愛の搦め手大作戦

後攻:村雨祇孔


  時:同時刻
 場所:如月骨董店


 「うむ、今日は、なかなかの進展があったな」
 若旦那、ご満悦。
 「確かにな。ありゃあ、だいぶ、意識してるぜ」
 賭博師も、ご満悦。
 二人で、顔を見合わせ、にんまりと笑う。
 その姿は、恋人同士と言うよりは、共犯者に近い。
 「さて、では、明日の計画を練ろうか?おでんでも食べながら」
 「おっ、本当に、おでんがあるのかい?有り難く頂くぜ、翡翠ちゃん」
 「やめんか、気色の悪い!!」
 
 そう、彼らは、恋人同士などではなかった。

 「それにしても、良いものだな。己の立てた計画通りに人が動いていくというのは」
 「・・・俺が立てたんだけどな、計画・・・」
 「人心を掌握し、和を乱す。うむ、実に上忍らしい仕事だ」
 「・・・悪役だぜ、その表現は・・・」
 「龍麻には、気の毒だが、これも、忍びの修行のためだ。しっかり踊ってもらおう」
 「・・・お前、本当に先生のこと、好きなのか?」

 「村雨」
 じろりと、その冷たい目で見て。
 「いちいち突っ込むなら、もっと、はっきり突っ込めばどうだ。区切りがつかないじゃないか。
  さ、おでんは僕が温めるから、君はこっちをやってくれ」
 「はいはい、と。『酔鯨』・・・初めて見るな、これは」
 「四国の友人が送ってきてくれたのだけれどね。値段の割には、うまいということで、地元では小中学生に人気なのだそうだ」
 へえ、と言いかけて、もう一度、手の中の一升瓶を眺める。
 間違いなく、日本酒だが。
 「小中学生に人気って・・・」
 「高知は、日本で唯一、小学生から飲酒が認められている県だからな」
 本気で言ってるのやら、冗談やら。生真面目な声に、突っ込むのも疲れて、村雨は熱燗の準備にかかった。

 コタツの中央に、でん、とおでんの鍋が置かれる。
 「こりゃ、また、大量に作ったもんだな。店ででも売るつもりかい?」
 「それも、良いかも知れないが。
 高校生男児が3人となると、これくらいかと踏んだのだが」
 言って、見上げる視線に釣られて、「3人?」と呟きながら、つい、天井を見上げる。
 ・・・穴?
 天井板の一部が外れて、空洞が拡がっている。

 「さすがですね、如月さん。僕が来ることが、夕べから解っていたなんて」
 
 視線が泳いでいたのは、ほんのコンマ数秒の出来事であったのに、コタツには男が一人増えていた。

 おでん食う、アサシンwithネズミ取り(五・七・五)。

 すでに右手に箸を持ち、しっかりおでんを取っている壬生の前髪に、ぶらぶらとネズミ取りがぶら下がっていた。
 「それにしても、僕の通り道に、こんな幼稚なワナを仕掛けておくなんて・・・ふっ、なめられたものですね」
 「慣れた路でも、油断してはいけないという、僕の親心だよ」
 「それが、あなたの愛なのですね・・・可愛い人だ」
 「いや、そんなに誉められると照れてしまうよ、スイートハニー」
 「ふっふっふっ」
 「くっくっくっ」
 (駄目だ・・・突っ込むべきところが多すぎて、もはや、どこから突っ込んでいいのか解らねぇ・・・)

 「とりあえず・・・壬生。巾着餅ばっか、取ってるんじゃねぇ」
 「いや、お気遣いなく。ほんの、嫌がらせですから」
 「あぁ、念のため、言っておくが、おでんは、お友達サービス価格で、一串50円。お銚子は一本200円だから」
 「金、取るんかい!」
 「何を言っている。ここは如月骨董店だよ?」
 なんで、俺は、微妙に日本語の通じない相手とばかり、つるんでるんだ?としみじみ思う、村雨祇孔であった。

 「ほれれ、おふららら・・・」
 「取りゃしねぇから、餅10個、一気に食うのは止めろや」
 「それで、お二方・・・」
 「出すんじゃねぇ!食え!」
 「食うなと言ったり、食えと言ったり・・・情緒不安定ですか、村雨さん?」
 「はっはっはっ、こんなことで声を荒げるとは、修行が足りないな、村雨」
 如月と二人きりであれば、ボケとツッコミで何気なく会話が続いていくのに、壬生まで揃うと、どうにも会話が滞るのであった。
 というか、別に、漫才を繰り広げたい訳ではないのだが。

 「で、続けて良いですか?」
 「あぁ、もう、思う存分、続けてくれや・・・」
 「では・・・お二方、恋人を装っているのは、どういう了見ですか?返答と次第によっては・・・」
 わざわざ、コタツから足を出して、足首を回す壬生。
 それはいいが、何故、首の後ろに回して頭の上でやるのだ。変人以外の何者でも無いぞ、その姿は。
 「どこで気付いた?」
 「あ、ご心配なく。龍麻は気付いてませんよ。僕は、ビデオテープ20本分無駄にしたので、さすがに気付きましたが」
 微苦笑が、ウソ爽やかだ。
 ふむ、と若旦那は腕を組んで、計算したようだ。
 「20本分というと・・・400時間も見ていたのか?」
 「あ、いえ、5カ所×8時間です。ちなみに、居間、寝室、風呂場、客間、念のため仏壇前に仕掛けて置いたんですが」
 「おぉ、仏壇前とは、趣深い・・・」
 「いえ、如月さんには敵いませんとも」
 時代劇のような会話を交わして、はっはっはっと笑い合う暗殺者と忍者。
 いいのか、隠しカメラ仕掛けられておいて、笑い事で。

 ところで、ここで、解説をしておくと。
 村雨祇孔は、緋勇龍麻が気に入っていた。
 が、さすがに百戦錬磨の男。
 龍麻には通常アプローチでは効果無く、あえて無視して、相手から追いかけさせた方が確率が高いと、早々に理解したのだ。
 無論、本気で惚れているわけではない。
 村雨祇孔、ふざけた態度が目に付くが、本気になったら、いくらでも真面目に事を行う人なのだ。
 仲間になってみたら、緋勇龍麻は、皆を従える女王様。これを落としてみたら、面白ぇだろうなぁ、位の感覚である。
 今のところは。
 将来、本気になってしまって、右往左往する羽目になることを、彼はまだ知らない。

 だもんだから、自分の心の中で、『卒業するまでに、緋勇龍麻を手に入れられるか否か』の賭を設定した。
 誰も知らない賭でも、時間制限がある方が燃えるってもんである。
 で、『たまたま運良く』、麻雀で如月に大勝。借金をチャラにする替わりに、恋人の振りをさせた。龍麻の独占欲を煽ろうという算段である。
 如月も、龍麻が好きなのだが・・・一に借金、二に面白いから、三に修行になる、との理由で、今ではすっかり村雨よりもノリノリモードなのである。
 ま、この、独占欲を煽る方法は、如月にとっても同条件になるので、龍麻が追いかける相手は、確率1/2で自分にもなりうると考えたせいもあるが。
 
 「はあ、成る程。そんなに大負けしたんですか、如月さんは」
 「あぁ・・・一瞬、店の中の値打ち物が、頭を走馬燈のようによぎったほどだ」
 「龍麻を騙してるのは気に入りませんが・・・見てると面白いから、まあ良いでしょう」
 壬生は、さらっと共犯者になった。
 そのあまりのさり気なさに、村雨は苦笑する。
 (思ってるほど、もててないねぇ、先生・・・)
 「言っときますけど、本気で龍麻を泣かすような真似をするなら、容赦はしませんよ。でも、このくらいなら、良い薬じゃないですか?」
 「すっかり先生の保護者みたいなセリフだな」
 「龍麻が幸せなら、僕は、構わない」
 「・・・ゆで卵を丸飲みしながら言うな」
 壬生紅葉。食えるときには食う、というのが信条の男。
 特に、他人の家では。

 山のようにあった気がしたおでんも無くなり、ふぅっと一息ついて。
 村雨はちびちびと手酌でやりながら、おでんの串を数えていた。
 「・・・52本。プラス日本酒6本な」
 そして、財布を取り出しながら、ため息を付く。
 「壬生。誤魔化すにしても、もう少し可愛くできねぇのか」
 壬生が、しれっとしてコタツの上に出してきた串入れは、空っぽであった。
 ちなみに、串が取った行動。
 壬生が食う→村雨と如月に半分ずつ投げ入れられる→如月は壬生から来た分にプラス自分のも数本、村雨に寄越す。
 結果。村雨52本。壬生0本。如月18本。
 「ま、別にいいけどな」
 村雨祇孔、あまり拘らない男であった。
 そのため、実はこの二人に懐かれている。
 かたや、商売人。かたや、貧乏性。
 この二人にとって、金離れが良い上に、それを別段、恩に着せたりしない村雨は、格好のカモ・・・もとい友人だった。
 ま、ただそれだけの男だったら、この二人に好かれるはずもないけど。

 「それで、だ。村雨。僕も、次の作戦を考えてみたのだが」
 食後のお茶を出した如月が、正座をして、何やら喜々として言った。
 「ほぉ、どんなのだ」
 「うむ、それはだな・・・」

 「村雨。僕にキスしてくれないか?」

 ぶふぁあっ!
 村雨が、口に含んだ酒を吹き出した。『これぞ霧吹き』とでも銘打ちたいような見事さだ。
 座布団でそれを防御した如月は、眉を顰めて言い捨てる。
 「『酔鯨』だからって、潮でも吹いてるつもりかい?それとも、水芸で僕に挑戦してるのか?」
 「いや、そんなわけじゃ・・・」
 そのまま受け止めてしまったあたり、余程動揺したらしい。
 村雨、不覚。『なんちゃって高校生』の称号が泣くぞ。

 「さ、遠慮することはない。このあたりに、ぶちゅーっと一発」
 着物の襟をくつろげて、如月は首を指さした。
 「なんだ、口にじゃねぇのか?一瞬、今晩のお誘いかと思ったぜ」
 今頃立ち直って、にやにやして言っても、もう遅い。
 「何を馬鹿なことを言っている」
 ほら、切って捨てられた。
 それにしても、と村雨は、値踏みするような視線で如月の首を見る。
 「本当に、その位置でいいのかい?制服でも、見えるぜ?」
 「見えなければ、意味がないだろう」
 「そりゃ、そうなんだが。学校ででも見えるんだがねぇ」
 芸のため・・もとい修行のためなら、今まで築き上げてきた評判まで落とすつもりか、如月よ。
 如月は村雨の肩をがしっと掴んだ。
 「村雨。・・・男が、そんなケツの穴の小さいことでどうする!」
 「お前だ!お前のことだ!」
 「僕のケツの穴の心配など、してもらわなくて結構だ」
 「誰が、ケツの穴の心配をしたかよ!」

 「お二人とも。下品ですよ」
 壬生が、まるで他人のような言い方をする。
 他人だけど。
 「それにしても、如月さん」
 言って、如月の方に向き直る。
 「甘い、甘いですよ。大甘ちゃんですね」
 「何がだい」
 「キスマークを付けるというのは、龍麻に『僕たち、出来ちゃってるんですv夕べもやっちゃったvv』というアピールをしているつもりでしょうが」
 びしぃっと如月の顔に指を突きつけた。このあたり、龍麻とボディランゲージが似通っている。さすがは表裏一体。
 「ですが、龍麻は、すでにお二方が『出来ちゃってる』と認識してるんですよ?今更、キスマークを見たところで、大したインパクトは与えません」
 「そ、そうかっ!僕としたことがっ!」
 はっと胸を突かれたような顔をして、如月は呻いた。
 その表情に題名を付けるなら『苦悩』。女の子が泣いて喜びそうな悩ましさである。
 「そ、それでは、もう少し発展させて・・・手首に荒縄の痕をつけるというのはどうだろう?」
 「どっちに発展させるつもりだ!人を変態扱いしてるんじゃねぇ!!」
 「いえ、それも、単に村雨さんらしいプレイの一つに過ぎません」
 「あのな・・・」

 「というわけで、村雨さん。僕にも、一発、ぶちゅーっと」
 ほらほら、と首を示す暗殺者が一人。
 おぉ、と手を叩く忍者が一人。
 そして、石化している賭博師が一人。

 「なるほど、3ぴぃというわけだな」
 「えぇ、龍麻にとっては、自分より容色の劣る如月さんに、村雨さんが惹かれているのが気に入らない。ましてや、自分に最も近しい存在であるこの僕までもが、村雨さんにやられてしまったとなれば、激怒すること間違い無しです」
 「そ・う・だ・な。ましてや、この僕より、容色の劣る君にまで、手を出したとなればな」
 頼むから、にこやかな顔で、おでんの串を投げ合うのは止めろ。
 あ、村雨に1本刺さった。
 
 「わかった。二人共に、キスしてやる。思いっきり、濃厚なキスマークを付けてやるとも!」
 石化が解けた村雨は、まず手近にいた如月を引き寄せた。
 「修行、修行・・・」
 呟く如月の首筋を、思い切り吸い上げる。しっとりと水を含んだような肌は、こんな場合でなければ、もっと十分に堪能したい代物であったが、いかんせん状況が悪い。
 「一丁、あがり」
 「ほう、これは見事な。さすがは、村雨。『年齢詐称』だの『歌舞伎町の夜の帝王』だのと言われるだけのことはあるな」
 「そりゃどうも、お褒めいただきまして。今度二人っきりになったら、もっと凄ぇところを見せてやるぜ?」
 「いらん」
 
 次は、壬生である。
 しかし、怖い。なにせ、首は急所でもある。そんなところを晒すのだから、村雨は余程信頼されているのだろう。
 というか、そう思いたい。そうでなくては、いきなり殺されそうだ。
 覚悟を決めて、目を閉じ首を反らしている壬生に唇を寄せる。
 そして。
 「・・・・・・痛ぇ」
 「村雨さん。舐めるのは、無しです」
 にっこりと笑って、壬生は村雨の手に、おでんの串をぶっ刺していた。

 「しかし、何だな。キスマーク一つでは、今ひとつ押しが弱いかな」
 「そうかも知れませんね。旧校舎は暗いし、気付いてもらえないと、丸損ですからね」
 「損って・・・この俺のテクニックを無料で見せてやってんのに」
 村雨のセリフは、とことん無視される傾向にあるようだった。
 「3ぴぃ記念に、マフラーでも編みましょうか。お揃いで。」
 「いや、むしろ、3人が巻ける長いやつでどうだろう」
 「男3人が、一つのマフラーを巻くんですか・・・寒い。寒すぎます、如月さん。・・・それで、いきましょう」

 何やら、マフラーの図案であろう、模様を紙に書き出した壬生と、それにああだこうだと口出ししている如月を見て、村雨はため息を吐く。
 (先生を手に入れるためには、手段は選ばねぇ・・・って思ってたが・・・もう少し選んだ方が良かった様な気が・・・)
 それでも。
 不利な状況から、勝利を得るのが、勝負ってもんだと思うから。
 (とことん、乗ってみるのもまた、一興)

 「壬生よ。紫の龍ってぇのはどうよ?しかも、合歓してるしてるヤツ」
 「強姦?」
 「合歓だよ、合歓!合歓は、和姦だ!」
 説明が、ちと問題ありだ。
 「絡み合ってる龍ですか・・・イタいですね、それは。いろんな意味で」
 「できねぇか?」
 「やってみます。いや、むしろ、やるべし!」
 壬生の手芸部魂(なんだ、そりゃ)に火を点けたらしい。
 如月の持ってきた龍の掛け軸を前に、真剣に図案を起こしている壬生の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら、
 (こんなのも、たまにゃあ、いいか)
 などと、のんびり思うのだった。

 すっかり夜も更けた頃に、3人は解散した。
 「うむ、明日の旧校舎が楽しみだな」
 と嬉しそうな如月の首には、くっきりはっきりキスマークが残っている。
 「俺は、放課後以前の、お前の周囲の反応が気になるぜ・・・」
 「村雨さん」
 すっと身を寄せた壬生が、一言。
 「5000円で、どうでしょう」
 隠しビデオは、王蘭学院にも仕掛けてあるのか。
 「3000円」
 「編集して、つまらない授業風景なんかはカットしておきますよ?」
 「前金で3000円。おもしろけりゃ残り2000円」
 「まあ、良いでしょう」
 村雨は、見ておいて踏み倒すような男ではない。そういうところは信用できる。
 「拳武館高校編は?」
 「うちは、セキュリティーが厳しくて・・・」
 「1万」
 「やります」
 即答だったな、壬生紅葉。1万で自分も売るのか。
 「ちょっと、待て、村雨」
 若旦那が、不機嫌な声で言った。背中におどろ雲付きだ。
 「何故、僕が5000円で、壬生が1万なのだ」
 「拗ねんなよ」
 「いーや、気に入らないね。僕のも1万払いたまえ。第一、僕が本妻で壬生は2号じゃないか!」
 「誤解するようなこと、言ってんじゃねぇ!」
 より厳密に言うならば、龍麻が本妻(希望)で、如月が2号、壬生が3号だが。  

 とか言いつつ。
 結局、両方1万円払ってしまう村雨だった。
 どうせ、何もやらせてもらえないのにねぇ。

 得をしたのは壬生ばかりなり。

 



 
次回予告!!
  
  「夕べは、楽しかったですね、村雨さん」
  「二人とも、もう少し控えろや。俺の身がもたねぇぜ」
  「何を馬鹿なことを。この年中発情期男が」
 3ぴぃ記念マフラーを巻いて、旧校舎に現れた村雨・如月・壬生!
 さあ、どうする、龍麻!!本当に、死蝋を反魂するのか!?

 次回「愛の搦め手大作戦〜ラウンド2〜」にご期待下さい。
  君は、黄龍の涙を見る・・・(かも知れない)

             続かない。


 あとがき
 
 これが、初めて書いた村主か・・自分でも遠い眼をしちゃうわ・・。
 え〜、女王様な龍麻さんはともかく、なんか、村雨さんが影薄いって言うか、いい人過ぎるって言うか・・。
 きっと、まだ、龍麻に本気じゃなくて、ふらふらしてるから、影薄いんだよな、うん。
 早く、本気になって、ぐるぐる回って下さい・・書くのは、私か?私なのか?

 なお、これがどの時期のお話なのかは、あまり突っ込まないでやって下さい・・。

 ところで、自分で書いといて何ですが、『君は時の涙を見る−−』って何の次回予告だったっけか?
 



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