中編
これも好きな子イジメと呼ぶのだろう。………と、思う。
愛しさ故に、無性に困らせてみたくなるときがある。
人生に関わるような大変なコトをするわけじゃない。ちょっとしたイタズラのつもりだ。
壁を挟んで自動証明写真機のちょうど裏側に当たる場所はエレベーターになっているので、人も通るし話し声もよく聞こえてくる。が、大抵の客はこのエレベーターを使って下の階へ下りてしまうため、それより先にある、こんな行き止まりの通路へはわざわざやって来ないのだ。
これだけフロアの端まで来ると店はない。階段はあるが、エレベーターとエスカレーターの設備があるデパートで、好きこのんで階段で上り下りする客などあまりいない。
要するに、人目を避けてワルイコトするには絶好の穴場なのである。
「祇孔? え??」
不思議そうに瞬きする龍麻の腕を絶対に逃がさないぞという気合いで掴み、村雨は目の届く位置に人がいないのを軽く確認してから、自動証明写真機のカーテンを捲った。
誰でも自由に気軽に短時間で証明写真を撮影することが出来る、デパートや駅の片隅で見掛けるボックス型のこの機械は、出来る限り設置する場所を広くとらないようにとコンパクトなサイズに設定されており、その名の通り証明写真を撮るだけなので他に余分な機能は付いておらず、中も人が一人入れる程度のスペースしかない。
そんな場所に二人も入れば、もう満員である。
――――――狭いところに村雨と二人きり……………。
それだけで、充分ヤバくて危険なシチュエーションの出来上がりではないか。
村雨は椅子に腰かけると、呆気に取られている龍麻を後ろから抱き締めて自分の膝の上に座らせ、カーテンを閉めた。
自動証明写真機のカーテンは、椅子に腰掛けた人間の膝ほどの長さが多く見られるが、ここのカーテンは好都合なことに床へつくほどの長さがあり、足下までしっかり隠してくれる。加えて、かなり厚手の重い素材で作られているため、軽く揺れただけで捲れてしまうなんてコトもない。外部との遮断はバッチリだ。
「さ〜て、食後の運動といこうじゃねェか。」
「し、祇孔っ!」
本気か!?
いや、問うまでもなくこの男なら本気だ。
「大声出すと周りに聞こえるぜ?」
「う……」
「暴れるのも止めた方が良いぜ。こんな小せェ機械、ちょいと暴れただけで動きそうだからな。そしたら、見た奴に不審に思われちまうだろ?」
「うう……」
言葉だけで龍麻の動きを封じて、サワサワと手を動かし始めた。
龍麻は頬を引きつらせ、「何で俺はこんな非常識万年発情男が好きなんだ〜〜〜!」と胸の中で絶叫した。
今日までにもヘンなコトは沢山されたのに、一度も嫌いにはならなかったのだから、もう諦めるしかないというところである。惚れてしまったものは仕方ない。
太腿を撫でながら、村雨は龍麻の項に熱い息を吹きかけた。さりげなく躯をズラして逃げようとする彼を押さえて、学ランのボタンを下から順々に外していき、シャツの上からなだらかな胸のラインをなぞった。
「祇孔、止め……」
「止めねェ。」
速答できっぱり。
いつもながら筋肉の付き方といい張りといい抜群の触り心地だ……などと、どこまでも親父な思考で撫で回した。龍麻の口から溜息のような押し殺した喘ぎが零れるのが、欲望を煽った。途中に小さく盛り上がっている突起を摘んで二本の指で執拗に捏ねれば、仰け反って少しずつ乱れ始めた息を吐く。
―――――さすが俺が仕込んだだけあって、ドコでもいつでも感度は良好。
龍麻の項に舌を這わせながら、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる村雨だった。
―――――村雨と一緒にいるとき、己の警戒心の薄さを恨むのはこれで何度目であろうか。
デパートの片隅も片隅、ろくに人気のない行き止まりの通路に都合良くこんな場所があるなんて、ご都合主義も甚だしい!
………と龍麻は憤慨した。が、筆者が知っているとあるデパートには、こーゆー場所があるのだよ(笑)。まあ、多少の脚色もあるにはあるが………というコトはさておき、その間にも村雨の行動はエスカレートしていくばかり。
「あぁ……っ」
強い刺激を欲していた部分を握り込まれた。少し動かされただけで硬度と大きさが増していく。
布越しからの胸と自身への愛撫はまだ序の口にすぎず、龍麻を中途半端に昂めて貪欲にさせるだけだった。嘘をつけない躯は想像だけで興奮して、もっともっと先にある快楽を求めて走り始めた。
+++
……………。
20分経過。変化なし。
何やってるんだろう………って、写真撮ってるんでしょうケド……。でも、アレって証明写真とるヤツだし、証明写真は一人で撮るもんだし………。
うう〜ん。
ムショーに気になるなぁ、ムショーに。
もうちょっと、ねばって待ってよう。
+++
「あっ…あっ……! あぁン……っ!」
「ほらほら、声聞こえちまうぜ。良いのかい? 俺は構わねェけどな。」
意地悪くささやく村雨の手は、先程からずっと龍麻の象徴を握りしめて忙しく扱いていた。雄の弱い部分を知り尽くした的確な動きで弄り、もっと嬌声をあげさせようとする。完全に屹立したソレは、この先に待つ解放だけを望み淫猥な熱を孕んで悦んだ。
けれど、抵抗する意志はまだ残っているらしく、シャツを捲り上げて裸の胸の上でいやらしい動きを繰り返している村雨の手に、それを止めようとする龍麻の手が重なった。
「し、しこ………だめだ……こんな……こんなばしょ……」
触れるか触れないかの微かな力を入れた人差し指で、先端から根元まで一本線を引くようになぞった。
「ぁ……ぁあ……っ」
「駄目、ねぇ。ここまで勃たせて言われたって、本心とは思えねェなァ。」
「ひとが……きた…ら……っ」
エスカレーター待ちをする客の他愛もないお喋りが、この狭い場所にまで届いてくる。それが唯一、消えようとする理性を引き止める命綱になっている。
「あんたの運が良けりゃ来ねェさ。」
「俺の強運があれば大丈夫」と言わない辺りが意地悪である。
膝に座らされたまま胸と自身を弄ばれ、首筋には村雨の熱い吐息がかかり、腰には彼の硬くなったモノが当たって互いにズボン越しのまま結合しそうな勢いだ。
(駄目とか嫌とか言っても、どうせヤり出しゃノッちまうんだよな、先生は。)
龍麻に知られたら確実にぶん殴られるコトを考えつつ、昂ぶりから手を離した。
「………?」
止めて貰いたいと願ってはいたが、いざ本当止められてしまうと躯の切羽詰まった状態が余計に苦しい。龍麻は思わず解放を求めるように、肩越しに振り返って村雨を見た。
「先生、ちょっと腰上げな。」
のろのろした動きで僅かに腰を持ち上げると、素早くズボンと下着を膝まで下ろされてしまった。
「……っ!」
言いなりになってしまったコトを悔やんでも遅い。龍麻の引き締まった下半身の肌が剥き出しになった。
意外と綺麗な肌色に誘われて、村雨は自分のズボンの前を緩めてすっかり天を向いた大きなものを取り出し、双丘の間へ挟み込ませるように宛った。
「ン………っ」
龍麻の瞳が戸惑いと期待が半々くらいになって妖しく瞬く。村雨の先端を挟んだ場所がキュッと締まった。
「さて、試合開始、だ。」
龍麻の腰を両手で掴んで引き寄せ、狭い入り口の何倍もの太さがある自身を埋め込んでいく。
なんて非常識なコトをしているんだと自分達を非難する心を置いてきぼりにして、龍麻の物欲しそうに蠢く壁は吸い込むように村雨を受け入れていった。
+++
ねえ、ねえ、ねえ!
写真撮るのって、こんなに時間かかる!?
アタシ、あの機械で証明写真撮ったコトないから分かんないけど、そんなにやり方難しくないんでしょ? それに、短時間で出来ちゃうのが売りでしょ? なのに、ちょっと時間かかりすぎじゃない? 第一、あんなの二人で入るもんじゃないハズよ。
思い切って近づいてみようかな。ここからじゃ話し声も物音も聞こえないし。
うん、近づいてみよう。
そろり、そろり………。
+++
「ああァ……っ!」
後ろから嵌め込まれた熱い杭に灼かれて、龍麻は村雨の膝の上で悶えた。弱いトコロを集中的に擦る動きに強烈な快楽が迫り上がって来て、激しく目眩がした。内臓を圧迫する村雨の主張は龍麻の中で益々重量を増していき、貪欲な獣になって暴れ回った。
「ん…ぁ……っ!」
突き上げられるたび噛み締めた唇が龍麻の意志を裏切って、濡れた声を零し出す。村雨は今さっき龍麻が吐き出したばかりの白濁で汚れた手を、彼自身に絡めたまま攻め続けた。
「さっきの声、少し大きかったぜ? 聞こえちまったんじゃねェか?」
そう言うと予想通り龍麻の躯が強張って、村雨をきつく締め付けた。
「ククッ。分かり易いねェ、先生は。」
嬉しそうな言い方に腹が立つ。こんな状態でなければ村雨の一人や二人、軽く捻ってやるのに! と龍麻は心中で拳を握った。しかし、その相手に溺れているのも事実で、捻るなんてコト一生出来そうにない。
艶めかしい声を押さえる手段として、自分の指を噛み締めることにした。
すると。
「おい、そんなに強く噛み付いたら、あんたの綺麗な躯に傷がついちまうだろ。」
面白くなさそうに龍麻の指を引き剥がして、代わりに口内へ自分の指を差し入れた。ついでに舌をくすぐって遊んだりする。
「んんん……っ!」
「俺の指、銜えてな。」
止まりかけていた動きを再開する。龍麻の柔らかい臀部の感触を股に感じながら腰を揺すり上げると、接合部からグチュグチュといやらしい音がした。
龍麻の横顔には、明らかに愉悦の色が浮かんでいた。躯を隈無く愛撫され、情炎に任せて穿たれることを悦んでいるカオだ。この赤裸々な彼の姿を見たら、人はどう思うだろう。
例えば――――――彼に憧れている少女とか。
「ふ……ぅンン……っ!」
始め村雨の指へ歯を立てることに抵抗していた龍麻は、激しい上下運動に気を遣う余裕を奪われていった。止めて欲しい気持ちと村雨を求める気持ちで板挟みにされた結果、忠実になることを躯は選んだ。
(なんで……なんで俺はいつも………)
躯の横の壁に手を付いて支え、口内に含まされた指を銜えながら、自らも腰を振らずにはいられない。村雨の形までもがよく分かって、擦れることによって生まれる快感が最高に良くて、龍麻は躯をくねらせた。
「ん……っ…ぁ…ふ…っ」
――――――気持ちイイかもしれない。
「かもしれない」じゃなくて、気持ちイイ。
外の様子もどうでも良くなってきた。万が一……万が一、他人に見られることがあっても、今が良ければ………。
「つ…ぅ…!」
龍麻の歯が指に食い込んで、村雨は顔を歪めた。
くっきり歯形がついたことだろう。だが、この程度の痛み、快楽の前では無に等しい。自分を包む龍麻の熱さが、ちっぽけな痛みなど一瞬にして忘れさせてくれる。
彼を名器だと言うつもりはないし、そんな奴、滅多にいるものでもないだろう。男でもイイ奴は女よりイイという話を小耳に挟んだことがあるが、そういうタイプの男だとも思わない(男など龍麻しか知らないので判断材料は乏しいが)。
けれど、自分にとって女よりも燃える相手なのは確かだ。どんなに抱いても飽きない。抱けば抱くほど、もっと抱きたくなる。ときどき、少しイジメたくなったりもして………。
ふと、龍麻の肩越しに前を見る。正面には写真を撮るとき自分の顔を映す画面があり、脇には機械の扱い方や写真のサイズについての簡単な説明が書かれている。
そう、いま自分達が抱き合っている場所は………
「先生、このまま記念写真でも撮ってみるかい?」
「は…はぅ…ふ……ン……っ!」
何か言いたそうだが、舌を弄ぶ村雨の指の所為で喋れない模様。
「こーゆー機械じゃあんまり写りは良くなさそうだが、あんたなら綺麗に写るかもしれねェ。その………色っぽくてイヤらしいツラがよ。」
「あぐ……っ……ンンン…っ!」
激しく首を横に振ってモゴモゴと何か言った。「絶対に嫌だ! 死んでも嫌だ!」という意思表示だ。とんでもないコトを言い出した村雨への抗議である。
「そう言うなよ。せっかく写真撮るのに丁度良い場所なんだぜ?」
「んんんっ……ふぐぐ……っ!」
なんか、「ヘンタイ!」と叫んだような気がする。
「あんただって、一度は見てみてェだろ? 俺に抱かれてるとき、自分がどんなツラしてんのか………」
「ん……んぅ……」
龍麻のきつく閉じた目元に、じんわり涙が浮かんだ。
(うわ、ヤベ。)
快楽の涙………じゃないだろう。
(ハズカシイコトさせられるのに弱ェからな、先生は………)
可愛い子ぶって泣いて許しを請おうという打算があるなら許さないが、そんな風に涙を流す奴じゃない。彼が泣くとしたら本気で泣いているのだ。軽はずみに涙を見せない人間の涙は貴重なだけに重い。
おかげで、もっとイジメてやりたくても途中で許してしまう。
「やらねェって。言ってみただけさ。」
途端、龍麻の氷のような横目の視線に刺された。涙だけじゃなく怒りも本気だった。もし真正面から飛んできていたら、村雨の全身は凍り付いただろう。
口元の引きつった笑いを浮かべつつ、村雨は誤魔化すように龍麻を揺すり上げた。
+++
ん? んん? んんん?
微か〜に布が擦れるような音が聞こえる………。
も〜〜〜〜いつまでも一体何やってんのよぉ!
人の気配がある、っていうのはすご〜く分かるんだけど、それ以上のコトは機械の1メートルくらい近くまで近づいても分かんない。
つ、使ってる人がいるコトに気付かなかったフリして、カーテン捲ってみようかっ。
何もそこまでしなくてもって気もするケド、緋勇先輩のコトなら何でも気になるんだもん。
えい、思い切って………。
そろり、そろり………。