愛の搦め手大作戦

先攻:緋勇龍麻

  時:放課後
 場所:真神学園・屋上


 緋勇龍麻のその笑顔は、かなり善意に解釈すれば、『無邪気』と言えなくもなかった。
 「親友よ、協力させたいことがあるんだが・・・聞いてくれるな?」

 その際の<親友>蓬莱寺京一の行動。
 『親友よ、』・・・反転180度
 『協力させたいことがあるんだが・・』・・・全速離脱!

 しかし、彼の行く手は、鍵のかかったドアに遮られていた。
 「何故だぁっ!たった今、上がってきたばかりなのに!」
 「すまん、京一・・・俺にも、人並みの人生設計があるのだ・・」
 「醍醐ぉ〜〜!!この、裏切り者〜〜!!」

 『聞いて、くれるよな?』
 
 京一は、『エクソシスト』の少女の様に、ぎちぎちと音を立てながら、振り返った。
 龍麻の手には、いつの間にやら装備された黄龍甲。
 「もももももも、もちろんだぜ!ひーちゃん!親友じゃないか!!」                       
 「うむ、そう言うと思っていた」
 
 浮かべられた笑顔に、嘘はない。
 天上天下唯我独尊。
 絶対無敵の黄龍様は、親友が彼の話を聞かないなんて事は、考えもしないのだ。
 訂正。
 考えるけど、許さないだけ。

 諦めて、龍麻のいるフェンス際まで戻った京一に、龍麻の不機嫌な声がかけられた。
 「あのな、京一。・・・村雨と如月。変だと思わないか?」
 それを聞いて、京一はちょっとばかり、ほっとする。とりあえず、自分には関係なさそうだから。
 「そうだなぁ・・・」
 
 彼らの仲間の村雨と如月は、最近、どうやら『できちゃった』ようなのだ。
 『祇孔』『翡翠』などと呼び合い、寝食を共にしているらしいのは、会話から容に知れた。
 村雨は、隠しもせずに、イチャイチャするし。あの如月がそれを振り払いもしないし。

 「あ〜、でもな、ひーちゃん。俺も、男同士っつーのはどうかと思うけど、そういうのは、個人の嗜好だからさぁ・・」
 「だって、信じられるか!?あんまり、村雨が、骨董店に入り浸っている時間が長いから、
  『なんだ、村雨、ついに女どもに振られたのか?』
  って、この俺が聞いてやったのに、あの男、いつものニヤニヤ笑いを浮かべて、
  『知らなかったのかい、先生?俺はこれでも、本気になったら一途な男なんだぜ?』
  とか言って、いかにも『如月のために女達は整理しました』みたいなこと、言うんだぞ?
  俺ではなく、如月の方に流し目くれながら!」
 
 地団駄、地団駄。足下のコンクリートが、イヤな音をたてた。
 さりげなく、距離を取りながら、京一は頭を掻く。
 (ひーちゃん・・・その怒りのポイントは、村雨の視線が如月に行ったことなのか?)
 それを口にするほど、蓬莱寺京一、全くのバカではない。
 「でもさ、ひーちゃん、最近は人種差別反対っての?国際化社会に順応するべくグローバルな視点をさぁ」
 −−80%くらいの、バカ。
 
 「いーや、許せん!あいつら、男に興味があると言うなら、何故、俺を口説かないのだ!!」



      




 「・・・・・・・はい?」
 「答えろ、京一!」
 びしぃっと京一の顔面に人差し指が突きつけられる。
 「俺と、如月、どっちが、美人だ!?」

 『世界で一番美しいのは、誰?』
 『それは、白雪姫です』
 (あぁっ『白雪姫』の鏡よ!俺は、今、モーレツにお前を尊敬している!!)

 「もももも、もちろん、ひーちゃんだぜ!」
 「ふっ、当然だな。では、俺と、如月、どっちが色っぽい!?」
 「そりゃ、その・・・如月の和服の清楚さは・・・」
 龍麻さんの目、10時10分。
 「いやあっ、ひーちゃんの詰め襟姿にはどんなマニアもイチコロ!やっぱり日本男子高校生はこうでなくっちゃって色気が滲み出てるとも!」
 やけくそ気味に叫ぶ京一に、龍麻の目は9時15分にまで和んだ。
 「では、俺と、如月、どっちの性格が可愛い?」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 京一の額を、ガマの油もかくやという冷や汗が流れた。まさしく、蛇に睨まれたカエル状態。
 (だがしかし!俺は日和見主義者にはなれても、嘘つきにはなれねぇんだ〜!)
 度胸を決めて、ここは一発、びしっと!
 「・・・・・・それは、ともかく。」
 「なにが、ともかくだ」
 『それは、おいといて』の仕草でよけられた架空の『それ』は龍麻によって京一の前に戻された。
 『それ』を見つめながら、京一は心の中で、師匠と会話してみる。
 (師匠も、絶対的不利な状況では、策略や逃避も恥では無いと、言うに違いない!)
 「えっと、その、そう!ひーちゃんは、村雨が好きだったのか!?」

 またしても、妙な間があった。

 「何故、そうなる?」
 龍麻の首は、心底不思議そうに傾げられていた。
 「え、いや、だから・・・ひーちゃんは、村雨が、如月を選んだのが、気に入らないんだろ?」
 「うむ、その通りだ」
 一見、華奢にすら見える細身の腰に手を当てて、龍麻は胸を張り、京一を見上げた。

 「この、完璧さの中に幾分愛くるしさを加えた美貌!
 無駄なく鍛えられてはいるがマッチョではないしなやかな体躯!
 崇高な使命を担うに足りる素晴らしい精神!
 何か知らんが『黄龍の器』たら言う運命を背負ったシチュエーション!
 天真爛漫な性格!
 かてて加えて、処女性及び感度の良さまで兼ね備えている、俺。
 受けとして、完璧なまでに魅力的だろう!?」

 (・・・それ、自慢することなのか?ひーちゃん・・・)

 「この俺を差し置いて、仲間内同士でカップルになるなんぞ、天が許しても、俺が許さん!!いや、そんな自然に反することは、天すら許さないだろう!!」

 何故か、突然、イヤな予感が京一の背中を走り抜けた。
 さりげな〜く、フェンスぎりぎりまでにじり寄り、殊更明るく、声を上げる。
 「そうかっ、ひーちゃんの気持ちは、よく分かる!じゃ、俺、草葉の陰から応援してるからっ!」

 背後から淡々としたナレーションが流れてきて、京一は、シュタッと手を挙げた姿勢で凍りついた。
 「・・蓬莱寺京一は、フェンスに手を掛けた。そう、彼の運動神経を持ってすれば、屋上から飛び降りることなど、造作もないことであっただろう。
 ただ、彼は、自分が着地した瞬間、上から『秘拳・黄龍』が襲うことを知らなかった。
 蓬莱寺京一の運命や、如何に!」
 血の涙を流しながら振り返った京一を無表情に見つめながら、龍麻は静かに締めくくった。
 「・・・以下、次号」

 「どうした、京一。フェンスとの愛の語らいは終わったのか?」
 「あぁ、もう、思う存分!いやぁ、有り難いなぁ、ひーちゃんにそんなに気を使ってもらうなんてっ!!」
 とうとう腹をくくったか、蓬莱寺京一よ。
 だが、コンクリートの上に正座するほど、覚悟を決めることはあるまいに。
 そんな京一の肩をぽんと叩いて、龍麻は、穏やかに言った。
 「なあ、京一。形ある物は、全て壊せる」
 「・・・いつか壊れる、の間違いじゃあ・・・」
 「カップル等というふざけたものを見たら、壊したくなるのは、人間の本能だよな?解るだろう、彼女いない歴18年の蓬莱寺京一くん」
 「・・・わかる。わかるけどな・・・」
 (もうちょっと言い方はないのか、ひーちゃん)
 「と言うわけだ」
 
 『女王様は、全ての男が跪かないと、気に入らないのでした、まる。』
 はっはっはっと高らかに笑う龍麻を見上げた京一の頭を、そんな文章がよぎった。

 「でもなー、ひーちゃん。何で、村雨?如月落とせば良いじゃねぇか」
 龍麻は、如月に猫可愛がりされている。飄々と本心を見せない村雨より、愛されているのが確実の如月を狙った方が早いのでは無いかと思ったりする。
 珍しく龍麻が、ぐっと詰まった。
 (ひーちゃん、まさか本気で村雨のこと・・・なんて恐ろし・・いや、村雨に同情してる場合じゃ無いだろう、俺!)
 心の中で一人ツッコミを繰り広げている京一だった。

 「・・・完璧な俺にも、弱点はある」
 不承不承、といった態度で、龍麻が重々しく口を開いた。
 「如月が村雨を好きだとすると、相当なオヤジスキーと思われる。だが、しかし!俺の瑞々しい肉体と心には、オヤジ臭さの一欠片も無いのだ!!これで、村雨に対抗するのは不利!!」
 握り拳を震わせて、龍麻は絶叫する。
 天を仰いで目を閉じるその顔は『悲愴』と呼ぶに相応しい。
 しかし、そのセリフにその顔か。
 「あ〜、まあ、そりゃあ・・・それで、如月になら勝てるだろうと・・・」
 「だろう、じゃない!勝っているんだ、実際!」
 駄々っ子のようにじたばたする龍麻の足下で、コンクリートが更にイヤな軋みを上げた。

 数m移動した場所で、京一は疲れたように−−実際(主に精神的に)疲れているのだが−−呻いた。
 「で、俺は何を協力すればいいんだ?」
 「うむ、名付けて『京主ラブラブ作戦』だ」
 人差し指をちっちっちっと振る様は、何も知らない人間が見たら、愛くるしいとさえ表現するだろう。
 京一ビジョンでは、黒い尖った尻尾が、勢いよく振られているのが見えていたが。
 「戦術の基本だな。故意に他のヤツと仲良くして見せる、というのは」
 「・・・真っ向からコクるという選択肢は・・・」
 「何を言う!それでは、俺がまるで、村雨のことが好きみたいではないか!」
 あくまで、コクるのではなく、コクらせる。女王様モード全開である。
 好きでも無いヤツを振り向かせるなよ、というツッコミを入れるのは、京一には荷が重すぎた。
 そこでそれは無視して、5行前のセリフに対応することにする。
 「まあ、よくあるパターンではあるな。今まで気にならなかったヤツが、他人の物になった途端に、魅力的に思えてくるという・・・」
 「ふっ、何を馬鹿なことを」
 龍麻に鼻で笑われた。
 「この俺の魅力に気付いていないヤツがいるはずもない」
 「・・・・・・・あ、そうっすか・・・」
 
 「いいか、村雨の気持ちは、こうだ。
 目の前に、素晴らしく魅力的な俺がいる。
 しかし、俺は人類皆に愛されている至宝だ。
 しかも、完璧すぎてそつが無く、村雨のような高校生活不適格者に手を出せるような存在ではない。
 届かぬ高嶺の花を手折ろうとするのに疲れて、今、一服の安らぎを如月に求めているわけだな。
 ふっ、所詮まがい物では、心の渇きは癒せないのに」
 いや、もう、何と言ったらよいのやら。
 手を拡げて肩をすくめる龍麻の顔は、同情と憐憫に満ちあふれていた。
 多分、本気。
 絶対、本気。
 「そこで、今回の『京主ラブラブ作戦』で、京一如きでも手を出せるという『庶民性』をアピールするのだ」
 「・・・・・・・ごとき・・・・・・・」

 ごときは、ともかくとして。
 『京主ラブラブ作戦』。
 想像してみる。
 更に想像。

 何か、怖い想像になったらしい。

 「ひーちゃ〜ん、俺には無理だ!ひーちゃんのダーリンなんて、そんな大役!!」
 「泣くな、京一。俺も、少し、そんな気はするのだが・・・他に適任が思いつかない」
 京一の脳がフル回転をして、人名録をめくる。
 醍醐・・・紫暮・・・自分で挙げておいて、自分で消す。
 「そ、そうだ、壬生!な?ひーちゃん、壬生なら、説得力もあるし!」
 「紅葉?駄目だ。あいつ、最近、如月に餌付けされてるから」
 「そ、それじゃあ・・・」
 「
なあ、京一

 いきなり、龍麻の声色が変わった。
 「
そんなに、俺の相手役は・・・イヤ、か?
 
 甘えるような、声。
 拗ねたように尖らせた唇と、上目遣いが実に凶悪。

 (駄目だ、俺!頑張れ、頑張ってこの攻撃に耐えるんだ!!)
 
 努力実らず。
 蓬莱寺京一:ステータス:魅了。

 「イヤじゃない!イヤだなんて、とんでもない!!」
 「そうか、喜んでやってくれるんだな?嬉しいよ、京一」
 そうして、花のように笑う。

 俗に『アメとムチの使い分け』と言う。
 龍麻の場合、アメが1割、ムチが9割ではあったが、そのアメが天上の甘露だときたもんだ。
 そうして、ムチの痛みも忘れて、アメを期待する仲間達であった。
 女王様、万歳。

 「じゃ、旧校舎での戦闘の後で、『俺達、付き合い始めてて、今からデートなんだv』というシチュエーションで、よろしく」
 先に行ってるから、と手を振る龍麻に、目尻を下げて手を振り返した京一は、3分後に正気に戻った。
 「また、やってしまった〜!」
 頭を掻きむしっても、もう遅い。


 
時:戦い終わって、日が暮れて
 場所:旧校舎入り口


 戦闘終了後も、いや、終了したからこそ、京一の心は重かった。
 しかし、さりげなく村雨と如月の側に立っている龍麻からの視線に促されて、ぎくしゃくと龍麻の肩に手を回す。
 「ひ、ひ、ひーちゃん、この後、時間あるよな?俺に付き合ってくれないか?」
 「え、そんな、京一、突然言われても・・・」
 声を裏返らせた京一とは逆に、龍麻は完全に自分の役割に酔っていた。
 うっすらと目元だけ上気させて、恥ずかしそうに身を捩る姿は、これが演技だと分かっているはずの京一ですら、心を奪われそうになる程、蠱惑的だった。
 「ひーちゃん・・・」
 つい、ふらふらと抱き寄せようとする京一だったが、割って入った無粋な声に、はっと我に返る。
 「また、アンタらはラーメンかい?好きだねェ」
 本当に呆れているような表情の村雨が、視界に入る。
 で、恐る恐る龍麻を見やると、村雨には見えない側の顔半分が、怒りに歪んでいた。
 器用な顔である。
 龍麻が村雨の方を向くのと同時に、村雨が逆側の如月を振り返った。
 「翡翠、俺達の今晩の夕食は何だ?」
 「あぁ、夕べからおでんを煮込んであるんだ。ちゃんと、祇孔の好きな餅入り巾着も、たくさん入れてあるよ」
 「おっ、いいねェ。ついでに、こう熱燗を、きゅっと一杯・・・」
 「こらこら・・・」
 仲良く身体をぶつけ合いながら去っていく村雨と如月を見送った龍麻の喉から、どこから出してるんだというような地を這う響きが絞り出された。
 「・・・ふ。ふっ・・ふっふっふっふっ・・・」
 「うわぁ〜〜!!ひーちゃん!背後からの秘拳・黄龍は危険だって〜!!」
 正面からでも、十分危険だぞ、京一。


  
時:30分後
 場所:いつものラーメン屋


 「なあ、ひーちゃん・・・自分で墓穴掘るみたいでイヤだけどよ〜」
    ずるずるるる〜
 「今日のは・・・ちっと失敗だったよな?」
    ずるずるるる〜
 「・・・おっちゃん、麺固め、ネギ盛りで」
 龍麻の前のドンブリが4つに増えた。
 難癖を付けるか、魅了でもって、京一に奢らせる腹づもりだろう。
 「そもそも、お前が、いかん。村雨みたいに
  『夕べも激しかったなぁ、翡翠』
  とかの妖しげなセリフの一つも吐いて見せんか!」
 「そんなセリフが出るようなら、18年も蓬莱寺京一をやってねぇっつーの!」
    ずるずるるる〜
 「なるほど、それも一理あるか・・・おっちゃん、バリ固、肉増量」
 「やっぱさ〜、俺には、無理だって」
    ずるずるるる〜
 「では、誰がやるというのだ!・・・おっちゃん、固めで高菜付き」
 「雷主とか、霧主、アラン主、コスモ・・・」
    ずるずるるる〜がたんっ
 「京一・・・お前、そこまで俺を、おとしめたいのか?・・・あ、おっちゃん、キムチおにぎり」
 (俺・・・あいつらよりは、上だったんだな・・・)
 小さな幸せを噛みしめる、京一だった。
 本当に、ささやかな幸せだな、おい。

 「えーと、犬主・・・」
 「・・・犬神如き、この俺の魅力をもってすれば、意のままに操ることなぞ、造作もないことではあるが」
 小首を傾げた愛らしさと、悪役のようなセリフが実にミスマッチだ。
 「さりとて、犬神と俺のラブラブを村雨に見せつけるシチュエーションというのが、8パターンくらいしか思いつかん」
 「8パターンも思いつくだけ、凄ぇ・・・」

 「一応、世の中には、死蝋主とか九角主とか柳生主ってのもあるけど・・・」
 「前二者は、俺が殺しているではないか。柳生は、まだ1度も会って無いしな。
  ・・・ちっ、死蝋あたりを生かしておけば良かったな。裏密に反魂させるか」
 「妹より、兄の方を取るんかいっ!」
 この龍麻さまは、すり寄ってくる人間にはとことん冷たいため、比良坂は仲間ではないのだった。

 「あ、そうだ!御門!!御門がいるじゃねぇか!」
 ぽんと手を打つ京一に、龍麻は深いため息を付いた。
 「お前・・・見たいのか?御門×俺を」
 例えて言うなら、ゴジラ対キングギドラ。飛び交う物は、冷凍ブレスと毒ブレス。
 ある意味では、とっても見てみたいが。
 ただし、自分の身の安全を確保した上で。
 「しかも、世の中には、村御なるカップリングもあるんだ。なにゆえ、村雨に対して右属性のヤツとラブラブ作戦をせにゃならんのだ」
 「いや・・・村京も、あるんだけどな、世の中には・・・」

 「なんだと!!」
 龍麻が勢いよく立ち上がった。
 崩れかけたドンブリを、律儀に揃えてから、京一に指を突きつける。
 「貴様、いやに非協力的だと思っていたら、村雨を狙っていたのか、蓬莱寺!!」
 「いきなり、好意度下げてんじゃねぇよ!!」

 いや、突っ込むべき所は、そこではないだろう、蓬莱寺京一。




                       後攻:村雨祇孔へ

              


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