大宴会  後編



 さてさて、出し物は普通に女の子のデュエットとか中国雑技団とかインドマジックとかを順調に消化していき。
 さて、お次は、と目をやると、如月がさらさらと書き付けて貼り付けたところには。
 『水芸』
 そしておもむろに立ち上がるとなると、誰が何をするかなど、容易に想像つくではないか。
 「待て、如月。そんないつも見てるものを『芸』とは言わん」
 さっくりと龍麻が切って捨てた。
 如月は何となく周囲を見回したが、龍麻と同意見なのか、単に龍麻に逆らうのが怖いのか、如月に水芸をやれという顔のやつは一人もいない。
 「ふっ、甘いな」
 如月は優雅に髪を掻き上げた。
 ・・・顔が赤い。微妙に口調も違うあたり、どうやら酔っているらしい。
 「なーにが甘いんだ」
 「ふっ、この僕の水芸は、ひと味違う!なんと、何の道具も使わずに、身体から水を放出できるのだ!」
 「・・だから、それは、いつも見てると・・」
 「しかも!」
 如月が龍麻の言葉を遮るなど、珍しい。
 見てくれより相当酔っているのかもしれない。
 「しかも、今回の水は、黄金色なのだ〜!」

 一瞬の間があった。

 「そりゃ、如月はん・・・」
 「待て〜い!誰も突っ込むでない!」
 口々にツッコミかけていた劉や雨紋らが咄嗟に黙り込む。
 「美里!アン子から預かったデジカメの用意はいいか!」
 「うふふ、バッチリよ。王蘭学院の人気者、如月君の××××・・アン子ちゃん、喜ぶと思うわ」
 「紅葉!」
 「もちろん、ビデオの用意も出来てるよ」
 そうして、龍麻は如月に向き直った。
 「さあっ!思う存分、芸を披露するが良い、如月よ!」
 
 如月は、のろのろと仲間を見回した。
 ふと目を逸らす者、にやにや笑って手を振る者、眉を顰めて見ている者・・・。
 「・・・誰も・・・突っ込まないのかい?」
 おそるおそる、といった体で如月は呟いた。
 しかし、誰も答えない。
 如月の赤かった顔が、徐々に色を失っていき、紙のように白くなった。
 ようやく正気に戻ったらしい。
 30秒後。
 「すみません、私が悪うございました」
 「以後。自重するように」
 土下座する如月に、龍麻は重々しく頷くのだった。


 小さくなった如月が、手元に回ってきた紙を見て、眉をひそめつつ書き上げた。
 『双龍螺旋脚』
 「こんなことは言いたくないけどね、龍麻。これも『いつも見ているもの』じゃないのかい?」
 先ほどのお返しとばかりに、つけつけと言う如月に、龍麻は余裕綽々の笑みを見せた。
 「ふん、振り付けの違う『双龍』なのだ」
 振り付けって何。
 楽しそうに立ち上がる龍麻とは裏腹に、壬生の歩みは遅かった。
 「・・本当に、やるのかい?」
 「練習したじゃん」
 「それはそうなんだけど・・いや、無論、君のためなら何でもやるけどね。・・でもね・・」
 ぶちぶちとこぼす壬生に、龍麻がにっこりと笑って見せた。
 「きっと、面白い芸なら、おひねりが飛んでくるぞ、紅葉!」
 そして、財布の方に目をやった。
 『龍麻の財布』は、おもむろに自分の財布を取りだし、じゃらりと小銭を広げ、その中では大きいコインを摘み上げた。
 「・・・たった、500円じゃ・・・」
 壬生のセリフが尻窄みに消えていった。
 財布は更に札入れから数枚の札を出したからだ。
 2000円札に500円玉を置き、丁寧に捻る。
 「・・・・・・2500円じゃ・・・・・・」
 それを数個作った後には、1万円札を手にして同様のものを作り始めたではないか。
 
 「すっげー・・・さすがは村雨・・・オヤジくせぇ・・・」
 影の薄い司会者こと京一が、思わず呟いた。

 「さっ!やろうか、龍麻!」
 「おう!やる気満々で嬉しいよ、紅葉!」

 そうして、仮舞台で二人が並んで立って。
 いっせーのーで!と龍麻が音頭を取った。

 「僕の名前は、ひーちゃん!」  ちゃららら♪
    手を広げ、輪を描くように
         (「はあい、良い子のみんな、元気かな〜?」みたいな)

 「僕の名前は、みーちゃん!」  ちゃららら♪
    龍麻とは逆の手を、可愛らしく輪を描いて。
 「二人併せて虐殺だ〜」
    二人で腕を組んでスキップしてその場を回って。
 「きーみと僕とで、ジェノサイド♪」
    お互いの顔を指さして、首を傾げて。
     (「壬生・・武道家として、虐殺、とかジェノサイド、とかはどうかと思うが・・」
       「紫暮。突っ込むべきは、そこでは無いんじゃないか?」)

 「小さな敵から」
      「陰たるは、空昇る龍の爪・・」
 「大きな敵まで」
      「陽たるは、星閃く龍の牙・・」
 「滅ぼす力だ」
      「表裏の龍の技、見せてあげましょう・・」
 「双龍螺旋脚〜!!」
   ちゃらら。と、龍麻が小さく呟いて、締め。

 静けさが支配する中で、ぼそりと声がした。
 「・・・バカ?」
 誰の声、とは言わずにおこう。ただ、女性の声であった、とだけ書いておく。
 「・・・うわあああああああ!」
 弾かれたように壬生が腕で顔を隠しながら走り去ろうとした。
 「あ!紅葉!おひねり!!」
 「・・・・・・うわああああああんんん
 まるでビデオの逆回しのように障子の向こうから壬生が戻ってきた。
 そして、足下に散らばったおひねりを、しくしくと泣きながら拾い集める。
 ちゃっかりと全部を懐に納めたところで、また、走り去るのであった。

 「さて」
 何も無かったかのように、龍麻はにっこりと笑った。
 「この芸の良いところは、二人組の方陣技なら、たいてい合うことなのだ〜!」
 ざわり、と座敷に緊張が走った。
 「お、お、お、俺はやりたくないぞ〜!」
 「え〜、ミサちゃんは〜、やってもいいかなあ〜」
 「龍麻先輩のためなら、僕、やります!ねっ、さやかちゃん」
 「え?え、えぇ・・そ、そうね・・・」
 
 「はっはっは。皆の気持ちは嬉しいが」
 両手を腰に当てて、薄い胸を張って、龍麻はにっこり・・いや、にやりと笑った。
 「俺が狙っているのは、霊符陣ペアだ〜!」
 おぉっ!と室内にどよめきが走る。
 片や無精ひげを生やしたオヤジ、片やすかした陰陽師。
 見たいと言えば、見たい。
 見たくない、と言えば、これ以上見たくないペアはない!という二人であった。

 「・・・ふっ。馬鹿馬鹿しいですね。この私が、そのようなことをするとお思いですか?」
 さりげなく立ち上がり、席を去ろうとした御門に、龍麻は思いっきり侮蔑の声をかけた。
 「へ〜、逃げるんだ」
 ゆらり、と鬼気を背負って御門が振り返る。
 「誰が・・逃げる、ですって?」
 
 「出ました!ゴジラ対キングギドラ!」
 小さく司会を続ける京一だった。
 その声を受けて、如月が筆を滑らせた。
 『緋勇龍麻 対 御門晴明』
 これも出し物の一つに認定されたらしい。
 「この戦い、どのような展開が予想されるでしょう。解説の高見沢さん?」
 「はぁ〜い。えっとですね〜、ダーリンは〜、絶対退かないので〜、どこまで御門くんが突っ張れるかが勝負だと思いま〜す」
 
 扇子で顔半分を隠しながら、御門は冷ややかな声を放った。
 「全く・・何故、私がそのような低俗な芸をせねばならないのです?」
 「はっはっは。あんまり『低俗』言ってると、自分がやるとき惨めになるぞ?」
    「は〜い、これは、御門くんは〜、単に『拒絶』している状態ですね〜」
 「だから、やらないと言ってるでしょう!」
 「俺は、やれと言ってるんだ」
    「これは、ひーちゃん、御門の拒絶を全く歯牙にもかけておりません!」
   
  「御門くんは〜、もうちょっと戦術を考えた方が、良いと思いま〜す」
 「何故、私がやらねばならないのです!」
    「『疑問』を感じて〜『怒り』状態ですけど〜」
 「そりゃ、面白いからに決まってるじゃん」
    「ひーちゃんには効果ありません!」
 「だ、大体・・そう!村雨が無条件にやると思っているのですか!」
    「問題の〜すり替えですけど〜」
 「本人に聞いてみればどうだ?」

 御門は、ばっと音を立てて村雨を振り返った。
 村雨は・・手をひらりと顔の横で回した。
 それは「僕の名前はしーちゃん♪」の振り付けであった。

 「な、何故〜!?何の条件もなく、こんなことやるなんて・・!」
 「はっはっは。村雨は、お前に嫌がらせするなら、多少の自爆も顧みないぞ!」
    「うーん、これは御門、痛い。村雨分析でひーちゃんに負けております!」
 「・・・せ、せめて、芙蓉となら・・・」
    「あ、御門くん、譲歩しました〜」
 「芙蓉ちゃんなら、俺の用を言いつけて、今いないぞ」
 「・・俺の用?」
 「そりゃもう」

 からり、と障子が開いた。
 「なんだよ〜、隠し芸大会に雪崩れ込んでるなら、呼んでくれよ〜」
 「うふふ、晴明が芸をするのですって?楽しみね」
 にこやかに現れたマサキ×2を見た瞬間、御門の頭のあたりで、ぷちんと何かが切れる音がした。
 「・・・・・・・ふ」
 御門が髪を振り乱して、芙蓉の胸ぐらを掴んだ。
 「芙蓉〜〜!!」
 「は、晴明さま?」
 「あ〜!芙蓉ちゃんから、手を離せよ〜」
 「そうだぞ、晴明〜」
 サラウンドで責められ、御門はがくりとその場に膝を付いた。
 「ふ。・・ふっふっふっふっふ・・・・」
 低い地を這う笑い声が、鬼気迫ってこぼれる。
 「いいでしょう!この御門晴明の散り様、
  とくとご覧下さい!!」

 散ってどうする。
 「これは、2ラウンドKOってとこでしょうか、高見沢さん」
 「そうですね〜、だいたい、予想通りの結果ですね〜」
 解説はまだ続いていた。

 白い制服の男が二人、舞台に立つ。
 「やれやれ、めんどくせーな」
 「お前が・・お前がぁあっ!」
 「しょうがねぇ。腹ぁくくれよ、御門」
 にやにや笑って村雨は制帽をくるくると回し、また被り直した。
 
 「しーちゃん、みーちゃん!霊符陣〜vv」
 やたらと可愛らしい龍麻の掛け声で、それは始まった。

 「僕の名前は、しーちゃん♪」
     「ぶははははははは!」
      「僕、はやめれ〜!おっさん〜!」
      「ちょっと!静かにしな!次だよ、次!!」

 
  御門は、大きく息を吸った。

 「僕の名前は、みーちゃん!!

 
 それは。
 この後、10年、数十年が経て、仲間たちが時に出会ったとき。
 柳生との戦いは・・と思い出話にふけると共に、
 「そーいや、その後の宴会で、御門がさー」
 と、必ず話題に上るような。
 そんな芸であった。(バンパイヤハンターD風に)


 壁の隅っこに向かって正座をしている御門に、マサキ×2は口々に慰めの言葉をかけた。
 「いっやー、面白かったぞー」
 「本当ね。晴明がこんなにお茶目なところ、初めて見たわ」
 ・・・あまり慰めにもなっていないようだったが。
 「いつまで拗ねてんだよ、御門。俺としては、感謝してもらいたいくらいだね。どうせ、何の芸も用意してなかったんだろ?」
 はっはっはと高笑いしながら決めつける龍麻に、御門は凄い勢いで振り返った。
 「用意していましたとも!私の笛の音で、芙蓉が日本舞踊を舞うという、大っ変!高尚な芸を!!」
 「ほー、芙蓉ちゃんの日本舞踊かぁ・・それはちょっと見たかったなぁ」
 ちょっぴり残念そうに芙蓉を見てから、龍麻はびしぃっと御門を指さした。
 「しかーし!それは芙蓉ちゃんの芸であって、御門の芸ではなーい!!」
 「何を言いますか!貴方に、この笛が吹けるとでも!?」
 何かほとんど錯乱状態な御門が差し出した細い横笛を、龍麻ひねくり返した。
 しゃり〜んこしゃらりんこ、しゃり〜んこしゃらりんこ、どーこへ行くのか、笛吹き童子♪
 というBGMが聞こえてくるような笛であった。
 「ふーん・・・」
 おもむろに笛を構えて、口に当て。
 それは、ちょっと絵になる様ではあったが。
 ぴひ〜〜!へひょ〜〜!
 全然、音は出なかった。
 「それ見なさい!難しいんですからね!」
 勝ち誇ったように扇子を鳴らす御門に、龍麻はあからさまにふて腐れた。
 ぷぅっと頬を膨らませて、笛を放り投げて。
 「そりゃあな!俺は、今はアルトリコーダーしか吹けないかも知れないけどな!もうじき別のも吹けるようになるんだぞ!村雨が、尺八を教えてくれるっつったからな!!」

 0.34秒。
  「ぶふわぁあっ!」
  村雨、口にしていたビールを吹き出しつつ、腰を浮かせる。
 0.68秒。
  「うふふふふふふふふ・・・・・・・ジハード♪」
  「のええええっ!」
  村雨、辛うじて僅差で避けることに成功。
 0.88秒。
  「飛水流奥義!瀧遡刃!!」
  「おおっと!」
  横っ飛びに着地したところを襲う水流は、さらっと身をかわす。
 1.17秒。
  「龍牙咆哮!」
  「・・お前らなー・・」
  頭蓋骨すれすれでかわして、髪が数本千切れる。
 1.53秒。
  「覇王斬!!」
  「・・いい加減にしろよ」
  どうにか、龍麻の横にまで滑り込むのに成功。


 「・・・・・・。何で、みんな、村雨を攻撃するんだ?」
 「・・・いや、まあ・・・」
 心底不思議そうに首を傾げる龍麻に、村雨は生暖かく笑って見せた。
 

 「Ha−i!アランと〜!」
 「劉の!」
 「「日本語講座〜!」」
 「解説は、この中では唯一の社会人、死蝋影司でお送りいたします」
 「Ha−i!早速ですガ〜、尺八、リュウは知ってるかーい?」
 「日本の楽器やね!笛の一種やろ?」
 「OH!僕も、そう思ってるネ!なのにWHY?ムラサーメはアタックされるかな?」
 「そうやね〜。笛の話してて、笛を教える言うたやろ?何があかんかったんやろか〜」
 「ふっふっふっふっふ。それは、だ。まずは、これを見たまえ!」
  死蝋は、どんっと机の上にパネルを出した。
  一体、いつの間に用意したのやら。
  そのパネルには、虚無僧が尺八を吹いている写真が大写しになっていた。
 「これが、正式な尺八だ。これを見て、何か連想しないかい?」
 「連想・・・?」
 「OH!笠地蔵!」
 「・・妙なこと知ってるね、アランくん。・・では。これでどうかな?」
  次に出てきたパネルでは、ビキニ水着の美女が、尺八を吹いていた。
  まったくもって、いつの間に用意したのやら。
  さすがは異次元空間の秘密基地だ。
 「oh・・ホットドックを食べてるとこネ!」
 「違うやろ〜!」
   すぱーん!
 「これは・・これは、エッチな絵や〜!」
 「はっはっは。よく分かったね、劉くん!そう、尺八とは!フェラ○○の異称なのだよ!」
 「うわ〜!!伏せ字にしてる意味がないわ〜!」
 「おーう!ファンタスティック!」
 「そう、君たちも、何故、村雨くんが攻撃されるのかは分かったかね?しかーし!ここで注目すべきは、『誰が』攻撃したか、だ!」
 「へ?そりゃ、アニキに惚れとるやつらやろ?」
 「ちっちっち。君たち、尺八を知らなかっただろう?尺八は有名な言葉とはいえ、エロ本を読まない高校生にとっては、知らなくても当然の言葉なのだよ!」
 「まさーか!アオーイが、エッチな言葉を知ってる〜!?」
 「はっはっは!その通り!例えば、見たまえ、蓬莱寺くんを!彼はスケベ面でありながら、どうやらグラビア中心のエロ本しか読んでないようで、この言葉を知らなかったと思われるのだよ!」
     「大いに余計なお世話だぜ!」
 「くっくっく・・その点、僕の紗夜・・あぁ、身体は汚れていても、心は汚れていない・・身体は清いが心が汚れている聖女とは大違いだ!!」
     「うふふふふふふ・・・・幟天使の紅!」
     「やだわ、兄さんったらvv・・・ドレソ〜♪」
 「ぐわああああああっ!・・・くっ・・・そ、それでは、日本語講座を終わります・・・解説は、死蝋影司でした・・・」



 とりあえず、滅茶苦茶になった座敷を捨てて、新しい座敷に移動しつつ、龍麻は横の村雨を見上げた。
 「・・・エッチな意味だったのか?」
 「・・・・・・状況から分かって欲しかったぜ、先生よ・・・」
 「だって、よく、ああいう状況でも世間話してるじゃないか」
 背後から、無理に作ったような明るい声がかけられた。
 「龍麻。・・どういう状況で、なんだい?」
 振り返ると、目の笑ってない壬生と、どんよりと雲を背負った如月が二人並んで付いてきていた。
 龍麻は、にっこりと笑うと、一言で答えた。
 「くわえてる時v」

 「・・・・・・龍牙咆哮〜!」
 「飛水流奥義!瀧遡刃〜〜!!」

 廊下を勢いよく流れていく村雨に、ひらひらと手を振りつつ見送って、龍麻さまは、それはそれは楽しそうに笑うのだった。





『欲張りな貴方』に続くのだ。



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