付添制限  後編


 そして。
 芙蓉さんのじりりりりが鳴ると同時に、部屋の中に、大勢がなだれ込んできた。

 「なぁっ!ひーちゃん、俺だよな!?」
 「龍痲・・私と一緒にって言ってくれたわよね・・」
 「アニキ〜!俺、何でも買うてくるわ〜〜!」
 「君のためなら、僕は何だって・・・

 
 え?え?え?え?え?
 ま、ま、ま、ま、待って〜〜!
 そんな、いっぺんに言われても〜〜!

 「やかましいよ、このガキども!!ここを何だと思ってるんだい!?」
 
 あ〜岩山先生だぁ・・。
 「お騒がせして・・ごめんなさい・・・」
 「あぁ、アンタはいいんだよ」
 先生は、僕の頭を撫で撫でしてくれた。
 「いいけど、さっさと誰か選びな。うるさくって、しょうがない」
 はい・・えっと、えっとぉ・・・

 「み、御門さん・・・お忙しい・・ですか?」

 その時のみんなの叫びは、さっきよりも更に凄かった・・
 阿鼻叫喚、ていうのかな、こういうの・・・。
 な、なんで、そんなにびっくりするかなぁ・・。
 
 御門さんは、周りの騒ぎの中で、一人静かに立っていた。
 ふっ、なんて微笑が涼しい。
 ほえ〜・・・いっつ、くーる!・・・これはアランくんに教えてもらったんだけど。
 
 「わかりました。では、私が、本日のお目付役、ということで」
 「じゃあ、他の奴はさっさと散りな」
 岩山先生が、他のみんなを追い出していく。
 ごめんねー、せっかく来てくれたのに・・。
 元気になったら、お礼に伺いますから・・。
 みんなは、文句を言いつつも、岩山先生には逆らえないみたいで、潮が引くみたいに、病室からいなくなった。
 驚くくらい、急に静かになって、点滴に付いてるポンプの、ピッピッっていう音が、大きく聞こえた。

 御門さんは、病室のパイプ椅子を持ってきて、ベッドの横に座った。
 ・・・似合わない・・・
 パイプ椅子と白い制服、長髪が、なんともいえずミスマッチだ・・。
 なんて言うか、御門さんには、もっと重厚な椅子・・でもソファってイメージじゃないしなぁ・・。
 やっぱり、和室かな?
 でも、制服で正座するのって、皺になっちゃうよね。
 おうちでは、どんな格好してるのかなぁ・・やっぱり和服かなぁ。
 和服にも、どーんて晴明紋がついてるのかなぁ。
 
 つい、御門さんを見ながら、自分の考えにはまってたみたいだ。
 ふと気づくと、御門さんが、じーっと僕を見ていた。
 「何故・・・」
 「はい?」
 「何故、私を選んだのですか?」
 あう〜・・やっぱり、迷惑だったかなぁ・・
 そうだよね、御門さんには守らなきゃいけない人がいて、僕なんかにかまってる暇ないんだよね・・。
 「いえ、喜んでおりますよ。・・ただ、不思議なだけです。まだ出会って間もない私を、何故指名したのかと」
 「えっと・・・そのぉ・・・御門さんと、お話してみたいなぁと・・・でも、お忙しいでしょうし、今日なら、時間があるって仰ったから・・」
 そうなのだ。
 御門さんとお話しする機会は、滅多にないだろうから、と思って。
 甘えてるって言われたら、そうなんだけど・・・。
 でも、そう言ったら、御門さんは、にっこり笑ってくれた。
 「確かに、私は暇な身ではありませんが、貴方とお話が出来ないほど忙しいわけではありませんよ。いつでも、とは言えませんが、可能な限り、時間を割きますから」
 ・・・でも、暇ってわけじゃないんだ、その言い方だと・・。
 うん、やっぱり、御門さんにいてもらって良かった。
 今日なら・・・お話・・・出来る・・・
 あ・・・眠くなっちゃった・・・せっかく、いてくれるのに・・・・
 ・・・・・・・・・・・

 やっぱり、意識が無くなってたらしい。
 うっわ〜〜!!
 せっかく、御門さんがいて下さったのに〜〜!
 ・・・あ。
 御門さん、いた。
 「お目覚めになりましたか?」
 「すすすすすみません!!僕、僕、寝ちゃって・・・!」
 「いえ、貴方は重傷者なのですから。お休みになった方がよろしいのですよ」
 でもでもでも〜〜!
 あぁっ!お忙しい人を、単に横にいるだけの人にしてしまった〜! 
 暇だっただろうなぁ・・何も無いもんなぁ・・
 あうあうあうあう〜〜・・

 「あ〜!ダーリン、目、覚めたぁ〜!?」
 高見沢さんが入ってきた。
 あ、そうだ!
 「高見沢さん、何か、雑誌とかありますか?」
 「ダーリンはぁ、まだ絶対安静なので、ダメですぅ〜」
 「違います。その・・御門さんがお暇そうなので・・」
 「・・私なら、お気遣い無く」
 高見沢さんは、人差し指を顎に当てて、うーん、て考えて、えへって笑った。
 「患者さんたちが残していったぁ、雑誌あるからぁ、持ってくるねっ!」
 ぱたぱたって軽い足音を残して、高見沢さんは行っちゃった。
 御門さんは・・何故か、ちょっと困ったような顔をしてる。
 ・・ひょっとして・・もう帰らなきゃいけなかったかなぁ。
 
 「はい、これぇ!」
 高見沢さんが戻ってきて、御門さんに何か渡した。
 雑誌にしては・・分厚いけど・・・何だろう?
 「ちょうどねぇ、陰陽師特集だったのぉ」
 えっと・・・背表紙が見える・。
 ミス○リーDX?陰陽師特集?・・・ひょっとして・・・
 「私は、少女漫画は、ちょっと・・・」
 あぁっ!やっぱり〜!
 「じゃあねぇ〜」
 高見沢さーん!他の雑誌は無いんですか〜〜!!
 ・・・行っちゃった。
 御門さんは苦笑いして、それをベッドサイドに置いた。
 「たつまさんは、陰陽師に興味がありますか?」
 「はい」
 こういう事態になる前から、結構好きで本とか読んでたんだ〜。
 さすがに、本物を見ることになるとは思ってもいなかったけど。
 「そもそも、陰陽師とは・・・」
 御門さんが、穏やかな声でお話を始めた。
 難しい言葉も多かったけど、御門さんの語り口調は、とっても静かで・・子守歌を聞いてるみたいで・・なんだか・・・・・・落ち着く・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 はっ!
 また、寝てしまった〜!
 でも、御門さんの声が、小さく聞こえてる・・ずっと、お話ししてくれたのかなぁ・・
 ・・・あれ?
 なんか、視線下に向いてる・・。
 「ふっ、このような術が陰陽師に使えるものですか・・」
 「・・・この符では、逆凪が膨大になりますよ・・・」
 
 ・・・・・読んでる・・・少女漫画雑誌を・・・・・
 ・・・・・・御門さん・・・・・・いい人だ・・・・・・

 僕は、なんだか嬉しくなって、そのまま、また寝ちゃって。
 
 気づいたら。
 白い制服は目に入ったんだけど・・・なんか、<氣>が違う・・・
 あ!村雨さんだ!!
 「気づいたかい?」
 はい〜!
 御門さんは、どうされたんでしょうか・・
 やっぱり、お忙しいんじゃ・・・
 「御門の野郎は、今、メシ食えって追い出したとこだ。・・くくっ、俺じゃ、不満かい?」
 えぇっ!?び、びっくりはしたけど・・不満なんて、そんなことは・・・
 あ、村雨さんに、言わなきゃ・・
 「あの・・村雨さん」
 「なんだい?」
 村雨さんは、僕の額の髪をかき上げてくれた。
 そのまま、顔を包むように触ってる。
 なんか、おっきくって、温かくて・・気持ちいいかも。
 「あの・・僕、ホントなら、即死だったって・・」
 「あぁ・・そうだってな・・」
 村雨さんの目が、ちらっと僕の胸の方に行って、眉がひそめられた。
 ・・・そんなでっかい傷になってるのかなぁ・・
 あ、包帯で見えないか。
 「僕、運が悪いのには、自信がありますので・・・それが、助かったのは、きっと村雨さんのおかげだと思って・・・お礼を言わなきゃって、思ってたんです・・」
 「おいおい、そりゃあ、アンタの力だろ」
 って言ってくれてから、村雨さんの感じが、急に変わった。
 意地悪そうなっていうか・・からかおうとしてるっていうか・・楽しそうに
 「アンタ、そんなに運が悪いのかい?」
 「えぇ・・・子供の頃、10本中7本当たるくじで、外れた時には、泣きました・・・」
 はう〜・・イヤな思い出が甦ってきた〜・・
 それに限らず、色々と・・・
 あぁ、でも、贅沢言っちゃあ、罰が当たりますよね・・
 僕は、優しい養父母がいて、とっても良い仲間がいて、頭は悪いけど、元気でいるんですもんね・・

 「俺の運・・・分けてやろうか?」
 村雨さんは、かがんで、僕の顔を覗き込んだ。
 額がくっつきそうなくらいの距離で、僕の目を見てる。
 「相手がアンタならいけるかもな・・・アンタの中に、たっぷりと俺の運、注ぎ込んでやってもいいぜ・・」 ほえ〜。
 そんなことが出来るのかなぁ・・
 もし、出来るんなら、いいなぁ、それ・・
 「はい・・・お願い出来ますか?」
 だけど、村雨さんは、びっくりした顔をした。
 それから、困ったように、片眉を上げた。
 「・・・アンタ、ホントに通じねぇなぁ・・・そう素直に受け止められちゃあ・・・却って、手が出せねぇや」
 ほえ。
 なんか、また間違ったかなぁ、僕。
 よく言われるんだよねぇ・・仄めかしとか、イヤミとか、僕には全く通じないって。
 でも、今のに、なんか別の意味ってあるのかなぁ・・
 村雨さんの運を、僕にくれるって・・・
 あ!くれたら、村雨さんのが無くなって、困るのかな!?
 そ、それで、僕は『いいです』って遠慮すべきだったのかな!?
 はう〜・・・
 で、でも、僕は、こんなんですから・・・村雨さんも、あまり、難しいこと言わないで下さいね・・・。

 「はいはい。坊やは良い子だ、ねんねしなっ、てね」
 村雨さんは、僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
 僕、子供じゃないんだけど・・・村雨さんと同い年なんだけどなぁ・・
 でも、村雨さんは、大人っぽいし、僕が幼く見えても仕方ないのかなぁ。
 僕、見た目と中身が全然違うって言われるし・・・
 やっぱり、僕って、バカなのかなぁ・・・

 村雨さんは、それから、色々と楽しいお話をしてくれた。
 舎弟さんたちが、僕に会いたがってる、とか。
 御門さんが学校で浮いてる話、とか。
 村雨さんは一人暮らしだとか。
 そのうち、御門さんが帰ってきて、村雨さんは、追い出されちゃったけど、傷の痛みを忘れるくらい楽しかった。  
 いい人だなぁ・・・
 村雨さんとも、もっとお話ししたかったなぁ・・・



 追記。

 御門さんの本日の夕食は、コンビニのおにぎりだった。
 初めて食べるのかな?
 すっごく苦労して自分で剥いて作ってたけど・・・
 御門さんが、おにぎりを食べる姿っていうのは、ある意味『ろまん』だった。
 うーん、良いものを見てしまった・・・・・。


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