黄龍妖魔學園紀  お友達編 中





 「たーだいまーっす!」
 叫びながら自室に戻った葉佩に、ベッドに寝そべりながら本を広げていた緋勇が「お帰り」と呟いた。
 「くーっ!いいなぁっ!ただいまっつったらお帰り、と返るこの喜び!」
 「…他に聞こえてやばいことを叫ぶのは止めておけ」
 「あーっと!そうでしたーっ!」
 やはり叫んだ葉佩に顔を顰めながら、緋勇は起きあがって本を閉じた。
 葉佩は鼻歌を歌いながら、装備を確認していく。
 「うっし!最低限だけど、まあ何とかなるっしょ!」
 アサルトベストに取り出しやすい順にアイテムを突っ込んで、葉佩は頷いた。
 それから、正座して緋勇に頭を下げる。
 「それでは、先生!お願いします!」
 先生、という単語に、緋勇は少しばかり目を見張った
 そして、くつくつと喉で笑う。
 「その呼び方は止めておけ。さもなきゃ殺す」
 …懐かしそうな暖かな笑顔とは全く異なる内容に、葉佩が正座したままずざざざっと下がった。
 冷や汗を垂らしながら、へへーっと床に額を擦り付ける。
 「ひらに、ひらにーっ!」
 「いや、畏まらなくても良いんだが。…お前の本命が遺跡探索だろうが、友人の救出だろうが、別にどっちでも付き合ってやるぞ?」
 ほえ、と葉佩が目を見開いて頭を上げた。
 「何で、知ってんすか?」
 「<氣>を追跡したからな」
 あっさり言って、緋勇は窓をからりと開ける。
 普通に長袖のTシャツにジーンズという格好で、ベッドの下から靴を取り出し、手に持った。
 「先に<墓>に行くぞ」
 「あ、や、待って下さいよ!俺も行きますってば!」
 慌てて葉佩はもう一度装備を確認して、うん、と頷いた。
 「お前は表から出れば良いだろう?」
 「…この格好でっすか?」
 苦笑して葉佩は自分の姿を見下ろす。
 額に暗視ゴーグル、学生服にアサルトベスト、背中にはマシンガン。どー見ても、一般人には見えない格好だ。
 いくら葉佩が脳天気と言っても、これで寮の中を彷徨くほどアホでは無い。
 「緋勇さんこそ、表から出れば……」
 言いかけてそちらを見れば、ひゅるりと吹き抜ける窓だけがそこにあった。
 「…早いし」
 ぶつぶつ言いながら、葉佩も窓を乗り越えて、すぐ隣の樋を掴んだのだった。

 そうしてこそこそと墓に向かうと、そこには同級生が二人ばかり待っていた。
 「あれ?緋勇さんは?」
 きょろきょろしながら言うと、皆守がぴくん、と眉を上げた。
 「緋勇?」
 「あ…えーと…その…もう一人の、俺」
 「何だ、それは!」
 「おっかしーなー、先に来たはずなんだけど…迷子、とか?」
 「…そんなわけあるか」
 静かな声が足下から聞こえた気がして、葉佩は飛び上がった。
 「ひ、緋勇さんっ!?」
 「良いから、さっさと降りてこい。上で騒がしくするな」
 「うすっ!了解でありますっ!」
 夜の墓場は静かだ。その中で自分の声がやたら響いて、葉佩は慌てて口を覆った。
 そして、出来るだけ小声で皆守と八千穂に言う。
 「あのさ、下で説明するから…とりあえず降りてくんない?」
 「良いけどな」
 「うん、分かった!絶対だよっ!」
 まずはがちゃがちゃとマシンガンを引っかけたりしながら葉佩が降りる。
 それから八千穂が降りて来ようとして…皆守にロープを揺らされて、きゃあきゃあとしがみついた。
 「おい。何なら手を離せ。受け止めてやるから」
 「うーっありがとうー…って、誰?」
 ほえ?ときょろきょろした八千穂の手が、ロープから離れる。
 「きゃああっ!」
 叫んだ八千穂だが、柔らかく受け止められて目をぱちくりさせる。
 高いところから落ちた、という感覚が全く無い。柔らかなベッドにでも落ちたような感触に、おそるおそる見上げると、自分がしっかりと抱きかかえられているのに気づいて、別の意味で悲鳴を上げた。
 その八千穂の体を床に立たせて、緋勇は上を見上げた。
 「女性が降りてきているのに、ロープを揺らすのは感心しないな、皆守甲太郎」
 「八千穂は女性の範疇に入らねぇだろ」
 「女性でなくて何だと言うんだ」
 器用にロープを繰った皆守が、よっと掛け声と共に降り立った。
 「で?お前は誰………葉佩?」
 眉を寄せて、目の前に立つTシャツの人物と、隣に立つアサルトベストの人物を見比べる。
 似通った体格と顔立ち。それに、髪型も何となく似ている。
 おまけに、片方はでかい眼鏡で顔が隠れ、片方はゴーグルで顔が隠れているときた。
 「えーと…葉佩くん、双子だったんだ?」
 「いえいえいえいえいえいえ、とんでもないっ!」
 ばたばたと手を振る様子からして、こっちが葉佩なんだろうなぁ、という推測は出来るが。
 Tシャツの方が、くっと唇を吊り上げた。
 「赤の他人だ。まあ、故意に似せた部分もあるが」
 「一応事情を説明しますとー…説明してもいいっすかね?」
 「説明せんでどうするつもりだ」
 呆れたような物言いに首を竦めながら、葉佩が手振り付きで状況を説明した。

 「…何つー間抜けなトレジャーハンターだよ…」
 「へー、それじゃ、最初に会ったのは、緋勇さんの方なんだー」
 心底呆れた調子の突っ込みと、感心したような物言いに、葉佩はあうんあうんと身を捩りながら緋勇の陰に隠れた。
 「ま、そういう訳だ。俺はなるべく大人しく見守るつもりだがな。子供のお遊びに首を突っ込むのは大人げない」
 緋勇は手を腰に当てて、はぁっと溜息を吐いた。
 そして、背後で身を縮めている葉佩の頭をこつんと叩く。
 「ほら、さっさと行って来い。友達が待ってるんだろうが」
 「うぃっす!そうだったそうだった!取手くんが俺を待っている〜…待ってる…のかなぁ?」
 いきなり自信を無くしたように首を傾げる葉佩に、八千穂が励ますように手を取った。
 「待ってるよー!きっと、取手くんも助けを求めてるの!」
 「いやさー、確かに<墓>に取手くんの深層心理に訴える<何か>があるとは言われたけど、取手くん本人がいるわけ無いよなー…と思って」
 「あー…そうだっけ?」
 誤魔化すように笑った八千穂に、葉佩は両腕を組んでうんうんと唸る。
 「えーとえーと…俺的にはー、遺跡探索が本業だから、ここを進むのはOKなんだけど、取手くんが気にしてる何かって、見たら分かるようなものなんかなー…」
 「行ってみりゃ、分かるんじゃねぇのか?」
 面倒くさそうに両手をズボンに突っ込んで、皆守がアロマを吹かした。
 途端に飛びついてきた葉佩にうわっと声を上げる。
 「そうだよなーっ行くしかないよなーっ!おーっし、行くぞーっ!ありがとー、皆守ーっ!」
 「俺は何も言ってねぇっ!」
 しがみつく葉佩を必死に押しのけつつ、皆守は、あれ、と内心首を傾げた。
 緋勇がいない。
 辺りを見回すと、葉佩も気づいて「あれー?」と間抜けな声を出しながらきょろきょろした。
 「おーい。緋勇さーん?…やっちー、緋勇さん知らない?」
 「緋勇さんなら、ちょっと散歩〜って行っちゃったけど?」
 「えーっ!?素人が初めての場所でウロウロするのはまずいんだけどーっ!あ、いや、緋勇さんはすっげー強いけど、でも遺跡の素人には違いないわけでーっ!」
 きゃーっと叫びながら駆け出そうとする葉佩の前に、すたんっと軽い音を立てて緋勇が降ってきた。
 「うるさい。この俺が、そんなヘマするか」
 うざったそうに長い前髪を掻き上げて、緋勇は手にした幾つかの品を放った。
 慌てて受け取った葉佩は、手の中の物を見て歓声を上げる。
 「うっそ、月草!?うわ、こっちは蛇の肝っ!注連縄…これは何にするのか分からないけど、緋勇さんすっげー!どっから手に入れたの!?」
 「上にあったぞ」
 指に釣られて見上げた先には、崩れそうな回廊と、壁際に僅かに残った床のような狭い石壇。
 回廊からその床までの距離を目測した葉佩は、信じられない、と言った目で緋勇を見る。
 「うそぉ…あの距離をどーしたんすか!?」
 「跳んだ」
 「信じられねぇっ!あんたはオリンピック選手ですかいっ!」
 すげーすげーと興奮する葉佩をどうでもよさそうに見て、緋勇はちらりと扉に目をやった。
 「俺がせっかく時間短縮してやったんだ。さっさと奥に行けばどうだ?」
 「おーっと!そうでしたーっ!」
 ひゃっほうっと浮かれた調子で葉佩はロープのすぐ前の扉を開く。
 「んじゃまあ、行きますんでー、みんな後ろから付いて来て下さーい!」
 「…幼稚園児の引率かよ…」
 ぶつぶつ言いながら皆守が続く。八千穂もラケットを振り回しながら付いていく。最後尾の緋勇は、何だか諦め顔で溜息を吐きながら付いていったのだった。
 きょろきょろと周囲を見ながら葉佩が進んでいく。
 そうして土偶を修復したりして、3人にちょっと見直されたりしながら何の気無しに踏み込んだ部屋で、宝箱に歓声を上げて開いてみれば。
 「おおおおおお」
 地の底から響くような陰鬱な声と共に、壁に並んでいた石棺からミイラが動き始める。
 「…まったく…如何にも怪しげなんだから、先に撃ち込め…」
 「えー、だって、それは死者に失礼かなーって」
 頭が痛そうな緋勇の声に、葉佩は暢気に答えながら手早くマシンガンを構えた。
 だが、放たれた弾丸は乾いた音を立てて体に撃ち込まれるだけで、あまりダメージを与えている感じがしない。
 「しょーがねーなー、もう」
 葉佩は左手でコンバットナイフを抜き取り、ミイラに斬りつける。
 「おおおおお」
 「あ、ちょっと効いてる」
 呟いてがしがしと素早い動作で斬っていき、首を跳ね飛ばすと同時に、ミイラの姿が金色の光に変わり壁に吸い込まれていく。
 「HANTに情報を記録しました」
 無機質な女性の声が響く。
 「ふぅん…この地に蟠る<陰の氣>を依代に憑かせて実体化させているのか…なるほど、氣の流れを滞らせて凝縮させているのはこのためか」
 緋勇の呟きに、ちらりと皆守がそちらを見た。八千穂はきゃーきゃー興奮していて気づいていない。
 視線を感じたのか緋勇が皆守を真っ向から見返し、皆守はふと目を逸らす。
 その間にも、近寄ってきたミイラを斬りつけて、葉佩は楽しそうに「ごめんねー」とか叫んでいる。
 3体全部を光に変えて、葉佩はガッツポーズした。
 「よっし、終了!ちょろいぜぃっ!」
 「やったー!葉佩くん、すごーい!」
 「だっしょー!?もっと言って、もっと言って〜!」
 手を取り合ってきゃっきゃっと喜び合う葉佩と八千穂に、うんざりしたような溜息を漏らして、皆守はアロマを吸い込んだ。
 目聡く見つけた葉佩が、んー?と首を傾げながら、ずずいっと皆守の顔を覗き込む。
 「どーしたー?怖かったわけじゃないっしょ?」
 「別に…」
 「何かあんまり驚いてないよね、皆守って。<墓>の下にこんな遺跡がっ!とか〜、ミイラが現れたっ!とか〜、経験値を10手に入れた!ちゃららちゃっちゃっちゃっらら〜♪とか〜」
 「最後のは違うだろうがっ!」
 おざなりに突っ込んで、皆守は苦い顔で言い捨てた。
 「俺にとってみりゃ、<トレジャーハンター>なんてもんが生活に入り込んだ時点で、ドラマの中みたいな気分なんだ。今更、遺跡だの化けもんくらいで驚くか」
 「ひゅうう♪皆守、図太い神経〜!」
 けらけら笑いながら、葉佩は箱の中身をアサルトベストに収めた。
 「さ、次行こうか〜……って、緋勇さん?」
 「ん?あぁ…」
 腕を組んで考え込んでいたらしい緋勇が、葉佩の声に顔を上げた。
 そして、閉ざされた扉に手を当てる。
 葉佩は手にしたHANTを読んで、
 「あ、その扉は開かないみたいっすよ?あっちから閉じてるか、特別な仕掛けでもあるのか……うおおおおい!?」
 HANTに映された情報を読み上げて、何気なしに顔を上げて…叫んだ。
 緋勇の体が、扉にめり込んでいる。
 皆守もアロマパイプを取り落としそうなほどぽかんとしているし、八千穂も目と口がまん丸だ。
 一瞬の沈黙の後、緋勇がすいっとこっちに戻ってきた。
 「確かに、あちら側にはめ込み式の何かがあるな。ま、どうせ他階層への通路らしいから、放置しておいても構わんだろう」
 至極あっさりと言って、それから3人の顔を見て眉を上げた。
 「どうかしたか?…あぁ、これに驚いたのか」
 石の扉を、まるで空気ででもあるかのように腕を通り抜けさせて緋勇はにやりと笑う。
 「言っただろう?俺はこの地の王だ、と。大地は俺の眷属だ。俺を阻むことなど、俺が許さん」
 「…ひえええええええ」
 棒読み口調で葉佩が呟いた。
 「すっごーい!緋勇さん、すっごーーいっ!」
 「…八千穂、他に言うことは無いのか」
 皆守のアロマを持つ手が微妙に震えている。なにやら動揺しているらしい。
 「人間がそんなこと出来るわけねぇだろ。これはトリックだ。…何だ、マジシャンだったのか…」
 「…面白いな、お前」
 ぶつぶつ呟いている皆守を生暖かい目で見守って、それから緋勇は足下を見た。
 「どうやらこの階層の敵は、大したこと無いらしいし…葉佩、お前は、進んでおけ」
 「え…ひ、緋勇さんは?」
 「俺はちょいと奥を覗いてくる」
 その言葉に弾かれたように皆守が顔を上げた。
 「ちょっと待て!奥を覗くって…んな危ない真似するもんじゃねぇだろ!」
 「何だ?心配してくれるのか?坊や。…それとも、心配は、別のことか?」
 くつくつと喉で笑って、緋勇はとんっと爪先で床を蹴った。
 そして、もう一度、蹴った…ように見えたが、その体がすいと沈む。まるでそこが地面ではなく水面であるかのように。
 「後で合流する。先に行ってろ」
 床から顔だけ生やしたような姿でそう言い残して、緋勇の体は完全に沈んだ。
 十秒ほどの間をおいて、葉佩が、虚ろな笑いを漏らした。
 「す、すげーや、緋勇さん…遺跡の罠も扉もお構いなし。……ちくしょーっ!トレジャーハンターとしての矜持がーっっ!!」
 あうんあうんと身を捩ってから、葉佩は大きく深呼吸した。
 暗視ゴーグルを外して、また装着し直す。
 「…ま、あの人は人外として。ぼちぼち進もうか、な」
 「そうだねっ!頑張ろうよ、葉佩くんっ!」
 「うう、やっちーはいい子だなぁ…お兄さん、感激だよ…」
 出てもいない涙を拭って、葉佩はマシンガンを「よっこらしょ」と掛け声付きで背負い直した。
 そして、呆然と床を見つめている皆守に暢気な声をかける。
 「うぉい、皆守ー、行くぞー」
 「あ…あぁ…俺は信じねぇ…絶対、何か仕掛けがあるはずなんだ…」
 「もー、現実主義者だなぁ、皆守さんってば。あるものをあるがままに見るのも、トレジャーハンターとしての心得だぞ?」
 「俺は、一般人なんだよっ!」
 「いやん、今は新米トレジャーハンター補佐見習い候補じゃねーの♪」
 「いらねぇよ、そんな肩書きっ!」
 「うぉっと、調子が出てきたじゃねーの。その調子その調子♪」
 けらけらと笑って、葉佩は皆守をちょいちょいと指で手招きした。
 近寄ってきた皆守の肩をばんっと叩く。
 文句を言う皆守の顔を、至極真面目な顔で覗き込んで囁く。
 「何をびびってんのか知らねーけどさ。もー皆守は俺の友達だから。もし万が一にも緋勇さんとやり合う羽目になってでも、助けてやるから。心配すんな」
 皆守の眉が上がった。
 アロマを持った手でがりがりと頭を掻く。
 「あほぅ。あんな人外相手に、勝てるわけねぇだろ?」
 「んでもさ。時間稼ぎくらいは出来るっしょ。爆弾も持ってるし」
 「持ってるんかい!」
 「だから」
 葉佩は、へらりと笑って見せた。
 「俺は、ダチは裏切らない。助けを求められりゃ、差し違えてでも守って見せる。だから、心配すんなって」
 「心配なんざ、してねぇよ!」
 「なら、いいけどさ」
 後は暢気に口笛…しかも音程が微妙な…を吹きつつ歩み始めた葉佩の後ろを付いて行きながら、皆守の顔は暗かった。
 自分はとても厄介な人物に巻き込まれたらしい。
 こんな奴は嫌いだ。
 まだ話をしたことだって数時間に満たないような相手を友達と言い、そのためなら命でも懸ける、なんて言うような奴は。
 悲劇の主人公ぶる奴も、偽善者も大嫌いだ。
 けれど、葉佩は、偽善者では無いのだろう。本気で、敵わないと分かっていても、友達を守るためなら、命がけで戦うのだろう。
 それが信じられるだけに…不愉快だった。
 不機嫌に唸る皆守に、八千穂が近寄って、きらきらとした目で見上げてきた。
 「葉佩くんって凄いよねー!いい人だよっ!」
 「…へぇへぇ、そうかよ」
 「取手くんのことも、きっと助けてくれるよねっ!」
 あぁ、そうだった。
 ここへは、取手を救いに来たのだった。
 皆守同様、たった数時間…いや数分話しただけの相手。それを友達と呼び、それを救うためなら、本命の<秘宝>を放っておいてでも何でもやる、と言った。
 ちくり、と胸に小さな棘が刺さる。
 それは皆守の心臓を刺し、ずきりずきりと脈打たせる。
 皆守は、喉元にこみ上げた不愉快な何かを、ごくり、と飲み込んだ。
 
 へらへら笑っているようでいて、葉佩の腕前は的確だった。マシンガンとコンバットナイフを駆使して、敵を屠っていく。
 時折、八千穂も得意のスマッシュを披露して、葉佩の賞賛を浴びていた。
 何だかすっかり意気投合しているらしい二人を後ろから見ながら、皆守は微妙に不機嫌だった。何せ出番が無いのだ。
 ただ付いていってるだけなら、寮で寝てるだけの方がマシだな…と思いつつ、皆守は欠伸をした。
 ちょうどその時。
 いつの間にか暗闇から素早い動作で近寄ってきていたコウモリもどきが葉佩に牙を剥いているのが見えた。
 「ふあぁあ。眠いぜ…」
 ふらーっと葉佩に凭れかけてやると、頭上でコウモリもどきががちりと牙を咬み合わせる音がした。
 「うぉっとぉ!皆守ってば、すっげー!ニュータイプ!?さすがガンダム世代だぜっ!」
 「…誉められてんのかどうか、微妙だな…」
 「誉めてんじゃーん!」
 コウモリもどきの顔面にマシンガンの弾を叩き込んだ葉佩が、振り返ってにっかり笑う。
 その顔がやたらと眩しくて、皆守は目を逸らした。
 だが、ぼんやりと付いていくだけよりは、まあ悪くない。
 さて、次はどうやって巧く眠いフリして庇ってやるか。
 皆守は、すでに思考が『庇うかどうか』よりも『如何に庇うか』に進展しているのに、自分でも気づいていなかった。

 さて、そうして敵を排除した後、葉佩はやたらと広い場所を駆けずり回った。
 「扉が開かねー!仕掛け、どこーっ!」
 ぎゃあっ!と叫ぶ葉佩に、皆守は、アロマパイプをがちりと歯で鳴らしながら、目の前の石碑を指さしてやった。
 「何か書いてあるぜ?」
 「おぉっ!そーなんだよ、みんなで旅立ちを見守ったんだってさ!いいよなー、見送りがいるのってー」
 「えへへ、運動部が遠征に行くときには、文化部が見送りに来てくれるんだよっ!」
 「うわぁ!すっげぇじゃん!良いなぁ、仲良しって!」
 「でしょー?うちは結構部活動が盛んだからさっ!全国でも色々と賞も取ってるしねっ!」
 「すげー!でも、その割には、早めに切り上げてるよな、部活」
 「うん、そうなんだよねぇ。生徒会が決めた門限があるから…もっと練習したいなぁって時もあるんだけど。でも、それでも強いってことは、これでいいのかもしれないね」
 世間話をしていると、皆守の顔がいわゆる『苦虫を噛み潰したような』表情になっていたため、葉佩は首を傾げた。 
 「どしたー?あ、分かった!皆守ってば、帰宅部なのを後悔してるなっ!?」
 「違うっ!」
 皆守は、ばしばしと石碑を平手で叩いた。
 「旅立ちを見送ったってのが重要なんじゃねぇだろ!みんな並んでってところが重要なんだろうがっ!」
 「うんうん、仲良きことは麗しきかな」
 「ち・が・う・だ・ろ!!」
 皆守に思い切り口の端を引っ張られて、葉佩は呻いた。
 「みにゃはみひゃん、ひろいーーっ!」
 「己の目はどこに付いてるんだ!?あぁ!?ここに12体の神さんの像があって!わざとらしく1体がこっちに向いてんだろうが!それでこんな石碑があったら『あぁ、こいつも向こうに向けてやろうかなー』みたいな気にならねぇか!?」
 ぜーはーと息を荒げながら皆守は石像の一つを指さした。
 数秒の沈黙の後、葉佩はぽん、と手を叩いた。
 「おおぅ!皆守、賢いっ!!」
 「…お前がアホなんだぁああっ!!」
 すかぽーん!と蹴り出されて、葉佩は尻を押さえつつ、石像に取り付いた。
 「いっせーのっせ!」
 がりがりと石が擦り合わせられる音がして、石像がぐるんっと回った。
 途端に、石像を金色の光が包む。
 「あ、開いたよー!」
 出口のドアを見ていた八千穂が、押してみて隙間が出来たのを報告する。
 「うわお!やったね!サンキュー、皆守、愛してるぅ!」
 「いらねぇよ!」
 駄目だ、こいつは俺が付いててやらないと駄目なんだ。
 そんな風に思ってしまった皆守は、きっちり葉佩の術中にはまってしまったことに気づいていなかった。
 








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