聖夜光臨  後編


 「すすすすすすみません・・・お客様にあんなあんなあんなことをさせてしまった上に、お茶の一杯も出せませんで・・・」
 「いいんだよ。それに俺は『お客』じゃねぇだろ?それとも自宅に来た『友人』にいちいちそんなに気を使うのかい、アンタは?」
 おろおろとうろつき回ってる先生に笑いかけてやると、面白いくらいに赤くなって、手を振り回した。
 「だだだってだってだって、むむむ村雨さんにそんなご迷惑かけてしまって、そのその・・・」
 かーわいいよなぁ・・こんな顔が見られんなら、腐った鍋の一つや二つ、いつでも洗ってやるぜ。
 「そそそそれに、ぼぼぼ僕、いじめられっ子だったので、うちにお友達なんて来たことないです〜!」
 ・・・あ?来たこと無い?
 じゃなくて。
 いじめられっ子?アンタを虐めるような奴、いるのか?いや、古武道を始めたのは去年からってのは資料で見たけどよ。実力がどうこうじゃなく、アンタみたいなのを虐めるバカはいねぇと思うんだが・・。
 「よく・・・不良さんに絡まれては、『解剖ごっこ』されて・・・」
 ちょっと待て。
 解剖ごっこって、まさか・・・
 「数人で押さえつけられて裸にされちゃうんですよ〜・・なんか、僕、それをよくされちゃって・・」
 待て〜!!
 ははは裸だと!!
 よくされたぁ!?
 「でも、僕がとろくさいのを気にかけてくれる人がいて、いっつも誰かが通りかかって助けてくれてたんですけど・・でも、やっぱり怖かったです・・・」
 そ、そうか・・未遂か・・・
 いや、安心してる場合じゃねぇ。
 先生、それは『レイプ未遂』だ!決して『解剖ごっこ』なんて可愛いもんじゃねぇぞ!
 よくもまあ、無事でいられたもんだな・・・まあ『いつも誰かが助けてくれる』ってあたり、きっと今の状況と同じく、先生が気づいてねぇだけで、モテモテだったんだろうよ。
 田舎の不良で、とりあえず裸にするって奴らでよかったな・・いきなり突っ込まれてたら助かってねぇかもな・・・。
 はぁ・・・それにしても、そんな経験があっても、自分が男に欲情されるってことは思い浮かびもしねぇんだな・・。
 先生が抜けてんのか?それとも極めて常識的なのか?
 なんか・・・疲れたぜ、俺は・・・。


 ついつい押し黙ってしまった道中、俺が機嫌を損ねたと思ったのか、先生がうるうると見つめてくるのは、なかなかに可愛かった。
 誤解を解こうにも、どこから説明したものやら。
 考えている間に、<浜離宮>に着いちまった。
 芙蓉に案内され、屋敷を上がり。
 客間では、薫が出迎えた・・ってことは、御門はまだ手が放せねぇってか。
 「ようこそ、緋湧さん。どうぞ、ゆっくりしていって下さいね」
 にっこり笑う薫に、先生は真っ赤な顔であわあわしている。
 「あのあのあの本当に今回はご迷惑をおかけいたします!」
 まったく・・こんなに遜らなくてもよかろうに。
 悪いのは御門の野郎だぜ。
 「あのあのそそそそれで、その・・秋月さん・・・あのあのえと、え、え、え、絵を描かれている方にこのようなものを捧げるのは無礼かとも思ったんですが・・その・・こ、これ・・」
 先生は持ってきたバッグから、30cm四方くらいの額縁を取り出した。
 「ききき気に入ってて、その、売らずに手元に置いていたんですが、その・・秋月さんを拝見したときに、なんだかイメージに合うかなって気がして・・そのよろしければ、貰ってやってください・・・」
 薫の手元を覗き込む。
 ・・・花?
 深い藍色の紙に、色とりどりの花が咲いていた。
 描いてるんじゃねぇ。実際、貼り付けてある。
 夜の花畑、風に舞っていくつか花びらも飛んで・・・月も星も花びらで表現されている。
 こりゃ、ドライフラワーにして、それから一枚一枚貼り付けてあるんだな。
 実際やってみたこたぁねぇが、まるで接着剤の跡もねぇし、崩れた花もねぇし・・手が込んでいそうだってぇのは、見ただけで伝わってくる。
 先生は、自分が不器用だっつってたし、いかにも不器用そうだし(笑)で、そう思ってたんだが・・・こりゃ、考えを改めねぇといけねぇな。
 「綺麗ですね」
 薫は、嬉しそうにそれを見ている。
 先生の顔は・・更に真っ赤だ。
 ・・血でも吹くんじゃねぇだろうな・・。
 「そうだな、先生にこんな芸があるとは思わなかったぜ。大したもんだ」
 「えとえとえとえとあのあの・・・よよよよく、女みたいだって馬鹿にされてました・・・その、他の子がプラモを作ってる時に、こういうのをしてたもので・・・」
 真っ赤になりすぎて、目が潤んでるぜ・・あぁもう可愛いったら。
 「だ、だだから、その・・褒めて頂けてううううう嬉しいです・・・」
 なんだかなぁ・・これ見たら褒めるだろ、普通。
 なのに、初めて認められたって感じでそんなに喜んで・・これ、故意にやってんだったら大した手管だが・・天然だろうな。
 
 それから、薫と先生は花をモチーフにした絵がどうのこうのという話を始め。
 先生もだんだん緊張が解けてきたのか表情が柔らかくなったし、薫もひどく楽しそうだった。
 まあなあ。最近、絵を描くっつっても、星見がらみの<予知絵>ばかりだったからなぁ。単なる花や静物画は久しく描いてなかったから、そういう話が出来て和んだんだろう。
 夕食の頃には、すっかり打ち解けちまってた。
 おかげで、やっと出てきた御門は、二人の盛り上がりに口も挟めねぇまんま、ぼそぼそと食ってやがる。
 いい気味だぜ。
 しかし、これも俺の運ってぇより、薫の意志なんだろうな。
 御門が先生にちょっかいを出さないよう、御門を捕まえておくのは勿論のこと、俺と先生をくっつけようと目論むってぇのなら、こっちとしても好都合だ。
 せいぜい協力してもらうとしよう。
 
 世間ではクリスマスイブだというのに、全く無関係な和食の夕食が終わり。
 御門がじろりとこっちを睨んだ。
 「村雨、帰らないのですか?」
 くっくっくっ、俺を追い出そうってか?
 無理だって。俺もその気はねぇし、その上・・
 「え?祇孔も、泊まっていけばいいのに。ねぇ、龍痲さん」
 ほらな。薫が援護射撃するし。
 先生は・・またおろおろしてる・・
 「迷惑かい?先生」
 「そそそそそそんなこと無いです〜!めめ迷惑なんて、迷惑なんて、僕じゃなく村雨さんにご迷惑なんじゃ・・!」
 「あぁ?気にするこたぁねぇよ。どうせ一人暮らしだしな。帰ったって誰がいるわけでなし・・誰かと一緒に寝られりゃ、それだけで俺は嬉しいぜ」
 そうして、他意は無い、とにっこり笑ってやる。
 「い、い、い、いいんですか?あの、あの、誰かと一緒に寝るのって、僕、修学旅行以来で・・」
 あ、修学旅行があったか。・・ってことは、あの猿だの虎だのと一緒に寝たのか・・
 まぁ何かされてるわけはねぇが、ちっと不愉快ではあるな。
 が、御門の方がよっぽど不愉快そうな顔をしていた。
 「一緒に寝る?龍痲さん、悪いことは言いません。この男と共に休むなどという考えは、今すぐ捨てておしまいなさい」
 俺かい。
 いくら何でも、お前の結界の中で、どうこうしようなんてこたぁしねぇよ。
 単に一緒に寝るだけじゃねぇか。
 そんでもって、ちっとばかり先生の寝姿を見られりゃ・・いやいや出来れば一緒の床に・・ついでにキスの一つもできりゃ・・あ、いや、これは冗談だが。
 
 結局。
 先生の寝間には御門の式神をつけておく。
 俺は続き間で休む。
 ということになった。
 御門の野郎、式と視界を繋げるつもりじゃねぇだろうな・・。
 人を追い出しといて、自分だけ先生の寝姿を拝もうなんざ10年早いぜ。
 何とかして、式を追っぱらわねぇとな・・。

 と、腹ん中で算段していたら。
 隣でなにやら話し声がしたかと思うと、襖がからりと開いて。
 「む、む、む、村雨さぁん」
 情けない声で・・・うっわ、半裸だぜ、先生・・何やってたんだ?
 御門が用意した寝間着は、和装。それが帯でかろうじて止まってるものの乱れまくって、まるで襲われたような格好で、先生が転がりこんできた。
 まさか御門特製とはいえ、式に襲われる・・わけねぇしな。
 後から入ってきた式は、表情がはっきりはしないが、困惑したような気をしている。
 「すすすすみません・・この方が、包帯も巻いて下さるとはおっしゃってくださってそれは大変にありがたいんですがでも女性にそんなことしていただくわけには・・!」
 先生は、式から隠れるように俺の背後に回って・・俺の服をしっかりと握った。
 いかん・・この村雨祇孔ともあろう男が、それだけで顔が緩む・・。
 「わたくしは、女性ではございませんと、申し上げておりますのに・・」
 「ででででででもでもでもでも女の方です〜!」
 式の主張と先生の主張は、見事なまでに擦れ違っている。
 まあ分からなくもねぇがな。俺にしてみりゃ、式たちが紙を依代に出来てんのを目の当たりにしてるし、人間じゃねぇのはよく理解している。
 が、先生にとってみりゃ、目の前にいるのは、まるきり人間の女なんだから、そう扱うのも仕方がねぇっちゃ仕方がねぇこった。
 「んで?何をしたいんだって?」
 「ああああのあのあの包帯を・・・」
 あぁ・・先生が手に持ってたのは包帯だったのかい。
 いいぜ、俺がやってやるって。
 ここで御門本人がいりゃ、何かと文句を言うだろうが、式は大人しく引っ込んだ。ま、見てるのは仕方がねぇけどな。
 
 俺が包帯を手に取ると、先生は、寝衣を肩から滑り落とした。
 うっわ、色白い・・ほっそい肩だな・・こりゃ骨自体が細くできてんだな。
 傷は・・・肩から腸骨あたりまで、まだ痛々しいピンクの盛り上がりが走っていて、縫合の痕が生々しい。 
 黙りこんじまった俺を見て、先生はおずおずと笑みを浮かべた。
 「えっと・・その、もう傷はいいんですけど、まだ消毒して包帯巻いておきなさいって言われてまして・・そのあのえと・・・」
 なんだって、こんなでかい傷作って、まだ俺の方を気遣うんだ、この人は。
 畜生、あの柳生とかいうおっさん、ぶち殺す!五光かけまくって、狂い死にさせてやる!
 ・・ってこりゃ八つ当たりだな。
 実際、腹をたてるべきは、不甲斐ない自分・・・か。
 「えと・・・あの、傷が、胸で良かったですよね。背中だと、いかにも逃げるところを切られましたって感じで、みっともないですもんね」
 先生は、にこにこと笑う。・・・本気で言ってんだろうな・・・。
 「次は、ねぇからな」
 「はい?」
 「絶対、俺が守ってやるぜ」
 くそっ、声が掠れてやがる。
 先生は、何を言われてるのか分からないって面で、俺を透き通るような目で見ている。
 「えと、その、この傷は、僕が弱いから付けられちゃったわけで、だから、僕がもっと強くならなきゃって思うんで、そのえっと村雨さんには他に守るべき方がいらっしゃるんで、僕なんかに構っていただかなくても、その・・・」
 困ったように首を傾げた先生が、ふいに、ふんわりと笑う。
 「でも、嬉しいです。そう言っていただけて」
 くっ・・可愛い・・
 思わず抱きしめちまったのは、俺のせいじゃねぇよな?
 が。
 「村雨さん?」
 こんな近距離だぜ?
 あと1cm近寄りゃあ唇が触れるってぇのに、まったく様子が変わりゃしねぇ。
 硬直してるってぇのでもない。息づかいも乱れず、全くの平常心。
 つまり、だ。
 こりゃ、キスの経験すらねぇってこったな。たとえ女とでも、したことがありゃ、これどういう体勢か分かりそうなもんだ。キスもまだとなると、それ以上は、ましてや。
 参ったな・・経験もなく、男に惚れられるってぇのを考えもしねぇとなると・・
 下手に手ぇ出すわけにゃあいかねぇってこった。
 ちょっと押し倒しかけて、逃げられでもしてみろ。
 悩んだ先生は猿だの虎だの御門だのに相談し、相談された奴は親切ごかしに『私なら、貴方を悲しませるような真似はしませんよ』とか何とか弱みにつけ込んで、うにゃららら・・駄目だ、駄目だ!
 どうせやるなら、一気に行き着くとこまで行って、しかも、悩ませちゃあいけねぇ。
 愛してるからこその行為だってことを納得させなきゃなんねぇ。
 
 ・・・ってことは、だ。
 少なくとも、邪魔が入り放題の、ここじゃ駄目だってこった。
 先生の家か、出来れば俺のマンションで、逃げられねぇように縛っ・・じゃなかった、きっちり口説いてから・・・。
 この村雨祇孔、いきなり押し倒す方が得意分野ではあるが、手順を踏んでの恋愛沙汰もできねぇわけじゃねぇってことを証明してやるぜ。
 
 そう決意して、俺は、先生の包帯を巻き終え、寝衣も着せてやるのだった。
 

 追記。

 せっかく人が中途半端に手は出さねぇって決心したってぇのに・・先生は、明け方、またしても半分脱いだような色っぺぇ格好で俺の部屋に来た(いや、厳密には、起こしたらどうしようって感じで襖の前に座り込んでたんだが)。
 寝てるうちに、着物がはだけて、直し方が分からなかったらしい・・。
 ・・・故意か!?アンタは!
 しまいにゃ襲うぞ!!


先生んちに戻るぜ

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