【鈴懸のおくりもの】
渋江 喜久夫:
初冬の鈴懸(プラタナス)の並木道を通りかかった時、風のいたずらで枯葉が1枚自転車の前籠にヒラリと入った。これも何かの縁かいなとその葉を家に持ち帰り、デッサンの練習も兼ねてなるべく忠実に描くことにした。その後時間を見つけては少しずつ作業を進め、やっとなんとか描き終えた。コロナ禍で自宅待機が続き、時間だけはたっぷりあったのが不幸中の幸いだった。作画中に気がつけば、昔流行った『鈴懸の径』を口ずさんでおり、私がまぎれもなく“昭和人”であることを自覚させられた日々だった。(鉛筆画)
 

西谷 史:
初めてこの絵を見たとき、渋江さんの作品とは気づかなかった。いままでの渋江さんなら葉脈を精密に描くことで、「葉っぱの個性」を出そうとしただろう。けれども、この作品では枯葉に特有の光沢を出すことに力を注ぎ、黒い斑点と虫食いのあとで「葉っぱの個性」を出している。水墨画や木彫でも経験を積んだ名人は、若いころとは異なり平易な線や面で対象を表現することが多くなるというが、渋江さんもだんだんとその境地に近づいていらっしゃるのかもしれない。


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