後編
二人が目にしたものは、白い装束を身にまとった男であった。
人を食ったような表情で、無精ひげがちらほら覗く顎をゆっくりと撫でながら、二人を交互に見やっている。
その姿は、それこそカブキの道端で絡んでくる酔漢に似ていたが、行儀悪く足を組んだ姿は宙に浮いていて、それがただの人間ではないことを知らしめていた。
よく見れば、幾重にもまとった白い布に浮かぶ赤い文様は、練り込まれた『呪(しゅ)』で、この男が術師であることを示しているが、その割には布の合間から覗く男の肉体は、鍛え抜かれた武闘家にも通じる逞しさがあった。
『敵意』も感じられないが、さりとてこんな場所に出現するのが『善意の第三者』であろうはずもない。
二人は目を見交わし、ゆっくりと男に向かって身構えた。
「おいおい、いきなり戦闘態勢かい?俺ぁ構わねぇが、先に答えてくれよ。それによっちゃ、俺の方も態度を変えねぇとなんねぇんでね」
男は別段怒った風でもなく、面白そうに二人をじろじろと見つめ、ゆっくりと地面に降り立った。
ちら、と交わした視線の結果、タツマが口を開く。
「おまえは、何者だ?」
「こういうとき、何て答えんのが一般的か知ってるかい?・・『先に質問をしたのは、こちらだ』ってぇセリフを、聞いたこたねぇかい?」
相変わらずの惚けたような口調に、タツマの眉がぴくりと癇性に引きつったが、それを押さえるように低い声音で、
「『魔剣』とやらを探しに来た。・・そう答えたら、どうする?」
キョウイチの剣が、鞘走りの音を立てた。
タツマの足下で、砂がじゃり、と小さく鳴る。
一触即発、といった気配にも、男は動じることはなく、あおのいて、くつくつと声を立てて笑った。
「『魔剣』ねぇ。『妖刀』が『魔剣』呼ばわりされるってぇのは、出世したのかねぇ、それとも身を落としたのかねぇ」
目線を戻し、何故かタツマを真っ正面に見据えて、男は相変わらずからかうような声音で言った。
「おっと、そっちの質問に答えねぇとな。アンタらが剣を求めて来たってぇんなら、俺は『アンタらを試す者』だ。『妖刀』を振るうに相応しい奴かどうか、俺に見せてくんな」
その答えに、二人の『氣』が更に高まる。
じわじわと間合いを詰め、一気に仕掛けるか、といったところで。
男が押し留めるような姿勢で手を上げ、楽しげに片目を閉じて見せた。
「だが、アンタらは『妖刀』が、どんな刀か知って、手に入れようとしてんのかい?」
その口調に含まれる何かに、タツマは顔を顰めて不承不承、いや、と答えた。
「それじゃ、ま、先に俺の話を聞いてから、本当に刀が欲しいのかどうか、もう一度答えてくんな。
ここにある刀はな。人格があるんだぜ?」
キョウイチの口が、は?と言いたげにぽかんと開く。
対照的に、タツマの顔は更に歪められた。
「『知性ある剣』か」
「・・いいことなんじゃねぇの?ひーちゃん」
「そいつが、『いい奴』ならな」
恐る恐るお伺いを立てるキョウイチに、タツマは間髪入れずに答える。
「所詮は剣・・と言いたいが、『知性ある剣』は結構プライドが高い。ま、それこそが人格がある証拠だが・・下手な人間に使われるのは良しとしないし、最悪、使い手の人格を破壊・・・成る程、『ほけらひよひよ』の正体はそれか・・・いや、待て、だとすると、そいつはすでに・・?」
「ひーちゃん?」
後半、独り言になってしまったタツマに、キョウイチは声をかけるが、タツマはぶつぶつと呟き続ける。
「街に最初に現れた時点ですでに剣に乗っ取られていたとすると、ここに剣を封じたのは剣そのものの意志ということになるが・・いや、それはさすがに無理か?剣があんな結界を張れるなんて聞いたこともないぞ。とすると、封じたは良いが相打ちで人格破壊ってところか。しかし、それが正しいなら、ろくな剣じゃないぞ、それ」
「推論中、申し訳ないんだがねぇ。話を続けていいかい?」
男は何となく居心地悪そうにぽりぽりとこめかみを掻き、返事を待たずに続けた。
「ご指摘の通り、この刀は使い手の人格・・てぇか知性を破壊するんだが。・・具体的にゃ、刀を抜く時、使い手の知性と勝負して、使い手が勝てば大人しく従うし、刀が勝てば主の肉体を勝手に使用する。TRPG風に表現するなら、6面ダイスを4つ振って、使い手の知性(最大24)以上なら刀が乗っ取って、使い手の方は戦闘終了時に同じようにチェックを行い、勝てば意識を取り戻す・・・ってとこだ」
「・・それは、分かりやすいような、分かりにくいような解説だな・・」
あきれたような声を零すタツマをよそに、キョウイチは頭の中でシミュレートしていたが、不意に表情を明るくして叫んだ。
「でもよー、仮に俺の知性が12(平均値)として、半々の確率で乗っ取られるとするだろ?だけど、チェックしまくってたら、そのうち俺の意識が勝つんじゃん。何せ確率半々ならすぐに・・」
「いやぁ、旦那、悪ぃんだがね。刀が乗っ取る度に、使い手の方の知性は1ずつ下がっちまうんだ。・・で、知性が0になると完璧に刀が支配して、別の主を見つけたら、そいつは『ほけらひよひよ』でほっぽり出すってぇ寸法だ」
「・・そのTRPG風表現は止めろ」
「それって、チェックに失敗する度に、成功の確率が下がってくってことじゃねーか」
「当たり」
それを聞いたキョウイチは、がくりと肩を落とした。
「俺・・その剣、使えねーかも・・」
「確かに・・俺でも厳しいな」
同意してから、タツマはじろりと男を睨んだ。
「だが、『知性ある剣』は、人格があるだけに気に入った主には無条件で従うはずだ。少なくとも、俺が知っている『知性ある剣』の逸話はそうなっている」
「ま、そうだな。気に入らねぇ奴に使われるのが癪だから、刀の方も抵抗してるわけで」
「なら・・念のため手にしてみるのは、悪い試みじゃない」
言って、にぃっと唇の両端を吊り上げた。
その凄絶とも言える剣呑な笑みに、見惚れたように動きを止めた男が、不意にこちらもにやりと笑った。
「いいねぇ。そう来なくっちゃな。俺もいい加減退屈してたんだ。遊んでくれよ」
一歩下がったタツマの代わりのように進み出たキョウイチへ、ちらりと目をやった男が、タツマに言う。
「二人いっぺんに来な」
「俺じゃ役不足ってか?」
「キョウイチ、それは役者不足」
おどけるような声とは裏腹に、静かで冷え冷えとした気配を纏ったキョウイチに、小さく突っ込みつつタツマも不愉快そうに男を睨み付けた。
慌てて、男は手を振り弁解する。
「おぉっと、アンタらをバカにしてんじゃねぇ。ただ、俺としても、剣士タイプとやり合うのは飽きて・・じゃねぇ、ま、何だ、ある程度戦い方が分かってて面白くねぇってぇか・・正直言えば、アンタとやってみてぇんだよ、無手の兄さん」
タツマの手甲を見つめて、男は更に言い募る。
「だが、刀を使う当の本人を無視するってわけにゃいかねぇし、だから、二人一度に来なっつってるだけで、アンタらを軽く見たつもりはねぇんだ。・・別に勝たなきゃならねぇわけでもねぇしな。ある程度、力が見られりゃそれで良いんだし」
その慌てぶりが可笑しくて、キョウイチがぷっと吹き出した。
「強い相手と戦いたいっての?そーゆーの、分からなくもねーよな。俺だって、ひーちゃんと初めて戦った時は興奮したしよ。・・んじゃ、お言葉に甘えて、二人がかりでいこうぜ、ひーちゃん」
「おまえがそう言うなら、そうするか。・・だが」
すぅっと身構えて、『氣』を高める。
「すぐに倒れるなよ?つまらないからな」
男も、にやりと笑った。
先ほどまでの暢気な表情とは違い、どこか獲物を狙う肉食獣を思わせる笑みだった。
「そりゃこっちのセリフだ。せっかくここまで来てくれたんだ。楽しませてくれよ?」
そうして伸ばした手の中に、背後の棚から剣が飛んで収まった。
「まずは・・遠距離からっ」
キョウイチの気合いと共に、剣の周囲に『氣』の流れが巻き起こり、旋風となって男に襲いかかる。
3方向から迫るそれを、男は僅かに身動ぎしただけで避け、顎を撫でた。
「ふぅん・・剣気を練るタイプか・・ただの刀ぶん回し男よりは良いんだが、もう一声欲しいとこだな」
「・・それじゃ、こういうのはどうだ?」
険しい声に、ちらりと目を向けるより早く、男を貫くように蒼い炎が一直線に揺らめいた。
男の白装束に炎が灯る・・と思いきや。
白い布から浮かび上がるように、赤い文様が空を彩り、次の瞬間には空気が音を立てて冷えた。
「吹雪」
一言、その言葉通りに、氷の破片が舞い踊り、本物の炎ではない『巫炎』を瞬く間に消し去る。
それに瞠目する間もあらばこそ、質量すら伴って、冷気と氷の破片が二人に押し寄せた。
「でえぇぇぇっ!」
キョウイチは辛うじて破片の方は打ち落としたが、冷気に包まれ素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「うおっ!さっみぃ〜!」
「・・寒いなら、体を動かせ」
『氣』で壁を作り冷気を防いだタツマが素っ気ない返事をする。
言い返そうとしたキョウイチの耳に、男の声が響いた。
「舞炎」
それが何を意味するかを理解する前に、体の方が先に反応して横っ飛びにかわす。
直前まで存在した空間を、深紅の炎が幾つもの弧を描いて薙いでいった。
「暖めてやろうと思ったのによ」
「黒焦げになるぜっ!」
言いざま、全力で男の懐に飛び込む。
視界の端に、同じくタツマも間合いを詰めているのが映った。
タツマも、男には接近戦の方が分が良いと判断したのだろう。
相棒との連携は、無意識のうちに行われていて、キョウイチは嬉しげに唇を微かに弛めた。
その表情のまま、裂帛の気合いと共に剣を打ち込む。
「・・・っと」
慌てたような声で、男は剣の柄に近い部分でそれを受けた。
しゃり、という音を立て、刃を滑らせて、キョウイチの踏み込みから体をかわす。
だが、身を捻ったその位置に、タツマが拳を放っていた。
男の白装束がはためき、何連もの突きと蹴りの幾つかは柔らかく絡め取って剃らしたが、消し切れない衝撃が、男の体を弾き飛ばした。
1mばかり後ずさり、身を折った男の口から漏れるのは、それでも苦鳴ではなく楽しそうな口笛であった。
「やるねぇ、無手の先生」
心底感心したような男に、タツマは、ふん、と鼻を鳴らす。
そして、今度は奥義を食らわせてくれよう、と構えたタツマだが、キョウイチの弱まった『氣』に、ふと眉を寄せた。
「キョウイチ?」
「あ、いや、その・・ひーちゃんよー」
困惑したようにキョウイチは、剣を構えてはいるがやる気の失せた態度でタツマと男とを交互に見やった。
「悪ぃんだけどよー、俺、あんまりその剣欲しくねぇかも」
「あぁん?」
こちらも警戒を解いた姿勢で、男が聞き返す。
「思ったほど、剣から魔力が感じられねーってーかさー。『ほけらひよひよ』になる危険を冒してまで欲しいってほどでもねーってーか・・」
うまく言えない、と首を振るキョウイチに、タツマも皮肉げに唇を歪めた。
「確かにな。知性があるってだけで、剣そのものの魔力は大したことないらしい」
どうやら二人とも、一撃交わしただけで剣の魔力を見抜いたらしい。
男は肩をすくめて、剣を鞘に収めた。
不意に宙に浮かび上がり、すでに背を向け帰ろうとしているタツマの目前に滑り寄ると、真正面からじっと見つめた。
「何だ?」
虫でも払うかのように、うざったそうに手を振られ、男は、今度はキョウイチを見つめる。
「ふぅん・・へぇ・・・ほぉ」
ハ行で構成された感嘆の独り言をしばし漏らした後、ぽん、と膝を叩いた。
「良し、気に入った。特に、無手の先生、アンタについて行くと退屈しねぇで済みそうだ」
「・・・は?ついて行く?」
「貴様、剣の守護者ではないのか?それが、ほいほいと・・」
「あぁ、この剣か?アンタにやるよ、剣士の旦那」
ひどく無造作に放り投げられた剣を咄嗟に受け取って、キョウイチはムカデでも掴んだかのように、慌てて人差し指と親指とでそれをぶら下げた。
どうやら、触っただけで意識を乗っ取られると思ったらしい。
くくっと喉で笑って、男は打ち消すように手を振った。
「俺の最後の持ち主が、元々持ってた剣でね。多少の魔力付与はかかってるから、アンタが今持ってる剣に比べりゃ切れ味がいいんじゃねぇか?」
「・・へ?そりゃ、切れ味は良さそうだけど・・あれ?知性は?」
混乱して口走るキョウイチを押し退け、タツマは炯々と光る瞳で、男を睨んだ。
「俺の持ち主、だと?まさか、貴様・・」
男は、タツマの目前に降り立ち、おどけたように胸に手を当て深々と礼をして見せた。
「人呼んで『妖刀ムラサメ』。よろしく頼むぜ、先生」
身を起こして目を合わせ、にやりと笑ったその直後に、ゆらりと空気が揺らめいた。
瞬き一つする間に、たった今までそこに存在した男の姿がかき消える。
次の瞬間そこにあるのは、一降りの刀。
抜き身のままで、地面に軽く突き刺さっている。
刃渡り約1.5mで、直刀と言うには僅かに曲線を描くその優美さは、この地方独特の様式だ。
30cmほどの柄には、先ほどまで男が纏っていたのと同じく、赤い文様が浮かび上がる白い布が幾重にも巻かれて、ゆらゆらと風もないのにはためいている。
「・・・かたな?」
呆然と呟くキョウイチが振り返ると、タツマは苦々しく口元を歪めていた。
「『知性ある剣』ではあるかも知れないが・・人型を取る剣を見るのは初めてだ。おまけに術まで使えるとはな。・・まさかとは思うが、実は元人間で、呪いで剣の姿になった、とかじゃないだろうな?」
白い布が一層たなびいたかと思うと、また瞬時に人間の姿になり、男ーームラサメは大げさに首を振った。
「俺の記憶にある限りじゃ、んなこたぁねぇな。俺は端っから刀として創られたはずだぜ?何とか言う神事用に打たれたが、盗み出されちまってな。以降、持ち主を転々としてるってとこだ」
「盗まれたと分かっているなら、さっさと元のところに戻れ」
「いやぁ、産まれたばかりの頃の記憶ははっきりしないんでねぇ。どこに戻って良いのやら」
飄々とした態度からすると、思い出したとしても戻る気があるのかどうかは疑わしい。
「てことで、アンタにずっと付き合ってやるよ」
馴れ馴れしく肩を抱いた手を、タツマは音を立てて叩き落とした。
叩かれた手にわざとらしくふぅふぅと息を吹きかけるムラサメを睨み付け、タツマはきっぱりと言い捨てた。
「俺は刀を使わない。従って、貴様は無用で、その上、邪魔だ」
「つれないねぇ。そんなとこも可愛いんだが」
「かっ・・かっ・・・」
怒りのあまり言葉に詰まるタツマを横目で見つつ、キョウイチがおずおずと口を挟んだ。
「それはそれとして、これの説明もしてくんねーかなー。単に切れ味良いだけの魔力なのか?」
「あぁ、そいつは『殺さずの剣』って名前だ。可愛がってくれよ、旦那」
嬉しいとも落胆ともつかない複雑な表情で、キョウイチは手の中の剣を見つめる。
「『殺さずの剣』・・俺、結構、人間も切るんだけどよー・・殺せない剣って・・有り難いやら迷惑やら・・」
「あ、いや、そいつは大量虐殺に向いてる剣だから。そいつにかかってる魔力は、生き物の血を吸って自己修復できるってのが最大の売りでねぇ。さっきは、アンタらに掠り傷一つ付けられなかったんでご披露し損ねちまったがね。いくら切れ味の良い剣でも、鎧ごと人を切ったり、骨を断ったりするとだんだん鈍ってくるだろ?それが肉を切って血を浴びると、その度に新品同様の切れ味に戻って、血曇り一つ残りゃしねぇ。たとえ千人連続で斬っても『私は人を斬ったことなんざございません』てな顔をしてるんで、付いた名前が『殺さずの剣』。良い剣だろ?」
「はは・・ははは・・・」
一層複雑な表情になり、キョウイチは力無く笑った。
敵対する相手とは言え魔物ならぬ人間を切るのは、慣れてはきてもいつまでもイヤなものである。
その微妙に潔癖な若さにとって、人殺し向きの剣を手に入れたという事実は、喜んでばかりはいられない澱のように沈む感情も同時に湧き上がらせた。
物思いに沈むキョウイチの隣で、ようやく回復したタツマが、真っ赤な顔でムラサメに殴りかかっていた。
「まぁまぁ。そう照れずに連れて行ってくれよ。仮にも神事用に創られた身だ、封魔系統の術や、回復の術はお手の物だぜ?役に立つと思うんだがねぇ」
「何故、そこまで俺に付いて来たがる!」
「何故って・・そうだねぇ、刀にとって、夢ってぇか・・浪漫ってぇのは何だと思う?」
「刀の、夢?」
ひらひら避けるムラサメに、ムキになって拳を振るっていたタツマだったが、その問いがあまりにも意表を突いていたため、思わず考え込んだ。
無論、刀なんて器物に夢なんてあるか、という突っ込みは可能だったが、目前の男は実に人間らしく、夢だの浪漫だの語ってもまるで不思議には思えない。
だから、自分が刀だったとしたら、と真剣に想像してみた。
しばらく考えた後、思いついた一つを口にする。
「自分をより良く使える主を見つけることか?だとすれば、俺は範疇外だが・・」
その答えに、ムラサメはくっくっと笑い、すいとタツマに顔を寄せた。
「他の刀の夢は知らねぇが、俺の夢は」
吐息がかかるほどの近距離にある他人の顔、というものは不快でしかないはずなのに、何故かムラサメの瞳から目を離せない。
無言で見つめるタツマに囁きかけるように、ムラサメは答えを告げた。
「俺に合う『鞘』を見つけることだ」
タツマは首を傾げて、しばしムラサメを見つめたが、この刀が抜き身だったことを思い出し、そういうものか、と合点する。
人間が体にあった衣服を着たいのと同じように、あるいは居心地の良い自分のベッドが恋しいように、刀にも休める場所が欲しいのだろうと想像し、納得しつつも、何となくつまらない返事だと失望したのも確かで。
知らず尖らせた唇を、からかうようにムラサメが指先で弾いた。
「俺ぁ、伸縮自在でねぇ。既製の鞘じゃ合わねぇんだ。俺という存在が、ぴったりとはまる『鞘』・・アンタが、俺の『鞘』になるんじゃねぇかと感じてねぇ。期待してるぜ?無手の先生」
どういう意味か、と問い返す前に、ウィンク一つ残してムラサメは刀の姿に戻った。
伸縮自在、との言葉通り、今度は全長で20cmくらいに縮んでいる。
思わず拾い上げたタツマの頭に、直接ムラサメの声が響いた。
『これなら邪魔にはならねぇだろ?アンタの懐にでも入れといてくれよ』
タツマは、たっぷり数十秒は考え込んだ。
これからの闘い、ムラサメの能力、性格、今後想定される事態・・・。
「・・・ま、いつでも捨てられるか」
そう結論づけて、ムラサメを柄の布でぐるぐる巻きにしてから腰に携えた。
「さ、行くぞ、キョウイチ」
相棒に声をかけ、外に出るべくきびすを返す。
その後ろを歩き始めたキョウイチが、タツマには聞こえない大きさで呟いた。
「『俺の鞘』って・・エッチぃ意味じゃねーのかなー・・」
洞窟に、風が吹き抜けるような微かな笑い声が、どこからともなく響いた。