一見すると、兄たちに比べて個性の薄い、極平凡な顔の少年がおろおろとした表情で握り拳を口に当てました。 「あのあの・・・ぼ、僕なら、あの、先様さえよろしければ、嫁ぎますけど・・・」 「無理はしなくて良いんだよ、龍痲」 三男に対するのとは全く違った柔らかな声で、長男は優しく言いました。 「い、いえ、あの、その、だって、僕・・・部屋住みの四男で、何も出来ないし・・・京一兄さまは剣術の道場を開いてらっしゃるし、翡翠兄さまはお店を商っていらっしゃるし、紅葉兄さまも、内容は教えてはくれないけどお仕事してらっしゃるでしょう?僕・・ずっと、何もできないのが心苦しかったから・・・」 何もせずに兄たちの世話になっているのをいつも気に病んでいた四男は、ようやく兄たちの役に立てるのだ、とむしろ喜んでいます。 だけど、と龍痲は、少し涙ぐみました。 「でも、僕、男だし・・・何も取り柄がないから、先方に申し訳なくって・・・」 悄然と肩を落とすその姿に、兄たちは口々に叫びました。 「何を言う!君が弟でさえなければ、僕が君を娶りたいくらいだと言うのに・・!」 「そうだぜ!何度、ひーちゃんが弟でさえなければ・・・とベッドの横で悔し涙を零したことか!!」 「大丈夫だよ、龍痲・・。君の魅力が分からない男なんて、さっさと捨ててくればいいんだよ?」 なんだか物騒なことを言った兄もいるようですが、ともかく四男は気を取り直しました。 「そうですか・・兄さま達がそう仰ってくれるなら、僕、頑張って、その方の所にお嫁に行きます!」 ぬあっしまった〜!と、兄たちは心の底で悔やみましたが、もう後の祭りです。 長男は泣く泣く可愛い弟のために純白のドレスを縫うのでした。 そして、領民達に見送られながら、龍痲は住み慣れた領地を後にして、隣の領地に嫁ぎに行くのでした。 隣の領地では、純白のドレスをまとった花嫁が着くと同時に結婚式が行われました。 兄渾身の一品であるドレスは、薄い胸と小さな尻がゆったりとしたドレープに巧みに覆われていて、細っこい小娘だなぁ、と思われることはあっても、男とは見破られませんでした。 領民達にぺこぺこと頭を下げ、旦那様になる領主に手を取られておずおずと歩く姿は、初々しさで満ち溢れていて、領民達の同情を誘いました。 さて、そうして無事結婚式が終わり、龍痲はプチ髭に連れられて屋敷に入りました。 寝室に案内され、ベッドに腰を下ろした龍痲は、ベールを取ってほぉっと息を吐きました。 そして、隣に座ったプチ髭を見上げて憂いを含んだ瞳で見つめました。 「ごめんなさい・・・僕・・・男なんですけど・・・」 兄たちは、龍痲なら男でも大丈夫、とか、一旦結婚してしまえば、男だから、なんてつまらない(?)理由で離婚できないから、とにかく式が終わるまで騙しておけ、とか言いましたが、龍痲は旦那様を騙してしまった申し訳なさで一杯です。 でも、旦那様になった男は、あっさりと言いました。 「あぁ、そうだろうな。そんな胸と尻のない女はいねぇだろ」 龍痲は混乱して首を傾げます。 「あのあのあの・・・い、いつから、お気づきだったでしょうか?」 「ん?、一目見りゃ分かったぜ?」 「あの・・・じゃ、僕が男だと分かって、結婚して頂けたんですか?」 「あぁ、俺ぁあんまり気にする方じゃねぇからな」 頷かれて、龍痲は、ぱぁっと笑顔になりました。 男を妻に迎えさせてしまうなんて、なんて罪深いことをしたんだろう、と悩んでいたのに、それをあっさり許してくれるなんて、この人はすごく優しい方なんだ、と幸せな気分になりました。 見上げた先の男のプチ髭でさえも、カッコ良い大人の男の象徴のように見えてきます。 世間一般的には、このプチ髭は大変不評だったのですが、龍痲は世間一般の基準というものには疎かったのです。 「あの・・・僕、頑張ります。とろくさくて、色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、一所懸命、奥さんらしいことをしますので、何でもお申し付け下さい!」 頬を紅潮させ、瞳に決意を浮かべる龍痲に、プチ髭は、にやりと笑いました。 「そうかい・・・それじゃ、ま、とりあえず、妻への第一歩だ」 「はいっ!何でしょう!」 「脱ぎな・・・と言いてぇところだが、せっかくの花嫁衣装だ。まずは、脱がせてもらおうか」 えっとー、と龍痲は首を傾げて一所懸命言われたことの意味を考えます。 自分が脱ぐんじゃなくて、脱がせるんだから・・・あ、そうか、旦那様のお着替えを手伝うのもお仕事なんだ、と思いついて、プチ髭の上着のボタンに手を掛けました。 「えと・・えと・・・すみません、僕、とろくさくて・・・」 時分のボタンを外すのは簡単なのに、どうして他の人のボタンを外すのは難しいんだろう、これくらいも上手くできないなんて、呆れられただろうなぁ、と悲しくなりながら、龍痲はどうにかプチ髭の上着を脱がすことが出来ました。 それから、首を絞めないように気を付けながらネクタイを外し、ちっちゃなボタンに悪戦苦闘しながらシャツを脱がせて・・・。 あんまり龍痲が一所懸命だったからでしょうか、プチ髭は、何も言わずにじっと待っていてくれました。 ようやく上半身は裸になり、ズボンに手をかけました。 ボタンを外して、それから、少し悩みます。 「あの・・・すみません、旦那様。少し、腰を上げて頂けますか?」 座った体勢では、ズボンを脱がせることが出来ません。 無言で腰を上げたプチ髭のズボンと下着を一気に引っ張ると、龍痲の頬に、ぷるん、と何かが当たりました。 何だろう?と見たら、解放されて飛び出したプチ髭のナニでした。 うわぁ、大きいなぁ、と目を見開いて、ただただ素直に賞賛の目を向ける龍痲の両脇にプチ髭の手が差し入れられ、ベッドの上に持ち上げられました。 「・・・さ、そろそろやらせて貰うとするか」 「えと・・・何をでしょう?」 きょとんとして無警戒に見上げる龍痲に、プチ髭は口元を歪めて見せるのでした。 「イイこと、だ」 そうして、龍痲はプチ髭に美味しく頂かれてしまいました。 3にちほど経って、ようやくベッドから解放された龍痲は、ぼんやりとしたまま服を着ました。 あーんなことや、こーんなことを一気に教えられたせいで、まだフワフワと足取りが定まりません。 そんな龍痲に、プチ髭は、大きな鍵束を渡しました。 「料理の方は、一日三回料理女が来るから気にすんな。アンタは、部屋の掃除でもしてくれりゃ良いぜ」 初めてベッドでのお務め以外の妻らしい仕事を言いつけられて、龍痲は目を輝かせました。 「はいっ!頑張ります!!」 「あぁ、でも、この鍵に合う部屋には入るんじゃねぇぜ?」 鍵束の中の一つを指さして、プチ髭は言いました。 その鍵は、金で出来ていて、他の鍵よりも繊細な細工が施されています。 「はいっ!分かりました!」 「奥の部屋だからな。・・・他のどの部屋に入るのも自由だが、ここだけはダメだぜ?」 「はいっ!奥の部屋ですねっ!」 プチ髭は、内緒話でもするように耳に囁きかけたのですが、龍痲は素直に、その部屋に入っちゃダメなんだ、とだけ理解しました。 そして、水の入った桶を片手に、屋敷の掃除を始めるのでした。 自分でも言うようにとろくさい龍痲でしたが、根が凝り性で繊細なため、掃除する部屋は異常にピカピカになっていくのでした。 ただ、時間がかかるので、今日はこの部屋、昨日はあっちの部屋、と、一日一部屋が精々でしたけど。 そして、奥の部屋に辿り着いたときには、すでに一週間以上が経過しておりました。 龍痲は、その部屋で、他の鍵を試してみました。 最後に金の鍵を試して、これがぴったりだと分かって、 「うん、この部屋が、ダメな部屋」 と、にっこり笑うのでした。 そんなこんなで、夜はプチ髭に散々開発されたり、昼間は掃除をしたりして、龍痲は毎日楽しく過ごしておりました。 くるくるとよく働く龍痲に、プチ髭は、綺麗な服を買ってやろうか、宝石を買ってやろうか、と言うのですが、龍痲は目を見開いて、 「とんでもないです!僕、ここに置いて貰って、食べさせて頂けるだけでとても幸せです!」 と断るのでした。 「アンタは、ホントに欲がねぇなぁ」 呆れたようにプチ髭には言われましたが、龍痲には理解できませんでした。 自分は本当は男なのに、奥方として扱って貰って、それ以上のことを要求するなんて、そんな大それたことは考えられなかったのです。 それに、龍痲は、毎夜自分を抱くこの男を、とてもとても慕うようになっていたので、側にいられるだけで幸せだと思っていたのでした。 そんなある日。 プチ髭が言いました。 「今日から、しばらく仕事に行くからな」 どこかに泊まりがけでプチ髭が屋敷を空けるのは初めてです。 龍痲は寂しさに涙ぐみつつも、旦那様の仕事の邪魔をしてはいけない、と健気に耐えるのでした。 プチ髭は、出かけに、 「あぁ、暇なら、どこに出かけても良いが・・・あの部屋だけは、覗くんじゃねぇぜ」 と念を押して行きました。 どうも、わざと好奇心を煽ってる様な感じなのですが・・・龍痲には通じていません。 なので、龍痲は言いつけ通り、奥の部屋は除いて掃除をするのでした。 でも、身体は動かしていても、大好きな旦那様がいないと一日が長くて仕方がありません。 四日後にプチ髭が帰ってきたときには、思わずべそをかきながらお迎えしてしまうのでした。 「おいおい、どうした?たった四日じゃねぇか」 「す・・すみません・・・」 ぐすぐすと鼻を鳴らして龍痲は、涙を拭います。 切なげに見上げる龍痲に、プチ髭は目を細めて、耳元に囁きました。 「寂しかったのかい?そりゃ悪かった。・・・詫びに、今からたっぷり可愛がってやるからな?」 「・・旦那様と・・・一緒に、いたいです・・・」 精一杯の答えを返して、龍痲はプチ髭の胸に顔を寄せました。 久々に旦那様の情を受けて、龍痲はベッドに沈んでいました。 ふと夜中に目を覚ますと、隣に旦那様がいません。 また、どこかに行っちゃったのでは、と不安に泣き出した龍痲の耳に、扉が軋む音が入りました。 ばっと顔を上げて入り口を見ると、プチ髭が、片手にランプ、片手に鍵束を持って入ってくるところでした。 「おっと。起きたのか」 「はい・・・旦那様がどこかに行かれたのかと思って・・・」 プチ髭は、サイドテーブルにランプと鍵束を置きました。 「あの部屋にゃ入ってねぇようだな。偉い、偉い」 龍痲は、あの部屋はそんなに大事なのか、そんな大事な部屋の無事を確かめるより先に、自分との時間を優先させてしまって申し訳ない、と酷くいたたまれない気持ちになり、泣いていた自分を慰めてくれた旦那様はやっぱりステキな方だ、と改めて思うのでした。 「あぁ、賢い子には、ご褒美をやらなきゃな」 僕は、何か賢いことをしただろうか、と首を傾げる龍痲にプチ髭は楽しく乗っかるのでした。 そうして、イチャイチャと過ごす日が続き。 また、プチ髭は、仕事に出かけることになりました。 「今度は、ちっと遅くなるが・・待ってられるな?」 そう言われると、待ってられない、とは言えずに、龍痲はぐしぐしと鼻を鳴らしながら 「いってらっしゃいませ・・・」 と小さく呟きました。 プチ髭は、そんな龍痲の額にキスを落とし、どこか意味深に笑いました。 「なに、退屈なら、村へでも降りて、好きなもんでも買っときな。俺のツケだっつったら、たいていのもんは買えるからよ」 そして、また、あの部屋には入るな、と念を押して出かけていきました。 龍痲は、いつも通り、毎日掃除をして過ごしましたが、今度は一週間経ってもプチ髭は帰ってきません。 なんだか、胸が段々モヤモヤして、いても立ってもいられないような気持ちになるのですが、何故こんな気持ちになるのか、どうしたらいいのか、龍痲にはさっぱり分かりません。 少しでも独り寝の寂しさを紛らわせようと、プチ髭のシャツを着て寝るのですが、旦那様に会いたい気持ちばかりが募って、涙が出てしまいます。 10日ばかり経った頃、ついに龍痲は村へ降りてみることにしました。 村の人たちは、シャツとズボン姿の龍痲を見て、領主さまの若奥様とは気付きません。 一見あまり目立たない容姿の龍痲は、ひそやかに村中を散策しました。 そして、綺麗な花の咲いている庭を持っている家には訪問して、少しずつ花を分けて貰いました。 それに、地面に落ちているような木の枝や木の実も拾って帰り、屋敷中に飾るのでした。 そんな具合にどうにか時を過ごしていた龍痲の元に、2週間経ってようやくプチ髭が戻ってきました。 部屋で小枝を組み合わせて籠を編んでいた龍痲は、馬のいななきに、旦那様の帰宅を知り、玄関まで駆け寄りました。 扉が開いた瞬間に、プチ髭に飛びつきます。 「旦那様〜〜!」 久々のプチ髭は、少し埃と汗臭さが混じっていましたが、龍痲は胸に顔を埋めて息一杯に匂いを吸い込みます。 プチ髭は、そんな龍痲の背中をポンポンと叩いて顔を上げさせ、うちゅーっとキスをしました。 思わずしっかりとプチ髭の背中に腕を回し、貪るように口づけをしてしまった龍痲は、はっと気付いて真っ赤になり、慌てて顔を背けました。 目の前に来た耳に、プチ髭は低く囁きます。 「ベッドまで、我慢できるかい?」 腰を砕きそうになりながら、龍痲は、プチ髭の首にしがみつきました。 「会いたかったです・・・旦那様ぁ・・・」 結局ベッドに辿り着く前に、玄関(一応扉は閉めた)で一回してしまい、龍痲はプチ髭にお姫様抱っこをされて、ベッドまで運ばれるのでした。 翌朝、龍痲が目を覚ますと、プチ髭が寝室に入ってくるところでした。 サイドテーブルにガシャンと投げ出されるのは鍵束です。 「・・・あの部屋には入ってねぇようだな」 「はい・・・旦那様が、いけないと仰ったので・・・」 まだ夢見るような潤んだ瞳で、龍痲はぽぅっと旦那様を見上げます。 「アンタは・・・・・・いや・・・何でもねぇ」 プチ髭は、どこか不思議そうに龍痲を見つめましたが、ふいに目を逸らしました。 そして、急に思いついたように、花瓶の方に手を振りました。 「ところで、屋敷中に花が飾られてるようだが、誰か客でもあったのかい?」 微かに嫉妬の滲んだ声でしたが、龍痲は気付かず、にっこりと笑いました。 「いえ、村の方に分けていただいたんです。皆さん、いい方ばかりで、たくさん頂いてしまいました」 「ふぅん・・・。ま、素朴な花もいいもんだな」 「はいっ!」 自分が誉めて貰ったかのように、龍痲は幸せそうです。 「しかし・・・この屋敷の花瓶にゃ似合わねぇ気もするがな」 何気なしにプチ髭は言いましたが、龍痲はそれを「高級な花瓶を勝手に使うな」と解釈しました。 ごめんなさい・・となきべそをかく龍痲に、プチ髭は、 「いや、そう言う意味じゃなくて・・・花が好きなら、バラの花束でも買ってきてやるぜ」 そう言って、小指を絡めるのでした。 そうして、屋敷の中がフローラルな香りに満ち溢れ、しかしところどころに素朴なリースが飾られたりなんかした頃。 またプチ髭が仕事に行く日がやってきました。 「また・・・長いんですか?」 べしょべしょに涙を流して、龍痲は中指の背中を噛みながらプチ髭を見上げます。 「そうだねぇ・・ま、前と同じくらいだ」 「そんなに・・・」 大好きな旦那様がいない間を、どうやってすごそう、と龍痲は一所懸命考えます。 「じゃあ・・・旦那様、花壇を作っても良いですか?」 結婚して初めて、龍痲はプチ髭にお強請りしました。 「庭の隅っこでもいいですから・・・村の方に、種も頂いてるので・・・」 だめぇ?と上目遣いにうるうるする様が大変愛らしく、プチ髭は二つ返事で了承しました。 「隅っこなんて言わずに、日当たりのいい場所に作りな。あんまり土の質は良くねぇだろうが・・・帰ったら、庭師を雇ってやるからな」 「いえ・・・自分で、お世話させて下さい」 あくまで金のかからない龍痲に苦笑して、プチ髭は、アンタの好きなようにやりな、と残して仕事に出かけていきました。 それでも、龍痲は、何とか旦那様がいなくても頑張ろう、と、最初は花壇に出ずに、いつも通り屋敷の掃除から始めました。 一つ一つ部屋を回っていき、1週間後に例の部屋に辿り着きました。 いつも通り前の廊下を拭いて、ドアを拭こうとしたとき。 ドアが僅かに開いているのに気付きました。 「旦那様!?帰ってらっしゃったんですか!?」 隙間から中に向かって声をかけますが、返事はありません。 しばらく耳を澄ませてみましたが、中からは何の音もしないため、きっと旦那様が鍵をかけ忘れて行かれたんだろう、旦那様でもそそっかしいことをするんだなぁ、と一人微笑みながら、龍痲はドアをきっちりと閉め、鍵をかけたのでした。 それから、5日後。 プチ髭が帰ってきたときには、庭に小さな花壇が出来ていました。 「あ、旦那様。前よりは、お早いお帰りで・・・僕、嬉しいです・・・」 土に汚れた顔で振り返り、龍痲は花壇の脇からプチ髭に駆け寄りました。 それをしっかりと抱き寄せながら、プチ髭は僅かに顔を顰めました。 「・・・なんか・・・魚くせぇ?」 「あ、あ、あ、ご、ごめんなさい!!あのあの、おばさまに料理の残り屑を頂いて、肥料として下に埋めたので・・・あぁあ!僕、土で汚れた手で触っちゃったぁ!ごめんなさい、旦那様ぁ!!」 手も土まみれのままプチ髭のマントを掴んでしまった龍痲は、あわあわとプチ髭から離れます。 「いいって・・・」 「すみません!僕・・手、洗ってきます!」 慌てて屋敷内に戻る龍痲に、プチ髭は背後から声をかけるのでした。 「顔も洗いな・・・いや、いっそ、全身洗って、新しい服でも着て来い」 汚れたままで、旦那様に不快な思いをさせてしまた・・・と龍痲は、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら浴室に向かいました。 全身を磨き上げて、服を着替えた龍痲は、プチ髭を探します。 旦那様は、なにやら深刻な顔をして、リビングのソファに座っていました。 「旦那様?」 いつものように龍痲はプチ髭の足下に座って、旦那様を見上げます。 「あの・・・どうかなさいましたか?」 見ると、プチ髭は、あの鍵束を手で弄んでいます。 何か粗相でもしただろうか、と龍痲は一所懸命思い出そうとしますが、どうにも思い当たりません。 「龍痲・・・アンタ、やっぱりあの部屋にゃ入らなかったんだな」 少し首を傾げてから、龍痲は真っ直ぐにプチ髭を見つめました。 「はい。だって、旦那様に、入っちゃダメって言われてる部屋だから・・・」 「覗いてみてぇ、とも思わねぇのかい?」 きょとん、と龍痲は不思議そうにプチ髭を見ます。 「どうしてですか?入っちゃダメな部屋は、覗くのもダメですよね?」 「・・・まぁな・・・」 プチ髭は、ふぅっと大きな溜息を吐いて、龍痲の頭を撫でました。 「俺ぁ、世の中の奴は、駄目だって言やぁ言うほど、覗きたがるもんだと思ってたが・・・アンタみてぇに、バカ正直にそれを守る奴もいるんだな」 「えとえとえと・・・あの・・・ひょっとして、覗いた方が良かったんでしょうか?」 遠回しに仄めかされることは全く理解できない、といつも評されている龍痲は、小さく身を竦めました。 そうじゃねぇ、とプチ髭は、ますます憂いげに龍痲の頬を撫でました。 「やっぱり、罪人は、世の中の奴じゃなくて、人を信じられねぇ俺の方だったんだな・・・アンタを見てると、そう思うぜ・・・」 旦那様の言葉は、ますます龍痲の理解の範疇を越えていきます。 「なぁ、龍痲。アンタは、イイ奴だ。俺なんかの側にいるより、もっと幸せになっても良い奴だ。・・・だから、アンタは、家に戻れ」 「・・・・・・え?」 龍痲は目を見開いて凍りついたような表情になりました。 「俺ぁ、罪を償うことにするぜ。・・・アンタは、俺なんかにゃキレイすぎる・・・」 「旦那様・・・・・・」 何を言われているのかは、はっきりとは分かりませんでしたが、ともかく家に帰れ、つまり離縁されているらしい、ということは龍痲に理解できました。 龍痲の目から、涙がどんどんと溢れてきます。 「イヤです・・・イヤです・・!旦那様のお側にいたいです!!」 泣きながら、プチ髭の膝に縋りますが、頭を撫でられるばかりで、良いとは言ってくれません。 「駄目だ・・・俺ぁ、変なんだ。きっと、いつか、小さなことで嫉妬して、アンタを殺しちまう・・・」 「殺して下さい!!」 わんわんと泣きながら、龍痲は叫びます。 「旦那様の側にいられないなら、殺して下さい・・・!旦那様と一緒じゃなきゃ、やです!」 「龍痲・・我が儘言ってんじゃねぇ」 「イヤです、イヤです!旦那様が、僕に飽きて新しい奥さんを娶るなら、それでも良いです・・掃除夫としてでもいいから、お側にいさせて下さい!!」 「・・・龍痲・・・」 プチ髭は、心底困ったように、膝にしがみつく龍痲を見つめました。 「もし・・・無理にでも、隣の領地に帰したらどうする?」 「・・・身を投げます!京一兄さまの剣で首をかき切ります!舌を噛みます!・・・旦那様と一緒じゃなきゃ・・・やだぁ・・・」 今にも舌を噛みそうな龍痲に、プチ髭は、大きな大きな息を吐きました。 「そうか・・・」 そして、龍痲の身体を抱き上げ、膝の上に乗せました。 「なら、一生、俺のもんになるか?」 「はい・・・はい!」 「後悔・・・しても遅いぜ?もう、アンタがイヤつっても、離してやらねぇぜ?」 「お側に、置いて下さい・・・」 「・・・しょうがねぇ、なぁ・・・」 そうして、二人は、深く深く唇を合わせるのでした。 その後。 例の部屋がいつの間にやら開放されて、中も綺麗になっていたり。 プチ髭が、 「良い肥料を埋めてやったからな。・・くくっ・・きっと、キレイな花が咲くぜ・・・」 と花壇を作ってくれたり。 時折、旦那様がちょっぴり鬼畜モードになったり。 色々な出来事はありましたが、龍痲は、大好きな旦那様の側にいられて幸せでした。 勿論、プチ髭の方も、龍痲の純粋さに感化されて、徐々に嫉妬することも少なくなっていき、とても幸せそうでした。 どこかに消えてしまった前の妻たちには申し訳ないけれど、二人は、末永くイチャイチャと過ごしましたとさ。 めでたし、めでたし。 ・・・選択場面に戻る・・・ |