勝手にやきもきしてる可能性はあるわなぁ。
 そういう事態は、正直、全く考えてなかったぜ。
 先生の態度を思い出してみるに・・・・・・。
 ・・・嫌われてはねぇが・・・先生が俺に『恋愛感情』を抱いてるかどうかは、確かに断言できねぇな。
 そういう風に見てなかったってのもあるけどよ。
 考え込む俺に、薫は、それはそれは目をキラキラさせて迫るのだった。
 「さぁっ!祇孔、電話で聞いてみたら?龍麻さんの気持ちっ」
 ・・・何故。
 胡乱に見る俺をよそに、薫はうっとりとした目を宙に漂わせた。
 「『龍麻・・・アンタが好きだ』『祇孔・・お、俺も好き・・』顔を赤らめた二人は、それ以上の言葉が出なかった・・・しかし、電話の向こうからは、お互いの息づかいだけが聞こえてきて、それだけで、幸せな気分になるのであった・・・ステキよねぇ・・・」
 ・・・どこがどういう風にステキなのか、俺にはさっぱりわからねぇんだが・・・。
 あ、いや、解説はいらねぇ・・・。
 ともかく。
 どうやら、薫にとっては、少女漫画が目の前で繰り広げられいるのも同然らしかった。
 ・・・勘弁してくれよ・・・。

 
 それからしばらく、しのごの揉めたが、俺は、ついに根負けして、薫の前に膝を突いた。
 「ほら、祇孔、早くっ」
 うぅ・・・どうしても、今、ここで先生と話しないと駄目なんですかい・・・。
 携帯をのろのろと取り出して、短縮を押す。
 「なーんだ、ちゃんと龍麻さんの番号、登録してるんじゃないっ」
 いや、そりゃ、単に必要に駆られて・・・いえ、もう、いいです・・・なんでも・・・。
 いっそ、出ねぇでくれ、先生・・・。
 
 ・・・6回・・・7回・・・8回・・・。

 あれ?マジで出やがらねぇ。
 今は・・・21時過ぎか。
 風呂・・・かねぇ?
 「薫、先生、出ねぇから、この件は、また、今度ってことで・・・」
 『はい、緋勇です』
 うわっ、びっくりした!
 「せ、先生?あ、いや、もう、出ねぇのかと・・・」
 『村雨?・・・えと・・・何の用?』
 「何の用かってぇと、その・・・」
 薫・・・痛ぇよ・・・車椅子で背中を轢くのは止めてくれ・・・。
 「せ、先生。話があんだが、今、どこだ?」
 だから、痛いって・・・仕方がねぇだろうが。
 せめて、俺だって、こういう話は二人っきりでしてぇよ。
 『え・・・?その〜・・翡翠んとこ』
 ・・・あ?
 待て。今、21時過ぎだぜ?
 なんで、そんなとこにいやがる?
 「誰かと一緒かい?」
 『いや・・俺と翡翠だけだけど』
 なに〜〜〜〜!!
 待て〜!夜だってぇのに、如月と二人っきり〜!?
 まさか、泊まるつもりか!?駄目だ!!
 アンタは、俺の・・・もん・・・いや・・・・・・まだそう言い切るには心の準備が・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。(←準備中)
 俺のもんだっ!
 俺のもんったら、俺のもんだっ!!
 「龍麻、そこにいろっ!俺が、今から、そこに行く!」
 『・・・え?』
 「もし、如月と二人で、服が乱れたりしてみろ!アンタも如月もぶっ殺す!!」
 『・・・・へ?』
 何か言いたそうな先生にはかまわず、俺は携帯を切った。
 く・・くく・・・如月と二人・・・許さねぇぞ・・・アンタはなぁ、俺のもんなんだからな・・・・。
 「薫、じゃあなっ!」
 俺は上着をひっ掴み、その場から駆け出した。
 「祇孔・・・目が据わってるわよ?・・・なーんだ、私が後押しすることなかったじゃない」
 後ろから、薫の呟きが追ってきたが、もう俺の耳にゃ入らなかった。


 制限速度をぶっちぎり、時速100kmは軽く越えて、辿り着いたは如月骨董品店。
 ありがとう、俺の運。
 ありがとう、HONDAシャドウスラッシャー。(←愛車750バイク)
 
 案内も請わずに上がり込んで。
 「いらっしゃい」
 じろりと冷ややかな視線を飛ばしてくるのは、ここの主。
 ・・・よし、着物に乱れは無し、と。
 先生は・・・何故、頬に畳の跡が付いてるんだっ!
 寝てたのか!?
 畳に横になって、何をしていたんだ、何を!!
 ぐるぐるとよからぬ想像が頭を回っている俺は、突っ立ったままで。
 先生が目線を合わせようとしねぇのが、また苛立たせる。
 ふっと如月が溜息を吐いた。
 「じゃ、僕は引っ込んでるから。二人で心ゆくまで話したまえ」
 如月が後ろ手で閉めた襖が、かたんっと音を立てた。
 座っている先生の前に、俺も腰を落とす。
 「先生。話があるんだが」
 「俺も、ある」
 上げた瞳には、強気な光が煌々と照っていて。
 何の話だかしらねぇが・・・というか如月関係だとイヤだ・・・無視することにして。
 「先に、俺の話を聞け」
 「やだ。俺は、お前に言いたいんだ」
 引く気はねぇみてぇだな。
 
 「あのな、先生。俺はな・・・」
 「あのな、村雨。俺はな・・・」

 「アンタのことが・・・」
 「お前のことが・・・」

 「「好きだ」」


 
 ・・・・・・あ?
 今のは・・・俺の声がエコー被ったんじゃねぇよな。
 先生も、びっくりしたような顔で、こっちを見ている。

 「好き・・・つったか?」
 「村雨・・今、何て?」

 口を開くと、完璧同じタイミングで。
 きっと、先生と俺は、相性ばっちりなんだろうよ、うん。
 しかし、話が進まねぇから、俺は手で合図して、先生にとりあえず黙って貰った。
 「あのな、俺の言う好き、は、前に酔って言った『好き』じゃなくてだなぁ。・・・抱きてぇってのを含んだ『好き』なんだけどよ」
 さすがに『恋愛感情で好き』なんざ、恥ずかしくて言えねぇ。
 これが、俺の精一杯の表現だ。
 ・・・と言うか、何故、俺は、告白までしているのだろう。
 ついさっきまで、これが『恋愛感情』かどうかすら悩んでいたってぇのに。
 先生が、他の奴のもんになるかもしれねぇって思っただけで、壮絶に腹が立って・・・俺だけのものにしたかったんだよなぁ。
 『恋愛感情』というより『独占欲』というもののような気もするが。
 先生は、赤くなって白くなって、また赤くなって。
 「俺の・・・『好き』も、その・・・そういう『好き』なんだけど・・・」
 そういうって・・・まさか、俺を抱きてぇ、とか言わねぇだろうな・・・。
 確認するのは怖ぇから、あえて無視。
 「だって、アンタが、言ったんだぜ?『酔った弾み』ってことにしようって」
 「だって、それは・・・!む、村雨が、困ってるみたいだったから・・・それに、村雨、そう言ったら、安心したじゃないか!」
 「そりゃまあ・・・正直、言って、あの時点じゃ、そうだったが・・・だけど」
 言って、俺はじりりとにじり寄って、先生と膝を突き合わせ、先生の両手を取った。
 目を逸らそうとする先生に顔を寄せて、目を覗き込む。
 「あれから、アンタが忘れられねぇんだ・・・アンタのことばかり考えてる」
 完璧、口説きモード。
 こういうのは、目を見て、甘い声で囁けば良いんだ。
 大抵の女は、それで落ちた。
 セリフは、ちょっとくらい大袈裟な方が良い。・・・ちっとくらい嘘でも、口説けりゃ良いんだ。
 「寝ても覚めても、女と寝てても、アンタのことばかり浮かんできて・・・」
 「・・・女と寝てても・・・?」
 先生の目が、すぅっと細められた。
 声が低い。
 ・・・俺は、この瞬間、一生、先生の尻の下に敷かれる自分がはっきり見えた。
 そんなもん見えても、ちっとも嬉しくないが。
 ・・・口が滑ったか。
 俺としちゃあ、女としててもアンタを思い出すってのは、誉め言葉のつもりだったんだが・・・そうは取ってくれなかったみてぇだな。
 何とか、話題を逸らさにゃあ。
 ここは、真面目な顔をして、真剣な声で。
 「アンタが、好きだ」
 「俺だって、村雨のこと、好きだ」
 握った手が、震えている。
 かーわいーいなぁ・・・。
 先生は、こういうストレートな口説きの方がいいみてぇだな。
 「それじゃ・・・これから、『恋人』ってことで、いいかい?」
 「え・・・あ・・・う、うん」
 先生は、こくこくと頷いて・・・それから、きっ、と睨んできた。
 「こ、恋人って言うからには、浮気しちゃ駄目なんだからな!」
 浮気・・・っすか。
 駄目ですか。
 ・・・普通は、そうか。
 「男は、アンタだけ・・・ってのは、駄目か?」
 「駄目!駄目ったら、駄目!」
 冗談で言ったのに、先生は、顔を真っ赤にして怒鳴る。
 可愛いなぁ・・・嘘だよ、こんな可愛い恋人持った男が、浮気なんかするかよ。
 ・・・・・・多分。
 「も、もし、浮気したら、俺も浮気してやるんだから!」
 そりゃ、駄目だ。
 「もし、そんなことしたら、アンタも相手の男も、ぶっ殺すぞ」
 「・・・何で、相手が『男』に限定してるんだよー」
 ・・・あ、そうか。
 女の可能性もあるのか(普通そのほうが高い)。
 はっはっは、すっかり、頭から抜け落ちてたなぁ。
 まあそれはともかく、これで、お互い浮気はしねぇってことで。
 「龍麻、愛してるぜ」
 「お・・俺も、愛してる」
 そんな風に答えながら、先生が目を閉じるもんだから、俺は当然のようにキスしようと顔を寄せて・・・。

 ガラッ。

 唇まで、あと数ミリ、というところで、横の襖が開いた。
 「うわっ!」
 さっきまで照れもせずに俺のことを「愛してる」とか言ったくせに、先生は俺を突き飛ばした。
 ひでぇ・・・。
 「話し合いは終わったか?」
 きーさーらーぎー・・・。
 貴様、わざとか?わざとなんだろ!?
 「とりあえず、床の用意はしておいた。新しいシーツを敷いた上に、念のため大判のバスタオルを敷いている。枕元には、ティッシュとミニタオル、濡れタオルも用意しておいたので、心おきなく使ってくれたまえ」
 ・・・・・・・・・・・。
 襖の間から見えるのは・・・客用布団(しかも掛け布団は真っ赤)。
 枕元に行燈風ライトだけが点灯して、何とも趣深い明るさだ。
 ・・・いや・・・その・・・如月・・・お前、一体、何を考えて・・・。
 「ここまで用意したんだ。仮に布団自体を汚したら、お買いあげ頂くぞ」
 じろって睨まれてもなぁ・・・。
 先生は・・・あぁあ、真っ赤になってるぜ。
 そりゃまあそうだろうが。
 友達に「さあ、ここで今からやりたまえ」って言われりゃあなぁ・・。
 却ってやれねぇっての。
 それとも、如月はそれを見越して故意にやってんのか?
 「じゃ、僕は奥で休むから。ごゆっくり」
 そして、音もなく如月は消えて。
 
 「どうする?」
 何気なく、そう尋ねると、先生は真っ赤な顔のまま、あわあわと腕を振り回した。
 「ど、どうする・・・って・・!」
 「いや・・・帰るか?お言葉に甘えるか?」
 ・・・これは、単に、ここでやるか、帰ってやるか、という質問になってるな。
 結局、どっちでもやるんかい。
 自分で自分にひっそりと突っ込んでおいて。
 「あ、あのさ・・・俺、さ・・・」
 うるうるとした瞳で、先生は俺を見た。
 「あ、あのとき、すごく・・・気持ち良かったんだけど・・・」
 そりゃ・・・凄ぇな、俺。
 男相手は初心者なのに、やっぱテクニックは共通なのか。
 「か、勘違いするなよっ?気持ちいいっていうのは、そ、そういう意味じゃなくって・・・」
 なら、どういう意味だってんだ。
 「村雨の身体・・温かくってさ・・・なんか・・・安心するっていうか・・・その・・・」
 あぁ・・・それなら分かる。
 俺も、気持ちよかったからなぁ、先生の身体。
 「それじゃあ」 
 と、俺は、逃げてた先生の手をもう一度握った。
 「・・単に、一緒の布団で、寝るかい?ぐーぐーと」
 気持ちが通じて嬉しいのか、先生がにこっと笑って俺を見上げた。
 「重なって?」
 「そう、重なって」
 人間カイロ?とおどけて見せて。
 ま、急ぐこたぁねぇよな。
 晴れて『恋人』になったばかりなんだしな。
 順番は・・・ちっとばかり間違えちまったけどよ。
 「愛してるぜ、龍麻」
 「俺もー」
 もう一度、そう言って、今度は誰にも邪魔されずに、小さな小さなキスをした。



 で、翌朝。

 「お買いあげ、15万6千円」
 「それ、ぼったくり・・・」
 「何か、文句があるのか?」
 「いえ・・・無いです・・・」

 『恋人』と、裸で重なって寝るんだぜ?
 俺の下半身が、そんなに殊勝なやつじゃねぇのは、最初から分かってるよなぁ?
 と言うか、せっかく『恋人』になったのに、裸で寝てても手も出されねぇなんて、先生が自分に自信なくしたら困るだろ?
 と、心の中で反論しつつ、俺は見てくれだけは殊勝そうに頭を下げて、財布を取り出した。
 そして、ふと気づいて、如月に聞く。
 「そういや、先生は?」
 如月は、重い溜息を吐いて、呆れたように肩をすくめた。
 「はばかりだよ。・・・龍麻の身体を気遣うなら、中で出すのはやめたまえ」
 「しょうがねぇじゃねぇか。お前が、何も用意してくれてなかったし」
 「何故、僕がそこまで用意しなくてはならんのだ!!」
 そりゃそうだ。
 しかし、あそこまでセッティングするなら、ついでってもんが・・・。
 「第一、そもそも何であそこまで用意してやって、それでも汚れたりするんだっ!」
 「努力はした」
 「胸を張って言うな!」
 いやあ、本当に努力はしたんだがなぁ。
 俺のは全部先生の中に出しただろ?
 先生のは、半分は飲んでやったし、挿れてる間は、手の中に出させてタオルで拭ったし・・・。
 「解説せんでいいっ!」
 盲点だったのは、寝てる間に、先生の中から俺のがたらたらと漏れてきてしまったってことか。
 やっぱ、挿れたまんま寝りゃあ良かったなぁ・・・。
 「やめんかっ!」
 「悪ぃな、如月。今度から、失敗しねぇようにするぜ」
 「今度からは、ここでするなっ!」

 ぎゃーぎゃーと如月が叫んでいるさなかに、先生がふらふらと戻ってきた。
 「・・・仲良いなぁ、如月と村雨は」
 妬くなよ。
 そして、如月。
 吐く真似までするなよ。


 そうして、俺は、『恋人』を手に入れたのだった。
 今回の教訓。「馬には乗ってみよ。人には沿ってみよ」
 真実だよなぁ、はっはっは。



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