其の弐
俺には、両親がいない。
物心付いた頃から、じーちゃんとばーちゃんに育てられていた。
もちろん、それが悪いってわけじゃない。
ただ・・・だから、村雨に惹かれたのは、それが遠因だった気がする。
やっぱ、なんてーの?髭って、オヤジの象徴って感じだろ?
ちなみに、鳴瀧のおっちゃんの髭は、全然『父性』を感じさせてくれなかったが。あそこまでいくと、ちょっと・・なぁ?
村雨くらいの『プチ無精髭』に、中年男の悲哀を感じるんだよな。
いや、村雨は同い年だけどさ。
それに。
真神学園に来てから、変な事件に巻き込まれてるけど、俺だってあんな化け物と戦うのって素人だろ?だけど、何となく俺がリーダーになっちゃって、みんなに頼られちゃったし、その上どうやら根本的に俺のせいだったみたいだし・・。
だもんで、俺はみんなを守らなきゃ!って気を張りつめてたところに、新しく仲間になった皇神の3人は、それぞれが自立していて、なんだかほっとした。
俺たちが素人くさく四苦八苦してた間にも、こいつらはとっくに戦ってたんだなーと思うと、あぁ、こいつらは俺が抱え込まなくてもいいんだって肩の力が抜けてさ。
村雨なんか特に『とっくに社会人』みたいな雰囲気を漂わせてたしな。
大人で、自分の足でしっかり立ってて、他人を守って、自信に満ち溢れてて・・・。
だから。
俺が村雨に惹かれてたのは、何となく『大人の男』に対する憧れであって、なんて言うか一人の男として・・はっきり言えば、性愛の対象として惹かれてたんじゃないんだ。
それだけは、はっきり言える。
そもそも、俺も村雨も男だし。
でも、『大人の男』に対する憧れとはいえ、村雨も確かに俺と同じ18歳。
よくよく付き合ってみれば、ちゃんと年齢なりに子供っぽいところも持ってたんだけど・・でも、それを知っても、別段幻滅したりはしなかった。
むしろ。
俺には・・(正確には、俺や京一、翡翠、紅葉とかの仲間には、だけど)、子供っぽいところを見せてくれるのが、すっげぇ嬉しかったり。
だから、その日、村雨が酔ってハイになってるのは、何だか俺たちには気を許してくれてる証拠のように思えて、ちょっと誇らしいっていうか、そんな気分になってた。
歌舞伎町にいるときとか、浜離宮にいるときとか、勿論戦ってるときとかに、そんな開けっぴろげに機嫌が良い村雨なんて見ることなかったし・・・。
まあ、ひょっとしたら・・・如月骨董品店にいるときは、いつもあんななのかもしれないけど、俺、麻雀出来ないから、あんまりここで村雨と遊んだことないから、よく分からない。
・・・翡翠んちが、村雨の『第2の部屋』になってる・・わけじゃないよな・・ははは・・・。
でも、村雨、翡翠と仲良いし〜・・翡翠、綺麗な顔してるし〜・・腰は細いし〜・・金銭感覚はシビアだし〜・・あ、そりゃ関係ないか。
い、いや、別に、翡翠に妬いてるわけじゃないけどさっ。
村雨、男だし、俺も男だし、翡翠だって男だし・・・だけど、もし村雨が翡翠のこと好きなんなら、男も対象範囲ってことだよな・・・なら、俺だって・・・・・・・。
はっ!俺は、何、考えてるんだっ!
赤くなったかもしれない顔を隠すために下に向いたら、京一がちょうどそこに転がってて、手にコップ握りしめたまま、俯せになってたから、危ないかな〜って、コップを取り上げて、もっと端のほうに引きずっていこうとしてたら。
村雨がすっごいにこにこしながら俺の側に来たんで、京一のことはすっかり頭から抜け落ちて、京一の頭を取り落としてしまった。
すまん、京一。もっと馬鹿になったら、許せ。
ずりずりと膝で歩いてきた村雨は、一升瓶を左手に持ってて、実にさまになっていた。
で、その瓶を、どんっと横に置き。
「なぁ、先生。俺ぁ、ホントに、アンタのことが好きだぜ」
なんて言われたんで、俺は、なんかすっごい嬉しくなって。
「あははは〜、奇遇だな〜、俺も、村雨、好き〜」
俺も、普段から村雨のことは好きだったんだよってのを伝えたくなって、そう言った。
「アンタは、こんな可愛い顔して、俺をのせるくれぇに強ぇし、かといってそれを鼻にかけたりしねぇし・・・」
「お前も〜、強いじゃん〜、むらしゃめ〜」
「俺はな〜、全然駄目だっての。マサキ守るだけで手一杯だしよ。それにそれも守り切れてねぇんだから、情けねぇ」
村雨の頬が赤い。
それに、普通に喋ってるようでいて、いつもよりちょっと高い声だし、やっぱ、酔ってるんだな。
でも、気持ちよさそうな酔い方で、見てる方も楽しくなる。
だけど、自分で「全然駄目」って言ったときは、ちょっと寂しそうで、でも、村雨は全然駄目なんかじゃないんだから、俺は、何とか、こう、そう言いたくて、村雨の肩をばんばんと叩いた。
「何、言ってんだか〜、俺、お前の生き方、好きだもん〜」
「ありがとよっ!そう言ってくれんのは、先生だけだぜっ!」
いきなり、村雨は、がしっと俺を正面から抱き締めた。
ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったし、酔ってるときでもなくちゃこんなこと出来ないかと思って、俺もしがみつき返した。
想像はしてたけど、村雨の胸板は厚くて、しがみつき甲斐がある。
酒臭い中に、整髪料とかタバコの匂いとかが混じった村雨の匂いがして、俺は、それを肺一杯に吸い込んでたんだけど。
ふと気づくと、みんなに引き剥がされていた。
なんでだよー、もう。
せっかく気持ちよく抱き合ってたのにー。
それからしばらくして、俺もダウンしたらしくて、畳に寝転がってたんだけど。
なんか話し声が聞こえて、夢うつつに聞いてたら、それが村雨と翡翠の声で、二人で何話してるんだーとか気になったんで起きてみた。
そしたら、村雨が帰るって言ってるから、俺も帰ろーって思って・・。
別に、ホントに、帰るつもりだったんだよー。
翡翠に迷惑かけるのもイヤだったし・・。
タクシーの中で寝ちゃったのも、偶然。
・・そりゃ、途中で気づいたんだけどさ。でも、もっと村雨と一緒にいたかっただけなんだ。
ひょっとしたら、誰にも邪魔されずにもっと話ができるかと思っただけ。
・・シャワーに押し掛けたのも、ただ・・頭冷やして、朝まで話したかっただけで・・。
よ、よろけて、しがみついたのは、ホントに何の意味もなかったんだよー。
しがみついてるうちに、手のひらに村雨の筋肉とか感じて、うわー、結構逞しいよなーとか思ったのも、普通に男として羨ましく思っただけで、それから、視線を落としたら、すっごいのが目に入ったけど、そ、それにしたって、同性として客観的に見ただけで、別に、それで興奮したりはしないよー・・だって、俺、ノーマルだもん・・。
だけど、村雨の手が、俺の腰を触って・・・引き寄せられたら、腿とか腹とかの素肌が村雨に触れて・・俺、女の子ともしたことないから、こんな肌同士が触る感触なんて初めてで、なんだかすっごいドキドキして・・。
村雨が、指で俺の頬を撫でるのが気持ちよくて、目を閉じたら・・・く、唇に・・・柔らかいものが押し当てられて・・。
村雨でも、唇は柔らかいんだなーとか頭のどこかで妙に冷静に考えてたりして。
舌が絡まる感触も、初めてなのに気持ち悪くはなくて、動き回るのが面白くてべーって俺も押してみたりとか。
唇が離れたときには、なんだか寂しいような気がして、自分で自分の唇をぺろっと舐めた。
村雨の声が、低く掠れたような感じで、背中がぞくぞくした。
「イヤかい?」
て問いに対する俺の「イヤじゃない」は、今したキスに対してのものだったんだけど・・村雨は、その後の行為に対するお伺いをたてたつもりだったらしくて・・。
何をされるのかよく分かってないうちに、ベッドに重なることになってた。
そりゃ・・抵抗することは可能だったけど・・。
でも、冷えた身体に、村雨の素肌が触れるのが気持ちよくて。
触られた箇所から痺れるように熱が拡がって。
もっとくっついていたくて、俺の方から腕を回して村雨の身体を引き寄せた。
俺のアルコール血中濃度は、相当高かったんだろうなー。
痛いはずの(そのくらいの知識はある)、その行為が、ただ、気持ちよかったんだから・・。
い、いや、その、気持ちいいっていうのは、いわゆる射精したいような気持ちよさじゃなくて!
ただ、ただ、村雨の体温を感じられるのが、心地よかったんだよー。
・・そりゃまあ・・射精もしたけどさ・・・。
だ、だって、村雨、とんでもないとこ舐めるしー!
俺の中、ぐちゃぐちゃに掻き回して・・・!
あ、あ、あんなの、俺、初めてだったんだし・・・。
村雨が、何度もするもんだから・・俺の身体で興奮してるのかと思ったら、俺まで興奮しちゃったしー・・。
だって、百戦錬磨っぽい男が、俺でイくんだもん。
・・自分が認められたみたいで、ちょっと嬉しいってのは、おかしくはないだろー?
・・・・・・・おかしいか。
翌朝。
意識が戻ってくるにつれて、腰のあたりがだるいし、昨日さんざん酷使したところがひりひり痛いし・・でも、なんだか、あぁ、村雨としたんだなーって妙に感慨深い気もしたんだけど・・。
まだ目を開けてない状態でも、村雨がこっちを見てるのが分かった。
だけど・・・想像したような視線じゃない。
・・・おかしいな?
村雨、何考えてるんだろう?
不思議に思って、目を開くと、ベッドの上にあぐらをかいてる村雨と目が合った。
「おはよー」
俺は、女じゃないし、別に、初夜を迎えた花嫁さんみたいに、あるいは、やっと想いが通じた恋人同士みたいに、朝、恋人のキスで目覚めたいとか思ったわけじゃないんだけど。
でも。
村雨が、怖いものでも見てるみたいに、俺を凝視してるとは思わなかった。
だけど、頭のどこかでは、妙に冷静に、あぁ、村雨は男なんかとしちゃって、迷惑に感じてるんだろーなーって理解して。
・・それが、当たり前の感情なんだ、と。
昨日までの自分の常識に照らし合わせて、納得した。
露になった俺の上半身を、村雨は、無表情に見ている。
無表情そうに見えて・・頭の中では、やばいなぁ、とか、やっぱ、やっちまってたのか、とか考えてるのが、分かっちゃって、ちょっと悲しかった。
・・・悲しいって考えると、泣き出しそうで、俺は、さっさと浴室に逃げ込むことにした。
鏡に映る、キスマークの跡は、村雨があんなに熱心に付けたものなのに・・・イヤなものでも見てるみたいな目をされて・・・尻から伝い落ちる感触も、昨日はあんなに嬉しかったのに、迷惑そうに見られて。
・・・自分が、ものすっごい馬鹿者に思えて、しゃがみこんで泣いた。
でも、泣いてたなんて気づかれたら、村雨は優しいから責任取ろうとするだろうし、そんな義務感で接されても惨めになるだけだから、冷たいシャワーを浴びて、目の腫れを何とか引かせて。
出てきて、村雨のバスローブを羽織ると、村雨の匂いがして、また泣き出しそうになるのを、違うこと考えて紛らわせて。
村雨を探すと、テーブルに朝食の用意が出来てて、急におなかが空いてることに気づいて、昨日あんなことしたのに、今こんなに悲しいのに、おなかだけは空くんだと思って、それがなんだか面白くて、俺は自然に笑っていた。
イスに座ると、村雨が俺の飲み物を聞いてきて。
・・・俺の好みなんか、覚えてもないんだって気づいて・・やっぱり、村雨にとって俺なんて、一杯いる友達の一人でしかないんだって思い知らされるようで・・・。
でも、もう、いっそ、心の中が乾いていくようで、涙も出なかった。
砂を噛むように味気ない食事を黙って取る。
村雨の、まるで腫れ物でも触るように、こっちを警戒してる様子が、ひどくいたたまれない。
・・何を、どう言おうかと、悩んでるんだろう。
どうせその気もないくせに、責任取って付き合う、なんて言われたら、俺はキレてしまいそうな気がしたので、自分から決着を付けることにした。
「あのさー、村雨」
「何だい?先生」
「夕べは、俺、酔ってたし。村雨も酔ってたよな」
それは、本当。
酔ってなければ・・・あんなことにはならなかっただろう。
・・・もう、俺、一生アルコールは飲まない。
「つまり、そういうことで、片をつけないか?」
ようやく、目を上げると、村雨は困惑したような顔をしていた。
「酔って、何にも覚えてないけど、実際、何も無かった、と。そういうことで、さ」
そう、付け加えると、村雨は・・本当はポーカーフェイスを装ってたんだろうけど・・確かにほっとした顔をした。
・・・最初から期待してなかったけど・・・本当に、村雨にとっては、迷惑な出来事だったんだなー・・・。
いつもの俺なら、失礼だな!!って怒るとこなんだけど・・・ふぅ・・・怒る気にもならないや・・・。
「ま、俺が逆の立場でも、そう思うだろうけどさ。なんてーの?一回したんだから、貴方は私のものよーっとか言われると、参るだろうし」
言いながら、笑ってみせると、絞りかすのように目尻に涙が滲んだ。
さっさと家に帰ろう、と、村雨が乾かしてくれたシャツを着る。
・・・その気がなくても、面倒見はいい奴だよなー。
女にも・・・もてるよな、そりゃ。
周りにいい女が選り取りみどりな状態で、わざわざ男の俺なんかを相手にするわけないか。
内心溜息漏らしながら、バスローブを落とすと、村雨が俺の身体を見ているのに気づいた。
「何、見てんだよ」
「いやぁ、色っぽいなぁ、と」
・・・・・・・・・。
俺の身体が?
・・・ちょっとは・・・期待して・・いいのかな?
「アホか」
あぁあ。
せっかく思い切ろうと思ったのに・・・俺って、結構女々しかったんだなー。
まだ期待持って、カマかけようとするなんて。
「そーゆーこと言うと、俺も言っちゃうぞ」
「何を?」
だけど・・・みっともなくても・・・ひょっとして、村雨が迷惑に感じてるってのが俺の勘違いなら・・・もしも、ホントに、俺に性欲を感じてるってんなら・・・。
「村雨くんとセックスしたの〜vこれで、私は、村雨くんの恋人なのねっvvv」
それでも、真剣に言う勇気はなくて、女言葉でわざとらしく言ってみた。
・・・・・・村雨は、ひどく、ぎょっとした顔をした。
おまけに、どう返して良いのかわからんって感じで黙り込む。
・・・・・玉砕。
やっぱ、全然、俺に『そういう意味』での興味はないんだな・・・。
やめときゃ良かった・・・自分で自分の傷を深くした気がする・・。
村雨に、マンションまで送って貰って。
自分のベッドに倒れ込んで。
「ふられちゃったなー」
と、呟いてみると、今まで考えないようにしてきた感情が、どっと押し寄せてきて・・・俺は身体を丸めて泣いた。
ちぇっ・・・・俺、恋愛感情で好きだったんじゃないのにさ・・・・。
そういう意味でも好きだったんだって・・・・今頃、気づいたや・・・・・・。
気づく前にふられてるなんて・・・・・・・・・最悪・・・・・・・・・。