告白

其の壱



 白い光が、瞼を通して眩しく映る。
 (朝か・・・)
 俺は、重い頭でうっすらとそう判断し、その光を避けようと寝返りを打とうとした。
 ・・・打とうとして・・・腕も妙に重いことに気づき。
 あんまりそっち側を下にして寝てたせいで痺れたのかとも思ったが、胸に当たるくすぐったい感触まであるとなると。
 (・・・やべぇ)
 最初に浮かんだのは、その一言だった。
 夕べのことは、今のぼけた頭では何も思い出せないが、こりゃ、誰かを引っかけて家まで連れ込んじまったという状況では。
 ここがてめぇの家のてめぇのベッドだってぇのは分かるだけに、まじぃなぁ、と心中舌打ちする。
 いくら女と遊んだって、てめぇの部屋に連れ込むのだけは避けてたつもりだったんだが・・・夕べはよっぽど酔っちまったみてぇだな。
 どうするか、と考えながら、目を開ける。
 まず目に入るのは、艶やかな黒髪。
 顔は伏せてて見えねぇが、それに連なる白い肩は細い・・というか骨っぽい。
 あんまり痩せてる女は好みじゃねぇんだが・・・。
 自分のものとは思えないような痺れた腕をそぅっと引き抜く。
 起こさないように動かしたつもりだが、それに乗ってた身体は、ころりと反転した。

 ・・・・・・って、おい!

 先生じゃねぇか!!

 ・・・良かった、知らねぇ女じゃねぇ・・・じゃねぇって!
 待て、俺は、夕べ、何やった!?
 た、単に、酔って二人で寝てるだけだよな!?
 ・・・し、しかし・・・この腰の具合は・・・重いようなだるいような、でもすっきり!みたいなこの体調は・・・や、やっちまったかな〜、という気がひしひしと・・・。
 先生は俺の懊悩も知らずに、すぅすぅと健やかな寝息をたてている。
 こうして見ると、顔は小せぇし、睫毛は長いし、肌はつるつるだし、朝日に透けて産毛は金色で柔らかそうだし・・・可愛い顔してんよなぁ、先生・・・。
 普段の生意気さが嘘みてぇだ。
 い、いや、今はそんなことに見惚れている場合じゃねぇって。
 夕べ・・・そう、夕べはだなぁ・・・




 その場にいたのは、その家の主である如月、麻雀仲間の壬生、蓬莱寺、俺、そして多分蓬莱寺に誘われた先生がいて、ついでに雷小僧。
 最初は飲み会のつもりじゃなかったんだが、ふと気づくと一升瓶がごろごろ転がるような状態になってた。
 俺も、ついつい思いっきり飲んだんだよなぁ・・・。
 ってーか、俺ぁ、どうも心地よかったみてぇなんだよな、この雰囲気が。
 自分で言うのも何だが、普段飲むっつったら、舎弟どもの面倒見ながらか、浜離宮関係だろ?
 ってーと、やっぱ、気が抜けねぇんだよ。舎弟どもに醜態曝せねぇし、いつ「村雨さん、頼んます!」とか頼られるかも知れねぇし、飲んでても理性は保ってる状態で。
 浜離宮は言わずもがな。
 てめぇ一人で飲んだって楽しくもなし、ここまで気のおけない仲間と飲むってぇのは俺にとっちゃ初めてだったのかも知れねぇ。
 それで、だ。
 ついつい羽目外しちまったんだよなぁ。
 おまけに、異様にハイテンションになったんだな、多分。
 なんかくだらねぇことを話しながら散々飲んでるうちに。

 「なぁ、先生。俺ぁ、ホントに、アンタのことが好きだぜ」
 「あははは〜、奇遇だな〜、俺も、村雨、好き〜」


 ・・・待て。
 何だ、この記憶は。
 ・・・えーと。
 そうだ、酔って真っ赤になった先生が、すでに潰れた蓬莱寺の面倒みてるときに、言ったんだ、確か。
 自分も酔ってるくせに、そんなときまで仲間の面倒見てる先生が、何だか自分が舎弟と飲んでるときみてぇで、ちょっとムッとして(だってそうだろ?俺たちぁ先生に守られたいわけじゃねぇ)、自分の方を向いて貰おうと、先生の肩を抱いて囁いたんだっけ。
 ま、囁いたって言っても、
 「村雨さん・・いきなり龍麻を口説くのはやめて下さい」
 「あ〜!龍麻サン、俺は〜!?」
 とか、周りが騒いだから、あんまり囁き声でもなかったんだろうが。
 「アンタは、こんな可愛い顔して、俺をのせるくれぇに強ぇし、かといってそれを鼻にかけたりしねぇし・・・」
 「お前も〜、強いじゃん〜、むらしゃめ〜」
 「俺はな〜、全然駄目だっての。マサキ守るだけで手一杯だしよ。それにそれも守り切れてねぇんだから、情けねぇ」
 「何、言ってんだか〜、俺、お前の生き方、好きだもん〜」
 「ありがとよっ!そう言ってくれんのは、先生だけだぜっ!」
 で、がしっと抱き締めたら、先生も、きゃーっとか甲高く笑いながら、俺を抱き締め返して・・・。
 ・・・酔ってたな〜・・・俺・・・。
 いや、先生も、かなりべろべろだったが・・・。
 でもって、それから・・・あ、そうか、亀とかアサシンとかが俺らを引き剥がして・・・なんか踏まれたような記憶もあるが・・・。

 で、気づいたら、寒かった。
 周りを見ると、屍累々で、家の主が一人でぶつぶつと布団を敷いていた。
 「あ、起きたか、村雨。ちょうど良い、手伝え」
 「何を」
 「全員分の布団は、とてもじゃないが無いんだ。適当に広げて、皆を転がす」
 まぁ・・・一人暮らしだしな。4人分の客布団はないわな。
 それで、アルコール漬けの頭で思ったことは。
 「あ〜、んじゃ、俺ぁ帰るわ」
 「もう遅いぞ。それにそんなに酔っての運転はやめておけ」
 「タクシー拾うから良いって。またバイクは取りに来るぜ」
 って、のそのそ起き上がって、何とか自分の上着を見つけてると。
 「俺も〜、帰る〜」
 先生が、目を擦りながら起きてきたんだ。
 如月は、俺には聞かせたことがないような優しい声で
 「いいんだよ、龍麻の分の布団くらい、いくらでも用意するから」
 ・・・随分と待遇が違うことだ。
 「いいよ〜。村雨〜、タクシーで、俺んとこもついでに寄ってくれる〜?」
 「あぁ、お安いご用だ」
 勿論、その時、俺に下心は全くねぇ。
 ホントに、単についでに寄ってくつもりで、安請け合いして。
 如月も、俺が遊んでる風な外見の割には、結構まっとうで、男遊びの趣味はないって知ってんだろ。
 残念そうにしながらも、あっさり送り出してくれた。
 
 で、タクシー捕まえて。
 さー、先生んちに行くぞ、と思ったら。
 「ふに〜」
 ・・・先生、爆睡状態。
 俺の肩に頭もたせかけてぐーぐーと、耳元で何言っても起きやしねぇ。
 先生んちに行ったこたねぇし、そりゃ大体の見当はつくが、仮に辿り着いても本人がこの状態じゃ入れもしねぇかと思って、俺んちに行くことにした。
 
 で、重い体を支えながらマンションのエレベータを降り。
 扉を開けて、リビングのソファに先生の身体を落としたところで、ようやくお目覚めで。
 「うにゃ〜?ここ、どこ〜?」
 「俺の部屋だよ。先生、寝てて住所がわかんねぇから」
 「う〜・・俺んち知らないの〜?村雨、俺のこと、好きってゆったのに〜。愛が無いぞ〜、愛が〜」
 いや・・そんなこと言われても・・・。
 ぶつぶつ言いながら、ソファに転がってる先生に、ミネラルウォーターのペットボトルを渡す。
 こくこくと喉を鳴らして飲む姿が・・というか、口の端から水がこぼれる様子が、ちょっと色っぽかったりしたんだが、あぁ、俺、酔ってんだな〜と再確認して、視線をべりべりと剥がした。
 で、頭を冷やそうとシャワーを浴びに行って・・・。
 そしたら・・・。
 「むらしゃめ〜、俺も、浴びゆ〜」
 呂律の回らない口調で、いきなり先生が素っ裸で入ってきて・・って、まあ、シャワー浴びんのに服着られてても困るが・・・俺の隣に立って。
 俺を見上げて、ふにゃっとか笑って、あぁ、先生、色白いなぁ、とか、細い腕だなぁ、とか思ってると、よろけたのか、先生が俺にしがみついてきて。
 その肌触りが何とも気持ちよくて、冷たい水を浴びてんのにもかかわらず、ちっと・・その・・その気になったり・・・。
 先生も、俺の胴体に抱きついたまま、俺を見上げて、その顔に、シャワーの飛沫がかかって、顎を伝って水滴が落ちていき。
 それを拭おうと指先で頬に触れると、先生が、目を閉じたもんだから、こりゃ、お誘いに乗らねば男が廃るとか頭を過ぎり。
 触れた唇は冷たかったが、口の中は温かかった。
 ・・・ま、お互い酒臭いのがご愛敬だったが。
 柔らかい口腔を存分に堪能して、唇が触れるか触れないかくらいの距離で、
 「イヤかい?」
 と囁くと、
 「イヤじゃない」
 って答えが戻ってきたもんで・・・って、俺、さっきから先生に責任押しつけようとしてんな、格好悪い。
 いや、それはともかく。
 段々シャワーで身体が冷えてきたんで(頭が冷えてねぇが)、先生を抱きかかえるように浴室から出て、ちょっと拭いてからベッドに直行・・・。
 そのへんから・・・
 記憶が、かなり飛んでんだが・・・。
 やっちまった・・・んだろうなぁ・・・やっぱり・・・・・・。
 相手は男だと言うのに。
 しかも、先生だと言うのに。
 はぁ・・・いや、責任はきっちり取らせてもらう・・・って、男相手で、責任取るって、何やるんだ?
 参ったなぁ・・・。
 



 はぁっと溜息を吐いて、頭を掻いていると、先生がもぞもぞと身動きしたかと思うと、ぱちっと目を開けた。
 何度か瞬きをして、それから、不思議そうな顔で俺を見た。
 「よぉ、先生。おはよう」
 ははは、と生温かく笑ってみせる。
 「・・・おはよ」
 まだ不思議そうな顔で、先生は起き上がり・・・上半身が露になった。
 うわ〜・・・やっぱ、これ、俺が付けたんだろうなぁ・・・見事に散らばるキスマークはよ・・・。 
 俺の視線を感じたのか、先生も自分の身体に目を落とした。
 「・・・うわお」
 半ば感心したような呟きは、感情が読めない。
 さて、恥ずかしがってるのでもなさそうだし、怒ってもなさそうだし、こりゃあ、先生、どういうつもりだか・・・。
 しばらく、キスマークを指で辿っていたが、先生は顔を上げて、俺に言った。
 「村雨、シャワー借りるぞ」
 借りても良い?じゃなく、借りるぞ。
 うーん、いつもと変わりない先生だよなぁ。
 先生は、俺の返事も待たずにベッドから降り立って。
 「・・・あ」
 小さな声を漏らしたかと思うと、サイドテーブルに手を付いた。
 身体が痛むのか、と支えようとしたら・・・目の端で、何かが動くのが見えて。
 視線を落とすと。
 先生の大腿に、白い粘液が伝い落ちていくところだった。
 ・・・・・・・・・。
 俺のだろうなぁ、どう考えても。
 別に印があるわけでも何でもないが、この状況で俺のじゃねぇ、と言い切れるほど、俺の神経は太くねぇ。
 何回やったんだ、俺・・・しかも中出し・・・・・・。
 先生は、しばらくじっとしてたが、ふいに後ろを振り向いて、枕元のティッシュを一枚取って、さっさとそれを拭った。
 かすかに目元が赤いが、それだけ。
 まさか、先生、慣れてんじゃ・・・とかつまんねぇ疑惑が湧き起こるくらい、その態度は淡々としていた。
 「じゃ、シャワー借りるから」
 迷いもせずに浴室に向かうってこたぁ、先生は記憶がはっきりしてんだろうなぁ。
 それに比べて、俺ときたら。
 ・・・・・・酔ったら乗るな。乗るなら酔うな。
 あれは、正解だった・・・俺にゃ関係のない格言だと思っていたが・・・。
 は〜・・・しまんねぇ話だ・・・。

 トーストを焼いてバターを塗って、適当に冷蔵庫をあさって見つけたほうれん草とベーコンを炒めて卵を二つ落とす。
 それを二つの皿に分けて入れたら・・・何か、こう、感動した。
 何が、と言われると困るが。
 普段が一人なもんだから、一つの料理(ってほどでもない)を二人で分けるというのが、妙に新鮮だったのかも知れねぇ。
 フライ返しで分けた卵の切り口を見ながら、俺は、実は寂しかったのだろうか、とか考えていると、先生が出てきた。
 ・・俺のバスローブを羽織っている。
 まあ、昨日着てた服は、酒臭いしぐしゃぐしゃだがな。
 後で洗って乾かしとくか。
 俺の服じゃ、先生に合わないしなぁ。
 「腹減った」
 そう言った先生は、テーブルの上のメシを見て、嬉しそうに笑った。
 「先生、コーヒーか牛乳、日本茶しかねぇが、どうする?」
 「日本茶」
 いや、日本茶が好きなのは知ってるけどよ。トーストに日本茶はねぇかと思って聞いたんだが・・先生は大物だねぇ。
 で、お茶を入れて(俺のはコーヒー)、いただきますと手を合わせて。
 二人で、もそもそと朝飯を食うわけだが。
 さぁ、どう切り出したもんか。
 夕べのことは・・・そんな昔のことは忘れたよ。・・・駄目だろ、そりゃ・・・。
 夕べは楽しかったな。・・・・・アホか。
 きっちり責任取るから・・・って、取って何するんだよ、俺。
 先生のことは、大事な友達だと思ってる。・・・うわー、いきなり夕べのことは無かったことにして下さい?みっともねぇ。
 すんません、酔ってました、許して下さい。・・・・・・・最低だな、おい。
 いや、そもそもだ。アレを酔った勢いで片づけるか、本気と伝えるかが問題だ。
 本気ったって・・・俺ぁ、先生のことは好きだが、『そういう』好きじゃねぇんだ。
 仮にそう言って、お付き合い(どんなんだ?)したとしても、いずればれるだろうし、ばれたときがシャレにならねぇ。
 くそー、てめぇで蒔いた種とは言え、馬鹿なことしちまったなぁ・・・。

 ほうれん草をざくざくと突き刺していたら、先生も自分のほうれん草を見ながら、ぼそっと言った。
 「あのさー、村雨」
 「何だい?先生」
 「夕べは、俺、酔ってたし。村雨も酔ってたよな」
 ・・・何が言いてぇんだ?先生。
 「つまり、そういうことで、片をつけないか?」
 ようやくこっちを見た顔は、困ったように眉が寄っていた。
 えーと、つまり、それは、だ。
 「酔って、何にも覚えてないけど、実際、何も無かった、と。そういうことで、さ」
 先生の顔が歪んだ。
 ひょっとしたら、笑ったのかもしれねぇが、少し失敗したみてぇだ。
 ・・・ふむ。
 先生にとっても、これは、何かの間違いだった、と。
 ・・・冷静に考えてみりゃ、そうか。
 男が男に抱かれたんだもんなぁ。その気がなけりゃ、忘れたいことだわな。
 先生にとっても、あの「俺も、村雨、好き〜」は、俺と同じくらいの「お友達」レベルの「好き」だったんだろうし。
 ・・・・すまん、先生。俺、今、助かった、とか思っちまったぜ。
 先生は、また俯いて、トーストをがぶりと囓った。
 そして、かすかに笑ったようだ。
 「お前、今、助かった、とか思ったろ」
 ぎくっ!
 俺ぁ、ポーカーフェイスは得意なつもりだったが(というかそうじゃなきゃ博打なんざやってられねぇ)、先生にゃ通じねぇのか?それとも、俺がよっぽど動揺してんのか?
 「ま、俺が逆の立場でも、そう思うだろうけどさ。なんてーの?一回したんだから、貴方は私のものよーっとか言われると、参るだろうし」
 くすくすと笑いながら、先生は目尻を拭った。
 そうかい・・そんなに笑いすぎて涙が出るほど、俺の醜態がおかしいかい・・・。
 ・・・ま、何言われても仕方ねぇことしたけどな。
 
 朝飯を食い終わって、先生は冷えたお茶を飲みながら新聞に目を落としている。
 ちなみに、俺が茶を煎れ直すのを面倒がったんじゃねぇ。単に先生は猫舌なのだ。
 乾燥機がピピッとお知らせしてくれて、先生のシャツとズボンを取り出した。
 「先生、一応乾いたがどうする?もうちょいパリッとするまで待つかい?」
 「ん〜?いや、帰る。自分のベッドでゆっくり寝たい気分」
 言って、余計に眠気が襲ったのか、あふ、と大きな口を開けてあくびをした。
 ・・・そうだな、寝てねぇんだよな。
 夕べ帰ってきたのが、2時か3時くらいで・・それからむにゃむにゃっと何回かいたして・・・だもんなぁ。
 はは、と俺は愛想笑いをしながら、先生にシャツを放った。
 先生は、バスローブを滑り落とし・・・明るい日の光の元で見ると、一段と白い肌だなぁ・・というか、赤い跡が派手すぎて、よけいに白く見えるんだろうが。
 「何、見てんだよ」
 思わず注視してたのか、先生がじろっと睨んできた。
 「いやぁ、色っぽいなぁ、と」
 ・・・何言ってんだ、俺。
 こりゃもう、脊髄反射としか言いようがねぇな。
 それに対する先生の言葉は短かった。
 「アホか」
 ・・・うーん、単純明快。
 これで顔を赤らめてくれたりとかすりゃ可愛いものを、あからさまにうんざりした顔をされると悲しいぜ、先生・・。
 「そーゆーこと言うと、俺も言っちゃうぞ」
 「何を?」
 先生は、シャツを羽織るだけ羽織って、まだ前のボタンが開いてる状態で、両手を前に組んで目をきらきらさせた。
 「村雨くんとセックスしたの〜vこれで、私は、村雨くんの恋人なのねっvvv」
 ・・・何故、女言葉。
 さて、どうするか。ここは乗るべきだろうか。すんません、と頭を下げるべきだろうか。
 しかし、どっちを選ぶのも何だかいやな予感がして躊躇ってるうちに、先生が吹き出した。
 「なーんてね。お前、意外とアドリブに弱いのな」
 うぅ・・・今日は厄日かも知れねぇ・・・。
 先生にみっともねぇとこばっか見せてる気がするぜ。
 まあ、そもそも今日の俺の立場は圧倒的に弱いんだがな。
 結局、先生には良いようにからかわれたまま、俺はタクシーを呼んで(自分はそのまま如月のとこにバイクを取りにいくんで)、先生の部屋まで送るのだった。


 冬の朝ってのは、バイクで走るにゃちっと寒い。
 だが、頭がきん、と冴えるようで心地よい。
 そうして気持ちよく帰ってきたが。
 てめぇの寝室に入って、中に籠もる匂いに辟易した。
 ・・・まぁ、半分以上俺の責任とは言え・・・男同士ってこたぁ、精液臭さは、二人分なんだよなぁ。
 いや、先生がイったのかどうか、俺の記憶にゃ無いんだが。
 まあでも、あの態度だと、全くの強姦ってわけじゃなさそうだし、多少は気持ちよかったんだろうな。
 やくざが強姦するときは、てめぇが気持ちよくやるだけじゃなく、思いっきり相手をいかせてやるって聞いたことがある。
 そうすると、やられた方も強姦で訴えにくいんだそうだ。
 自分も楽しんだんだから、まあいっか、みたいになるらしい。
 ・・・俺は、やくざか。
 酔ってても、サービス精神旺盛に可愛がったんだろうか・・・。
 先生は、どんな顔してたんだろうな・・・。
 
 あぁ、やめやめ。
 思い出すのは(てーか覚えてもいないことを妄想するのは)、もう止め。
 このごわごわに乾いちまったシーツは洗濯機に放り込んで、部屋の空気を入れ換えして。
 さっぱりと匂いもなくなったところで、俺の記憶も、綺麗さっぱり忘れましょうっと。
 それが、先生のためでもあるし。
 先生は、ただの友達。OK。

 俺は、新しいシーツを敷いて、清潔そのもののベッドに倒れ込んだ。
 

 其の弐(これの龍麻さん視点)に行く       其の参(村雨さん視点の続き)に行く


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