告白 その後  後編




 で、ベッドに運んでもらって。
 俺は、ごろりと横になって。
 先生は、神妙そうにベッドの端に腰掛けて。
 「・・・全然、散らかってないじゃん」
 まー、蓬莱寺あたりの『部屋が散らかってる』と比べりゃなぁ。
 俺は、誤解を解くべく、自分から先生に雑誌を手渡した。
 「これが開いたままベッドの上に置いてあったんで、隠したかっただけだ」
 先生は不思議そうな顔で受け取って、ぱらぱらと、めくった。
 ・・・見る間に、顔が赤くなっていく。
 「お・・おま・・・こ、こんな・・・こんな・・・」
 気持ちは分かるぜ、先生・・・。
 俺も、最初見たときには、くらくらしたもんだ・・・。
 「どうもアンタが何を考えてんのか分かんねぇもんで、薫がその手の雑誌をたくさん持ってるってんで、貸して貰った」
 「・・・薫ちゃんのものーーーっ!?」
 ・・・だろうなぁ・・・。
 そりゃ驚くわ。
 「こ、こ、これって・・・そーゆー雑誌だったのか・・・」
 あ?その言いぶりだと、先生、この雑誌知っててってことか?
 「美里が・・・買ってんのを見たことがあるんだ・・・普通に・・・本屋の店頭に平積みで置いてあったぞ・・・中学生くらいの女の子も買って行ってたぞ・・・」
 先生は虚ろな瞳でぶつぶつと言い続ける。
 ・・・美里の姐さんが読んでるのが、ショックかい?
 アンタ、あの人に憧れてる、とかじゃねぇだろうな?
 「美里が読んでるってことは・・・マリィちゃんも読んでるかも・・・うわぁ・・・・・・マリィちゃんが汚れるよーー・・・」
 そっちかい。
 先生・・・ロリか?
 先生は、涙ぐんで俺に訴えるように言った。
 「なー、世の中の女の子っていうのは、こんなのをみんな読んでるのか!?」
 そりゃ・・・みんなじゃねぇだろ。
 男が全員エロ本読んでるわけじゃねぇのと同じで。
 「うー・・・何で、こんな・・こんな・・・男どーしのエッチなんか・・・」
 だから、泣くなって。可愛すぎんだから。
 「まー、薫の場合は、元々少女漫画好きだからな。あのカッコしてから自分じゃ買いに行けねぇんで、芙蓉に買って来て貰ってるらしいが・・・」
 「普通の少女漫画だってあるだろー!?なんで・・・よりにもよって・・・」
 「夢見る乙女は、男女のエロは生々しくてイヤなんだろ。その点、男同士のなら、強姦されるシーンでも他人事だからねぇ」
 先生は、しばし呻った末、呟いた。
 「女の心理に・・・詳しーな、おまい・・・」
 まーた、つまんねぇ焼き餅を・・・。
 俺は、肩をすくめて、雑誌を指さしてやった。
 「読者投稿欄に、色々と感想が載ってる。それ見りゃ大体見当が付くってもんだ」
 先生は、また呻りながら、イヤそうに雑誌を眺めた。
 「・・・『「痛くてもいい・・いいから・・・早く、来てっ・・・犯してぇっ!」義人は、四つ這いで、自分で自分の秘孔を広げて、そこを見せつけた・・・・・・』・・・・・・うー・・・・・・女の子が・・・女の子が・・・」
 女にそこまで幻想抱いてるのは、子供だぜ?先生・・・。
 「もっと読みたきゃ、家に持って帰んな。薫も、アンタなら文句言わねぇだろ」
 あ、御門には内緒らしい、と釘を刺しておいて。
 先生は、膝の上でぱたんと本を閉じて、またじわりと涙を滲ませた。
 「それって・・・さっさと帰れってことか?」
 何で、そう解釈するんだ。
 俺は、行動で示そうと、先生の膝から雑誌を取り上げ、袋にしまった。
 「いや・・・どうせ二人でいるんなら、アンタと話がしたいと思っただけだ」
 そうなんだよなぁ・・・。
 『恋人』になってから、今の会話が一番続いた気がするぜ・・・。
 何が悲しうて、こんな話題で盛り上がらにゃならんのだ。
 よいせっと俺は起き上がって、先生を真っ正面から見つめた。
 「別れたいってぇんなら、まずは、理由からきっちり説明してくれねぇか?」 
 
 先生は、ぼそぼそと、俺が先生に手ぇ出さないんで不安になったこと、そう考え出したら、どんどん悪い方向に考え出したこと、俺から別れ話を切り出されるくらいなら、いっそ自分から言い出した方が傷が小さいと思ったこと・・・などなどを、途中嗚咽を交えつつ語った。
 ・・・・・・先生・・・・・・。
 いや、そりゃ、性格ってのは、そうそう急には変わらねぇだろうけどよ、先生、俺に告白したことで、自分から身を引いたことを反省したんじゃなかったのかい?
 そうやって、自分で勝手に俺の意志を推測して(しかも悲観的に)、勝手に結論出して引かねぇでくれよ・・・。
 ・・・まあ、人のこたぁ言えねぇか。
 俺も・・・先生の考えがわかんねぇで、引いちまったからな。
 ・・・・・・なんだ、そうか。
 俺は・・・・・・先生に、最後通牒を突きつけられるのが怖くて、逃げてたのか。
 この俺が。
 情けねぇ・・・この村雨祇孔ともあろう男が。
 そんな真似したこたぁ、これまで一度もなかったから、自分でも気付かなかったぜ。
 逃げる・・・そうだよなぁ、これまで、その必要もなかったんだよなぁ。
 本気で、付き合うことなんざ無かったんだから。
 本気だからこそ、相手の気持ちが怖い、か。
 それが、本物の『恋愛』ってやつなのか。
 ・・・怖いもんだねぇ。

 先生は、俺がしみじみと自分の気持ちを噛み締めてるのをどう思ったのか、泣き出しそうなのを堪えるように唇を噛んで俯いている。
 ・・・うぅ・・・今、一瞬、『先生を落ち着かせなければ』というのより『ここはベッドだ。相手も待ってるぞ、OK!』というのが、俺の意識の80%を占めたぞ・・・。
 さすがに、それはまずいだろ、俺。
 そうがっつかなくても、後でゆっくりたっぷりねちねちと・・・ごほん。
 「あ、あのな、先生」
 ・・いかん、下心が声に混じってるぜ。ちょっと落ち着け、俺。
 「色々と、言いたいことはあるんだが・・・」
 先生の肩がびくっと跳ねた。
 「まず、これだけ、信じて欲しいんだがよ」
 潤んだ瞳が、諦めと怯えを含んで俺を見上げる。
 切ない表情と、震える唇が、それはもう、食虫植物の誘惑のように俺を絡め取って・・・やばい・・・『ここはベッドだ』率90%に上昇・・・。
 「俺は・・・マジで、アンタに惚れてる。アンタが好きで好きでしょうがねぇ」
 先生は、何か言おうとしたんだろう。唇が開いて、でも乾いてるのに気付いたのか、赤い舌が、小さく覗いて下唇を這った。
 『ここはベッドだ。OK!』率100%・・・未だ上昇を続けています。セーフティロック解除・・・。
 思わず伸ばして掴んだ先生の腕の体温を感じて、俺のどこかで制御棒が次々と外れていくのを感じた。
 「・・・・・・しても、いいかい?」
 『OK!』率110%。
 先生は、俺と目を合わせたまま、小さく頷いた。
 エネルギー充填120%。
 さようなら、俺の理性。


 俺の方も話したいことはことはあったはずなんだが、今まで我慢していた分(そういえば、女も抱いてなかったから、俺、溜まってたんだなぁ)、そりゃもう目一杯させていただいたもんで・・・。
 先生は、やっぱりちっと抵抗を示したんだが、今日の俺にそれを斟酌する余裕はなかったんでねぇ。
 さんざん泣いて鳴いて啼かせたせいで、先生は気絶同然に眠っちまったんで、俺も仕方なく寝ることにした。
 ま、朝になってから、ゆっくり話せばいいだけだからな。
 ・・・ところで・・・俺は是非とも、挿れたまま寝るというのをやってみたいんだが・・・。
 「先生・・・挿れたまま寝てもいいかい?」
 先生の返事は無い。
 「沈黙は了承と見なすぜ?」
 ・・・・・・。
 はい、OK。
 俺は、許可は取った。
 ・・・よいせっ、と。・・・先生の身体は、気持ちいいなぁ・・・。


 まだ夜も明けやらぬ時刻。
 腕の中の身体がごそごそする気配で、俺は目を覚ました。
 「せんせ・・・まだ、暗いぜ?もう少し、寝てな・・・」
 俺は、この温もりを離したくなくて、そう提案したのだが、先生は、振り返って俺を睨んだ。
 ・・・何故、睨む。
 しかも、睨むって言っても、潤んで目元も赤いとなりゃ、こっちを煽ってるとしか思えねぇ。
 「村雨のばかぁ・・・」
 俺の腕から逃げようと、身を捩り、その拍子に身体に力が入ったんだろう、そこがきゅっと収縮して、なかなかいい感じに俺を刺激してくれた。
 まだ夕べの温みが残ってるせいで、中は実に湿潤だ。
 「俺・・・もう、やだ・・・」
 うるうると哀願口調で拒否されても、逆効果だぜ?先生。
 ちょっと動かすと、入り口付近で僅かに隙間が出来て、小さく、くちゅっと音がした。
 「・・いやぁ・・」
 そんな真っ赤な顔でふるふるされたら・・・やっぱり、ここは期待に沿うべきだろう、うむ。
 てことで、イタダキマス。
 そして、今日も、先生は可愛い声で泣いてくれた。


 朝。
 俺は、いそいそとメシなど作り、ベッドに運んだ。
 先生は、すっかり拗ねてしまって、ベッドから出てくれねぇんだ。
 「ほら、温かいうちに食おうな?」
 最初、毛布から目だけ出してこっちを睨んでたが、空腹にゃ勝てなかったんだろう、いかにも不服そうにのろのろと身を起こした。
 「いっぱい運動したから、腹ぁ減ってるだろ?」
 ついついからかっちまうのは、先生が可愛い反応を返すからだ。
 予想通り、先生はぷぅっと頬を膨らませた。
 その頬をつつくのも楽しいんだけどな。
 「触るな」
 「いいじゃねぇか。俺のもんだし」
 「・・・俺のだもん」
 ぷんぷん怒りながら、それでも俺の作ったメシを食う。
 可愛いったらありゃしねぇ。
 やっぱ、『恋人』ってのはいいもんだ、としみじみ先生を眺めてたら、先生がメシの方を向いたままぼそぼそと呟いた。
 「・・・人がメシ食ってるときに、そんなに見るなよー・・」
 照れんなよ。
 俺は笑って、先生の唇の脇に付いた卵を舐めてやった。
 
 シャワーも浴びて、すっきりと新しい服に着替えたところで。
 ようやく俺は、夕べの話の続きに入った。
 なんだか、うやむやのうちに仲直りしてたからなぁ。
 「・・うやむやにしたのは、おまいだー・・」
 先生はぶつぶつ言ってるが、いつものことなので、気にしねぇ。
 「さて、と。俺の愛はきっちり証明できたと思うが・・・」
 「・・・おまいの欲望なら、確認したぞー・・」
 だっての。
 「そりゃ、アンタ、アンタが嫌がらねぇなら、いつでも、いくらでもやりてぇんだからな、俺は」
 先生は、上目遣いに、じとっと睨め上げた。
 「・・・全然、手ぇ出さなかったじゃんかー・・・」
 「だから、アンタが嫌がってると思ったんじゃねぇか。言っただろ?俺ぁアンタに惚れてんだ。嫌がるアンタに無理強いして嫌われたくなかったんだよ」
 「い、嫌がってないもん」
 「んじゃあ、なんだって俺の手を振り払ったりイヤそうに身を捻ったりしたんだ?」
 「だ・・だって・・そりゃ・・・」
 うーっと呻って、先生は拳を口に当てた。
 強烈に愛らしいが、それで誤魔化される気もしねぇ。
 俺がひたすら待ってると、先生は、真っ赤になって涙ぐんだ。
 「お、お前、わざと言わせようとしてるだろーっ!」
 いや・・そりゃ買いかぶりだ。
 俺は、そんなに察しがいい男じゃねぇって。
 「だ・・だから!さ、最初は、な、何されるか、よく分かってなかったのが、わ、分かるようになって・・・そ、そしたら、次にどこ触るかとか・・・わ、分かったら、き、き、き、期待・・・して反応してんの、ばれるの恥ずかしいだろーーっ!?」
 何やら、支離滅裂なんだが。
 先生は両手で顔を覆ってしまってるし。
 ・・・要するに、だ。
 最近、感じるようになったんだな?それで、それが恥ずかしいんだな?
 ましてや、感じるのを期待してしまうのが、もっと恥ずかしいんだな?
 ・・・・・・何故だ。
 俺としては、相手が感じてくれるのは嬉しいことであって、何も『淫乱』とか責めることでは無いと思うんだが・・。
 いや、ひょっとしたら、先生が恥ずかしがる顔が見たくて、言葉責めしたくなるかも知れないが、今のとこしてねぇじゃねぇか。
 まあ、それはともかく。
 「龍麻」
 顔は上げないが、肩が震えたから、聞こえてるんだろう。
 「大事なことは、だ。つまり、アンタの『イヤ』は無視して、俺はやってもいいんだな?」
 そう、そこが最重要事項。
 数秒の沈黙の後、先生は小さく頷いた。
 よし、OK。
 これからは『イヤ』は無視する方向で突っ走ろう。
 くっ・・・くっくっくっくっくっく・・・・。
 
 顔を覆ったまま、小さく丸まっている先生の身体をぎゅーっと抱きしめながら、俺はついでに聞きたいことを全部聞いてしまうことにした。
 「それで?俺が連れてく店、嫌いか?」
 「・・違うー・・・だってー・・・俺・・男だから・・・」
 ・・・?
 いや、そりゃ知ってるが・・・。
 「俺が女なら、いつでも奢られてもいいのかもしんないけど、俺だって男だもんー。・・対等でいたいのに・・ホントは、割り勘でって言いたいのに、俺には全然手が出ないような値段の料理のとこばっかり連れてくしー・・たまには俺が奢るって言いたくても、おまいの好みの店がアレだろ?・・俺が奢れるような店じゃ、口に合わないかと思うし・・・そしたら・・・なんか、情けなくて・・・」
 ・・・・・はー・・・・・そんなこと考えてたのかい、先生・・・。
 高いとこばっか連れて行ってたのが、裏目に出てたとは・・・。
 「いや、俺ぁ別にその辺の居酒屋でもいいんだけどな。『恋人』には良い格好しようと、値の張るとこばっか連れてっただけで、俺の好みがあれってわけじゃねぇんだが」
 そう言うと、先生は、幾分腫れた瞼を大きく開けて、俺の方を「そうなのか?」と見た。
 純粋にびっくりしてる様子から見て、本気で俺の意図分かってなかったんだなぁ・・。
 「えーと、ついでに聞くが、あの花束んときは、何だってふてくされたんだい?」
 先生は、少し考える様子を見せて、それからちょっと恥ずかしそうに頬を染めた。
 「あ・・その・・・だって、俺、何にも出来なくて・・・村雨、何でもそつなく出来て凄いなーって思うと、みじめでさー・・・」
 ・・・何でも・・・って・・・そんな大したことじゃ・・・。
 「あんなウィスキーの瓶を使うなんて、俺、考えもつかなかったし、しかも、ぱっぱって綺麗に飾り付けるしー・・・」
 ぐしぐしと鼻を鳴らす様子から見て、本気で言ってんだろうなぁ・・。
 いや、そりゃ、そんなつまらねぇことで尊敬してくれんのは嬉しいが、それで何も引け目を感じるこた無ぇだろうに。
 「なぁ、先生。俺の部活は知ってんだろ?」
 「華道部・・・」
 「なら、分かるだろ?ありゃあ、俺の得意範囲だ」
 いや、華道部でウィスキーの瓶は使わねぇけどな。しかし、色々と花器の方も見る経験が多いわけで、そしたら、そのっくらいの工夫くらい出来るわな。
 「先生に出来て、俺に出来ねぇこともたくさんあるさ」
 そう言って、先生の耳にキスすると、先生は、やっと安心したように笑ってくれた。
 いやあ、やっぱ、笑ってる顔が一番可愛いねぇ。
 
 「な?アンタがどう考えてたか知らねぇが、俺は『色恋沙汰』の『色』の方はそれなりに経験積んじゃあいるが、肝心の『恋』の方は、からっきし弱ぇんだ。本気で惚れたのは、アンタだけだからな」
 正直に告白すると、先生は熱でもあるみてぇに潤んだ瞳で俺を見つめた。
 ほんのりと上気した頬といい、先生も俺に惚れてんのは一目瞭然ってやつだよなぁ。
 「・・・ごめん・・・俺・・・村雨のこと、信じてあげられなくて・・・」
 おぉ、先生が反省している。
 ・・・先生は、どうも自省しすぎな気もするが。
 自分で言うのも何だが、俺みたいな男に惚れたなら、そんなんじゃ食い物にされるだけだぜ? 
 「どうも、俺たちは、話し合いというやつが足りなかったみてぇだから・・・これからは、お互い色々と話をしようぜ?」
 こくん、と頷く様子がまた素直すぎる。
 「それで、だ。まずは聞いておきてぇんだが・・・」
 いや・・そんな緊張されるようなこたぁ言う気はねぇんだが・・。
 「俺は、毎日、アンタのとこに押し掛けて行って、いいのかい?」
 「・・・だ、駄目なら・・・そう言うから・・・」
 ・・良い、ってこったな。
 よし、それじゃあ・・・。
 俺は、先生の耳元で、そっと呟いた。
 「それじゃあ・・・毎日、やっても、いいのかい?」
 すぅっと先生の耳が赤く染まっていく。
 何度か、口を開いては閉じる、というのを繰り返した上で、先生は目を閉じて、独り言のように呟いた。
 「・・・だ、駄目なら・・・そう言うから・・・」
 ・・・よし。
 言質は取った。
 見てろよ、先生。すぐに、俺無しじゃ生きてけねぇような身体にしてやるからな。
 ふっふっふ、と俺が怪しく笑っていると、先生が、俺の指をぎゅっと握ってきた。
 「お、俺も、言いたいことあるんだけどー」
 「ん?なんだい?」
 「・・・た・・・」
 ・・・?
 「龍麻・・・って、呼んでくれるかなー・・って。先生、じゃなくて」
 あぁ、おやすい御用だが。
 「それじゃ、その代わり、アンタも祇孔って呼んでくれるかい?」
 「・・・あ・・うん」

 そうして、先生は、それはそれは大事な言葉でも言うみたいに、囁いた。
 「・・・祇孔・・・」
 
 うわ・・・参った。
 顔が熱くなってきやがった。
 くそ、先生が悪いんだぜ?俺なんかの名前を、幸せそうに唱えやがって・・・。
 畜生、なんだって、この俺が、この程度でドキドキさせられんだ、まったく。
 ・・・これが、『恋愛』ってもんだってことかねぇ・・・。


 数日後。
 俺は、薫に借りていた本を返しにやって来た。
 「それで?役に立った?」
 「まあ・・・役に立ったと言えば、立ったし・・・立たねぇと言えば立たねぇし・・・」
 俺は顎を撫でつつ説明した。
 基本的に、やっぱ本は絵空事で、実際の話、先生の気持ちが分かったってこたぁなかったな。
 だが、これのおかげで先生と話し合うきっかけが出来たってぇのも、また事実だ。
 そういう意味では、薫に感謝しねぇとな。
 薫は、いささか残念そうに本をしまって、そして振り向いた。
 「ねぇ、本当に、全然役に立たなかった?祇孔だって、男同士は初めてなんでしょう?参考にならなかったの?」
 いや、だから・・・。
 薫には、きっちりと、『これは女向けに描かれた絵空事だ』と説明しつつも。
 俺は、心の中で夕べの出来事を反芻せずにはいられなかった。

 ・・・いやあ、女相手に、『イくのを堰き止める』なんてことは出来なかったからなぁ。
 本では何故かそういう場面が多く出てたもんで、ちょっと好奇心でやってみたんだが。
 先生をバックから貫きつつ、左手で先生の根本を握ってイけねぇようにして、先生のイイところをがんがん突いてみると、そりゃもう先生は色っぽく泣いてくれたぜ・・・。
 ・・・ま、あんまり虐めすぎて、本気で泣かせちまったんだけどな。
 もっと開発してから再度挑戦してみるか・・・さぞかし可愛くお強請りしてくれるだろうぜ・・・。
 他にも試してみてぇことも仕入れたし・・・ま、ああいう『絵空事』もあながちバカにしたもんじゃねぇな。
 
 ・・薫にゃ内緒、だけどな。はっはっは。 




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