カードの精・再び

『責任取って貰おうか』


「ふぁ……」
 暗闇の中、俺は目を開けた。
 都会の夜の闇は、真の闇ではない。カーテンの引かれた窓からは、路地にある外灯の灯りがぼんやりと差込み、室内を照らしている。
 普段は一度寝付くと目覚ましが鳴るまで爆睡する俺が、ここのところ胸にのしかかるような圧迫感を覚えて夜中に目を覚ます事が多いのだ。
 どうやら今夜もその夜らしい。
「うー……ん…」
 喉から絞り出す声も呻き声のようである。
 身体の自由が利かない。
 何かがまとわりついて俺の自由を奪っているのだ。
 その『何か』が俺の背中をなぞり、脇腹を撫で上げて膝を割った時、朦朧とした意識が突然覚醒した。

「わああああ!!何やってんだ祇孔!!!」

 まとわりついているのは祇孔の腕だ。胸に覚える圧迫感は、祇孔が俺にのしかかって押さえ付けているからである。
「…何だ、もう起きたのか?」
 くつくつと喉の奧で笑いながら、祇孔は漸く俺を開放してくれた。
「お前なぁ…毎晩毎晩いい加減にしろよ」
 慌てて乱された衣服を整えた俺は毎度の溜息を吐く。
 …確かに俺は祇孔が好きだ。けど、まだ肌を許す事は出来ないでいる。
「毎晩じゃねぇだろ、あんたが衰弱しねえようにちゃんと間隔あけてるじゃねぇか」
「間隔あけりゃ良いってもんじゃないッ、お前だって夜は寝るんだろ?だったら…」
 にやりと笑う祇孔。
「生憎そんな習性はないな。俺は人間じゃないんでね」
 そうだった…こいつはカードの精――精霊だ、人間とは違うのだ。
 ………しかしそれならば。
「…じゃあ、こう毎晩夜這い仕掛けるなよ。そんな習性もないだろう?」
「毎晩じゃねぇって。…だが、そう言えばそうだな」
 ほっとして息を吐いた。
「それはそうだが、やはり精霊なだけに精りょ……」
「それ以上いうなッ!!」
 思わず祇孔のみぞおちに鉄拳をめり込ませて黙らせる。
 痛みなどの感覚もそれなりに持ち合わせているのだろう、祇孔は息を詰まらせて呻くと、これが惚れた相手にする仕打ちか云々と文句を言い始めた。
 そこで、俺はふと気付く。

 こういう行為を知っている、行えると言うことは――。

「……祇孔、前の主人とも、そういうコト…したの?」
 途端、ばつの悪そうな顔をする祇孔。
 ズキンと胸が痛む。暫しの沈黙の後…
「……まぁ…あんたに隠し事はしたくねぇしな…」
 観念したように祇孔が口を開いた。
「主人になったのは男だけじゃなかったからよ…寂しいから慰めてくれとせがまれたり、恋人でいてくれとせがまれて――無論それは願い事の一つだし、俺の意志じゃねぇ訳だが。…そういうコトも、ありはした」
 分かっていたがショックだ。だからといって俺の何倍も長い時間存在している祇孔を責めても仕方がない、仕方がないけど――。
「でも…俺はそうじゃないから…だから夜は出てこないでくれ」
 まともに祇孔の顔を見ることが出来ない。目を逸らせて告げると、苦笑したような気配がし、溜息と共にその気配も薄れていった。カードへと戻ったのだ。

 俺は暫く闇の中でじっとしていたが、小さく溜息を吐いて、祇孔のカードを手に取る。
「祇孔…聞こえてるだろ?さっきはごめん……その…怒ってる訳じゃないんだ……でも」

 ――わかってるさ……。

 頭に直接囁くような声がした。優しく慈しむような声は普段の祇孔からは想像もつかないが、紛れもなく彼のものである。
「おやすみ…」
 カードに口づけると、描かれた男が微笑んだように見えた。


* * * * *


 一人暮らしの俺は自炊を余儀なくされている。
 外食やインスタントが簡単で楽なのだが、栄養が偏るし金も掛かるからだ。
 今日も簡単なおかずで食事を始めた。
 親戚の家にいる頃に『食事中はテレビを見ない』習慣がついているので、静まり返った中、一人で食事をとることになる。
 普段からシンプルな内装を好む俺の部屋は、生活のにおいが感じられないと、誰かが言っていたような気もする。
 あまり広くない部屋だが、それでもガランとして寂しかった。

 …いや、違うか…。

 部屋に何もないのには慣れている。ただ、祇孔がいないと言う事がこんなにも孤独を増長させる要因になっているのだ。
 いつもなら、食事をする事のない祇孔が俺の傍らで他愛もない話をしてくれる。準備をしている時も、片づけている時も、過剰過ぎるほどのスキンシップで俺を手伝ってくれていた。

 だが、あれ以来祇孔は日が沈むとカードに戻り、朝まで姿を現さない。
 『夜は出てくるな』という俺の言いつけを忠実に守ってくれているのは分かるのだが…。
 もしかしたら呆れられているのかも知れないと不安になる。そうでなくても祇孔との間にはぎくしゃくした雰囲気が続いているのだ。
 俺はおかずを半分以上残したまま箸を置いた。
 抱き寄せてくれる腕が、頭を撫でてくれる手が無い事に、相当参っているらしい。
 ――自業自得だろう――自嘲気味に笑った時。

「こら。ちゃんと食えよ、育ち盛り」

 いきなり声がして、大きな掌が俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「……えっ…?」
 顔を上げると、最近は朝と夕方にしか姿を見せない祇孔が優しい瞳で俺を見下ろしている。
「ったく…見てらんねぇぜ、そんなに寂しそうにされると俺が苛めているみてぇだろうが。やめたやめた!」
 身体がびくりと竦んだ。
 やはり呆れている。それともあまりに俺がガキだから愛想が尽きたのか。
 しかし、恐れに硬直した俺の後ろから伸びてきた腕に強く抱き締められて驚いた。
「…もうあんたの言いつけを守る『良い子ちゃん』はやめだ。見てらんねぇしこっちも辛抱ならねぇ」
「祇孔……」
 暖かい祇孔の腕に包まれ、久々の安心感に浸った俺の顎がくいっと引き上げられる。
 自然に重なった唇を、祇孔はこれまでにないほど貪欲に貪った。
 ──息が、苦しい。
 思わず逞しい背中に縋りつく。
「………はぁっ………」
 何時の間にか祇孔の膝に跨った形で唇が解放されると、俺は大きく息を吐きながら身体を預けた。
「もうあんたは『主人』じゃねぇ。あんたが俺を嫌いなら無理強いは出来ねぇが、お互いに想っていて何を迷う?──初めて自分の意思で『欲しい』と思ったのに、どうして我慢しなきゃならねぇんだ!」
 身体を少し離し、祇孔の手が俺の頬に触れる。…微かに震えていた。

「それとも…あんたは俺が許せねぇのか?」

 悲しそうな瞳が俺を覗き込む。
 俺は──答える事が出来なかった。
 勿論祇孔が俺以外の誰かと肉体関係を結んだという事実には衝撃を受けた。だけど、それが許せないのかと言うと、そうではない。

 ──もっと違う、何かが引っかかっている。

 黙っている俺を見た祇孔の瞳に、諦めの色が浮かんだ。
「…そりゃ、あんたのように心底惚れるやつが現れるとは思わなかったし今でも信じられねぇ。俺の過去を数えたらきりがないが、『これから』を全部あんたに…」
「……そうか!」
 突然叫んだ俺に、祇孔は言葉を続けようとして口を開けたまま唖然とする。
 引っかかっていたのは、それか。
「俺…怖かったんだ…」
 俯いた俺を祇孔が見守っている。
「俺が、怖いのか?」
「ううん、忘れられるのが怖かった。…だって、祇孔は精霊だろ。俺よりも永い時間を生きて来ただろうし、これからも……そのうち俺の事なんか忘れて、同じように誰かを愛するかも知れない──なんて思ったら…」
「阿呆」
 俺の懸念は一言で一蹴された。途端に羞恥が噴き上がる。
「わっ…判ってるよ、こんなの俺の我侭だって!そこまで祇孔を縛り付ける資格はないって…」
「違う、龍麻…」
 名を呼ばれ、その不意打ちに心臓が大きく跳ねた。
「俺はあんたの為だけに存在しているんだぜ?そのあんたがいなくなれば俺は──存在理由を亡くす」
 これがどういう意味か判るよな、と悪戯っ子のように笑う祇孔。
 ここへ来て、俺は漸く自分の願いが彼にとってとんでもない事だったのだと気付く。
「ご…ごめ…俺、そんなつもり…」
 蒼ざめた俺に、祇孔は最後まで言わせてくれなかった。
 彼の人差し指が軽く唇に押し当てられる。
「愛してる。…あんたに束縛されるのも、あんたの為に存在するのも半分は俺の意思だ。もう──あんたのいない世界なんて考えられねぇからな…責任取れよ」
 やはり、責任は取らねばならないのだろうか。
 ゆっくりとのしかかってくる祇孔の体重を受けとめながら、俺は身体の力を抜いた。



  感謝の辞
 あぁっ、紳士だわっ、カードの人!!(人、違う)。朱麗乃華様、ありがとうございますぅ!!6888を踏んだ私!偉いぞ!
 え〜と、これ単身をいきなり読まれた方へ。
 これは、朱麗乃華さまの「雲蒸竜変」に掲載された、企画物(パラレル)の続きです。
 転送室から飛べますので、今すぐGO!
 「企画」の「
気の向くままに…お気楽企画」をお読み下さい。
 東京魔人学園はカードバトル違うので、ゲームの祇孔さんは、カードの人じゃないです(笑)。
 「これの続きが読みたい・・」?私もですわ。また、踏みに行こうっと(笑)。
・・・踏んじゃった♪
  
 
   おまけ (すみません、手が勝手に打ってました)
 うちの村雨さん&龍麻さんに感想を聞いてみましょう。
  村雨「畜生、羨ましいぜ・・・」
       は?あなたの方が、何度もやってますがな。
  村雨「祇孔、か。チッ、俺も呼ばれてみてぇ・・」
       意外と乙女チックですね、賭博師さん・・・。
  龍麻「さっさとやれ!やってしまえ!」
       あなた、他人様んちの龍麻さんだと思って、そんな豪気な。
  龍麻「大体、村雨の分際で『責任取れ』だぁ?お前の方こそ、責任を取るが良い!」
       それじゃ、女王様じゃなく、ジャイアンですがな。
       それに、多分、どっちが責任取っても、やることは一緒ではないかと・・。
  村雨「アンタも、たまには、責任取れよ」
  龍麻「やだ」


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