一寸未満  前編


 はぁ・・・平和だ。
 三学期になってからというもの、何故だか見知らぬ女の子達に追いかけ回されるようになっちゃってたのが、ここ最近は、とっても大人しい。
 やっぱり、村雨さんにお願いして、『お付き合いをしている方がいます』と言うようになったのがよかったんだよね、きっと。
 そしたら、相手の人は、あんまりごねないで引き下がってくれるようになった。
 助かった〜・・。
 僕、苦手だから・・相手を傷つけずに、お断りするのって。
 大体、変なんだよね。
 何で、僕なんかに、女の子達は寄って来たんだろう?
 勿論、蓬莱寺くんや醍醐くんも、女の子達にもててるけど。
 もうすぐバレンタインデーとかあるし、卒業もあるし・・今から慌てて『彼氏』を作りたいのかなぁ・・。
 でも、そういうイベントに合わせて『彼氏』を作るっていうのは、どうかと思うんだけど。
 そりゃ、特定のイベントに、独り身だってのが寂しい、っていう気持ちは、判らなくもない・・真似したいとは思わないけど。
 『お付き合い』というのは、二人の気持ちが段々寄り添い合って、そしたら自然に『お付き合い』が始まるものだと思うんだけどなぁ・・。
 それに、どうせターゲットにするなら、もっとカッコイイ人にしたら良いと思うんだ。
 僕なんかじゃなくて。
 そう、例えば、村雨さん、とか。
 村雨さんは、いいよねぇ・・顔立ちも整ってるし、背も高いし、何より自信に満ちあふれて、<氣>が輝いてるもん。
 僕が女の子なら、あんな大人びたステキな男性にエスコートされたいと思うだろうけどなぁ。
 
 ・・・あ。
 な、なるほど・・・。
 そういう男性は、競争率が高いのか・・それで、僕みたいなところに来るんだな、うん。
 

 どんっ!!


 うにゃっ!
 し、しまった〜!
 考え事しながら歩いてたら、ぶつかっちゃった〜!
 「ああああああのあのあの!す、す、すすみません!考え事してて・・・!」
 ぶつかった人は・・・う・・・ぼ、僕の苦手なタイプだ・・。
 真っ赤な髪を立ててて、潰れたタバコを唇にくっつけてて・・あう・・しかもお仲間がいるみたいだ・・。
 うにゅー・・・こ、これは警戒警報が鳴ってるかも・・・。

 「あぁ!?気ぃつけろや!」
 「あ〜、服が汚れちまってるぜ?」
 「クリーニング代、貰わねぇとなぁ・・?」

 ・・・しくしく。アタリだ・・。
 「す、すみません・・が、生憎と、持ち合わせが・・・」
 うわっきゃあ!
 襟元を掴まれちゃった・・・男の人の顔が近づけられて・・ふえ・・タバコ臭いよぉ・・・目が黄色い・・・やだなぁ・・・
 「あんだとぉ!?人に迷惑かけといて、タダで済ますってぇんじゃねぇだろうなぁ!?」
 おっきい声・・・身体が強張る・・・
 
 ・・何か、仲間さん達が、ごそごそこっちを見ながら囁き合ってる・・・う・・・ヤな目つきだ・・・
 「ちょいと、俺達に付き合って貰おうか?」
 ・・・イヤです。
 で、で、でも、どうしよう・・囲みくらい、突っ切れるけど、元々はと言えば、悪いのは僕だし・・あんまり力づくで通るのも・・・
 
 「あ!緋湧さんじゃないですか!?」
 ほえ。
 こっちに駆け寄ってくる人は・・んと・・
 あ!村雨さんの舎弟さんだ!!
 しかも、僕がふっ飛ばしちゃった人!!
 舎弟さんは、僕を囲んでいた人たちを押しのけて、僕の前に来た。
 「いやぁ、お久しぶりです!!」
 「あ・・どうも、その節は・・・」
 思わずお辞儀しちゃったけど、周りの人は怒っちゃったみたいだ。
 「なんだぁ!?お仲間かい?えぇ!?」
 舎弟さんは、今までとは打って代わった低い凄味のある声で、
 「やるのか?断っておくがな、この方は、千代田皇神の村雨祇孔さんのお客人だ。手ぇ出すってんなら、俺らが相手になってやるぜ」
 ・・・ふぇ〜・・すごい〜・・・
 『皇神の村雨祇孔』って、名前が出た途端に、顔色が変わって・・・あ、と思う間もなく、すごい勢いでいなくなっちゃった・・。
 村雨さん・・・スゴイなぁ・・・

 舎弟さんは、くるっと振り向くと、さっきまでのが嘘みたいににっこり笑ってくれた。
 笑うと、結構、僕とあんまり変わんないくらいの歳に見えた。
 「大丈夫でしたか?・・・あ!すんません!いえ、緋湧さんがお強いのは知ってるんですが、何だか困ってるように見えたんで!」 
 「いえ、あの、助かりました。有り難うございます」
 もういっぺんお辞儀をすると、舎弟さんは、困ったように髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
 「いや、あの、頭、上げてください、すんません」
 「あ・・すみません」
 何か、二人で謝ってばかりいる。
 おかしくなって、思わず二人で顔を見合わせて笑っちゃった。
 
 舎弟さん・・・河合さん、て名前らしい・・に、僕は村雨さんがいるって所に、案内して貰った。
 その途中で、河合さんは、困ったように僕に言った。
 「あの・・うちの大将、何だか、最近、おかしいんですよ」
 大将・・・村雨さんのことかぁ・・・う〜ん、大将・・ピンとこないなぁ。
 やっぱり大将って言ったら、醍醐くんってイメージが・・。
 「不機嫌って言うか、荒んでるって言うか・・・でも俺らには、全然話してくれないんすよ」
 ふぇ〜・・村雨さん、ご機嫌悪いんだぁ・・・
 ま、まさか・・僕の『お付き合い』がまずかった!?
 村雨さんの周りにまで噂が行っちゃって、彼女とかにばれて振られたとか・・。
 「緋湧さんになら一目置いてるみたいだし・・大将のこと、頼んます!!」
 あう〜河合さん、頭上げて下さい・・。
 うん、よし、頑張ろう!
 村雨さんが、何を悩んでるのか分かんないけど、僕に出来ることが何かあるかも知れないし!
 微力だけど、村雨さんの気が晴れるよう、お手伝い出来れば・・・!

 
 ビルの一室に、村雨さんはいた。
 他にも何人か舎弟さん達がいたけど・・・確かに、村雨さんの<氣>は何だか荒んでて、舎弟さん達は、腫れ物にでも触るみたいにピリピリしてるのが、部屋に入った途端によく判った。
 いつもなら、自惚れじゃなく、村雨さんは僕の顔を見たら、にこって笑ってくれて優しそうな表情になるのに、今日は、怒ったような顔になってる。
 そして、僕の後ろにいた河合さんをじろって睨み付けた。
 僕をここに案内したから、河合さんに怒ってるのかな?
 「あ、あ、あの、村雨さん。ぼ、僕、村雨さんにお会いしたくて、今日、こっちに伺って、そしたら、途中で・・その、色々あるところに、河合さんが助けに入ってくれたんです」
 「は!あの、ちょっとタチの悪いのに絡まれてたんで・・・!」
 河合さんは、可哀相なくらいビクビクしてる・・。
 「そうかい」
 そう一言だけ言って、村雨さんは、また茶碗を傾けた。
 横に置いてある瓶からすると、中身は日本酒らしい。
 手酌だけど・・コップじゃなくお茶碗で飲むところが、また似合う・・・じゃなくて。
 勇気を出さなきゃ!
 村雨さんは怒ってるみたいだけど、僕、聞きたいことがあってここに来たんだし、さっき河合さんにも頼まれたし!
 村雨さんが、僕のことで怒ってるなら謝るし、そうじゃない別のことで悩んでるなら、僕に何か出来ることがないか、聞いてみなきゃ!
 「あの・・村雨さん?」
 う・・・ぎろって・・・ぎろって〜!!
 睨まれちゃったよぉ〜!!
 む、村雨さんのご機嫌を損ねたことはあったけど、こんなに睨まれたの、初めてだよぉ!!
 しくしく・・・でも、ここで負けるわけには・・・!
 僕の用事は、まあ・・・置いておいてもいいけど、村雨さんの悩み事は解決しなきゃ!!
 「む、村雨さんに、お話があるんですが・・・あの!ここじゃなく、二人でお話しできるところに行きませんでしょうか!!」
 ふぅ・・・言ったぞ・・・頑張ったな、僕・・・。
 舎弟さん達がいると出来ないようなお話かも知れないし、どこか喫茶店とか・・・。

 「ふぅん・・・・」
 村雨さんは、手にしたお茶碗をぐるぐる回している。
 まるで、底に占いの結果でも出てるみたいに、じーっと見てて。
 それから。
 「・・・そう来たかい。・・・我慢はよくねぇって、神サンが言ってんだろうなぁ・・・」
 ???
 何のことだろう?
 村雨さん、何か我慢してて、こんなに不機嫌なのかな?
 「よし」
 低く呟いて、村雨さんは立ち上がった。
 「行くぞ、先生」
 あわわわわ・・村雨さんは、舎弟さん達には目もくれずに、僕の腕を取って、部屋を出た。

 村雨さんは、押し黙ったまま、僕をバイクに乗せて。
 着いた場所は、すっっっごい豪華なマンションだった。
 まさか・・これ、村雨さんのマンション?
 ほえ〜・・・凄いよ、エントランスに花が活けてあるんだよ〜・・。
 「こっちだ」
 村雨さんの声は、相変わらず低くて、感情を押し殺してるような感じで。
 いつもなら、村雨さんと二人でいると、和むって言うか、暖かい空気が僕を包んでくれるのに、今日は、ひどくピリピリと肌を刺すような・・・村雨さんに対しては反応するはずのない警戒警報が鳴ってると言うか・・。
 
 部屋の中に通されて、品のいいソファに僕が腰掛けると、村雨さんも、その前にどっかりと腰を下ろした。
 「それで?アンタは、そもそも今日は何の用があったんだ?」
 いいのかな?僕のことから、先に始めて・・。
 でも、いきなり『何か悩み事ですか?』とは聞き難いから・・うん、先にこっちを済ましちゃおう。
 「えと、ですね。・・御門くんのお好きなお菓子とか、お聞きしたかったんですけど・・・」
 あう。
 村雨さんの目が剣呑だ。
 そりゃまあそうか・・わざわざ歌舞伎町まで押し掛けて行って聞くことでもないかも・・・でも、僕、電話苦手なんです・・・小さい頃、間違い電話して怒鳴られて以来、どうも、『電話をかける』ことに対してトラウマが・・。
 「へぇ・・・御門の、ねぇ・・・」
 「は、はい・・・そ、その・・・お忙しいところを、このような些細なことでお時間を取らせてしまいまして、その・・大変、申し訳ないと・・」
 「いや?・・・で?何だって、そんなことを聞くんだい?」
 村雨さんの声は優しい。
 優しいんだけど・・・口も吊り上がって笑ってるようなんだけど・・何か、違う。
 嵐の前の静けさ。
 そんな単語を思い浮かべるような、笑顔だった。
 「あのそのあの・・御門くんが、新しいパソコンを買われるとのことで、その・・」
 それで?と先を促す視線に、強張ってる舌をどうにか動かして、僕は続けた。
 「ふ、古い方のパソコンを、僕に下さるって・・・あの、えと、よく分かんないんですが、電話しなくても、すぐにお話が出来たりとか、便利だって・・・。
 それで、明日の日曜に、御門くんが僕の家にパソコンを持っていらして下さるそうなんですが、お茶菓子に何を出せばよいのか、分からなくて・・・」
 そうなのだ。
 御門くんてば、良いところのご子息だもんね〜。
 その辺で買ってきたスナック菓子じゃダメだし、かといって、和菓子が良いのか洋菓子が良いのかも分かんないし・・どこか好きなお菓子屋さんとかあったら教えて貰おうかな〜なんて。
 本当はさ、タダでパソコン貰うわけにはいかないから、菓子折の一つでも・・って思ってたんだけど、仲間内でそこまで気を遣うとかえって失礼かなって・・あ、これは、相談した(いや、和菓子の良いお店知ってそうだから)如月くんに言われたんだけどね。
 
 村雨さんは、ちょっとびっくりしたような顔をして、それから吹き出した。
 「くくっ・・・一体、何を言い出すかと思えば・・・」
 あ、ちょっといつもの村雨さんだ。
 「だが・・・そりゃ、御門に気に入られてぇってことかい?苦手な所に出てくるくらい、知りたかった・・ってことか?」
 いつの間にやら、御門『くん』になってるしな、と村雨さんは続けた。 
 『気に入られたい』って言うと、何か違う感じだけど・・。できれば、気持ちよく過ごして貰いたいっていうのは・・あ、でも、それって『気に入られたい』ってことなのかなぁ。
 「んと・・歌舞伎町に行ったのは、今日が初めてじゃないですよ?これまでも、何度か、挑戦しました」
 ・・・挫折したけど。
 絡まれて逃げたとか、勝手に何となく恐くなって逃げたとか・・・
 「今日は、幸い河合さんが案内して下さったので、村雨さんの所まで、辿り着けました〜!」
 うん、本当に今日は運が良かったな。
 今日ので何となくコツが掴めた気がするし、今度から、一人でも村雨さんの所に行けるかも知れない。
 「何度か?何で、また・・・苦手なんだろ?」
 「え?だって、村雨さんにお会いしたかったから・・」
 あれ?
 村雨さん、そっぽ向いちゃった・・。
 ・・・迷惑・・・だったのかな・・・・・・
 村雨さんは、下を向いて、がしがしって頭を掻いた。
 「そうだな、アンタ、俺のこと、好きだもんな。・・・兄として」
 あ・・・前もそう言えば、『お兄さんみたい』って言ったとき、ショックを受けたみたいだったし・・
 ひょっとして、同い年なのに、『お兄さんみたい』って言うの、まずかったかな?
 年上に見られるの、嫌いとか・・僕だったら、年上に見られたら嬉しいけど、村雨さんはイヤなのかも知れない。
 「あ・・・あの・・・ご迷惑・・・だったでしょうか・・・」
 恐る恐る聞いてみたけど、村雨さんは、「決心が鈍る・・」って、良く分かんないことを呟いた。
 何だろう?





それからどうした


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