付添制限  前編



 僕は、どうも、危険に対するアンテナってものが、備わっていないらしい。
 よく、世の中で言われてる「何となく、危ない人だと感じて」とか、逆に「本当はいい人だって直感で」なんてことを感じた試しがない。
 元々いじめられっ子だった経験から、基本的には、知らない人は恐いんだけど、この4月からの出来事で、考えを改めたんだ。
 だって、一見恐い人でも、すっごく優しかったり。
 そういう人に限って、いったん仲間になったら、何が何でも僕のこと守ってくれようとしてくれて。
 ・・・まあ、一見優しそうな人が、敵だったりしたこともあったけど。
 
 それで、一応、知らない人で、恐そうな人でも、最初は友好的に接するようにしてたんだけど。

 思い切り、裏目に出ちゃったような・・・

 なんてことを、赤い人を見上げながら、思ってみたり・・・。

 ひょっとしたら、赤いのは、僕の血かも知れないけど・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。



 「きゃああん!ダーリン、気が付いたぁ!!」
 ほえ?
 この声は・・高見沢さん。
 ここ・・どこ・・・白い天井・・・・・澄み渡った<氣>・・・
 「待っててね、先生、呼んでくるからぁ〜!」
 高見沢さん、泣いてる・・・ごめんなさい、僕のせいですよね・・・。
 
 高見沢さんは、ぱたぱたと駆けて行った。
 うーんと・・・なんか、身体が重い・・・。
 腕、冷たい・・・あ、点滴されてる・・・。
 僕・・・赤い人にばっさりとやられちゃったんだよね、確か。
 胸は・・ん〜、なんか、感覚が無いや。
 無くなった・・わけないよね。腕や足ならともかく。
 でも、確かめるのは、怖くて見られないし・・
 そもそも、頭が持ち上がらないや。
 ほえ〜困ったなぁ・・また、お父さん、お母さんに心配かけちゃうな〜・・。

 あ、この地響きは。
 「気が付いたんだって?全く、大した回復力だよ」
 岩山先生だ〜。
 「せんせ〜・・・」
 すみません、ご迷惑をおかけします・・って言いたかったんだけど・・胸が押しつぶされるような感じで、ひゅーひゅー言って、うまく言葉が出てこなかった。
 「ほら、喋るんじゃないよ。普通だったら即死するような傷だったんだからね」
 ほえ〜・・即死かぁ・・
 僕にしては、珍しく、運が良かったんだなぁ・・
 あ、村雨さんが、仲間になってくれたからかもしれない。
 後で、お礼を言っておこうっと。
 
 それから、僕は、また眠って。
 
 気が付いたら、蓬莱寺くんが、僕の顔を覗き込んでた。
 「ひーちゃん!大丈夫か!!」 
 ん〜と・・・大丈夫、ってのはどんな状態を指すんだろう。
 まだ重傷って意味では、大丈夫じゃないかも。
 気が付いたかって意味では、意識ははっきりしてる。
 「俺はもう、大事なひーちゃんが目が覚めなかったらどうしようかと・・!このまま意識がなかったら、俺、連れて帰って、隈無く世話しようかと思ってたぜ・・」
 はぁ・・・ありがとうございます・・・。
 幸い、気づいたので、そこまでご迷惑をおかけすることはないと思うけど・・。
 「ひーちゃんの身体を拭いたり・・・ひーちゃんに口移しで飯食わせたり・・ひーちゃんの下の世話まで・・・」
 えーと・・・
 僕、大丈夫だよぉ・・・。
 すみません、若い身空で、そこまで覚悟させてしまって・・。
 「なぁ、ひーちゃん、ここで一人は寂しくないか?俺、ついててやろうか」
 寂しい・・ことは、寂しいかな、やっぱり。
 でも、ご迷惑だと・・・

 じりりりりり

 何の音だろう・・
 なんか、目覚まし時計の音みたいだけど、病院で、そんな音しないよね。
 僕が考えてると、蓬莱寺くんは、ぴくっと頭を上げて、それから僕の手を握った。
 「ひーちゃん・・俺は行かなくちゃならねぇが・・・」
 ふえ〜〜行っちゃうんですかぁ・・・・・・・。
 蓬莱寺くんは、こっちを向いたままなのに、凄いスピードで病室から出ていった。
 「ひーちゃ〜〜〜〜〜ん〜〜〜
 ドップラー効果まで付いてる・・・。

 行っちゃった・・・付き添ってくれるって、言ったのに・・・・

 訳が分からなくて、呆然としてると、今度は、美里さんが入ってきた。
 「龍痲・・・私、本当に、心配して・・・」
 あぁっ、ごめんなさい、美里さん!!
 そんなに悲しそうな顔、しないでくださ〜い!!
 「貴方が望むなら、私、ずっとここにいるわ・・・」
 え〜と、お気持ちは嬉しいんですが、皆さん、学校が・・・
 美里さんは、僕の手を取って、抱きしめ・・・あぁっ胸が当たってます〜〜!!
 や、柔らかくて、嬉しいですが、嬉しいですが・・・・・なんだか、恐怖も感じるのは、何故でしょう・・・
 檻に肉食獣と閉じこめられたような冷や汗が・・・あぁ、やっぱり僕、まだ調子悪いんだな、きっと・・・。

 じりりりりり

 「くっ、早いわね・・・」
 
 ・・??
 「ねぇ、龍痲・・・私を、選ん・・・!」
 ???・??・?
 美里さんも、こっちを向いたまま、ドアから出て行った・・・。
 みんな・・・器用だ・・・・・。

 
 それから。
 仲間の皆さんが、入れ替わり立ち替わり、病室に寄って下さったんだけど。
 みんな・・・ついててくれるって・・・言うくせに・・・
 あのじりりりって音聞いたら、すぐ帰っちゃう・・・・・
 
 寂しいよぉ・・・・・・そりゃ・・・分かってるけど・・・
 皆さんにだって、学校もあるし、都合もあるだろうけど・・・
 だったら、付き添ってくれるって言わなきゃいいじゃないか〜〜〜〜
 期待した分、余計、寂しいじゃないかぁ・・・

 ふえ・・・きっと壬生くんだって、帰っちゃうんだよ・・・
 今は、目の前にいてくれてるけど・・・
 「どうしたんだい、龍痲」
 ほら、じりりりりって・・・
 「龍痲、僕のいるべき場所は、君の・・・・!」
 ふええええええええええええええええんん!!!
 行っちゃったじゃないか〜〜〜〜!!

 もう、やだ・・・・
 帰っちゃ、やだ〜〜〜!!
 あんまり、我が儘言っちゃいけないって、分かってるけど・・・
 怪我して、心細いときくらい、一緒にいてくれたって、いいじゃないか〜〜〜!!
 
 でも、僕は、身体を起こすことすら出来ないし。
 追いかけることも出来ずに、こうやって、寝てるだけしか出来なくて・・。
 あ、ダメだ、涙が・・・

 ぽえぽえになった視界の中で、また誰かが入ってきた気配があった。
 「おい、どうした?何、泣いてるんだ?壬生に、なんかされたんじゃねぇだろうな?」
 この声は・・・村雨さんだ・・・
 僕は、なんとか目をぎゅっとして、涙を目から追い出した。
 「違い、ます・・壬生くんは・・・」
 これだけ言うのも、息が切れる・・・。
 情けないなぁ・・・あ、ダメだ、また、泣きそう・・・。
 「アンタも、わかんねぇなぁ。全員に、一緒にいて欲しい、なんて言いやがって・・・あれだけ大勢を手玉にとるのは、楽しいかい?」
 村雨さんの言うことは、難しい言葉が多い・・・
 でも、なんだか、怒ってるのはわかる・・・。
 だけど、なんで、僕が怒られるんだよぉ・・・
 誰も、一緒にいてくれないじゃないかぁ・・・・
 「自分に都合が悪くなったら、だんまりかい?」
 「・・・一緒に・・・いて・・・」
 「へっ、俺にも言うのか。・・あきれたもんだ」
 ふえぇ・・・
 でもでも、ちゃんと言わなきゃ・・なんか、怒ってるし・・・
 「くれないん・・です・・誰も・・・付いてて・・・くれるって・・言ってくれる、のに・・・みんな、帰っちゃ・・う・・・」
 「・・・あ?」
 村雨さんは、それまで、手をポケットに突っ込んで、椅子にふんぞり返って座ってたんだけど、急に、僕の方に身を乗り出してきた。
 「って、アンタ、誰も、説明してねぇのか?」
 「・・・なに、を?」
 「あきれたな、こりゃ」
 村雨さんは、がしがしと頭を掻きむしった。
 それから、覗き込んできた目は、さっきまでと違って、柔らかい光を放ってた。
 「アンタにゃ、面会制限が出てんだよ。会えんのは、一人5分」
 ・・・・え?
 5分・・・じゃ、あのじりりりりは・・・
 「つっても、聞かねぇ奴が多いだろうから、時間が来たら、あの新宿の魔女と御門が、無理矢理引っこ抜いてきてんだ」
 む、無理矢理、ですか・・・引っこ抜くって・・・
 あ・・・それで、みんな、変な姿勢で出て行くのか・・・
 なんだ、僕、見捨てられたんじゃなかったのかぁ・・・
 「んでもって、今日、アンタに付き添えるのは・・・」

 じりりりり
 また、だ・・・
 「っと、俺も、ここまでか。後は、御門に説明してもらいな」
 村雨さんは、ウィンクをして、振り向いた。
 すごい・・・生ウィンクって、初めて見た・・・かっこいい・・・男がしても、かっこいいんだ・・あ、でも、やっぱり、村雨さんみたいな人がするから、似合うのかなぁ。
 「今、出て行くから、引きずるんじゃねぇよ」
 って、外に向かって大きな声で言いながら・・・。
 ・・・・・・あ、こけた・・・・
 こけたまま、外に出て行っちゃった・・・。

 ようやく、僕は、穏やかな気分で、ドアが開くのを見ていられた。
 次、現れたのは・・御門さん。
 「やれやれ、格好をつけようなどと思うから、そんなことになるのです・・・」
 なんか、ドアの方に向かって、振り向いてる・・
 「あぁ、貴方のことではありませんよ、龍痲さん」
 じゃあ、誰のことだろう?
 あ・・それより、5分しかないんだから、聞かなくちゃ・・
 えっとえっとえっと・・・
 「御門さん・・・あの・・村雨さんが、さっき・・・」
 「何か、されたんですか!?」
 「い、いえ・・・」
 ・・・村雨さんも、さっき、壬生くんに何かされたのかって聞いたっけ・・。
 何かって・・何だろう・・・
 仲間だもん、僕に害を加えるわけないのに・・・。
 「なんか、途中までしか・・・聞けなくて・・・面会制限で・・・今日・・僕に、付き添えるのは・・・って、そこまで・・・」
 困ったように、御門さんは、扇子をぱちんって閉めた。
 「誰も、説明しなかったのですか?・・・まあ、わからなくも無いですが。皆、自分の持ち時間を、説明などで潰したく無かったのでしょうね」
 ふぅってため息をついて、御門さんも僕の手を取った。
 『も』っていうのは、みんな、そうしたからだ。
 ちょうど良いところにあるんだな、僕の手。
 椅子に座ると目の前にあるし、点滴が繋がってるから、布団から出てるし。
 「今日、貴方に付き添えるのは、一人。貴方に、選択権があります」
 せ、選択権・・・僕・・そういうの苦手・・・。
 ・・・でも・・・誰でもいいのかな・・・
 「皆、自分を選んでもらおうと必死なのですが・・・皆、貴方が、『自分に』付き添って欲しいと言った、と言って、外では大騒ぎですよ」
 えええ〜〜〜〜!!
 だ、だって、そんなことになってるなんて、思ってなかったのに〜〜!!
 誰でも良いから、付いてて欲しいって・・・
 あ・・・誰でもって言うと、失礼か・・・誰に、付いてて欲しいって言わなきゃ・・・ 
 で、でも・・・誰かって・・・あぁっ、そういうの、苦手でっ!!
 「あ、あのぉ・・・み、御門さんも、その・・・お願いしたら、付いてて下さるんですか?」
 御門さんは、驚いた顔をした。
 やっぱり、ダメなのかなぁ・・。
 「まあ・・・普段なら、そのような甘えは聞かないのですが・・・大怪我をなさっていることではありますし、私も、まあ、本日に限っては・・・時間がありますから」
 そっか〜・・御門さんも、一緒にいてくれるんだ〜〜・・。
 うーん・・・どうしよぉ・・・
 でも、迷惑だよね・・・
 「では、私はこれで」
 御門さんが立ち上がった瞬間、あのじりりりが鳴った。
 御門さんは、優雅な所作で一礼して去っていったけど、微妙に足早だった・・。
 きっと、村雨さんみたいに、こけるのがイヤだったんだよ、あれは。
 ・・・・うーん・・・意外と、楽しい人かも知れない・・。
 
 僕は、芙蓉さんにもお話を確認した。
 ちなみに、芙蓉さんもお願いしたら一緒にいてくれるって・・。
 なんだか、みんなが僕と一緒にいてもいいって言ってくれて、すごく嬉しい。
 怪我するのも、たまにはいいかも・・。


誰か選んじゃうぞ


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