ひじきがとっても旨いから 前編


 そのひじきの煮物を、一摘み、口にした途端。
 俺は、うっと詰まった。
 和風な醤油味がベースだが、噛むほどにふくよかに拡がる旨味が何とも豊潤で、これは単純に『だし入り醤油』を使ったんじゃないな、と容易に知れた。
 おまけに、ひじきだけじゃなく、大豆と鶏肉、それに小さく刻んだ人参、椎茸、コンニャクが入っていて、なんか滅茶苦茶手が込んでるんじゃないのって感じで。
 これが、市販品じゃ無いことは知っている。
 夕方からごそごそとキッチンで何やらしてたから。
 「・・・参ったな〜」
 思わずぼそりと呟くと、目前の男は、ちょいと片眉を上げて、自分もひじきを口に運んだ。
 「お口に合わなかったかい?」
 箸をくわえたまま、ぶんぶんと頭を振って、否定する。
 それから、もう一口、食べてみた。
 ・・くそぅ・・・旨い。
 何と言うか・・こーゆーのは困る。
 元々村雨が料理好きだったのならともかく、俺は、村雨の料理が高蛋白高塩分の一品だけ、どーん!みたいなのだったのを知ってる。
 でもって、俺の好みが結構和風の薄味だってのを知ってから、そういう料理を主体に頑張ってるのも、しっかりと目と舌で知ってる。
 ・・・つまり。
 その・・・この旨いひじきが、村雨の俺への愛の賜物だってのが、分かってしまうわけだ。
 いや、愛されてるのが悪いんじゃないんだが、でも、どーしたものか、その・・とにかく困るのだ。
 こんなに愛されてしまったら、俺はどーやってそれを返せばいいんだ。
 別に、返せなきゃ嫌われるとか思ってるんじゃないし、義務で返すんでもないんだけど、いやまあよく考えると返す必要なんて無くて、俺は堂々と注がれるだけの愛を享受してしておけば良いのかも知れないけど、でも何となく・・・そう!俺は負けたくないんだよ。
 村雨に「やっぱり先生にゃ敵わねぇなぁ」とか言わせるくらい、俺の方が上位でなきゃ駄目なんだ。
 だけどなぁ・・具体的にどーするかって考えると、どーしよーも無かったりするんだよなぁ・・。
 村雨が「愛してる」って囁くとき、「俺も」って返したら良いんだろうけど、何となく「知ってる」って返しちゃうし・・。
 料理もさー、嫌いじゃないんだけど・・何故か『愛』を込めれば込めるほど、なんだかすっげぇものが出来ちゃうんだよなー。
 村雨は残さず食ってくれるけどさ。
 だけど、あれで『愛』を返した気にはならないぞ、さしもの俺も。
 ていうか、むしろ愛されてるのを実感してしまうのはどーしたことだ。
 
 「・・・先生?やっぱ、口に合わねぇか?」
 うわ!びっくりした!
 ・・どーやら、俺は口に箸をくわえたまま考え込んでたらしい。
 「旨いから、味わってる」
 あんまり口も動いてなかったんじゃないかとは思うんだけど。
 けど、村雨は、そうかって言って、目を細めた。
 ・・・・・・・その顔も止めろよ〜。
 鏡、見てみろ。
 なんかもう『愛情垂れ流し』の顔?
 恥ずかしくないか?
 ・・・見てるこっちが恥ずかしいぞ、畜生め。
 けど、とりあえず、メシは食ってしまおう。
 それから、考えようっと。

 村雨が後かたづけをするのを後目に、俺はソファに座り込んで、さっきの続きを考えた。
 まず、絶対前提条件として、「俺の愛は、村雨の愛に勝るとも劣らない・・てーか、むしろ勝ってる!」ってのがある。
 クリアしてると思うけど。
 第2段階として、「なのに、ちょっぴり伝え方が下手だから、村雨は自分が勝ってると思いこんでやがる」ってとこか。
 そう!そうなんだよ!勝ってるのは俺なんだから、ちゃんとそう思わせなきゃ負けなんだから!(←なんだかすでに本人にしか分からない理屈になっている)
 てことは・・伝え方が問題だということだ。
 えーと・・言葉は・・負けそうだよな、どうも。
 村雨の「愛してる」は犯罪的に効果大だからなぁ・・声の質の違いとかかなぁ。
 俺はどうもあそこまで尾てい骨直下型の愛の囁きは無理だと思う。
 言葉じゃなきゃ、態度?
 ・・よけい難しいかも・・。
 俺は人前であんな『愛してます視線』は、恥ずかしくてできん。
 うーん・・うーん・・。
 ・・普段じゃなきゃ・・エッチのときか?
 でも、やっぱり、エッチは「俺は別にしたくないんだけど、村雨がやりたがってるからやらせてあげてます」を崩したくないんだよなー。
 男として最後の砦とゆーか。
 ・・あ、でも、村雨のを舐めるのは、嫌いじゃない。
 アレに『ご奉仕』とか名付けるからいけないんだ。
 そりゃこっちが跪くような姿勢にはなるかも知れないけど、俺的にあれはご奉仕じゃないよな。
 なんか、直接的に努力が報われるとゆーか。
 入れてるときって、村雨が感じてるのかどうかよく分からないんだけど、いや、息づかいが荒くなったり、最後にはいくんだから気持ちはいいんだろうけど、どう感じてるのかさっぱりわからんとゆーか。
 だけど、くわえてるときは、こーやったら村雨が感じてるとか、ダイレクトに反応が分かるから楽しいんだよな。
 思いがけないくらい色っぽい声が漏れたりとかさー、息を詰めてても、腹筋が締まったりとかさー、あ、これ感じてる、とかよく分かるんだもん。
 ・・・・・・いや、入ってるときにも、反応はしてるんだろうけど・・・その・・・こっちがそれどころじゃないとゆーか・・・。
 そ、それはともかく!
 よし!今日は舐めるぞ!
 村雨も、上手になったって言ってたし、よくわかんないけど喜んでるみたいだし、今日はそーゆー愛の返し方にするぞ!


 決意した俺は、さっさと風呂に入って、出てきたところで村雨がちょっかいかけるのを尻を蹴飛ばして風呂に追いやり、パジャマを着てベッドの上に座った。
 ちなみに、村雨が買ってきた、子犬模様のパジャマだ。
 ・・ペアパジャマだったりする。
 サイズ的にはちょうど良いんだけど、女袷なのがちょっと・・と思わなくもないんだが、買ってきたときの村雨がすっごい嬉しそうだったんで、イヤとは言えずに愛用してるのだった。
 とゆーか、どんなツラしてこんな可愛いパジャマ買ったんだろーか。
 まあ、それはともかく。
 手持ち無沙汰なんで、ごろんと横になった。
 火照った身体に、冷たいシーツが気持ちいい。
 ついつい、とろとろと眠りかけたところで、村雨が入ってきた。
 腰にタオル一枚巻いただけの姿である。
 ・・いや別にやるときには裸になるんだから構わないっちゃ構わないんだけど。
 それから・・・何か手に持ってる。
 何だろう?箱?
 村雨はそれを隠すでもなく持ったまま歩いてきて、俺の手の中にそれを落とした。
 「せ・ん・せ♪プレゼント。いやあ、店で見かけて、これぞ!と思ってねぇ」
 手のひらよりは少し大きいくらいの細長い箱は、赤いリボンがかかってるけどそれ以外に飾りが無くて、何が入ってるのかちょっと分からない。
 食べ物の重さじゃないとは思うんだけど。
 「・・・・・・ありがと」
 素直に礼を言ったのに、村雨はなにやら目を剥いた。
 「あぁ!?」
 「・・・?プレゼント、なんだろ?だから、ありがとう」
 繰り返したら、村雨が信じられないものでも見てるみたいな目をした。
 俺が礼を言うのは、そんなに珍しいか?・・・珍しいか。
 「言っとくけど、俺、人から貰ったものは少ないけど、だからこそ、大事にするぞ?村雨に物貰ったの、初めてだし」
 「へっ!?」
 ・・・違ったか?
 そりゃまあ、テレビとか電子レンジとかゲーム機とか食器棚とかベッド(キングサイズ)とか、色々買って貰ったけど、それってプレゼントじゃないよな?
 ・・・それとも、これも実用品か?
 俺がリボンを解いて、紙を剥がそうとしてると、慌てたように村雨が手を押さえてきた。
 「ち、ちっと待ってくれ、先生。その・・こりゃ、な、その・・そう!大したモンじゃねぇんだ!」
 ・・・・?
 「でも、俺のために、買ってきたんだろ?」
 「そりゃまあそうなんだけどよ・・・」
 「なら良いじゃないか。俺に合うと思って買って来てくれたってとこが嬉しいんだから」
 せっかく人が素直に喜びを表しているとゆーのに。
 村雨は、更に手の力を強くした。
 おまけに、手を目の前で立てて、人を拝むみたいにしてる。
 「頼むぜ、先生、この通り!これのことは記憶から抹消してくれ!」
 そーゆーこと言われると、ますます何なのか気になるのは、人の性というやつだ。
 村雨の手を振り払って、もう丁寧に紙を剥がそうなんてせずにむしり取る。
 「先生って!これを最初のプレゼントなんて認識しねぇでくれ!」
 箱に書いている文字を見る暇もなく、村雨に抱きすくめられ、押し倒された。
 奪われようとする箱を胸に抱え込んで身体を丸める。
 「頼むから、返してくれって!」
 まだ諦めずに、村雨が強引に手を差し込んできた。
 じたばたと抵抗してるうちに・・・。
 「うにゃっ!」
 村雨の指先が、俺の胸を引っ掻いたため、俺は思わず声を上げた。
 びっくりしたように手が止まり・・・止まったと思ったら・・・今度は、明らかに不埒な意志でもって触ってきやがった!
 「ちょっ・・待っ・・・むらさめっ!ずるいっ!」
 「何が?」
 何が、じゃない!
 俺が胸弱いって知ってて、そーゆーことするか!
 ・・知ってるから、するんだよなぁ・・・はぁ・・・。
 力が抜けそうになるのを必死に堪えて、箱と胸は死守する体勢になったのに。
 村雨は、あっさりと俺のズボンを下着ごと引きずり下ろした。
 身体丸めて、胸(と箱)を庇ってるってことは、尻は突き出すみたいな格好になってたわけで。
 体勢を変える暇もなく、村雨が俺の尻に噛み付いた。
 「ばかぁっ!」
 村雨の指が、さわさわと俺の・・その・・いつも受け入れる部分の縁をなぞった。
 乾いた指で擦られると、ひきつるみたいでちょっと痛い。
 ・・・まずい。
 この体勢は、非常にまずい。
 勿論、本気で喧嘩するなら、俺の方が強い。
 だけど、前に黄龍撃ったら、もろ直撃して村雨ががぼがぼと血を吐いたことがあるんだよ。
 どうもあれ以来、村雨に対して<氣>を乗せては攻撃出来ないってゆーか。
 でもって、認めるのははなはだ遺憾ながら、純粋に腕力ということになると・・・実は俺、村雨に負けてたり。
 おまけに、最もやばいことには、俺のいわゆる性感帯に関しては、俺より村雨の方が詳しいんだよ。
 てことは、エッチも含めて実力行使されると、俺の太刀打ちできる余地がなくなるっつーか。
 ・・・そーゆーのって、なんかやだ。
 俺の意志を無視して、力づくで付き従えられるなんて。
 うーうー・・・。
 でも・・事態はどんどん悪化してるし・・・。
 仕方あるまい。
 ここはもう、泣き落とししかないだろう。
 「なあ、先生。いい加減、観念したらどうだ?」
 「いった・・!」
 耳元で囁かれると同時に、乾いた指が、強引に押し入ってきた。
 「アンタだって、無理矢理突っ込まれたくないだろ?」
 ・・今現在、すでに無理矢理突っ込んでるじゃないか〜!
 痛いぞー、畜生・・・本気で、泣いてやる〜!
 「ふぇ・・・」
 「泣き落としは、不可だ」
 ・・あ、ばれてる。
 でも、村雨が俺の涙に長い間抵抗できるわけはない。
 続行するべし!
 「やだっ!・・こんなの、絶対、いやだっ!」
 丸まったまま、ぶんぶん髪を振ってやったが、村雨は背後から抱え込むような姿勢で、俺の耳たぶをかりっと噛んだ。
 おまけに・・・抜き身になってる俺のアレまでぎゅっと握ってきやがった。
 「な・・先生・・良い子だから、それ、渡しな」
 「いーやーだ!これは、俺の!」
 「・・・龍麻・・・」
 え?え?え?
 ちょっ・・・こ、この尻に当たる感覚は・・・。
 うっそ、マジで無理矢理突っ込む気か!?
 慌てて振り向いて村雨の表情を確認する。
 ・・・まずい・・・目がマジで欲情してる・・・
 このシチュエーションでなんでそこまで興奮するかなーっ!?
 お前、実はサドか〜!?
 「・・そんな、怯えたような顔されると・・ちっと辛いんだがねぇ」
 うーそーつーけー!
 それ、絶対、余計に興奮してるだろーがー!!
 うわ〜!駄目だって〜!絶対、入るわけないだろーが、こんなの〜!
 「・・・む・・・」
 「ん?」
 「村雨の、ばかーーーっっ!!」
 くそー!本っ当の本気で泣くぞ、もう!!
 俺は、わんわん泣きながら、手にしてた箱を村雨に投げつけてやった。
 「村雨なんか、大っっ嫌いだ!!触んな、もう!!」
 叫んで、村雨の顔は見ずに、布団に潜り込んだ。
 村雨の手が肩にかかるのを、思い切り振り払う。
 「ちょっ・・・先生、悪かった!俺が悪かったって!」
 今更、知るか!
 「な、機嫌直してくれよ、頼む!」
 やだ。
 「なあ、ちょっとしたおふざけじゃねぇか、許してくれよ・・」
 いーや、お前は本気で突っ込もうとしていた。
 「頼むぜ、龍麻・・俺ぁアンタに嫌われたら、どうすりゃいいんだ?」
 知らない。自分で考えろ、そんなこと。
 「・・・あ、そうだ!な、これ、何だったのか、白状するからよ、こっち見てくれよ」
 ・・・それは、少し心惹かれる。
 ここまでして見せたくなかった贈り物って何だったんだ?
 とゆーか、そもそも俺にくれるはずだったのに、態度が急変したんだ?
 うー・・・このまま捨てられでもしたら、ずっと解答が不明なわけだし・・。
 しょうがない。ちょっと顔を見せるか。
 俺はのそのそと布団から這い出して、村雨の方を向いて座った。
 村雨は、ちょっと驚いたような顔をして、俺の顔を持ち上げて、瞼のあたりに一杯キスの雨を降らせた。
 「悪かった・・ホントに泣いてたんだな、アンタ」
 どーゆー意味だ。
 嘘泣きかと思ってたな?ってことは、謝罪も本気じゃなかったんだな?
 くそー・・なめられてるぞ。
 「ん」
 俺は不機嫌な声で、村雨を促した。
 村雨は、まだ不本意そうに、ゆっくりと箱を取り出した。
 それを受け取り、蓋を開けて、中身を出す。
 ・・・・・・・・・・・?
 これ・・・・・・何?
 なんか、透明で、半塔型で・・・あ、コードが伸びてる。
 ???えと・・・赤いボタン、押してみよっと。
 あ、光った。
 「・・・ライト?」
 「違ぇよ・・・」
 そりゃそうだよな。ただのライトなら、そんなに隠さないよな。
 えーと、このダイアルは何だろう。
 ・・・うわっ!いきなり振動始めたぞ!
 「肩こり用マッサージ?」
 「・・・もっと違う」
 村雨は、がくっと肩を落としている。
 うーん、マニュアル読めば分かるんだろうけど・・こっちのスイッチ入れてからにしよっと。
 ・・・???ぐにぐにっと動いてるけど・・・やっぱり、マッサージに向いてる動きだよなぁ。
 えと、あ、あった。これが取り扱い説明書・・・。
 ・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 つまり。
 これは、日本語で言うところの。
 『電池運動式男性性器模式張型』。
 短く言えば、バイブとか言うものでは。
 ・・・・・・これ、どーゆー意味だろう。
 えーと、「店で見かけて、これぞ!と思った」で、俺用なんだよな?
 用途としては、やっぱりどう考えても、俺に突っ込むってことだよな?
 ・・・・なんで?
 もう、村雨、俺に入れたくない・・とか?
 毎日してるから、飽きちゃった?
 俺、結構入れられてる間はマグロだし・・・なんかしなくちゃいけないのかなーとか思ったけど、それどころじゃなくなって、しがみついてるので精一杯だから・・。
 あ・・・それとも・・・。
 もう別れるつもりで、「じゃ、俺の代わりにこれで遊びな」とか・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・どうしよう・・・・・。
 村雨いなくなるって思っただけで、胸が痛い・・・。
 まずい・・まずいぞ、これは・・。
 村雨が側にいないだけで俺が俺でなくなりそうなんて、そんなの、駄目だって。
 そーゆーの、好みじゃないんだ。
 ちゃんと、一人立ち出来てて、もし、村雨が別れようって言っても、「あ、そう」ってあっさり別れられるのが理想だったんだってばー。
 こんなに執着してるの、困るって、絶対。
 うわ〜どうしよう・・・ちゃんと別れられるように、心の準備し直さなきゃ・・・。
 



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