一寸未満  後編


 う〜ん・・でも、分かんないことは置いといて。
 「んと、御門くんが御門くんなのは、御門さんって言ってたら、『もう友人なのだからそんな他人行儀な呼び方をしないで下さい』って言われたからですが・・」
 そしたら、村雨さんは、じろって見て。
 「・・俺は?」
 「・・・はい?」
 「俺は、未だに村雨さん、なのかい?」
 え?だって・・・村雨さんは、村雨くんって感じじゃないし・・・なんだか、やっぱり、村雨さんは『村雨さん』で・・
 あ、これも、年上扱いしてることになるのかな?
 「だ、ダメですか?」
 「祇孔ってのは?」
 え〜!?し、祇孔って、村雨さんの下の名前だよね・・。
 そう言えば、以前、蓬莱寺くんにも『京一って呼んでくれ』って言われたっけ・・・それで、『京一さん』って呼んでみたら、何か急に鼻血出して倒れて・・・それから、結局誰のことも名前では呼んでないんだけど・・。
 祇孔さん、か・・・う〜ん・・・・・・・でも、やっぱり馴れ馴れしい感じで、呼びにくい・・。
 「す、すみません・・やっぱり、村雨さんは、村雨さんです・・・」
 村雨さんは、ふぅん、て目を細めた。
 あ・・何かまた、警戒警報が・・・。
 「・・御門なら、甘いもの、何でもいけるぜ」
 いきなり、村雨さんは教えてくれた。
 「かお・・マサキが時々、気分転換にタルトだのケーキだの焼くんだが、たっぷりとシロップかけて食うしな」
 シロップをたっぷり・・?
 何か・・御門くんのイメージと違う・・・可愛いとこあるんだなぁ・・・。
 メモメモ・・御門くんは甘いものが好き・・っと。 
 ・・目を上げると、村雨さんは、じーっとこっちを見ていた。
 ど、どうしよう・・何だか、沈黙が重い・・・・
 「えとえとえとあのあの・・・む、村雨さん、何か、悩み事でもあるんでしょうか!?」
 う・・唐突過ぎたかな・・・。
 息苦しくなるくらいの時間が経ってから、村雨さんは、片頬だけを上げるような笑い方をした。
 「ある・・・って言ったら、アンタ、何かしてくれんのかい?」
 「勿論です!!村雨さんにはお世話になってるし・・・そりゃ、微力ですけど、でも僕に出来ることなら、何でも仰って下さい!!」
 村雨さん、答えてくれるかな?
 僕、誰か他の人の役に立てることなんて、初めて・・・いや、まだ役に立てるかどうか分かんないけど。
 村雨さんの力になれるなら、すっごく嬉しいんだけど。
 「・・・だがなぁ・・・ちっと込み入った話なんだ。アンタ、今日は泊まっていけるかい?」
 僕は、こくこくと頷いた。
 だって、明日休みだし。
 御門くんが来られるのは、3時頃ってことだったし。
 「よし、と。それじゃあまあ、先に風呂にでも入るか。・・ゆっくり話が出来るように、な」
 そう言って、村雨さんは部屋を出て行った。多分、お風呂を入れに行ったんだと思うけど。
 ・・・気のせいかな?
 何だか、哀しそうな顔してたような・・・ホントは、話したくないことなのかな?
 村雨さんが話したくないことなら、無理に話さなくても・・・でも、話すだけでも楽になるって、よく言うし・・。
 ん〜・・村雨さんが、話されるようなら、聞こう・・もし、お嫌なようなら、黙ってることにしよう。   
 
 「先生。先に入りな」
 村雨さんがタオルを腕にそう言ってくれたけど、だけど、僕が先に入るわけには・・押し掛けて来たんだし・・・
 そう言うと、村雨さんは、小さく肩をすくめた。
 「なら、一緒に入るかい?」
 え?男二人が一緒に入れるくらい、そんなに大きいお風呂なのかな?
 ほぇ〜・・・でも、勝手の違うお風呂なら、確かに一緒の方が良いかも・・。
 そう思って、はいって言ったら、また、村雨さんは変な顔をした。
 辛そうな・・・悼ましそうなって言うか・・・ホントは、僕と一緒に入りたくなかったのかなぁ・・・社交辞令で言ってくれただけなのかなぁ・・・
 

 服を脱いで、バスルームに入ると、村雨さんが、じっと見てた。
 ???
 僕、何か、変かな?
 「傷・・・残ってんな」
 あ、柳生さんに斬られた時の傷を見てたのか。
 そう言えば、村雨さんには包帯を替えて貰ったりしたから、真新しいときの傷も見られてるんだっけ・・。
 「だいぶ、薄くなったでしょう?」
 あの頃に比べたら、傷の盛り上がりも平らになったし、色も随分周りの皮膚の色に近づいたんだけど。
 「夏までに、もっと目立たなくなると良いんですけど・・プールや海水浴の時、目立っちゃいますから・・」
 「見せるな」
 「え?」
 「誰にも見せるな。Tシャツでも着とけ」
 はぁ・・・。
 やっぱり、これって、見られたら引かれるのかなぁ・・・。
 でも、そんなに怒らなくても・・・
 村雨さんが、まだ、じっと見てるから、僕は何だか居たたまれなくなって、
 「あ、あ、あ、あ、あのあのあの、村雨さん。お背中流しますから、向こう向いて座って下さいます?」
 村雨さんは、ちょっと笑って、でも、言ったとおりに座ってくれた。
 うわぁ・・・広い背中だ・・・。
 う〜ん、洗い甲斐があるなぁ・・・。
 あ、結構、筋肉付いてる・・・。
 「先生・・・全然物足りねぇんだが・・・」
 え?一所懸命、力込めて洗ってるつもりなんだけど・・・手でペタペタ触ったりとかしたからいけないのかな?
 んしょんしょ・・・
 あ!
 石鹸で、滑っちゃった・・・。
 つるって滑って、僕は、まるで、村雨さんの背中に抱きつくようにしがみついてしまった・・。
 「ご、ご、ごめんなさい!」
 村雨さんが、すっごいびっくりした顔で振り向いたから、僕は、恥ずかしくて、俯いてしまった。
 背中洗うのすら満足に出来ない僕って・・・やっぱり不器用・・・。
 村雨さんは、僕の胸を指先で拭った。
 「先生も泡だらけになっちまったな」
 泡を立ててたところに、くっついちゃったから・・・まあ、どうせ僕も身体洗うんだけど・・・。
 「こっち、来いよ。洗ってやる」
 村雨さんは、もう僕に背中を流させる気は無くなったのか、僕の腕を取って、前に座らせた。
 うわ〜・・・村雨さんに背中流して貰うなんて・・・なんかゴージャス。
 いや、何がゴージャスかと言われるとうまく説明できないけど。
 ぺとっ。
 「うにゃにゃっ!」
 うわーん、変な声出しちゃった〜!
 だって、村雨さんが、背中をぺたって触るから・・・。
 笑われちゃったよぉ・・・くすぐったがり屋だって、ばれちゃったかな?村雨さんは、面白がってるのか、背中をペタペタ触ってくる。
 僕もやっちゃったから、仕返しされてるのかな・・。
 「やぁ・・・村雨さん、くすぐったい・・です・・・」
 うにゃっ!?
 えとえとえと・・・何!?
 あ・・・これも仕返しされてるのかな・・村雨さんが、僕のこと、背中からぎゅっ、て、してる。
 「龍痲・・・・」
 え?村雨さんが、僕のこと、龍痲って呼んだ?
 前も呼ばれたけど・・・あっ!ちょ、ちょっとそれより・・・何だか・・・耳元で囁かれたそれは熱くて・・よ、よく分かんないけど、言葉が耳から頭に入るんじゃなくて、背筋を通って下に抜けるような・・変な感じがして・・・。
 「龍痲・・・・・」
 や・・・だめぇ・・・・頭がぼーっとしてくる・・・
 「やんっ!」
 む、村雨さんの手が、するって背中から僕の胸へ回って、ぺたって撫でたかと思うと・・・そ、その・・・ニキビだとか思ったのかな・・・僕の、乳首に爪先をぎゅって押しつけて・・
 痛くて、声を上げたら、村雨さんは、撫でてくれるつもりなのか、何度もそこを指の腹で擦ってきて・・・やだ・・くすぐった・・・い・・・
 あ・・また、爪立てた・・・今度は、摘んで引っ張って・・
 やだ・・・なんか・・・むずむずする・・・
 「む、村雨さん・・くすぐったい・・・」
 村雨さんの手に、僕の手をかける。
 そしたら、また村雨さんは力を込めて、僕をぎゅっとして・・・
 あ・・首が熱い・・・ちりちりして、じんじんして、何だか痺れてくる・・・
 目の前の鏡を見ると、ちょっと曇ってたけど、確かに映ってるのは、村雨さんが、僕の首に囓りついてて。
 村雨さん、吸血鬼?
 そんなわけないよね・・・陽の氣の使い手だもん・・・
 あ、でも、最近になって吸血鬼さんに吸われちゃって、それで悩んでたとか・・・
 でも、首は、ちりちりと微かに痛いんだけど、歯を立てられてるような痛みじゃないし・・・それより、麻痺性の毒を塗られてるような感じで・・・
 何だか、ホントに痺れて・・・
 
 ・・・・・・・・・!!!!!
 ちょ、ちょっと・・・!
 「む、村雨さん!?あ、あ、あ、あ、あのあのあのあのあの、そこは自分で洗えますからぁ・・・!!」
 タオルを、その、僕は腰にっていうか、お尻に置いてたんだけど。
 村雨さんの手が、その下に回って、その・・僕の、その、アレをきゅって握った。
 や、やだ・・どうしよう・・・
 泡でぬるぬるって・・・む、村雨さん、洗ってくれてるだけなのに・・・その・・・き、き、き、気持ちイイって言うか・・・その・・・ぼ、僕だって、自分で、したことくらいあるし・・・
 どうにか、村雨さんの手を外そうとしてもがいてたら、村雨さんが、ぎゅって握ってきた。
 ぎゅっ!だよ、ぎゅっ!
 さっきまでのは『きゅっ』。
 「いた・・・」
 なんか、もう、どうしよう・・・
 村雨さんにソコをぎゅって掴まれてるし、もう片方の手で胸は摘まれてるし、首は噛まれてるし・・・。
 どうしよう・・・っていうか、これ、どういう状況なんだろう?
 振り向いても、鏡を見ても、村雨さんは目を合わせてくれないし・・・
 どうしよう・・どうしよう・・・どうしよう・・・
 
 どうにか逃れようとして、身体を前に倒したら、腕が鏡にくっついて、そこだけ冷たくて、ちょっと頭も冷えた感じで・・
 「うきゃう!!むむむむむむ・・・」
 村雨さんの手が、胸を離れたかと思うと・・・こ、今度は、お、お、お、お尻に・・・お、お尻の穴に触ってきてる〜〜!!
 だ、ダメ〜〜!
 そ、そんなとこ、洗っちゃダメ〜!!!!!
 あ、泡泡のぬるぬるの・・・や、やだ・・今、ぐちゃって・・・
 じ、自分でも、そんなとこ、あ、洗ってない訳じゃないけど、そんな指で、指で・・・・・!!
 村雨さんが、変なとこ触るから、僕はもう、必死で息を詰めて・・・だって、力入れてないと、なんだか、指がずるって入って来そうで・・・
 
 「龍痲」
 
 あ・・・また・・・
 村雨さんの息は、とっても熱くて、僕は、耳がくすぐったくて、ぷるって震えた。
 いつの間にか、村雨さんの手が、僕の腰を掴んでる。
 強い力で、引っ張られて・・・

 ・・・・!!!!!!!!!!!
 い、いった〜〜っいい!!!!???
 な、何これ!?
 何、されてるの!!??
 分かんない・・分かんないけど・・・
 両脚持って、引き裂かれてるみたいな・・・あ・・・昔、中国で牛裂の刑ってあったってどっかで読んだ・・・。
 何で?何で?
 何で、村雨さんが、僕に痛いことするんだろ?
 僕、何かやっちゃった?
 それとも・・・やっぱり村雨さん、吸血鬼とか、何かに取り憑かれてるとか・・・
 ふぇ・・・痛いよぉ・・・
 痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ・・・



 それから、僕の記憶は、はっきりしないけど。
 気付いたら、べしょべしょに泣きべそかきながら、路上にいた。
 頭もまだぐっしょり濡れてて、シャンプーの匂いがきつくて、風がすごく冷たくて・・・なのに、僕、きちんと制服着て、鞄も持ってる。
 混乱してても、意外と僕って冷静な男だったんだろうか?
 混乱・・・うんそう、まだ僕は混乱してる。
 何が起きたのか、何が起きようとしてたのかもよく分からなくて。
 でも、今はとりあえず、うちに帰ろう・・・。
 それで、温かいお風呂に入って、ゆっくりして・・・お風呂・・・?・・・お風呂!!
 あ・・・ぼ、僕・・お風呂で村雨さんが、おかしくなって、それで・・・。
 
 ・・・・・・・・待て。僕。
 考えるのは、家に帰ってからにしよう・・・。
 それから、ゆっくり考えよう・・・
 そう・・・ゆっくり・・・・・






 その頃の村雨祇孔。

 (先生・・・雪連掌は、きついぜ・・・)
 真っ裸で凍らされるのは、ちときつい。
 しかも、イチモツは天を仰いだままの姿なだけに、情けなさ5割り増し。
 (しかしまあ・・・これで良かったんだよなぁ・・・さすがに先生も、俺のやりてぇことが身に染みて分かっただろうし・・・)
 胸に吹く隙間風は、清々しさとはほど遠い寒さではあったが。
 (先生・・・素っ裸で飛び出したりしてねぇだろうな・・・)
 混乱してると、何をしでかすか分からない人だから。
 本当は、だからこそ自分が守ってやりたかったのだけれど。
 (これで良かったんだろうよ・・・これで・・・・)
 ゆっくりと意識を閉じる。
 風呂の湯気によって、じわじわと氷が溶けていくのを待ちながら。





戻っちゃう



あとがき
・・ま、てわけで、1寸、進展したんですが(笑)。

教訓:いくら泡で滑りが良くても、初めての人に
いきなり突っ込むのは無理です。(サイテー)


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