禁人則不能視  後編



 結局、昼食を取ってすぐに、マンションに帰る。
 どうやら、村雨が龍麻に甘えたかったのと同様、龍麻も村雨の世話を焼きたかったらしく、3人はそれを邪魔する者として認識されたようだ。
 食事中も村雨の隣にべったりくっついて座り、「あーんしてv」まではやらなかったにせよ、箸の上げ下げまで気を使うようないちゃつきっぷり。
 思ったことがすぐ口に出る蓬莱寺に至っては、「さっさと帰れよ、お前ら・・」などと口走って、龍麻の発剄を食らう有様だった。
 目が見えないのは確かに不便だが、もうしばらくこのままでもいいかなー、なんて思ってしまうほど、龍麻の献身ぶりはすごかった。
 これは、もう、たっぷりとサービスしなきゃなぁ、などと、的外れなことを考えながら、村雨はソファに腰を落ち着けた。
 龍麻がコーヒーを煎れにキッチンに立ち、村雨は深く息を吐きながら、目を閉じた。
 特に眠くもなかったはずだが、心地よい睡魔に襲われ、微睡みに落ちる。
 
 そうして。

 どのくらい、時が経ったのか分からないが、ふと意識が戻ってきたとき。
 世界は、異常な静けさに包まれていた。
 全くの無音ではない。
 冷蔵庫の立てるヴーンという音だけが、わずかに響いているような感じで。
 「・・・先生?」
 と、呼んでみた。・・・はずであったが。
 自分の声も、不確かに消えていき。
 「おい、先生!どこだ!?」
 より大きな声で、叫んだ・・つもり。
 耳を澄ましてみて、ようやく、そのヴーンという音が、冷蔵庫の立てる音などではないことに気づいた。
 いくら防音効果のあるマンションとは言え、この時間帯に聞こえるはずの外の音が全く無く。
 時計のカチコチと時を刻む音も聞こえないとなると。
 
 突然(村雨の間隔では、全くの突然)、腕が叩かれ、飛び上がる。
 微かな体臭(雨の匂いに少し似ている)と、柔らかな気で、それが龍麻のものと知る。
 宙を泳いだ手が温かな身体に触れ、逃がさないとでも言うように引き寄せ、力一杯抱き締めた。
 耳元にかかる、息。
 身藻掻く様子からして、きっと文句を言っているのだろう。
 「悪ぃ・・・龍麻、俺、どうやら、『聴覚』も禁じられたみてぇだ」
 息を飲む気配。
 どうやら、こちらの言うことは通じているらしい。
 「全く・・御門は何やってやがんだろうな」
 大丈夫。笑って言えた。
 視覚を封じられることくらい、大したことではない。龍麻に心配をかけることはない。
 聴覚まで封じられたとなると・・実際のところは不安なのだが、それでも龍麻を不安がらせる方が余程辛い。 
 だから、これも大したことではないのだ、と。
 龍麻を信用させることが出来るだろうか?

 ぽんぽんと腕が叩かれる。
 合図のようなそれに、腕の力を緩めると、抱き締めていた身体が、抜け出していくのを感じた。
 慌てて引き寄せようとすると、また、腕に柔らかな合図。
 安心させようとでも言うように、さすり上げてこられて、これ以上留めてもおけずに、渋々と身体を解放した。
 気配が遠ざかる。
 音も聞こえないと言うことは、存在を確認するのに利用できるのは、触覚と嗅覚くらいだが、1日2日で急激にそれらがパワーアップするわけもなく、辛うじて<氣>を感じとるくらいが精一杯だ。
 離れていった龍麻の<氣>は、すぐに傍らに戻ってきた。
 そして、村雨の手を取り、何かを触らせる。
 「・・・携帯か?」
 そう、と言っているように、軽く手を握られたかと思うと、携帯が離れていく。
 どうやら、村雨に電話させるというのではなく、単に、何をしているかを説明しただけのようである。
 しばしの間の後、急に、こてっと龍麻の頭がもたせかけられてきた。
 「で、御門は、何だって?」
 手を取られ、手の平を上に開かされる。
 指先がくすぐったく這うのを、どうにか解読する
 「御門は、変わらず。お前だけ」
 とすれば、進行性の術、というのではなく、新たに仕掛けられた、ということであろう。
 御門の読み通り、<浜離宮>には手を出せず、防御の薄い村雨を狙った、というところか。
 術者が近くにいるのか、と緊張したのを悟られたか、龍麻の手が肩をやんわりと叩き、また指先が手掌を這う。
 「近くにはいない。来るのは、多分、夜」
 東京中の<氣>を統括する<黄龍の器>がそう言うのである。まず間違いないだろう。
 しかし、来たとして、村雨に何が出来るのか。
 何も出来はしない。
 目も耳も封じられては、たとえ<氣>で相手の位置だけ分かっても、術の行使は危険である。
 となれば、出来ることと言えば、龍麻の足を引っ張らないという程度のことで。
 不本意だ。実に不本意だ。
 龍麻の実力を疑うつもりは毛頭無いにせよ、守られる一方では、村雨の男が廃る。
 まあ、龍麻本人は、めっちゃやる気に満ちあふれているようだが。
 近くに敵はいないと言いながらも、この戦闘態勢な鋭い<氣>に当てられて、背筋が冷たくなる気がする。
 『八つ裂きにしてくれる』
 龍麻の言葉が甦る。
 下手したら、文字通り、敵の身体を八つ裂きにしそうだ。
 「まあまあ、先生。なら、ちっと落ち着こうや」
 龍麻の身を守りたいのと同時に、龍麻の『人間』としての部分も守りたいのである。
 素手で人間を八つ裂きにするなんて、いや、別にしたって愛が褪めるわけじゃないが、そんな『人間離れ』したことを龍麻にはさせたくない。
 どうにか、この殺気に満ちた気配を宥めないとなぁ、と村雨は傍らの愛しい存在を撫でた。
 龍麻は、獣じみた動作で、村雨の胸に頭を擦り付けてくる。
 何度も、何度も。
 そうして、徐々に静まった殺気の代わりに、急速に成長した気配は。
 いや、村雨としても願ったりだけれど。
 「・・・龍麻」
 名を呼んで、頭を上げさせると、噛み付くような勢いでキスしてきた。
 虚を突かれたのは、ほんの一瞬。
 最初取られた支配権を奪い返さんと、ねっとりと舌を絡める。
 息も吐かずに夢中で貪って、耐えきれなくなるとコンマ数秒唇を離し、空気を吸い込んで、また唇を合わせる。
 龍麻の上気した顔を見ることもできず、喘ぐような吐息も聞こえないけれど。
 戦慄くような舌が、しがみついてくる指の強さが、押しつけられる腰の熱さが、龍麻の全身が村雨を求めていることを示している。
 頬に触れていた手を、熱い液体が濡らした。
 舌で拭うとしょっぱいそれは、龍麻の双眼から溢れてくるもので。
 「どうした?先生」
 いやいやと言うように頭を振りながら、首に回される腕。
 「死なねぇよ。俺の運の良さは知ってんだろ?」
 また、新たな涙が、村雨の手を濡らす。
 怯えたようにひたすらしがみつく身体をやんわりと撫でさすり、額を突き合わせるように、覗き込む。
 「ま、積極的なアンタも良いけどな」
 あえて茶化すように、軽口を叩いて。
 手のひらを通して、龍麻の頬の筋肉が僅かに動いたのを感じる。
 きっと、微笑んで見せているのだろう。
 見えもしない相手にそんな顔をしてみせる龍麻が愛おしくて、今度はついばむようなキスを降らせた。
 大人しくそれを受けていたかと思うと、細い指先が、村雨の肩を辿り、シャツの前に来て、一つ一つボタンを外していって。
 何かを呟いたのか、唇が動いた。
 「龍麻?」
 唇に指を当てると、それを掴んで、かすかに逡巡した後に。
 頭がゆっくりと沈んでいった。 
 開いたシャツをズボンから引きずり出し、素肌にやや冷たい手を添え、唇が触れるか触れないかくらいの距離で、徐々に下へと降りていき。
 耳が聞こえていたなら、きっと、ズボンのファスナーが下ろされる音を感じ取っただろうが、残念ながら音として聞こえない代わりに、形を変え始めている村雨のソレ自身が、微妙な振動を感じ取った。
 窮屈な布から飛び出して、開放感を味わったのは一瞬で、すぐさま温かく湿った感触に包まれる。
 ビロードのような肌触りの舌が、ちろちろと先のくびれをつつき、唇をすぼめて吸い上げる。
 片手は茎に添えられ、やんわりと強弱をつけて握り込み、もう片方の手は柔らかな袋を愛撫する。
 「・・・っ!・・・アンタ・・・巧くなったよな・・・」
 視覚で楽しめないのは勿体ないが、それを補って余りあるくらい、触覚が敏感になっていて。
 龍麻が返事をしたのだろう、口が動き、歯が掠める感触でさえ、村雨を追いつめた。
 すでに手を添えずとも反り返った村雨のソレは、龍麻の口には収まりきらず、咽せたように口から出した後は、裏から舐め上げるようなやり方に変更されている。
 滲んだ液体を押し広げるように先の穴を尖らせた舌がつつき、更なる蜜をこぼし始め。
 このままでは、自分だけ達ってしまう、とちょっぴりあせった村雨は、龍麻の背に手を這わせた。
 途端、ぴくんっと跳ねる身体は、すでにしっとりと汗ばんでいて、匂い立つようだ。
 「龍麻・・・そっちの足、寄越しな」
 言って、自分の身体は横たえる。
 たとえ見えない相手にでも、頭を跨ぐような形になるのは、さすがに抵抗があるのか、言うとおりにしない龍麻の腰を掴んで、無理矢理望む体勢にさせた。
 「いいじゃねぇか、どうせ、見えねぇんだし」
 何か文句は言ってるだろうが、聞こえてないので、無視。
 嫌がる下肢をこじ開けて、自分の頭を間に突っ込む。
 諦めたのか、村雨への愛撫を再開しようとした龍麻の口が、悲鳴の形に開いた。
 そのまま喘いでいるのだろう、村雨のソレには舌の感触の代わりに熱い息の吹きかかる感触だけがある。
 「いーい眺め、なんだがねぇ・・」
 見えないが。
 指先でソコを押し開き、舌をねじ込む。
 抗議するようにきゅっと締まったソコを、宥めすかしてゆるゆると出し入れをする。
 襞の一つ一つに唾液を塗り込むように丹念に舐めながら、まだ固い蕾の周囲を指でやんわりと円を描くように押さえつけ。
 ふとしたはずみに、固く強ばっていたソコがふんわりと解けたのを見計らって、指を一本差し入れた。
 びくっと跳ねる身体を押さえつけて、ゆっくりと第2関節まで潜り込ませる。
 もはや、龍麻は完全に村雨から口を離し、腰だけ上げたような格好で、上半身は村雨の下肢にぐったりとすがりついているような状態だ。
 さぞかし可愛い声を上げているのだろうが、聞こえないのはどうしようもなく、無いもの求めて残念がるよりも今の一時を楽しむことにする。
 もう一本指をねじ込み、掻き回した僅かな隙間から舌を差し込み、奥の方まで濡らしてやる。
 舌の届く範囲はあらかた舐め回し、引き抜いた舌の代わりに、鼻面を押しつけた。
 刺激だけではなく、拒否を示して、腰を浮かせるのを、がっちりと腰を支えて許さない。
 「あ〜・・先生の匂いだなぁ・・・」
 わざと声に出して言ってやると(村雨自身には聞こえていないが)、抗議の意で、龍麻が腿をがぶりと噛んできた。
 「いってぇなぁ」
 楽しそうに言って、また鼻面を押しつける。
 まるでアレにも似た感触に、龍麻の足の指先がぴんと伸びて、シーツを蹴った。
 しばし、その抵抗を楽しんでいた村雨だが、そろそろ・・と力を緩めると。
 逃げ出すように龍麻が身体の上から退いて。
 「おい、先生・・」
 不満の声を上げるか上げないかの間に、龍麻がもう一度、身体の上に跨るのが分かった。
 今度は、こちらを向いた、いわゆる騎乗位である。
 今日は実にサービスが良い・・と他人事のように傍観していると、しばらく放って置かれていた村雨のソレを手で誘導しつつ、ゆっくりと龍麻の腰が下ろされていく。
 が、半ばまで飲み込んだところで、戸惑ったように動きが止まり。
 中はきゅうきゅうと締め付け、村雨の腹の上に突いた手は、緊張でぷるぷると震えている。
 しかし、この中途半端な姿勢で長持ちする訳もなく。
 弾力のある龍麻の大腿を撫でた拍子に、がくんっと力が抜けたのか、一気に腰が落ちた。
 途端、仰け反る龍麻の身体を支えつつ、村雨自身も、突然の根本までの締め付けに、射精感を耐える。
 その瞬間さえやり過ごせば、こっちのもの。
 促すようにゆるゆると腰を回してやると、ゆっくりと龍麻が腰を使いだした。
 最初は、場所を確認するかのように、切っ先を少しずつずらしながら、ゆるゆると。
 次第に動きは、大きく早くなっていく。
 村雨の全身が現れるほど抜き取って、またずぶずぶと根本まで。
 龍麻の腰を両手で支えて、時折左右に揺さぶってやれば、不意の刺激にナカが熱くざわめく。
 とろとろに蕩けていながら、龍麻の内部は、細かく痙攣して、村雨の先を絞り込むように絡め取っていて。
 「・・アンタ、最高・・」
 思わず呟いてしまうくらいに、心地よい。
 いつもなら、これに、快楽と恥辱の狭間で揺れる壮絶色っぽい顔とか、噛み締めた唇から漏れる、ひきつれたような喘ぎとか、視覚や聴覚からも楽しめるのだが、生憎、本日はどちらも無い。
 ナカの刺激だけでも十分イイのだが、やはりどこか物足りない。
 やっぱり、料理は目からも楽しむものなんだよなぁ、とちょっとずれたことを考えたり。
 腹筋だけで起き上がると、驚いたように龍麻がしがみついてきた。
 その首筋に顔を埋め、十分に匂いを堪能し、自分が抱いているのは龍麻なのだと、再確認しておいて。
 唇を塞いで、多分は叫んでいるであろう嬌声を口腔内で楽しみつつ、手を回して龍麻のソレに触れる。
 今まで放って置かれた割には、はち切れそうに立ち上がったソレを握り込み、同時にベッドの反動を利用して思い切り突き上げた。
 断続的に、口の中に送り込まれる吐息。
 戦慄く舌は、錯乱したように村雨の舌と卑猥に絡む。
 腹に生暖かい迸りを感じたのと、同時に素晴らしく痙攣した内部に自分も迸りを叩き付けたのとは、ほぼ同時であった。
 

 
 乱れたシーツの中、二人分の盛り上がりがある。
 規則正しい緩やかな動きから見ると、ぐっすりと眠り込んでいるようだ。
 その寝室のベランダに通じるガラス戸が、音も立てずに、ゆっくりと開かれた。
 闇が凝るように一際黒くなり。
 そこに、一人の男が現れた。
 だが、その全身には包帯が巻かれ、それがただの飾りでは無い証拠に、どす黒い血のシミがそこかしこに滲んでいる。
 荒い息を吐き、のろのろと歩みを進める姿から、もう長くはないことをうかがわせた。
 疲れたような青黒い顔が、ベッドの上を認めて、残忍な笑みを浮かべる。
 震える手が懐から札を取り出し、まっすぐに突きつけたところで。

 「待っていたぞ」

 静かな。
 とても静かな声が、ベッドからかけられた。
 まず、シーツから、形の良い足が跳ね上がり、ベッド脇にすとんと降り立った。
 後孔から、螺旋状に白い粘液が伝い落ちるのにも構わず、龍麻は、全裸で堂々と立つ。
 「貴様が、禁言術師か。俺の男を傷つけようとは、良い度胸だ」
 男は、陰惨な笑みを浮かべた。
 正面に立つ少年が、標的の愛人であることは、人目で知れたが、脅威は感じない。
 「ふん・・・ただの人間が、術師と知って立ち向かうか。命が惜しくば、そこを退け」
 「ただの人間・・ね。それだけで、貴様が大した術者でないことは知れようと言うものだ」
 お互い、嘲笑うようなやり取りの間にも、じわじわと距離が縮まっていく。
 男は、一瞬、逡巡した。
 さて、無視して、標的に術を叩き込むか。
 それとも、やけに自信たっぷりな様子が気に障るこの少年から無力化すべきか。
 何かは知らぬが、術者についての知識もあるらしい、と踏んで、念のため、後者を選択する。
 「汝、動くことを禁ず!」
 放った術は、抵抗もなく、龍麻に吸い込まれた。
 しかし。
 冷ややかな微笑が、龍麻の顔を彩る。
 「この俺を禁ずるなど、1万年は早いな」
 ゆっくりとした一歩が踏み込まれる。
 そう感じた瞬間。
 男の背から、ぞっとするような酷薄な声がした。
 「さて、村雨にかけた術を解いてもらおうか?」
 いつの間に背後に・・と愕然とする間もなく、男は腕を捻り上げられ、床に押さえつけられる。
 「一応、聞いておく。・・素直に、解呪する気は?」
 優しい声音なのが、更に心胆寒からしめる。
 しかし、男は、この少年の第一目標が禁術の解呪であることに気づき、まだ、逆転の目はあると、嘲笑を浴びせた。
 「ふん・・・俺を殺せば、術は解けぬぞ!」
 だが、少年が怯んだ気配はない。
 それどころか、猫が喉を鳴らすような笑い声が降ってきた。
 「それは、素直に、言うことは聞かない、ということだな?・・甘いな」
 肩を押さえつけていた手が離れ、後頭部を包むように置かれた。
 男の口から、この世のものとは思えぬような絶叫が迸った。
 「うるさい」
 その一言で、男の口から溢れていた悲鳴は、断たれたように途切れる。
 「ひぃ・・・!」
 龍麻の手は。
 まるで、男の頭蓋骨が存在しないかのように、手首まで埋まっていた。
 微かな笑みが、龍麻の口元をよぎる。
 「村雨の目と耳がやられてて良かったな。さすがにこのやり方は見たら怒りそうだ」
 愛しい男は、さんざん<氣>を吸い取って、深い眠りに落としてある。
 人間離れしたやり口を、見られるのは不本意。
 ただし、それ自体を止める気はない。
 「さて、と。分かっているとは思うが、俺は今、貴様の脳を掴んでいる。・・素直に術を解けば、それでよし、さもなくば・・・」
 禁言術師は、脳を掻き回される感触に、悲鳴を上げる。同時に、自分の脳裏に、勝手に禁言術の体系が浮かんでくるのが感じられた。
 「お前の記憶を操作して、術の解き方を読み、お前の身体を操作して、解いてもらう」
 はったりではない。
 そのようなことは不可能だと、理性と常識が叫んでも、脳をいじられる感触が本物だと、本能が教えてくれる。
 「わ、わかった・・解く・・・解くから・・・!」
 「では、やれ」
 無慈悲な声が、宣告する。
 男は、霞む目で標的を見やり、震える手で札を取り出した。
 「汝、禁じられし者、五感を禁ずることを禁ず!」
 男の背の上で、龍麻は状況にそぐわぬどこかあどけない表情で首を傾げた。
 「何だか、解呪というより、術の重ねがけのようにも聞こえるが・・・まあ、これが禁術のやり方なら、仕方あるまい」
 それが、本物の解呪であることは、男の脳を通して理解している。
 男は、ひゅうひゅうと喉を鳴らした。
 「も、もう、これで良いんだろう!?手をどけてくれ!」
 「ん?あぁ、これで、済んだな」
 そうして、龍麻は、笑みを浮かべた。
 男には見えないが、それは、見るものを凍り付かせるのに十分な狂気を含んでいた。
 「村雨に対する貴様の謝罪は、これで終了。・・これからは、俺に対してのものだ」
 男の脳裏を、自分の意志に反して、凄まじいスピードで禁術の呪文が駆けめぐる。
 それが、一つの呪文に収束したとき、少年の優しい声が、どこか遠くに聞こえてきた。
 「貴様は、俺の男を傷つけた。それゆえ、俺は、こう言おう。・・汝の存在を禁ず」


 村雨が目を覚ました時、一番に目に入ったのは、見慣れた天井だった。
 それから、ぼんやりと思い返すうちに、自分の視力が戻っていることに気づいて、思わず叫んだ。
 「先生!」
 すぐさま、ぱたぱたと柔らかな足音が近づいてくる。
 「呼んだか?」
 現れた龍麻は、タオルで手を拭いていた。
 まだ鋭敏な嗅覚が、わずかに生臭いような匂いを感じ取る。
 血の匂いではなし、さりとて屎尿の匂いでもなし、さて・・と首を傾げる間に、その匂いは霧散していた。
 「気分は、どうだ?」
 全身に脱力を感じるものの、ほぼ絶好調。
 「世話ぁかけたな、先生」
 その言葉で、視覚と聴覚が戻ったことを伝える。
 龍麻は、にっ、と笑って見せた。
 「別に・・・面白かったしな」
 よく言う。泣きそうになっていたのは、どこの誰だ・・とは口には出さない。
 本当は、敵をどうしたのか、どうやって術を解かせたのか、聞きたいところではあるが、じっと真っ正面から見つめると、珍しく視線を逸らすところを見ると、どうやら触れては欲しくないことらしい。
 あまり無茶をして無ければいいのだが、と内心で嘆息する。
 だが、それが全ては村雨のためだということは、よく分かっている。
 今回の件では、たっぷりと龍麻の愛情を感じることが出来て、まあなかなかに運が良い出来事であったと思う。
 「しっかし、俺ぁ、寂しかったぜ。先生の顔は見られねぇわ、声は聞こえねぇわ・・」
 近づいた龍麻は、さりげなく手を後ろに回しているが、それを気づかないふりで抱き寄せて。
 「・・だから、アンタの顔が見てぇ。声も聞きてぇ。・・・・聞かせてくれるよな?」
 自分のために汚した手に、そぅっと口づけた。


 <氣>が減ってるくせに、またそれを使い果たすような真似をした村雨は、龍麻が呼びに来るまで惰眠を貪っていた。
 「メシだぞー」
 向かったキッチンのテーブルの上には、得体の知れないものが。
 まーた、龍麻さまの『愛』が込められた手料理か、と、ちょっぴり悲しくなった村雨だが、いやこれも男冥利に尽きるってやつだ、と無理矢理納得する。
 それを知ってか知らずか、龍麻は大変にこやかにイスを引いた。
 「何だったら、ご希望の『あーんして』をやってやっても良いが」
 それは、そんなサービスが付くくらい、凄まじい出来だという意味か?
 思わず返事に詰まっている間に、村雨の隣にイスを持ってきた龍麻が、箸を手に取り、茶碗を左手に持った。
 「ほら、あーん♪」
 ・・・・・・・・しくしく。
 心で泣きながら、口を開ける。
 白いご飯の中に点々と黒いものが入っていると思ったら。
 「・・・・・・甘い」
 「はい、こっちは、人参のスープ♪」
 不気味な味のご飯の次は、人参の味そのもののスープが来て、それから、冷たいアイスが口に運ばれた。
 「・・・生臭ぇ・・・」
 「ウナギのアイスだってさ」
 ・・何故、ウナギ。
 「この夕食はさー、紅葉が届けてくれたんだ。目が強くなりますようにってさ」
 目に良いブルーベリー入りのご飯、ビタミンたっぷりのスープにアイス・・と龍麻は嬉しそうに村雨に箸を突きつける。
 「・・・何故、ウナギはメシに、ブルーベリーはアイスになんねぇんだよ・・・」
 「ん〜?さあ?紅葉がやるからには、理由があるんじゃないか?その方が吸収が良いとかさー」
 何で、アンタは、壬生を疑わねぇんだ〜!
 どう考えたって、嫌がらせだろうが!
 だいたい、『目のため』たって、俺ぁ別に目が悪い訳じゃねぇんだ、単に禁じられただけで!
 頭の中でだけ、文句をつらつら並べておいて。
 「はい、村雨、あーん♪」
 「・・・・あーん・・・・」

 何だって、あの術師は、俺の味覚を禁じてくれなかったかな〜と思いつつも、楽しそうな龍麻に押されて、全部食わせてもらう村雨であった。





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ジーダの言い訳
暗号10000を踏まれた友映さまのリク
秋月のお仕事の関係でちょっとやっかいな術(怪我?)にかかり、
二、三日程目が見えなくなってしまった村雨。
術の場合は御門の、怪我の場合は桜ヶ丘の担当になるんでしょうが、
目の見えなくなった村雨を心配して、
その世話を自分なりに一生懸命(少々過保護気味に?)やる龍麻の姿と、
龍麻の笑顔が見れないのはどうにも悲しいけど、見えないなら見えないなりの生活を楽しむ村雨。
……夜も、まぁそれなりに。村雨のコトだから見えなくても色々楽しいコトがあるんじゃないかとvv(笑)

(長いですが、原文まま)でした。

えぇ、改めて読み返すと、あんまり龍麻さん世話してねぇっていうか。
・・楽しんだだけな村雨さんとか(笑)。
中身は大したことないくせに、何でこんなに長くなったかなーと首を捻ってましたが、
何のことはない、エロシーン分いつもより長いんです(爆)。
これ半分くらいまで書いたところで、
「そういえば、涙樹さまんとこで見えなくなった龍麻さんがいたなぁ」と、
読みに行ったら、そこの村雨さんは、「こんな事態で、サカったりしねぇよ」と
格好良くのたまってました・・。
うちの村雨さん・・迷うことなくサカってますがな・・。


こんなもんですが、書いてる本人は大変楽しませて頂きましたvv
友映さま、懲りずにまた、踏んでやって下さいませ。



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