「京一。どうしてお前は、そう考え無しなのだ」 妙に落ち着いた声音が、いっそ恐ろしいほどです。 「す、すんません・・・」 思わず兄としての威厳もなく這い蹲る三男でした。 龍麻は、大きく息を吐いて、足を組みました。 「だが、俺としても、借金の末に貧乏、というのも気に食わん。その縁談、乗ってやってもいい」 そもそも、自分が男で『妻』向きではない、ということについては特に感想はないようです。 「しかし・・・隣の領主、というと、よからぬ噂があるのだが・・」 「へー、俺、聞いてねぇや」 「・・君は、そうだろうな、京一くん」 「確かに・・彼をターゲットとする依頼も何件かあったようだしね。証拠不足で動いてないけど」 物騒な長男のセリフに、四男はにやりと笑いました。 「そうか。では、俺が証拠を見つけるとしよう」 「危険だよ、龍麻」 「ふん。俺の手にかかれば、領主の一人や二人」 後々の政治問題のことさえ考えなければ、確かに男の10人や20人くらいを吹っ飛ばすくらいのことは出来る四男でした。 こうして、四男こと龍麻は、「何かあったらすぐに戻ってくるんだよ」(←結婚式スピーチの禁句)と兄たちの心配を背に、隣の領地へと嫁いで行きました。 隣の領地では、花嫁姿の龍麻を受け取ってすぐに、領民を集めたささやかな結婚式が執り行われました。 何度も繰り返しているからでしょうか、あまりめでたくもなさそうな領民に祝福されつつも、ベールの陰では、龍麻はにやりと笑っています。 「これで、結婚したという既成事実は作った。俺が男だから、という間抜けな理由で離縁は出来まい」 そーゆーもんでしょうか。 ともかく、結婚式を終えて、龍麻は見かけはしずしずと、旦那様になったプチ髭に付いて、屋敷に入りました。 旦那様は手を引いて、花嫁衣装の龍麻を寝室へと連れ込みました。 天蓋付きの豪華なベッドに座らされて、ベールを外されます。 朱を差した唇をにっと吊り上げて、龍麻は笑いました。 「悪いが、俺は、男なんだ」 予定では、プチ髭は慌てふためくか、怒り狂うかするはずだったのですが、旦那様になった男は、興味なさそうに龍麻を一瞥して、 「知ってる」 と、一言言いました。 「・・・・は?」 知ってる?知ってるって、いつから?というか、何でそんな無反応? アドリブに弱い龍麻が混乱している間に、プチ髭は、龍麻の長いドレスをめくりました。 「ちょ・・ちょっと待て!」 「アンタが男なくらい、一目見りゃ分かったぜ?」 「いや、だから!・・それで、何で、俺の服をめくる!?」 「そりゃ、今から新婚初夜ってやつだろ」 何でもないことにように言って、プチ髭はスカートの中を覗き込み、ちょっぴり顔を顰めました。 「アンタ、どうせならレースのショーツでも着けろよ」 「女物の小さい下着なんか着けられるか〜!」 「ま、いいけどな。どうせ脱がしゃ一緒なんだし」 あっさりとボクサーショーツを取り去られ、龍麻は必死にスカートの裾を押さえます。 「待てっば!俺、男で・・・」 「じゃあ、何かい?」 ふっと細めた目が、実に剣呑で、龍麻は思わず息を飲みます。 「アンタは・・・最初から、俺を騙すつもりで嫁いできた・・・ってか?」 それはその通りなんですが、そう言ってしまうと大変まずいので、龍麻はぶんぶんと首を振りました。 「ち、違う!違うけど・・・そりゃ、俺だって、男だけど子供は産めない代わりに、それなりに妻らしいことはしようと思って・・・」 「なら、大人しくしてな」 「待てってばーっ!だから、その、夜のお務め以外をしようと思ってたんだってば〜!」 「いや、俺ぁ、気にしねぇから」 胸元から胸パッドを取り上げられ、大きく開いたところから手を差し入れられ、龍麻は真っ赤になりました。 「た・・頼むから、気にしてくれ・・・」 小さな胸の飾りをきゅっと摘み上げられ、声が段々弱々しくなります。 「あぁ、一応気にして、潤滑ゼリーの準備はバッチリだ」 力の抜けた身体をベッドに横たえられ、龍麻は潤んだ瞳でプチ髭を見上げました。 「せめて・・・この衣装脱いだ方がマシなんだが・・・」 「いやぁ、花嫁衣装のまんま初夜ってのは、男のロマンだろ」 「・・・わからない・・・」 どこがどう『男のロマン』なのか考え込む龍麻の太股を男の手が這い、ガーターベルトをパチンと鳴らしました。 ぺちっと皮膚を打たれる痛みに顔をしかめる龍麻に、プチ髭は囁きました。 「アンタが、どういうつもりで俺のとこに嫁いできたにせよ。・・・とりあえず、今晩は、天国見せてやるからな」 かあぁっと顔を真っ赤にする龍麻に、プチ髭はどこか陰惨な微笑を浮かべて見せるのでした。 そうして、名目だけでなく身体もしっかり『妻』にされてしまった龍麻でしたが。 『初夜』から3日後にようやくベッドから解放されて、普段着を着ることが出来ました。 ごそごそと動き始めた龍麻に、プチ髭は面倒くさそうに声をかけました。 「アンタ、夜のお務め以外の妻らしいことはするって言ってたが・・・何が出来るんだい?料理とか出来んのかい?」 「いや・・・その・・・長兄と次兄がやってくれてたから・・・料理は、あんまり・・・」 悔しそうに唇を噛んで、でも、次の瞬間には握り拳を振り上げました。 「でも!掃除洗濯なら出来るんだからな!」 ふぅん、といかにも気のなさそうにプチ髭は答えて、机の引き出しから鍵束を取り出しました。 「なら、これが、各部屋の鍵だ。ま、しっかりやんな」 じゃらじゃらと重い鍵束を手に取って龍麻は頷きます。 「あぁ、でも」 プチ髭は、相変わらずどうでもよさそうに鍵の一つを指さしました。 「その鍵に合う部屋は、立入禁止だ」 「・・・は?」 「奥の方の部屋だが、そこには入んなってんだ」 「・・・ふぅん・・・」 他の鍵より繊細な細工が施されたその鍵を、ひねくり回す龍麻を見るプチ髭の目が、暗く光りました。 それからしばらく経ったある日のこと。 プチ髭は出かけると宣言しました。 「どこへ?どのくらいだ?」 「さぁねぇ。仕事の進み具合によるぜ」 「ふぅん・・・ま、いいけど。・・・気をつけて」 するっと旦那様を気遣う言葉が唇から滑り出て、龍麻は慌てて口を押さえます。 その顎を掴み上げて、プチ髭は龍麻に軽く音を立ててキスしました。 「じゃあな、龍麻。浮気すんなよ」 「誰が、するか!」 ぷんぷん怒って拳を振り上げる龍麻を笑っていなして、プチ髭は馬に跨って出掛けていきました。 それを見送った龍麻は屋敷に戻ります。 これで屋敷の中には彼一人。 一日三食、料理女が訪ねてくるだけになりました。 (あぁあ。ホントは、あいつの悪事の証拠を掴む良いチャンスなんだけど・・・なーんか乗らないんだよなー) ベッドに転がって、龍麻は溜息を吐きます。 一応、旦那様であるプチ髭には、今までの奥方がどうなったのか、直接聞いたことはあります。 龍麻は、こっそり調べるとか、遠回しに探る、というのは苦手なのです。 そうしたら、プチ髭は、苦い顔をして 「俺ぁ仕事で屋敷を明けることが多いからな。その間に浮気した女は離縁したり・・退屈だってんで勝手に外に出かけて事故ったやつもいるし・・さんざ屋敷に残ってる金を使い込んだ女もいたっけか。そりゃ、金はあるが勝手に俺の気に入った絵画を売り飛ばしやがったんで、使い込んだ金分働いて返して貰おうと売り飛ばした女もいるぜ?」 そう、あっさりと説明しました。 売り飛ばすのはまずいんじゃ・・・でも、それって女の方にも非が・・・と悩む龍麻を押し倒しつつ、プチ髭は口元を歪めました。 「どうした?罪を犯せば罰せられるもんだろ?・・・それとも・・・アンタも、俺がいない間に好き勝手したいと思ってたかい?」 違う、という言葉は、荒々しい口づけに飲み込まれました。 なーんてことをつらつらと思い出しながら、龍麻はベッドをごろごろと転がります。 (なーんかなー・・・可愛いんだよなー・・・あいつ。・・・俺は信用できるんだぞって言ってやりたくなるってゆーかさー・・・) いつからプチ髭の性格が歪んだのかは分かりませんが、どうやら女たちに裏切られた結果のようなのです。 ・・・・ま、プチ髭の言うことを、全面的に信用するなら、ですが。 (ま、今のところ、俺が危害を加えられそうな気配はないしな。とりあえず、様子を見るか) よっこいしょと起き上がって、龍麻は汚れても良い服装に着替えました。 ここに来てからすっかり毎日の日課になった屋敷の掃除をするためです。 あまり家事が得意とは言えない龍麻でしたが、力は強かったので、石造りのこの屋敷を綺麗に磨き上げるのは造作もないことでした。 ・・多分に力技でしたが。 今日も水の入った桶を片手に、屋敷中を磨いて回ります。 玄関から始まって、応接間、客間、書斎、寝室・・・と磨いていき、奥の部屋の前で立ち止まりました。 そう、ここには入るな、とプチ髭に言われた部屋です。 扉のぎりぎりまで磨き上げつつ、 (ここも磨きたいんだけどなー・・・一体、中には何があるんだか・・・) ちょっぴり好奇心が疼くのも確かでしたが、プライベートに踏み込む気もなく、龍麻はその部屋を無視するのでした。 4日後。 「おかえり〜」 ようやく戻ってきたプチ髭を、退屈していた龍麻は思わずにっこりとお迎えしてしまいます。 「何だ、俺を待ってたのかい?」 からかわれて、すぐにハッと気づき、ふてくされたような顔になって 「べ、別に・・・そういうわけじゃ・・・」 もそもそと言い訳しました。 外套を脱いだプチ髭は、喉で笑いながら、龍麻の手を撫でました。 龍麻は赤くなって手を引っ込めようとしましたが、却って手を引かれプチ髭の胸に飛び込んでしまいました。 「浮気なんざ、してねぇだろうな?」 ごそごそと腰をまさぐる手から何とか逃れようと身を捻りますが、プチ髭の暗い光をたたえた目に射すくめられ、抵抗が止まります。 「・・・浮気なんか、するか。・・・ばーか」 領主に向かってえらい言いようですが、これが龍麻の精一杯です。 囁くように伝えて、龍麻もプチ髭の首に腕を回しました。 夜半過ぎ、何となく目を覚ました龍麻は、冷たいシーツの中に一人でいることに気づきました。 意識を失うときには、隣(というか上)にプチ髭がいたはずなのですが・・・。 身を起こしたところで、ドアが開き、プチ髭が戻って来ました。 片手にはランプ、片手には、鍵束を持っていました。 「おっと。起きたのか」 サイドテーブルに、二つの品を置き、プチ髭は龍麻の隣に滑り込みました。 「・・こんな夜中に、どこへ行っていた?」 龍麻の言葉は、無意識に拗ねるような響きを伴っていました。 「ちょっと、な。・・・言いつけ通り、あの部屋にゃ入ってねぇようだな。偉い、偉い」 それで、プチ髭がどこへ行ったのか分かります。 わざわざ龍麻が眠った隙に、確認に行ったようなのです。 疑われてむっとする龍麻に、プチ髭はにやりと笑って見せました。 「じゃ、良い子にゃご褒美をあげねぇとな」 そのご褒美なるものの正体に気づくより早く、龍麻はまた押し倒されるのでした。 そんな風に。 何となくプチ髭に情が移ったりしてしまった龍麻は、掃除をしたり、プチ髭の遊びに付き合ったり、夜(とも限らないけど)ベッドの上でむにゃむにゃしたりと、毎日それなりに楽しく暮らしていました。 心配しているだろう兄たちにも、 「思ったより、良い奴みたいで、俺、楽しく暮らしてるから」 と手紙を書きました。 プチ髭は、綺麗な服はいらないか、宝石を買ってやろうか、などと時折口にしますが、龍麻はそんなものには興味がありません。 兄たちに仕送りはいらないか、と聞かれた時には、少し考えましたが、 「いや、京一の借金さえなければ、そんな貧乏って訳じゃないし。却って、金があると、あのバカがまた賭事に手を出しそうだしな」 と断りました。 どうやら金目当てに結婚する女には飽き飽きしていたらしいプチ髭は、そんな龍麻を徐々に気に入っているようでしたが、まだ、たまに暗い目で龍麻を見ているときがありました。 そんな頃、またプチ髭が屋敷を明けることがありました。 まあ、前みたいに4日くらいならいっか、と龍麻はあっさりと送り出しました。 そして、また毎日お掃除をしまくりました。 ところが、今回、1週間を過ぎても帰って来ません。 最初の頃こそ、身体が楽でいいや、とか暢気にしていた龍麻ですが、だんだんと心配になってきます。 おまけに、毎日毎日プチ髭に可愛がられた身体が、独り寝の寂しさに疼きます。 でも、矜持が高すぎて、自分で処理などできない龍麻は、一人でベッドの中、悶々としながら、 「くっそー・・・帰って来たら、黄龍、喰らわせてやる〜〜〜」 と恨みがましく呟くばかりです。 2週間が経った頃、ようやくプチ髭が帰って来ました。 目の下にクマを作った龍麻は、顔を見た途端、何故か涙を溢れさせるのでした。 黄龍を喰らわせてやろうとか、いろいろと文句を言う予定だったのに、神経が切れて何も喋れず泣くばかりです。 「おいおい、どうした?」 「・・・・ば・・・か野郎・・・!・・・無事なら、無事、と・・・手紙くらい・・寄越せ!」 どうにかそれだけ言い捨てて、龍麻は座り込んでわんわんと大声で泣きじゃくります。 プチ髭は、龍麻をひょいと抱き上げて、頬を摺り合わせました。 「悪かった。心配かけたみてぇだな」 「・・・誰が・・!お前の・・心配なんかぁ・・・!」 抱き上げた格好のまま、プチ髭は龍麻を寝室に運びました。 そっとベッドに下ろして、額の髪を掻き上げて、何度もキスを落とします。 「いい加減、泣きやめよ・・・ほら・・・俺ぁ、こうして無事に帰って来てんだからよ・・・」 「・・お・・・お前が、悪いんだからな・・・!」 「あぁ、そうだな、悪かった、って」 何度もキスされて、龍麻はようやく涙を止めました。 真っ赤になった鼻を啜り上げて、やっぱり真っ赤になった目でプチ髭を見上げます。 今度こそ、唇に降りてきたキスに、黙って目を閉じました。 2週間ぶりの逢瀬は、かなり激しいものになりました。 翌朝、目を覚ますと、サイドテーブルにはランプと鍵束が置いてありました。 今回は気づかなかったものの、またプチ髭は夜中にあの部屋を確かめに行ったようです。 (俺を放っておいて・・・一体、あの部屋に何があるんだ?) はっきりと今度は嫉妬と分かる炎を胸に、龍麻は唇を噛み締めるのでした。 そんなこんなでイチャイチャと過ごす日々が続き。 龍麻があの部屋への興味を薄れさせた頃、またプチ髭が出かけると言いました。 「・・・今度は、ちゃんと、途中で連絡を入れろ」 「いやぁ、久しぶりに会うアンタも可愛かったからなぁ。すこーし、虐めてみてぇ気もすんだけどよ」 「うるさいっ!ばかっ!」 ぽかぽかとプチ髭の胸を叩いて、龍麻は頬を膨らませました。 「はいはい。今回も、ちっとばかり遅くなるかもしれねぇからな。・・・寂しかったら、自分で可愛がってやれよ?やり方は教えてやったろ?」 にやにやと笑うプチ髭を、今度は本気で屋敷から蹴り出すのでした。 また一人の日々が始まります。 毎日掃除をしながらも、龍麻は気が抜けたように、ぼんやりと過ごしていました。 そして、帰って来ない日が続くうちに、龍麻の胸に、ある疑いが生じます。 (まさか・・・あいつ、余所に女を囲ってるんじゃ・・・) 何だかんだ言っても、自分は男です。あれだけ精力絶倫な旦那様は、かなりの女好きとみましたから、自分では満足してないんじゃ・・・と考え始めたのです。 一度思い浮かぶと、今までのプチ髭の言動を思い出しては、疑いはどんどんと大きくなっていってしまいます。 (べ、別に、俺は、あいつのことなんか、どーでもいーんだけど、でもでも浮気とかされるのは俺が負けたってことだし・・・) 必死で『何でもないこと』と思いこもうとするのですが、胸のモヤモヤだけが溜まっていきます。 (・・・身体でも動かすか・・・) その方が頭が空っぽになって良いかも知れない、と、また龍麻は掃除道具を取り出すのでした。 せっせと床を磨いていき、奥の部屋の前に辿り着いたとき。 今まで鍵がかかってびくともしなかった扉が、かすかに開いているのに気づきました。 どうやら、プチ髭が閉めるのを忘れて出ていったようなのです。 閉めなければ、と思う理性と裏腹に、この中に浮気の証拠があるんじゃないかと嫉妬に狂う心が、その扉を開いてしまいました。 かつん、と音を立てて踏み込んだ龍麻の靴に、血が染み込みます。 暗さに慣れた目を周囲に巡らせると、そこにはマネキンが立っていたのです。 いえ、よくよく見てみれば、それは人間の女性の剥製でした。 恐怖に顔を歪めたもの、静かに眠っているようなもの・・・表情は様々でしたが、いずれも若い美人で、これがプチ髭の前の妻たちだとは容易に推測できました。 壁には、内臓が吊り下げられ、床に置かれた桶の中にも腸が詰まっているようです。 そこから浸み出した血が、床を染めているのでした。 龍麻は無表情に、その女性たちを検分しました。 塩漬けにされた腸を覗き込むうちに、ちゃりん、と小さな音を立てて鍵が落ちました。 精密な細工の隙間に、見る間に血が浸み込んでいきます。 それを拾い上げ、拭くこともせずに、龍麻は静かにその部屋を後にしました。 2週間後、プチ髭が帰ってきたとき、出迎えたのは、酷く青ざめて目の下にクマを作った龍麻でした。 「どうした?また、俺の帰りが待ちきれなかったのかい?」 からかうように抱き寄せるプチ髭の腕から、そぅっと逃れ、龍麻はテーブルに、ちゃりん、と鍵を投げ出しました。 血に染まったそれを見て、プチ髭の表情が変わります。 「ふん・・・アンタも、俺の言うことが聞けねぇってわけかい」 「・・・・・・・・・もの」 苦々しく顔を歪めたプチ髭に対して、龍麻は俯いて小さな小さな声を漏らします。 「それでも、逃げ出さねぇで待ってたことは褒めてやる。・・・褒美は、あの部屋へのご招待だ」 きつく腕を掴まれて、ようやく龍麻は顔を上げました。 その顔を彩るのは、恐怖ではありませんでした。 壮絶なほどの怒りの炎を揺らめかせて、龍麻は叫びます。 「この・・・浮気者〜〜〜〜!!!」 「・・・・・・へ?」 予想もしないセリフに、プチ髭が絶句します。 「お、男でも、気にしないって言ったくせに〜〜!!あ、あれ、前の奥さんだろうが!!やっぱり、女が良いんじゃないか〜!!あ、あんな美人ばっかり・・・」 「いや・・・死体なんだが・・・・」 「仕事から帰ってきたときも・・お、俺を置いといて、あの部屋に行って・・・懐かしんでたんだろうが!!」 「・・・それ・・・ちょっと解釈が違ぇよ・・・・」 言い訳、というよりも、全く考えも付かない龍麻の責めに、プチ髭は目を白黒させました。 プチ髭としては、妻が自分の言うことを聞く『良い奥方』かどうか知りたかっただけで、ついでに、その言いつけを守らないようなやつは殺してる、というだけの話で、別段、自分を裏切った女たちを懐かしんで置いているわけではなかったのです。 何も言えずに固まっているプチ髭の目前で、龍麻がぽろぽろと涙をこぼします。 「・・・お前なんか、キライだ・・・」 えぐえぐっとしゃくり上げて、龍麻はプチ髭を突き飛ばしました。 「じ・・・実家に帰らせて頂きます!」 新妻最終奥義をぶちかまして、龍麻は足音高く駆け去りました。 突き飛ばされて床に寝そべったままの姿で、プチ髭は大きく溜息を吐くのでした。 これまでのプチ髭なら、自分を裏切った妻を追いかけて殺していたでしょうが、今回はどうもそんな気になれません。 本当は、国王にでも直訴されたなら自分は死罪なため、保身のためにも龍麻を殺すべきなのは分かっていましたが、何もやる気がおきませんでした。 あえて罪の証拠であるあの部屋も残したまま、プチ髭はひたすら酒に逃げ込みました。 どうやら、自分で思っていた以上に、今回の妻には惚れ込んでいたようなのです。 旦那様を好きなふりをしなければならないのに矜持が邪魔して逆のセリフばかり吐いて、でも、本当は徐々に惹かれていたのか、ふとした時に愛情を見せる龍麻。 夜のベッドでも口では嫌がりつつも、滅法快楽に弱くて、すぐにメロメロにとろけてしまう龍麻。 いろん顔を思い出しては、溜息と酒量ばかりが増えていくのでした。 そんなある日。 プチ髭の屋敷を、訪ねてきた男がいました。 「・・・何だ、てめぇか」 『プチ髭』どころか無精髭をぼうぼうに生やして、酒臭い息で出迎えたプチ髭の前に立っているのは、龍麻の兄の三男でした。 「俺だってな〜、てめぇなんかに会いに来たくなかったんだがよー!・・・上の兄ちゃんたちは、てめぇを殺すことで意見が一致したみたいだしよぉ・・」 赤い髪の男は、ぶつぶつとこぼしつつ、プチ髭を睨み付けました。 「・・・てめぇ、ひーちゃんに何したんだよっ!」 「別に」 プチ髭は、面倒くさそうに欠伸をして、どんよりと濁った目で三男を見返しました。 「・・・勝手に、飛び出していったんだろうが、あいつは」 「絶対!てめぇが何か馬鹿なことしやがったんだろー!?・・・ひーちゃんはなー・・・今、全然しゃべってくんないんだぞ!!」 「ふぅん」 プチ髭は、馬鹿にしたように、かすかに笑いました。 「あんな無表情で全然しゃべってくれないようなひーちゃん、初めて見るんだからなー!!絶対、てめぇが悪い!!」 三男は、持っていた剣をプチ髭に突きつけて、叫びました。 「ひーちゃんのことが、ちょっとでも大事なら、てめぇが兄ちゃんたちに殺される前に、詫びにきやがれってんだ!!じゃあな!!」 叫ぶだけ叫んで、三男は馬に乗って去っていきました。 プチ髭は、しばらく顎の髭を撫でながらそこに佇んでおりました。 もう自分には関係のない奴の話だ。 そう思いこもうとしつつも、無表情な龍麻、というのを想像するだに、きっとひどく傷ついているのだろう、と思うと、いても立ってもいられません。 ちっと舌打ちして、プチ髭は屋敷に戻っていきました。 翌日。 隣の領地に、プチ髭がやってきました。 幾分古びた屋敷の前に立ったところで、二人の男が音もなく近寄ってきました。 「・・・自分から、のこのこと現れるとは・・・良い度胸だね」 「龍麻を泣かせた罪・・・万死に値する」 兄たちに挟まれても、プチ髭は動揺しませんでした。 すぅっと大きく息を吸って、叫びました。 「龍麻ぁ!!」 これで屋敷の中に龍麻がいなければ、ちょっと間抜けです。 「俺が悪かった!戻ってこい!」 ・・・龍麻がいたとしても、いかにも『妻に逃げられた旦那』で間抜けでしたが、プチ髭は全然気にしません。 「あの部屋は、綺麗さっぱり処分した!あれも浮気じゃなかったが、これからも、絶対浮気なんかしねぇ!仕事には、なるべくアンタもつれて行く!」 二人の兄も、口を挟めません。 「アンタに、惚れてんだ!アンタじゃなきゃ、駄目なんだ!!・・・だから、戻ってきてくれ、龍麻!!」 ようやく開いた扉から現れたのは、赤い髪の男です。 がっかりしかけたプチ髭の前に、三男の背後から、ひっそりと龍麻が姿を現しました。 痩せてしまって、白い顔をした龍麻を、プチ髭は力一杯抱き締めました。 「・・・許して、くれるかい?」 「・・・・・・・一回だけなら・・・・・・許してやっても、いい」 三人の兄たちの前で、二人はイチャイチャと口づけを交わすのでした。 そうして、二人は、末永く幸せに暮らしましたとさ。 めでたし、めでたし。 ・・選択場面に戻る・・ |