乙女の憧れと夢 前編


 はァい、こんにちわ! 初めましてェv
 え? 「いきなり誰だ、お前」だって?
 うん、みんながそう思うのも無理ないよね。オカマじゃなくて女よ、念のため。
 アタシはね、真神学園の一年生のピチピチプリティガールよ! 表舞台に出るのは、これが初めて!
 この自己紹介でピンと来た人もいると思うけど、つまり原作には登場しないの。この話だけの特別出演なのよ。筆者の、『パロディには出来る限りオリキャラを登場させない』っていう方針があるから、名前はあかせないんだけどね。名前覚えられて、あんまり印象付いちゃったら困るから(というか、名前はナイ)。


 さ〜て、そんなアタシなんだけど。
 実はね、いま大好きな人がいるの〜〜vv
 三年生の人でね、四月にアタシの入学と同時に転校してきたばっかりらしいんだけど。
 緋勇龍麻先輩って言って、チョ〜チョ〜チョ〜カッコイイの!! 背が高くてスラッとしてて足長くて髪サラサラで、しかも武道だかなんだかやっててメチャクチャ強いらしくて、細く見えるんだけど近くで見ると結構たくましくてドキドキっ!
 ちょっとクールな感じがするトコも良いわよねぇ………ほう……vv
 でね、そんな緋勇先輩だから、一年にも狙ってる女子は当然沢山いるわけ。
 だけど、他の女なんかに渡してたまるもんか!! 絶対絶対絶対、先輩はアタシがゲットしてやるわよ!
 そのために自分を磨くコトだって忘れてないし、毎日毎日、緋勇先輩のチェックだって忘れてないわよ。身長・体重・視力・生年月日・血液型・好きなもの・嫌いなものは基本中の基本よね。スリーサイズだって知ってるわ。
 3−Cの時間割だってバッチリ。朝は早めに学校行って先輩の登校するお姿を見て、3−Cの授業が教室移動のときは偶然通りかかった風を装いながら麗しいお姿を観察し、クセとか何か新しく気付いたコトがあればしっかり秘密手帳にメモをして、下校のときには途中までだけど後ろからこっそり付いてくわ。もちろん、家がドコかも知ってるわよ。電話番号もね。おかげで『緋勇龍麻先輩・観察日記』兼『緋勇龍麻先輩・情報メモ』は、もうすぐ10冊目を迎えようとしてるわ。
 ………あとちょっとでストー●ーになりそうだけど、アタシはそんな些細なコトを気にするほど小さい女じゃないのよ。好きな人のハートをゲットするためなら、努力は惜しまないわ。
 え? 「なら、さっさと告白すればいいだろう」って?
 う、うるさいわね。心の準備ってもんがあるのよ。アタシは控えめで恥じらい多き乙女なのよ!
 で、憧れの人がいると、まず一番最初に気になるのは彼女の存在なんだけど………。
 緋勇先輩なら彼女いたって全然おかしくないけど、水面下で丹念に時間を掛けてリサーチした結果………どうやらフリーらしいのよね。転校前はいたって噂もあるんだけど。
 有力なのは「美里生徒会長が彼女じゃないか」っていう説。でもね、生徒会長って何かにつけて彼女気取りで緋勇先輩にベタベタしてイヤラシイったらないんだけど、先輩の方はただのオトモダチって感じなのよ。むしろ蓬莱寺先輩と一緒にいるコトの方が多いし、生徒会長とのお熱いツーショットなんか見たコトないし。
 だから99.999999(以下略)% 、生徒会長の片想いだわ! 間違いない!


 つーわけで、今日も元気に下校する緋勇先輩を尾行よ♪ 寄り道していこうっていう友達の誘いを断って、張り切って一足先に校門まで来たわ。
 そしたら…………あら?
 またいる、あいつ。
 白い帽子に白い服………改造学ランかしらね、アレ。今どき流行んない、大昔の少年マンガに登場する番長の白バージョンみたいな格好した、しかも背中にデカデカと『華』なんて刺繍しちゃってる、やたらめったら目立つ男が校門に寄り掛かって立ってる。
 なんかよく来るのよ、このくらいの時間に。ヤクザみたいで……わりとカッコイイんだけど、ちょっと怖そうな感じ。アタシの趣味じゃないな。
 まあ、別に関係ないか………と言いたいところなんだけど、なんとあの男、緋勇先輩の友達らしくて、いつも先輩を迎えに来てるの。
 ホントに真っ当な友達? まさか緋勇先輩、脅されて子分にでもされてるんじゃ……。
 あ、緋勇先輩が来たわ。蓬莱寺先輩も一緒。
 思った通り二人はそのヤクザの方へ寄ってって、何か話し始めた。そのうち蓬莱寺先輩が喧嘩腰になって、ヤクザに向かって「ひーちゃんに変なコトしたら許さねェぞ!」なんて言ってる。
 『変なコト』………や、やっぱり、緋勇先輩は脅されて悪事の片棒でも担がされてるの!? そのうち蓬莱寺先輩は一人で帰っちゃった。
 だ、駄目じゃないの、ちゃんと緋勇先輩のコト守んなきゃ! 親友なんでしょ!? こうなったら、アタシが先輩を守らないと!

 いつもならあのヤクザが怖くて尾行を止めちゃうけど、今日は勇気を出して後を付けることにしたアタシだった。


+++


「……………。」
「どうした、祇孔。」
 気に掛かることでもあるのか、隣を歩いている村雨が会話の切れ間にチラチラと背後を見ては、微かに険しい表情を作っている。
「いや、何でもねェ。」
 何かを隠すように、慌てて龍麻に向き直った。
「何でもないという感じではないぞ?」
「ホントだって。」
 そう言って腰を抱き寄せようとすると、敏感にそれを察知した龍麻によって、腰に触れないうちにピシャリと手をはたき落とした。
「何だよ、冷てェな。」
「外でこういうことはするなと、いつも言っているだろう。」
 すると村雨は、大仰に「ヤレヤレ」と溜息をついた。
「何で場所が外になるだけで、こうも態度が変わるのかねぇ。周りを気にしすぎじゃねェか?」
「お前が気にしなさすぎるんだ。俺はそこまで神経が太くはない。」
 人気のない場所なら大目に見る場合もあったりするが、こんな下校中の通学路では噂のタネを自分でバラ蒔いているようなものだ。いらぬコトで目立つのはご免である。
「うちン中だと、なんだってヤらせてくれんのによ。昨日だって台所で………イテッ!」
「余計なことは言わなくて良い。」
 しぶとく腰に回ろうとしていた村雨の手の甲を、龍麻はすかさずつねったのだった。


+++


 ……………。
 なんだか………すごく仲良さそうね、あの二人。緋勇先輩が何度もヤクザをぶったりどついたりしてるけど、もしかして先輩の方が立場が上なのかしら。
 よく分かんないけど、なんとな〜〜く他の人が入っていけない雰囲気があるような、ないような。
 思わずアタシの愛読書の登場人物を思い出しちゃった。イチャイチャと絡み合う美青年達………うふふふふふ、ス・テ・キv
 え? 「どんな愛読書だ?」って? それは、ヒ・ミ・ツv
 そんなことより、緋勇先輩とヤクザは、っと。
 そのまま駅の方へ歩いていって…………あ、デパートに入ってった。寄り道するみたいね。どんなお買い物かしら。
 もっちろん、アタシも付いてくわ♪


+++


 デパート最上階にあるレストラン街の中華料理店で食事をして満腹になった二人は、会計を済ませて店から出た。
 福沢諭吉が数人、仲良く寄り添っている裕福な財布を取り出して、当然のように全額支払おうとする村雨を制し、龍麻はワリカンだと言い張った。たとえ生クリームにアンコと砂糖と蜂蜜をぶっかけたくらい甘い仲になっても、骨の髄まで甘えたくはない。深い仲だからこそ、必要なけじめや譲れない一線もある。
 と、考えているのは龍麻だけらしく、そんな彼の頑な態度に不満な村雨は、毎度のごとくブツクサと不平を漏らすのだ。
「夫婦なんだからこのくれェは良いじゃねェか。俺のモンはあんたのモン、あんたのモンは俺のモン。」
 今度は龍麻が溜息を付く番だった。今更「夫婦になった覚えはないぞ」と反論する気はないが、金銭面で甘やかそうとする態度には困ってしまう。
 彼に比べて貧乏なのは認めるけれど(というか、高校生ならば自分くらいが普通だと龍麻は思う)、自分は自分でちゃんと地に足を着けて生きていたい身としては、総てを任せてしまうのは遠慮願いたい。
「ならば訊くが、お前だったら、何から何まで俺に面倒を見て貰う、紐のような生活をしたいと思うのか?」
「…………。」
 シモの面倒なら何から何まで見て貰いたいが………なんてコトは、エロオヤジ扱いされそうなので心の中で呟くだけにした。
「まァ、仕方ねェから引いてやるさ。あんたの言い分も分からねェでもねェしな。」
 自分の力では何も得ずに他者から与えられるものだけに依存して、寄生虫よろしく日々を送る。それは確かに抵抗を感じる。
 しかし、それはそれ、これはこれ、とばかりに村雨は言った。
「でもよ、いつも俺ばっかり言いつけ守ってるみてェでスッキリしねェぜ。少しは先生が、俺の言うコト聞いてくれるときがあったって良いよなァ?」
 語尾を意味深に伸ばし疑問符まで付けて、人の悪い笑みを浮かべて龍麻を見た。
「な、なんだ。」
 嫌な予感。村雨がこういう笑い方をしてああいう喋り方をするときは、大概良からぬコトをシミュレーションしているのだ。
「なに警戒してるんだい? 俺はただ腹一杯食ったから、腹ごなしの運動に付き合って貰いてェなァなんて思ってるだけだぜ?」
「運動?」
 健全な言葉と企みに満ちた邪な笑いが、いっそ潔いほどにミスマッチだ。
 この男がこんな顔して言う『運動』………。ジョギングしたりキャッチボールしたり…………の意味だとは到底思えない…………。



 食事を終えた人々がエレベーターへ向かう。
 この最上階にはレストランしかないので、「食べる」という目的さえ果たせば他に見て回る物はない。買い物がしたいのなら、もしくは帰るなら、下へ降りるしかない。
 人々の足は自然と同じ方向へ向く。当然、龍麻と村雨もそうだった。
 ところが。
 エレベーターの到着を待っている他の客に付いて並ぼうとすると、村雨はそのまま止まらず通り過ぎてしまった。
「祇孔?」
 村雨の後を追ってエレベーター横の角を曲がる。そこは、すぐ行き止まりにぶつかる狭い通路だった。
 突き当たりの台には緑色の公衆電話と観葉植物が置いてあり、その脇には自動証明写真機があった。


+++


 げっぷ。
 ううう、久しぶりの中華料理が美味しくて、ちょっと食べ過ぎちゃったわ……。
 おっと、ダメダメ。パンパンになったお腹に気を取られて、緋勇先輩達を見失ったらマズイマズイ。
 アタシより先にレジに並んだ人がモタモタしてお金払うの遅くって、後ろから蹴り入れたくなったけどじっと辛抱して、自分の番が回ってきたら速攻でお金払ってレストランを飛び出した。
 この後、どうするのかしら。まだ寄り道してくのかな。家に帰るのかな。
 二人の後ろ姿と適度な距離を保ちつつ歩いていって、来たときと同じくなんとか怪しまれないよう同じエレベーターへ乗ろうとした。
 ら? あらら?
 二人とも、エレベーターの前を通り過ぎちゃった。どうしたんだろ、あんな方に行ったって何もないのに。
 あ、階段があるか。まさか、この8階から1階まで階段で下りてくの!? それはちょっとキツイわよっ! 下り階段だって、長く続くと結構辛いんだから!
 通路を曲がった二人を追い掛けて、アタシは曲がり角からちょっと離れたとこにある柱の影からコッソリ覗くように見てみた。そしたら先輩達は、階段じゃなくて行き止まりの通路の方へ向かった。
 理解不能。行き止まりなんかに何の用かしら……。
 あ、電話がある。電話かけるのかな?? 変ね、先輩、ケータイ持ってるはずなのに。
 ところがところが、二人の行動は更にもっともっと理解不能な方向へ。
 電話の横にある証明写真を撮る機械のカーテンを捲って、中へ入ってっちゃったの。ヤクザがムリヤリ緋勇先輩を連れ込むような感じで。
 ちょっとちょっとちょっと! そんなトコに二人で入ってどーすんの? まさか男同士で仲良くプリ●ラもどきの写真でも撮るつもり!?
 ま、まさかね………。
 でも、他に考えられないわよねぇ……。


 二人の行動が気になって気になって、アタシはその場から離れられなかった。


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