マニュアル人間で行こう!

前編


 「龍麻くんは女王様」 
    第37話  村雨、ギネスに挑戦す の巻

ナレーション
 「『黄龍の器』こと緋勇龍麻は、女王様である。アメとムチを武器に、今日も彼は、己のために、己のためだけに戦うのだ!!」


 緋勇龍麻は、玄関の鍵を開け、自宅への扉を開いた。
 居間へと続く廊下に、光が漏れ出ているのに気付き、ふっと氣を高める−−が、上がり口に白い靴が脱がれているのを認めた途端、その氣は『警戒』から『怒り』へと変化した。

 居間のドアを開けると、ちょうど良い場所に、男が寝転んでいた。
 「ぐえっ!」
 ちなみに、ちょうど良い、と言うのは、『男の腹を踏んで歩くのにちょうど良い』という意味である。
 「ひでぇな、先生・・疲れてうたた寝している旦那様に、毛布でも掛けてあげようとは、思わないのかい?」
 言葉ほど、気にした風もなく、男−−言うまでもなく、村雨祇孔−−は、腹筋で起きあがった。
 無精ひげを撫でつつ、無言のまま上着をハンガーに掛けている龍麻に、のんびりと声をかけた。
 「遅かったな」
 「ユエと遊んでた」
 淡々とした、いらえである。
 (相当、怒ってんな・・)
 村雨としては、彼の姿を見つけた途端、秘拳・黄龍を喰らわされる位のことは予想していたのだが、こうも、静かに会話が流れていくのが、いっそ恐ろしい。
 龍麻は、根に持つタイプではない。
 秘拳・黄龍を一発かましたら、後は、すんなり笑い飛ばしてくれると思っていたのだが。
 
 「それで−−」
 龍麻が、村雨の前に、どすんと音を立てて、あぐらをかいた。
 やろうと思えば、いくらでも優美な動きの出来る男である。
 大きな動きで多少なりとも、怒りを発散しようとしているのだ。

 「お前は、何故、ここに存在する?」
 村雨は、部屋の温度が、確かに上がっていくのを感じた。
 下手をすれば、龍麻の周囲にコロナが見えるほどだ。
 「そりゃ、愛する先生に会いに−−」
 「俺は、目的を聞いたつもりはない」
 普段は伏し目がちな瞳が、炯々と光って、村雨を見つめた。
 「−−手段を、問うている」

 これ以上、かわすのは無理だ。
 読み違えた勝負は、さっさと降りた方が、被害が少ない。
 村雨は、素直に、懐から合い鍵を取り出した。
 「あ〜、先週、如月んちで麻雀やっただろ?で、先生は、鍵の入った上着を、如月に渡した」
 そこにいたのは、如月、村雨、龍麻、それに壬生、京一の5人であった。
 5人という事は、麻雀をしたら1人余るわけで。
 交互に休憩を取ったのだが、如月が空き番の時には、お茶を入れたり、なんやかやと世話を焼いていた様な気がするのに、その合間に、合い鍵を作っていたらしい。
 恐るべし、如月。

 「では、4人が合い鍵を持っているのか?」
 「いや?俺と、蓬莱寺の旦那だけだぜ?−−如月と壬生は、合い鍵なんか無くても、入っていけるからとか何とか・・」
 「犯罪者か、あいつらは」
 苦笑した龍麻の氣が、ふいに緩む。
 あの二人のうち、どちらがそうさせるのかは知らないが、龍麻は、彼らを思い浮かべるだけで、和むらしい。
 
 自分といるとき、龍麻の氣がここまで和むことはない。
 村雨は、苦い思いを噛みつぶしながら、まだ己の手の上にある合い鍵を握りしめた。
 「で、没収されないのかい?」
 「いらん」
 そいつは・・と期待しかけて、龍麻の目が、冷たく輝いているのに気付く。
 「どうせ、如月は鋳型を取ってあるんだろう。それを没収しても無駄だ。
  鍵ごと、替える。それは、処分しておけ」
 「つれないねぇ・・」

 「しかし、解せん。何故、お前は、そこまでして、ここに来た?」
 「目的は、さっき、言ったぜ?愛する先生に会いに、ってね」
 「俺を怒らせるのが、分かっていながら、か?」
 頬に伸びてくる手を叩き落として、龍麻が苦笑した。
 龍麻は、自分の部屋に人を入れるのを極端に嫌う。
 村雨もそれは知っている。
 「・・・こうでもしなきゃ、アンタに会えねぇ」
 「そうか?」
 首を傾げる龍麻に、村雨は苦い口調のまま続ける。
 「そうだろ?アンタ、俺の家には来ねぇ、アンタの家は上げるのを嫌がる、電話で『会いたい』つっても、『俺は、会いたくない』で、ぷっつり切る。
  これで、どうやったら会えるのか、教えて貰いてぇもんだ」
 「運が良いなら、俺が会いたい気分の時に連絡してこい」
 「へぇ、アンタ、俺に会いたい時があるのかい?」

 龍麻は考え込んだ。

 腕組みをして、宙を見つめる。

 83秒後。
 おぉ、と手を打った。

 「そういえば、無い」
 「アンタな・・・」

 分かっていたことではあっても、がっくりくる。
 龍麻は、気にした様子もなく、肩をすくめた。
 「会いたいと思う程、会わない期間がないせいだろう。しばらく、離れてみろ」
 「どのくらいだよ」
 「ん〜・・・3ヶ月くらい?」
 「そんなに、もつか!」

 「あのな、先生」
 あぐらをかいたまま、じりっと龍麻ににじり寄る。
 「俺は、アンタに惚れてんだよ」
 「あぁ、それは聞いた」
 龍麻は、姿勢もそのままで、気の無さそうに答える。
 寄って来られたからって、後に下がるような、無様な真似はしないのが信条だ。
 「惚れた相手に、会いたい、触れたいってのは、当然のことだろ?」
 「そして、俺は、お前に惚れているんじゃないから、会いたいとも思わなければ、触れたいとも思わないのも、当然ということだな」
 「そういう態度は、危険だぜ、先生よ」

 龍麻は、まるで、欲張りな子供のようだ。
 両腕一杯におもちゃを抱えていながら、他の子供が持っているおもちゃまで手に入れようとする。
 そして、手に入った途端に、興味を失うのだ。
 
 村雨が本気で惚れたと言った途端、興味を失ってしまったみたいに。

 龍麻が後退しないため、すぐに村雨は彼を捕らえた。
 掴んだ両肩に力を込めると、抗議の色を浮かべた瞳が、村雨を射抜く。
怯えの一欠片も無い、その、光。


 龍麻を、へらへらと軽く生きている奴だと、思っているうちの方が良かった。
 瞳の深淵に潜む、絶対的な防御を、見なければ良かった。
 本当は、誰のことをも信頼はしていないのだと、気付かなければ、良かった。
 
 気付いてしまったからこそ、こんなにハマってしまっている。
 運が良いのか、悪いのか−−
 (この俺が、こんなにも余裕をなくしちまって、みっともねぇったら、ありゃしねぇ)
 自嘲しつつ、龍麻に顔を近づける。
 仲間内で、彼だけが、龍麻と肉体交渉を持っている。
 それだけが、今の村雨にとって有利な点だから。
 
 もっとも、それが、何の役にも立たないのは、解っている。
 心どころか、肉体にすら、彼を刻み込むことは出来ないから。

 龍麻は、微かに怒りの気配を漂わせた、冷ややかな表情のまま、ズボンの尻ポケットから、何か取り出した。
 村雨が、気付くより早く、龍麻の棒読み口調が流れた。
 「汝、これを以て、考うること、能わず」
 濁流となって滔々と流れていた、多分、行き着く先は暗い場所だと想像される村雨の思考の奔流は、物の見事に、ぴたっと止まった。

 
 龍麻は、凝固している村雨の肩を支えにして、立ち上がった。
 「ある意味、いいタイミングで来たな、こいつ。実験台には、ちょうど良い」 
 座り込んで、俯いている村雨を背にして、先程吊った上着へ向かう。
 「えーと、『禁人則不能考符』の説明書は・・・うわ、中国語だよ。ユエのやつ、訳しておいてくれれば良いのに」
 ぶつぶつ呟きながら、紙束を手にして振り向いて−−−固まった。

 村雨が、顔を上げている。
 焦点がぼけている、虚ろな瞳−−それはまあ、まだ良いとして、そこに宿る光は、どこかで見たことがあるような。
 龍麻は全速力で、過去の経験をスクロールした。
 そして、答えに行き着いた。
 「ちょっと、待て。何故、『欲情』!?」
 誰かが答えてくれるでもない疑問を、空中に向かって提示している間に、村雨の手が龍麻の両くるぶしを引き寄せていた。
 思い切り油断していた龍麻は、すっころぶ。
 「・・・この野郎・・・」
 身をひねって、辛うじて受け身は取ったが、気付くと、自分の両脚の間には、村雨がいた。
 早くも、靴下は脱がされ、ズボンのベルトまで緩んでいる。
 ここまで来れば、職人芸とでも表現しても良い。
 「待てい!!」
 
 待ちません。
 
 じたばたと振り回した手が、村雨の頬を打つ。
 龍麻に顔を向けた村雨の瞳は、相変わらず虚ろで。
 それを見ると、何故か、心にずっしりと重みがかかるようで、龍麻は顔を顰めた。
 その理由を考察しているヒマは、今は無い。
 余計なことを考えて動きが止まっている間に、シャツのボタンも外されていたからだ。
 「うぅ・・無駄かも知れないが、やってみるか・・
  『
村雨・・・やめてくれ。こんなことするお前は・・・キライだ』」
 うるうるとした瞳付き。秘拳・黄龍を超える、龍麻の秘技<魅了>である。
 ちなみに、この『・・・』がポイント。

 ちらっ。
 うるうる瞳を、村雨の顔から下半身へ走らせる。

 エネルギー充填率120%。

 <魅了>不発。−−というより−−
 「・・・墓穴?」
 そうとも、言う。

 「『栄光の手』・・駄目だ。戦いが終わって、攻撃用のアイテムは、如月に売っ払ったんだった。
  ということは−−村雨、許せ。
  せめて、一撃で沈めてやるから」
 鳩尾に一発喰らわして、村雨を気絶させ、その下から這い出た龍麻は、携帯を手にした。

 ぴぽぱぽぱっ
 「ユエ?俺」
 『うわー、アニキや〜v。なんや嬉しいわ、電話くれるやなんて。どしたん?何か、忘れもん?』
 「いや、さっき貰った『禁人則不能考符』だがな。お前の説明では、敵が動かなくなるということだったよな?」
 ちらちらと村雨を伺いながら、あくまで冷静な声で続ける龍麻。
 「使ってみたが、『敵』が思いっきり動いてるんだが。−−あぁ、今は大丈夫。沈めてやった」
 『もう、使たん?アニキ〜説明書くらい、読んでから使てや。危ないな〜もう』
 「ふっ、俺は、マニュアルは、困ってから読む人なのだ」

 胸を張って言っている場合か。

 『術符は危ないで、それ。今は、大丈夫なんならええけど。
  あんな、あれが禁じるのは『理性的な行動』やねん。自分が何故戦ってるのか、とか、何故ここにいるのか、とかは考えられんくなるから、動かんだけで、『本能』は残ってるで。いくらぼけてても、攻撃されたら、『こいつは敵や!』いうて解るやろ?自分の身を守る本能は、最後まであるんやから、反撃はされる。そやから、あれの使い方は、最初に行動不能にしておいて、最後にゆっくり、みんなでとどめ刺すいうんが効果的やわ』
 「あぁ、成る程・・本能、ね・・」

 そういえば、『惚れた相手に触れたくなるのは、男の本能』と主張する男だった、と、龍麻は、乾いた笑いを上げた。

 「で、解呪の方法は?」
 『へ?解呪?何で、そんな必要がありますのん?』
 「気にするな」
 『まあ、ええけど。え〜と、アニキに渡した符は、高級なやつやから、時間切れとか無いわ。より高位の術者に解いてもらわんと。仲間で言うたら、御門さんあたりやね』
 「御門か・・出来れば、借りは作りたくはないが、この場合、仕方あるまい
  −−−あっ、こら、馬鹿者っ!」
 『アニキ?』
 「いや、気に、する、な。こっち、の、話、だっ。
  じゃあ、な、ユエ。助かった、よ。また、な」

 まだ、何か言いたそうな劉に別れの挨拶をして、龍麻は携帯を切った。
 「打たれ弱いくせに、えらく回復が早いな、お前」
 復活した村雨を、足だけで応戦している間に、ズボンも脱がされている。
 辛うじて、パンツだけは死守しているが。
 それも時間の問題のような気がする。

 「うぅ・・・御門を呼ぶ・・・駄目だ、御門だろうが誰だろうが、真っ最中に部屋に入られるのは、さすがにイヤだぞ、俺は。
  ということは、こいつを持って、浜離宮へ・・・どうやって?」
 悩んでいる間に、今度は、村雨の方の着衣率が下がってきている。
 なんか、もう、カウントダウン状態。

 肉体交渉自体は、初めてでもなし、別段、怯えてもいなかった、ちょっぴり暢気な龍麻だったが。
 自分にのし掛かる男の瞳には、相変わらず、『欲情』以外には何も認められなくて。
 ざわりと、悪寒が走って、ついやってしまったのは−−
 「秘拳・黄龍!!・・・えっ、嘘だろっ?!本能残ってるんなら、防御くらいしろ〜!!」
 もろに入って、吹っ飛ばしてしまった。
 壁にぶち当たった村雨を覗き込む。

 村雨の目が、くわっっと見開かれた。

 「待てぇい!!ぼちゃ、びちゃって、お前・・・!」
 思わず飛び退いたのと同じ速度で飛びかかられて。
 敷き込まれたまでは、まあ、いいとして−−いや、良くないが−−自分の胸に、生暖かい液体が降りかかってきて、さしもの龍麻も絶叫した。
 「とっ吐血っ!いや、喀血か!?いや、どっちでもいいんだがっ!
  お前、それ、肋骨折れてるっ!絶対、折れてるっ!下手したら、肺、突き刺さってる!」
 妙な具合にへこんだ胸郭を、指さして叫ぶも、村雨が聞いている気配はない。
 それどころか。
 がぼがぼ血を吐きながら、龍麻の胸に舌を這わせる始末だ。
 「やめんかぁ!!お前の『本能』は、『生存欲』より『性欲』が優先されるのか!?
  人として、というか、生き物として、絶対間違ってるぞ、それ!!」

 聞いてません。

 「うぅ・・・しかも、前戯まで、本能に含まれてるのか、お前は・・・
  決して!決っっして、いきなり突っ込まれたい訳ではないが!
  ・・・どう考えても、お前の『本能』は、どこか、間違ってるぞ!」
  
 だから、聞いてません、てば。

 (なんか、もう、泣きたい・・・いや、これ、なんとか、しないと!
  腹上死されるぞ、これは、マジで!
  『村雨、腹上死』・・・仲間達、みな、納得するだろうなぁ、あいつらしい死に様だった、とか言って・・・
  いや、どちらかというと、一番あり得そうもない、死に方なのかも知れないが。
  ・・・あぁあっ、そういうこと、考えてる場合じゃない!)

 村雨の胴に足を絡めて、ぐりんっと体位を入れ替える。ついでに回し蹴りを喰らわせて、離れた龍麻は、道具袋を探った。
 (ピザだのハンバーガーだのを食わせてる場合では無い以上、これしか無いんだが・・・一個しか残ってないな、『太清神丹』。
  台所まで、水取りに行けそうもないし、『大黒天の霊水』・・・耐久力つけさせるのは、まずい気も、そこはかとなくするが)

 のろのろと手を伸ばしてきている村雨を、がしっと押し倒して、馬乗りになる。
 「畜生、有り難く思いやがれ、この大ボケ野郎!」
 太清神丹と霊水を自分の口に放り込み、零さないように、村雨に口づける。
 村雨の喉が、ごくりと嚥下するのを確認した龍麻は、傷の具合を見ようとして、頭が固定されているのに気付いた。
 ついでに、尻の辺りで、さわさわと指が這っている。
 
 (・・・も、いーや、もー、どーでも。
  どーせ、こーなると、思ってたさっ!)
 本能で動いてるくせに、いつもと変わらず絶妙な動きを披露する村雨の舌と遊びながら、龍麻は思考を槍投げした。
 (とはいうものの・・・誰かを呼ぶのは不可、軽いダメージはすぐに回復する、重いダメージは死にかける、となると
  −−−これしか、思いつかない俺も、どうかと思うが−−−)

 本当に、それしか、無いのか?
 ファイナルアンサー?
 いいんだね?
   

 
〜アイキャッチ〜
  「うふふふっ・・・・ジハードvv」

 
〜CM〜
 「♪カステラ1番、電話は2番♪
   元禄元年創業、如月骨董品店。
   愛情・友情・コネ・しがらみ等に、全く左右されない、冷静な鑑定人が、貴方をお待ちしています。
   骨董品、古美術なら、如月骨董品店にご来店下さい」


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