大宴会  前編



 柳生その他2体を倒し、東京に平和が戻ってきた。
 乱れた<氣>を安定するべく自身を龍脈に組み込んだ龍麻だったが、このほど目出度く『龍麻専用外付け式陽の<氣>注入装置』(またの名を村雨祇孔)を手に入れ、精神の方も落ち着いてきた。
 となると。
 やっぱ、ぱーっと宴会でもしなきゃ、なんてことになり。
 ここに、大宴会の幕が切って落とされたのである。


    ・・・が、その前に、幕前

 「・・・そこまでは、理解できますとも。私が言いたいのは、それを『何故』<浜離宮>で行わなければならないか、です」
 <浜離宮>結界保持者は、ぱちん、と扇子を打ち鳴らした。
 その眼光は、永久凍土を吹き渡る風にも似て、見るものを震え上がらせるに十分な威力を有してはいたが、なにぶん、相手が悪かった。
 「そう言うなよ〜晴明。おもしれぇじゃん。俺も、それ見たいし〜」
 「いいじゃないですか、龍麻さんたちにはお世話になったことだし」
 マサキ×2にあしらわれて、御門は恨みがましく龍麻を睨む。
 泰然と茶をすする龍麻は、現在ほとんどアイコンタクトのみで征希と意志疎通ができるほどに仲良くなってしまっている。
 今度もまた、龍麻は何も言わずに、征希へ、ちらと目だけをやった。
 それを受けて、征希は、うんうんと頷く。
 「だよなー。表世界でやるより、よっぽど世のため人のためだよなー」
 「楽しそうだわ・・・私も久しぶりに女の子の格好をしようかしら・・」
 「それはいい。是非、見たいな。可愛いだろうな、薫ちゃん」
 「あら、本当?龍麻さん。じゃ、頑張っちゃおうかしら」
 和やかな笑い声が、場を満たす。

 御門晴明。
 滅多なことでは、自分の意志を曲げない男。
 だが、例外は、マサキ×2に関すること。

 3人の目が、御門へ向いた。
 10秒・・・20秒・・・
 「分かりました・・・善処いたします・・・」
 がくり、と肩を落として、御門は呟いた。


   てなわけで、大宴会。

 次から次へと訪れる『仲間』たちの案内に、芙蓉は大わらわだった。
 そのさなか。
 『仲間』でないにも関わらず、<浜離宮>に招待された者もいた。

 「龍麻さん!・・・仲間でもないのに・・呼んで下さって、嬉しいです!!」
 茶色の髪の少女が、玄関の上がり口で出欠表をチェックしている龍麻に抱きついた。
 『仲間』でないのに、何故、彼女がここに存在できるのか。
 それは不明だ。
 ひょっとしたら、自力で黄泉の底から這い上がって来たのかも知れない。
 怖ろしいことだ。

 龍麻は必死で少女を引き剥がしながら、仕方なさそうに曖昧な笑みを浮かべた。
 「いやー、どうしても比良坂と会いたいって奴がいてさー。俺は反対したんだが・・・」
 「私に会いたい?・・・ひょっとして・・・壬生さん?・・あぁ、でも私には龍麻さんが・・・」
 恥ずかしそうに頬を手で押さえる少女から、ようやく距離を取って、龍麻は背後を振り返った。
 「いや・・・紅葉じゃなくってさ・・・・」

 「紗夜〜〜〜!!!」
 だだだっと激しい足音がしたかと思うと、栗色の髪の青年が、少女に思い切り抱きついていた。
 「に、兄さん!?」
 「あぁ、紗夜・・・会いたかったよ・・・」
 「なななな何故、兄さんがここに・・・!?」
 そりゃ、あんたもだ。
 相変わらず怪しげな白衣姿の青年は、愛おしそうに妹を撫でさすりながら・・・って言うか、妹相手に、尻や腰を撫でまくるのもどうかと思うが・・・言った。
 「龍麻君が、呼び戻してくれてね・・・」
 「・・・いや、裏密が、反魂の実験をしたいと言うから、何となく・・・」
 「それじゃ、兄さん!兄さんと龍麻さんのわだかまりは、すっかり解けたのね!?」
 死蝋は、にこやかに手を広げた。
 「そうとも!!よく話し合ってみれば、龍麻君が僕の紗夜には、全くこれっぽっちも毛の先ほども興味を抱いてないことが判明したんだ!!」
 「・・・・・・・・そ、そう・・・・・・・」
 強張った笑顔の妹のことは気にもとめず、死蝋は目を輝かせた。
 「それに、だ!しかも、龍麻君とは、趣味もなかなか一致していてね!!ふふ・・・見ていてくれ、紗夜・・・きっと世界を征服してみせるからね・・・」
 「あ〜!内緒にしとけって言ったのに〜!」
 「あぁ、すまない、龍麻君。そうだな、人知れずこっそりと世界を征服するのが約束だったね・・・だが、紗夜にだけは、分かって欲しかったんだ・・・」
 どうやって、世界を征服して、人には知られずにいられるかは、定かでない。
 死蝋は、寂しそうな笑顔で、妹の手を握りしめた。
 「分かってくれるね、紗夜・・・これは、僕らの幸せのためなんだよ」
 「分からない・・・私には分からないわ、兄さん!!」
 この場合は、妹の方が正しい気もする。
 「変わってしまったのね、兄さん・・・昔の兄さんは、そんな人じゃなかった・・・」
 何がどういう風に変わったのだろう。
 「紗夜・・・・」
 がーん、という効果音付きで佇む死蝋に、龍麻は叫んだ。
 「大丈夫だ、影司君!目的を達成したら、きっと比良坂も分かってくれるさ!」
 「龍麻君・・・そうだね・・・やるよ、僕はやるよ!!紗夜のために!!」
 「影司君!」
 「龍麻君!!」
 がしっと熱い抱擁を交わす二人の耳に、聞き慣れたテーマソングが流れてきた。

  ♪ちゃーちゃっちゃちゃーちゃちゃちゃちゃーちゃーちゃちゃっちゃちゃ♪

 「待て待て待てーい!!」
 「見つけたぞ、死体博士!!」
 「コスモグリーン!離れて!!」
 毎度お馴染み大宇宙党・・、もといコスモレンジャーであった。
 大音量のテーマソングをラジカセで流しつつ、ブラックは、びしぃっと龍麻に、指を突きつけた。
 ポーズは左斜め後方60度。やや煽り気味のカメラワークで。
 「見損なったぞ、コスモグリーン!!敵幹部と通じているとは・・・正義の味方として、断じて許しがたし!」
 それに対する死体博士こと死蝋は、ばさぁっと白衣の裾を翻した。
 こちらもびしぃっとポーズを決めている。
 「ふはははは、こわっぱどもが!小賢しいわ!!」
 やる気満々らしい。いや、悪役を。

 浜離宮は秋月邸玄関先で、今、正義と悪の幹部の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた!!
 いくら大豪邸とはいえ、所詮玄関である。コスモが油断無く展開したりすると、後ろの者は入って来られなくなり、ついにブーイングが外から聞こえ始めた。
 「むっ、いかん!早々に正義を遂行するぞ!!」
 頷き合う3人が方陣技体勢に入ろうとしたとき。

 「愚か者がぁっ!!」

 黄龍(の器)様の一喝であった。
 「良いか、お前たち!!この俺の愛が何故わからない!?」
 「えっ・・愛ですって!?」
 「そうとも!これは『愛』だ!!・・いいか、正義の味方に必要なのは何だ!?正義?友情?愛?・・・なによりも必要なもの、それは・・・」
 龍麻は大きく息を吸った。
 「宿命のライバルだ!!毎度お馴染み、悪の秘密結社の皆さんだ!!」

 おぉっと場外からどよめきが起きる。
 ちょっぴりSE(サウンドエフェクト)くさいが。

 「正義の味方の美、それは、悪の秘密結社があってこその様式美!!
  お前たちに足りないそれを、この俺が補ってやろうとしているのではないか!!」
 
 「何だと・・・師匠にそんなに深い考えがあったとは・・・!」
 「そう!そうだったのね!私たちに足りないもの・・それは、宿敵!悪の秘密基地!」
 「・・・いや、俺は騙されないぞ、ひーちゃん!いや、グリーン!秘密結社とは名ばかり、死体博士しかいないんじゃあ、我が宿敵とはとても言えないぜ!」

 くっくっくっっと喉を鳴らすような笑い声が、龍麻からこぼれた。
 なんだか、すっかり悪の幹部だが。
 「ふっ、甘いな、コスモ!悪の秘密結社、総帥の名は明かすことは出来ないが・・・」
 どうやら、龍麻ではないらしい。
 「豊かな財布!」
 浜離宮のどこかで、白い制服の男がくしゃみをした。
 「異次元にある秘密基地!」
 今度は別の白い制服の男が、扇子に隠れてくしゃみした。
 「もちろん、死体博士!」
 死蝋が、大げさに一礼した。
 「その圧倒的破壊力を誇る妹!」
 「わ、私ですか!?」
 一瞬、狼狽えた比良坂だったが、視線が集まるのを感じて、思わずにっこりと笑顔を見せる。
 「斬り込み隊長!」
 「・・・まさか、それ、俺・・・?」
 すでに座敷に上がっていたにも関わらず、騒ぎを覗きに来ていた京一が、ぼそりと呟いた。
 「再生怪人!」
 死体博士が胸元のスイッチを入れようとして、龍麻に止められる。
 「いや、それは後でいいから」
 そうして、胸を張って、龍麻さん、大威張り。
 「どうだ!非の打ちようのない悪の秘密結社だろう!」
 対称的に、コスモはがくりと膝を付く。
 「む、無念・・・」
 まだ勝負も始まってなかったんだが。
 「くっくくくっ!ぐげげっ!跪くが良い、小わっぱ共が!」
 微妙に美形らしくない笑い声を上げて、死体博士はまたしても白衣をばさりと翻した。
 そして、なにやら懐を探ったが。
 
 ちん♪ぴららららら♪
 
 和風な音楽がどこからともなく流れ、龍麻の背後に、するすると御簾が下ろされた。
 御簾の隙間から透けて見える影は、ぱちりと扇子を打ち鳴らすと。
 「待つが良い、死体博士」
 「はっ!これは、総帥!」
 涼やかな声に、死蝋が慌てて跪く。
 扇子と言っても、無論、御門ではない。
 「今日は、無礼講である。よって、争うことはまかりならぬ。・・よいな?」
 「ははーっ!」
 
 観客は、その光景を見て、戦慄した。
 コスモ達も、ちょっぴり動揺している。
 そりゃまあ、この<浜離宮>で御簾が下ろされるつーことは、あの総帥の正体は、多分、泣く子も黙る権力を持つ『あの御方』だろうから。

 そんなことは気にも留めずに、秘密基地総帥は
 「はっはっは、善哉、善哉」
 などと優雅に笑い、御簾と共に退場するのであった。


 そんなこんなで、約2名部外者を含みつつ、宴会が始まった。
 さすがは<浜離宮>(というか秋月の権力)な豪華な食事が運ばれ、各人舌鼓を打ち。
 食事も半ばとなった頃、おもむろに京一が立ち上がった。

 「さて、と。そろそろ始めるぜ?ひーちゃん」
 「うむ、頃合いだな」

 上座に京一と舞子が座り、端には如月が筆と紙を持って移動した。
 「れでーす&じぇんとるめーん!お待ちかね、隠し芸のお時間でーす!司会は真神一の伊達男、蓬莱寺京一と」
 「そんな貴方を優しくフォローvvの高見沢舞子でーす!」
 一応、ぱらぱらと拍手と受けて、京一は手渡された紙をめくった。
 「えーと、第一のお題は・・・『死霊の盆踊り』?」
 すかさず如月が筆を滑らせ、墨痕も黒々と『死霊の盆踊り』と書いて、柱に貼り付けた。

 「へー、懐かしいぜー」
 「what?ライト、何ですかー?」
 「あー、80年代を代表するC級ホラー映画なンだぜ?」
 「あ、それ、アタシも聞いたことあるよ」
 「僕は、同じC級なら『殺人キラートマト』の方が好きです」
 「うっわー、マニアックやー」

 ざわざわした楽しそうな雰囲気が、
 「あ、僕が一番なんだね」
 と死蝋が立ち上がったことにより凍り付いた。
 
 死蝋の『死霊の盆踊り』。
 何やら激しく危険な香りが漂っているではないか。

 いや、漂っているのは、危険な香りではなく。
 『それ』に一番に気付いたのは、織部姉妹だった。
 なにせ、上座から仲間になった順で下っていき、織部姉妹で折り返してまた上座に戻ってくる席順のため、下座に最も近いのは織部姉妹だったからだ。
 二人が血相を変え、各々の武器を取る頃には、他の者にも妙な音が聞こえ始めていた。

 ずるっ・・べたっ・・ずるっ・・べたっ・・

 何か重くて湿ったものを引きずるような音。
 それが障子の向こうまで来たとき。
 「行くぜ!雛乃!」
 「はい、姉さま!」
 「今こそ、草薙の力、見せてやるっ!」
 「「奥義・草薙龍殺陣!!」」

 ちゅどーん!!

 「あ〜!僕の、ゾンビ達がぁあっ!」
 「ひっでぇ、織部s!」

 ぜーぜーと肩を揺らせて、雪乃は叫んだ。
 「何が、ひどい、だーっ!臭いんだよ、あの腐れ野郎!!」
 「食事時に嗅ぎたい香りでは御座いませんわ・・」

 近かっただけに、一番に腐臭を感じてしまったらしい。
 さすがに龍麻も納得して腕を組むしかなかった。
 「そっかー。そういや、そうかもなー」
 「・・しくしく・・僕の可愛い傑作くん・・せっかく盆踊りを仕込んだのに・・」
 「まあな。俺も、着付けを手伝っただけに、いささか残念だが」
 どんなゾンビだ。
 壁に向かって座り込み、のの字を書いていじけている死蝋の背を、龍麻はぽんっと叩いた。
 「気を取り直せ、影司君!また、開発すれば良いじゃないか!今度は、無味無臭のゾンビを作ろうじゃないか!」
 「そうだね、龍麻君!敵に接近しても気付かれない、無味無臭のゾンビ・・ふふ、今度こそ・・!」
 手を取り合って天井を指さしている二人を見ながら、京一はぼそりと呟いた。
 「無臭はともかく、無味って何だ・・?」

 「そうだ!龍麻君、いっそ、地球の食糧難の救世主となるべく、美味美臭のゾンビというのはどうだろう!」
 「あ〜、それも良いかも知れないな、影司君!」
 「・・・美味って・・何?」
 更に小さな声で呟く京一の声が聞こえてか聞こえずしてか、龍麻は死蝋の方を向いたまま、叫んだ。
 「美味なゾンビ・・大丈夫だ!試食させる相手はいるから!」

 いやん。

 「そうか!それは心おきなく実験に勤しめるよ!!」
 「あ、あ任せておけ!中国に冷凍パックで新鮮お届けだ!!」
 
 ・・・やっぱり・・・それって・・・俺?

 京一は、がくりと突っ伏した。 



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