告白 その後  前編




 俺にとって、男に惚れるなんざ初めてのことで。
 ・・・と言うより、『恋人』なんてもんを作るのも初めてなんだが。
 相手は見知った奴なんだし、別段気構える必要もねぇ・・とは分かっちゃいるものの、何かと振り回される毎日だった。
 いや、実際に、先生が我が儘で、俺を振り回すってんじゃあねぇんだ。
 むしろ、その方がマシな気がするぜ。
 振り回されてんのは、俺の神経の方だ。
 とにかく・・・先生が何を考えてんのか、わかんねぇ。

 たとえば。

 先生を、メシに連れて行くとする。
 一応、お伺いは立てるんだぜ?
 「先生、今日、何が食いたい?」
 するってぇと、先生は困ったような顔をして、
 「え・・えと、別に・・・村雨の好きなもんでいいよ」
 悩んだ挙げ句にそういうお答えが返ってくる。
 それで俺は、まあ、無難に高級レストランだの高級料亭だのというものに連れて行くわけだ。
 だいたい、これまで女と付き合った経験で言やぁ、値段が高いとこに連れて行って間違いはねぇ。
 実際旨いし、女の方も、自分が大事にされているって思うんだろう、たいていは遠慮しつつも喜ぶからな。
 それが、先生と来たら、俺が見立てた料理を食いつつも、浮かない顔をしやがる。
 「どうした?お口に合わねぇかい?」
 「・・・え?・・まさか。旨いよ、すごく」
 その割に、表情が冴えねぇんだよなぁ。
 で、会話も途切れちまって、ぼそぼそと食ってる最中に、
 「・・・やっぱ、ここも高いんだろーなー」
 なんて言うもんだから、俺ぁ、何を気にしてんのかと、
 「あ?奢りだぜ?もちろん。値段のことなんざ気にせず、しっかり食いな。何なら、追加でアンタの好きなもん注文しても・・・」
 「・・・いいよ、もう。十分」
 まあ、残しもせずに食うんだから、旨いと感じてるのは嘘じゃねぇんだろうが・・それにしても、こう奢り甲斐がねぇってぇか、もう少し喜んでくれねぇもんかねぇ。
 念のため、毎回違うとこ連れて行ってんだぜ?和洋中とそれぞれ傾向も変えて。
 ついでに、バイクじゃ寒いかと、わざわざ車で送り迎えだ。
 なのに・・・会計を済ませて(カードだけどよ、勿論)、後ろを振り向くと、先生は、すっげぇ機嫌の悪い顔して立ってんだよなぁ。
 可愛い顔なのに、最近じゃ膨れっ面か、何か考え込んでる顔か、悲しそうな顔しか見てねぇ気がする。
 帰ってから、
 「あの店、気に入らなかったかい?」
 とか色々と聞いてみても、
 「別に・・」
 なんて、どうでもよさそうに答えて、ふぅっと溜息吐いたりしやがる。
 相手がそんなんじゃ、俺だって盛り上がれねぇってもんだろ?
 それじゃ、なんて早々に退散するしかねぇ。
 あぁあ。
 先生は、一体、何がご不満だってんだ?

 たとえば。

 『恋人』になったからって、いきなり毎日毎日押し掛けるってぇわけにもいかねぇだろうし、かと言って、行かねぇ日にいちいちラブコールをするってぇのも面倒くせぇ。
 いや、面倒って言うと聞こえが悪ぃが、第一には、先生が迷惑がるんじゃねぇか、と思っちまうしな。
 先生、あんまり電話がかかってくるの、好きじゃないらしいし。
 どうやら、一時期、悪戯電話が続いたらしくて、電話を受けるのが怖くなり、呼び出し音がしただけで、びくっと身体を震わせる。
 強ぇくせに、妙なとこで臆病なんだよな、先生は・・。
 それで、先生にも他の奴に会う用事もあるだろうと、3日ばかり行かずにすませたら、次行った時にゃ、
 「・・・もう、来ないのかと思った・・・」
 なんて、目元が腫れぼったくなってたりするんだよなぁ。
 一体、『恋人』ってぇのは、どのくらいの頻度で訪ねるもんなんだ?

 たとえば。

 泣かせちまった詫びに、と、何を持っていくかって考えた末、無難と思われた花束を持って行ったんだが。
 『恋人』にって言ったら、これしかねぇだろってくらい、深紅のバラとかすみ草のでっけぇ花束。
 アクセサリーだの食い物は好みがあるが、花束にゃ、たいてい外れがねぇからな。
 欠点は、続けるとインパクトがねぇってとこだが、先生に渡すのは初めてだし。
 そう思って持って行ったら。
 最初は、先生、びっくりした顔して。
 それから、ちょっと微笑んで、ありがとう、と小さく答えてくれて。
 よしっと心の中でガッツポーズを決めてると、先生の顔が曇って。
 「でも・・・花瓶、持ってない」
 ・・しまった。
 ついでに花瓶も買ってくりゃよかった。
 ま、男の一人暮らしに花瓶は必要ねぇわな。
 「あ〜・・何かあるだろ。入れるもんくれぇ」
 そしたら、頬を膨らませて、
 「無いもん」
 そういう顔も可愛いんだが・・・。
 やかん、バケツ・・とか考えてて、ふと思い出す。
 「そういや、そろそろウィスキーの瓶が空くだろ?」
 先生は、何故かアレ以来酒を飲まないようなんだが・・・そのおかげで俺と付き合うようになったくせに、そんなんで飲まねぇ決心をするなんざ失礼な話だ・・・俺ぁ飲むもんで、先生んちにも俺用の酒を常備するようになってんだ。
 それで、丁度運良くウィスキーの瓶がそろそろ空く、と。
 残りをコップに入れといて、ウィスキーの瓶は、しっかり洗って、と。
 うん、でけぇ瓶だったから、バランスがちょうど良い感じだ。
 俺が瓶を洗うのを見ていた先生が、ちょっと眉を顰めて、
 「でも・・・なんか、花束と下が合わない・・・」
 まー、上の豪華さに比べて、瓶がチープな感じだわな。
 ウィスキーのラベルが貼ったまんまだし。
 でも、ま、こういうときは・・・。
 「先生、バンダナとか大きめのハンカチとか持ってるか?」
 「え?・・・えと・・・あると思うけど・・・」
 そう言って、先生は何枚か出してきた。
 俺のも合わせて・・・と。
 うーん・・・この白のと黄色の2枚で・・・。
 俺は、バンダナを2枚くるくると捻り合わせて、瓶に巻き付けた。
 縛るもんは・・・あぁ、今してるシルバーのチェーンがいけるかもしれねぇ。
 首から外して、瓶の口辺りで布を押さえて・・・余った布は、こう垂らしてっと。
 「うん、まあ、いけるんじゃねぇか?」
 実用的じゃねぇが、一日二日くれぇならこれでいいだろ。
 徹底的にやるなら、もっと複雑に重ね合わせるほうが面白い模様が出るんだが、ちっと布の長さが足りねぇし、こんなもんだろ。
 満足して、先生を振り向くと・・・複雑な顔をしていた。
 ・・・バンダナ・・・使う用でもあったかい?
 それとも、皺になるのがイヤとか?
 「・・・お前って・・・」
 言いかけて、先生は、憂鬱そうな顔で溜息を吐きやがった・・・。
 はっきり言ってくれよ、先生。
 何がいけねぇってんだ!?

 たとえば。

 『恋人』ってぇからには、やってもいいと思うだろ?
 それが、先生と来たら、キスだけでがちがちに緊張するわ、一緒に風呂は入れてくれねぇわ、絶対灯りは消せってうるせぇわ・・・。
 最初にあんなに積極的にシャワーを浴びたり、裸で重なろうっつったのは、何なんだ?
 真っ暗な中で、先生の顔も見えずに、ごそごそと・・・。
 おまけに、俺が触るたびに、イヤそうに身を捻るし、手は払い除けられるし、声は抑えるし、痛がって泣くし・・・。
 そこまでいやがられちゃあ、俺だって強姦魔じゃねぇんだ。
 最近じゃ、はなっから諦めて帰ってるぜ。
 ・・・実は、先生、単に人肌に飢えてただけじぇねぇのか?
 マジで、電気毛布(買ってやった)で寒いの治まった、てなオチじゃねぇだろうな・・・。


 てなわけで。
 心底疲れ果てた俺は、浜離宮にやってきていた。
 いや、仕事じゃなく、息を吐きに。
 ・・・・というか・・・・。
 「祇孔、お話聞かせてっ」
 ・・・・・・・・・相談する相手が・・・・これしかいねぇってのも、何だが・・・・・・。
 側に立っていた御門は、そりゃもうイヤそうな顔をしやがった。
 「村雨、つまらぬことで薫を煩わせるのは止めなさい」
 ・・・薫に聞いてみろ。
 「晴明は黙ってて」
 ほれ、見ろ。
 この、爛々と光った目を見ろってんだ。
 ・・・まるで獲物を狙う肉食動物みてぇな目を・・・。
 「さ、祇孔、私の部屋に行きましょうっ」
 「薫・・・それは・・・」
 さすがに御門が止めようとする。
 防御は完璧、俺は味方っつっても、別の意味で駄目だわな。
 普通、お年頃の女の子の部屋に、年上の男が入って、二人きりで話すってのはよ。
 「せ、せめて、芙蓉を・・・」
 「駄目。祇孔と内密の話をするんだからーっ」
 うぅ・・・御門が誤解をしている・・・絶対、誤解している・・・いや、別に御門にどう思われようが構わねぇんだが・・・俺は。
 薫は、いいんだろうか。
 「さ、祇孔、早く〜vvv」
 語尾のハートマークがまた凶悪だな・・・。
 俺は、幾分よろよろとした足取りで、薫を追うのだった。

 「それで?龍麻さんとうまくいってないの?」
 部屋に入って、鍵をかけて、結界まで確認した後、薫は嬉しそうに聞いてきた。
 ・・・というか、何故、嬉しそう。
 「・・・いや・・・それが、な・・・」
 本当なら、うまくいってるぜ、薫に心配されるようなこたぁ何もねぇっと言い切りてぇんだが、そもそも愚痴りに来たんで、俺は、かいつまんで話した。
 「・・・・・ってことで、なにやら先生と気持ちが擦れ違ってる気がすんだが・・・」
 そりゃもう幸せそうに聞いていた薫は、うっとりとした目を宙に向けた。
 「擦れ違い・・・あぁ、ステキっ!」
 ・・・だから・・・何が、どう、ステキなんだ・・・・・・。
 ホントは、俺と先生がくっついたのが気に入らなかった、とか?
 ・・・違うだろうなぁ・・・きっと、少女漫画では、擦れ違いを重ねた上に、恋人は更に固く結びつくって筋なんだろうよ・・・。
 やっぱり、薫に相談するのは間違ってたか、と思ってる俺に気づかず、薫は、人差し指をちっちっと振って見せた。 
 「まーかせてっ!私に恋人はいないけど、資料は一杯あるんだからっ」
 資料・・・そう表現すると、いいんだけどな・・・。
 そうして、薫は車椅子を操って本棚に向かい・・・普通の少女漫画が並んでたりするんだが・・・。
 一冊抜き取って、奥の壁を押した。
 途端、本棚がスライドを始め。
 裏から壁に作りつけの本棚がもう一個出てきた。
 これは・・・秘密の仕掛けっぽいが、単に『二重本棚』、別名『二重人格本棚』というやつでは・・。
 薫は、その裏側の本棚から、何冊かの本を取りだした。
 「ふふふ・・・晴明には見つからないよう、芙蓉に頼んで手に入れたの」
 ・・・何だ、それは。
 薫は、5,6冊の分厚い本(雑誌か?)を取り出してベッドに置き、それからタンスからバッグを出してそれを詰めた。
 「さっ、これでよしっと。晴明には見つからないようにしてね。見られたら、『薫が読むには相応しく無い本です』って取り上げられちゃうから」
 ・・・・・えーと。
 「参考資料。これを読んで。同性の恋愛を勉強してみたら?」
 一冊抜き取って、ぱらぱらめくってみる。
 漫画と、挿し絵を見るに・・・・・・全部、男同士(というか少年同士)の話なようだった・・・・・・。
 参考になるのか?こんなもん・・・。
 まあ、しかし、今のままじゃ、何も進展しねぇし・・・。
 清水の舞台から飛び降りたつもりで、読んでみるか。
 「・・・ありがとうよ、薫」
 「いつでも、相談してねっ!」
 ・・・言葉はありがてぇが・・・あんまりありがたくねぇ俺は恩知らずかい?


 てめぇのマンションに戻って、ベッドに転がりながら、それらを読んでみる。

 ・・・・・・・・・・・・薫・・・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・読んでる・・・のか?

 この、やってることの描写もしっかりある、これを・・・?
 漫画は・・さすがに局部は描かれていないものの・・・かなり際どいぞ。
 よくまあ規制に引っかからねぇもんだ。
 結構、男性向けエロ本並だと思うんだが・・・。
 頼むぜ、薫・・・いくら恋愛感情は吹っ切ったったぁ言え、あんまりイメージを崩すような真似はしねぇでくれよ・・・。
 
 ともかくも全部目を通していると。
 玄関のチャイムが鳴った。
 マンションの防犯システムをかいくぐって来たとなると、マンションの住民か、登録してある先生か・・・。
 ・・・って、先生!?
 インターフォンのところに行くと、小さな画像データも入ってきていて、そこに佇んでいるのが先生だと分かる。
 慌てて玄関のドアを開けると、先生が怒られるのを待ってる子供のような顔で、上目遣いに見上げた。
 「よぉ、村雨」
 か、可愛い・・・・・・じゃなかった、早く安心させてやらねぇと、と、俺はにっこりと笑ってやった。
 「よぉ、先生。わざわざ訪ねて来てくれるたぁ嬉しいね」
 「・・・嘘ばっかり・・・」
 何でだ。
 先生は、どこか寂しそうな顔で入ってきた。
 とりあえず、先生をソファに座らせておいて、日本茶を煎れるため、俺はキッチンに向かう。
 先生は、その俺の方をずっと見ている。
 お茶を先生の前に置き、隣に腰掛けて、何気なしに先生の頬に触れると、温かくその上僅かに湿っていた。
 ・・・この寒いときに・・・。
 まさか、風邪でもひいたのか!?
 それで俺を頼ってきた・・とか!?
 もし、そうなら嬉し・・・いや、先生が調子悪いのはイヤなんだけどよ。
 「先生、熱でもあるのか?」
 額も、汗ばんでる。
 先生は、びっくりしたように俺を見て、それからぶんぶんと顔を振った。
 ・・・つられて、俺の手は離れる。・・わざとか?先生・・・。
 「い、いや、ここまで・・その・・・歩いて来たから・・・」
 はい?
 先生のところから・・・ここまで?
 「な、なんか、考え事してたら、そのまま、勢いで・・・その・・・」
 「・・途中でタクシー拾うとかしろよ・・・下から呼べば、払ってやるから・・・」
 「なんで、お前は、そーゆーこと言うんだ!」
 ・・・な、何故怒る?
 いや、俺の金なんて泡銭なんだから、どういう使い方しても惜しくはねぇし、『恋人』のために使うなんざ立派な使い道だと思うんだがねぇ。
 このまま会話を続けると、また不毛になっていく気がして、俺は強引に話題を変えた。
 「いやぁ、嬉しいねぇ。無意識にここに来てくれるってこたぁ、俺のこと考えてくれてるってこったろ?」
 ウィンクなんぞ付けてみる。
 先生は、ちょっと赤くなったが・・・微妙に怒って赤くなってる気配が・・・。
 何故だ・・・わからねぇ・・・。
 
 先生は、しばし握り拳を膝の上に置いてぷるぷるしてたが、いきなり顔を上げたときには、いつもの強気な目で俺を睨み付けた。
 「村雨・・・・」
 「なんだい?先生」
 「俺・・・俺・・・・・」
 ???
 人を射殺しそうな目をしてるくせに、先生は言いよどみ。
 それから、大きく息を吸って、吐いて。

 「わ、別れよう」

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・何でだーーーっ!!
 ち、ちょっと待て!
 反応し損ねたぜ、さすがにっ!!
 この村雨祇孔が、ふられる!?
 ちょ・・・そんな馬鹿なことがあるかい!!
 先生の様子が変なのは分かってたが、それにしたって、いきなり「別れよう」はねぇだろうが!
 まさか・・・あのおかしな態度は、「こんなはずじゃなかった」とか後悔してたのか!?
 しかし、自慢じゃねぇが、俺が『こんな奴』だってのは、知ってて俺に惚れたんだろうが!!
 というか、『こんな奴』のどこが悪かったってぇんだよ〜〜!!
 「・・・・・・何で、だ?」
 しかし、頭がパニクってても、声ってのは冷静に出るもんだなぁ。
 いや、感情が停止してんのかもしれねぇが。
 「・・・だって・・・・だって・・・・・・村雨、俺のこと、好きじゃないだろ!?」
 ・・・・・はぁ!?
 何をいきなり・・・こういうセリフは聞き飽きたきれぇ聞いたこたあるが、そりゃ、鬱陶しくなった女と疎遠になったときによく言われてるんであって、そんなつもりがねぇときに言われる筋合いはねぇだろう。
 えーと・・・えーと・・・だな。
 こういうときには・・・・。
 「先生・・・そんなわけねぇだろ?・・なぁ、愛してるぜ、龍麻・・・」
 額と額をくっつけて、甘く囁いてやったというのに、先生は俺の顔を引き剥がす。
 「だ、騙されるか!」
 人聞きの悪い・・・。
 誰も騙そうなんてしてねぇだろうが。ちょっと蕩かしてうやむやにしようとしただけで。
 先生は唇を噛んで、それから俺を、きっ、と睨んで。
 「も、もし、俺のこと愛してるってゆーんなら、セックスするだろー!?」 
 するか、と聞かれりゃ、するぜ?もちろん。
 ・・・あ、最近してなかったか。
 しかし、そりゃ、先生が嫌がるからであって、俺がしたくなかったわけじゃ・・・・・・。
 「ほ、ホントは、男なんかと、し、したくねーんだろー!・・・ぜ、全然、さ、触ろーとも・・しない・・くせにーっ!」
 「先生・・そりゃ誤解だって・・・」
 「で、出来るってゆーんなら・・・い、今から、し、してみろよーっ!」
 いや・・・だから・・・していいというなら、いくらでも・・・。
 真っ赤になった先生は・・・これは、怒ったせいなのか誘ってるせいなのかよくわかんねぇが・・・、勢いよく立ち上がって、寝室に行こうとした。
 俺は、それに付いて行こうとして・・・。
 寝室?
 ベッドの上?

 ・・・やべぇっ!薫の本、出しっ放しだっ!!
 「せ、せ、先生!」
 慌てて、先生の腕を取り。
 「ベッドは・・・その・・・そう!寝室が、ちっと散らかっててだなぁっ!!」
 先生は、妙に無表情になって・・・。
 「散らかってる・・・?」
 「そ、そうなんだ!ちょっと、その片づけが・・・」
 「・・・ベッドが・・・?」
 「いやあ、ベッドの上に荷物を置いてあって・・・」
 「・・・浮気者〜〜〜!!!」
 でーーーっ!!
 せ、先生・・・ちっとは手加減してくれたようだが・・・まさか『恋人』から発剄食らうたぁ思ってなかったから、もろに食らっちまったぜ・・・。
 俺が動けねぇ間に、先生は玄関に走り・・・鍵に戸惑ってんな。
 よしよし。
 そこは、普通のドアロックの他に、足下にもロックがあんだよ。
 いやー、やっぱ防犯システムは複数に限る。
 「なんで、開かないんだよーーっもうっ!!」
 苛立ってがしゃがしゃと力ずくでこじ開けようとしているが・・・先生・・頼むから壊さねぇでくれよ・・。
 どうにか俺は動くようになった身体で、腹をかばって丸めつつ、玄関によろよろと向かった。
 そして、ドアの方に向いてる先生の身体を後ろから抱きかかえる。
 「先生・・・浮気じゃねぇって・・・」
 「嘘つきーーっ!ベッドが・・・ベッドが、散らかってるなんて・・・それしかないだろーーっ!?お、俺としないで・・女としてんだろーーがーーーっ!!」
 「違ぇって・・・先生・・・あんま、暴れねぇでくれ・・・腹に響く・・・・・」
 先生が、ぴたっと止まって・・・くるりと振り返った。
 脂汗を流している俺を、ちょっと心配そうに見た後、口調だけは強気に、
 「お、俺は、謝らないからなーっ!」
 でも、声が震えてるぜ・・・可愛いもんだ。
 そのまま先生に体重をかけるように抱きかかえてると、先生が俺の背中に手を回して、支えてくれた。
 「うーー・・・効いたぜ?先生」
 からかうように囁いてやれば、先生の目元が、ふぇっと崩れた。
 やべ・・・泣かせた・・・。
 「だ・・・だって・・・ま、まともに食らうなんて・・思ってなかったんだもん・・・・・」
 すまねぇな・・・頼りにならねぇ男で。
 「いやあ、『恋人』に警戒なんざしてなかったしてなかったもんでねぇ」
 あんまり言い訳にならねぇ上に、言い訳自体がみっともねぇが。
 先生は、鼻をぐすぐすと鳴らしながら、俺を抱きしめた。
 「ごめん・・・痛い?」
 いや・・痛いってぇより、気持ちが悪ぃ・・・鳩尾に食らっちまったっからなぁ。
 「ベッド・・運んでくれるかい?」
 「・・・いいのか?」
 いいって。ベッドは・・まあ散らかってるが、誤解されるようなもんは・・・別の意味で誤解されそうなだけだからな。




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