後編
柔らかく、ほのかに甘い口唇を貪る。
性急な村雨の求めに答えようとする龍麻の舌は、どことなしにぎこちなかった。
息継ぎのコツもすっかり忘れてしまったのか、キスの合間に引きつるような声で喘ぐ。
それでも離さず口を合わせながら、右手をシャツの下から潜り込ませ、直接肌に触れると、不意を突かれたように、龍麻の身体が跳ねた。
「・・・すっかりご無沙汰だったみてぇだな」
浮気の心配をしたつもりはないが、村雨の言い草はそれを疑って確認したようにも聞こえ、龍麻は上気した目元で睨み付けた。
「誰のせいだ?」
「俺です、はい」
おどけたように頭を下げる。
そして、下げたついでに、ズボンの上から『龍麻』に口づけると、余程驚いたのか、先程よりも更に激しく身じろいだ。
「ば・・・!いきなり、何を・・・!」
「悪ぃな。あんまり、時間かけらんねぇや。こっちがもたねぇ」
下半身に顔を埋めたまま喋ると、刺激で中の『龍麻』が熱を帯びる。
手早くファスナーを引き下げ、下着から引きずり出して、口内に導き入れた。
「やぁん!」
掠れた声を漏らし、龍麻の手が村雨の頭を引き剥がそうと髪を乱す。
髪を引っ張り、ぽかぽかと力無く殴る手も無視して、ねっとりと舌を這わせ吸い上げると、くぐもった声が頭上から降ってくる。
龍麻の手は、次第に村雨の髪をただ掻き回すような動きに変わり、声も艶を帯びた。
「なぁ、先生」
「・・くわえたまま、喋るなぁっ!」
「アンタ、自分で処理とかしてたのかい?」
言って、きつく吸い上げてやると、村雨の頭を挟み込むように内股が震え、喉がひくりと鳴った。
「ひっ・・やぁ・・・!」
「あれだけ、毎日可愛がってやってたろ?俺がいなくなって、いきなり何も無しじゃ我慢できなかったんじゃねぇのかい?」
わざとぴちゃぴちゃと音を立てて先端をしゃぶりながら、続ける。
「う・・・んくぅ・・・・」
きゅっと瞑った目元が赤く染まり、吐く息も切れ切れに。
村雨の髪を乱す手が、時折力を込めてぎゅっと握ってくる。
「なぁ・・どうなんだい?」
「・・うるさ・・・い・・」
うっすらと開かれた眦から生理的な涙をこぼしつつ、龍麻は気丈に睨み付けてきた。
「俺は、な・・・お前と違って・・淡泊・・なんだよっ!」
「よく、言うぜ・・・こんなに、好きなくせに・・・」
やんわりと握っていた手で扱き上げつつ、軽く甘噛みしてやると、背を仰け反らせて、震えた。
「あぁんっ!!・・あ・・あ・・・も、う・・・!」
とろりと口に溢れた液体は、覚えがあるよりも濃く。
くつくつと笑いながら、最後まで舐め取ってやると、耳元まで赤く染まって息を吐いた。
ゆっくりと身を起こし、まだ味の残る口で龍麻の唇を塞ぎ、舌を絡めると、戸惑ったように眉が顰められて。
口元を繋ぐ銀糸をゆっくりと指先で拭いながら、龍麻は未だ失わない理性的な光を目に宿して、村雨を睨んだ。
「大体、我慢できないと言うなら、くだらんことをつべこべ言わずに、黙って抱いてろ」
「おぉ、恐ぇ」
わざとらしく身体を震わせて見せて、村雨は、にやりと笑った。
「ま、でも、せっかくのお誘いだ。続けさせて貰うぜ」
「誰が、誘ったか」
「アンタ」
言って、村雨は、改めて龍麻を眺めた。
カーキ色のシャツは、まだボタン一つ外されておらず、多少捲り上げられているもののほとんど乱れていない。
ジーンズはファスナーだけが下ろされて、蜜を滴らせた花茎だけが飛び出している。
「Hくせぇよな」
「誰がしたんだ、誰が!」
真っ赤になって、龍麻はシャツの裾を下ろして、それを隠そうとした。
それを押しとどめて、ゆっくりと床に身体を押し倒す。
怯えたような、期待しているような微妙な表情で、見上げてくるのに、そっとキスした。
「あぁ、畜生。早くやりてぇ・・・」
思わず呻くと、ぺちぺちと頬を叩いてきたが、龍麻はそれでも、自分でシャツのボタンを外し始めた。
露になった薄い胸に唇を寄せて、可愛い果実にむしゃぶりつきつつ、ジーンズを取り去る。
ふるっと龍麻の身体が震えた。
それに構わず、左の胸には舌を這わせ、右は指で幾分きつめに摘み上げる。
「ひっ・・くぅん・・・んんっ!」
胸が弱い龍麻は、すぐに明らかな嬌声を漏らして、腰を擦り付けてきた。
軽く噛んでやるだけで、
「ひゃうんっ!」
仰け反って、いやいやというように頭を振る。
胸への刺激はそのままに、右手を下に忍ばせると、もう芯の通り始めたそれが触れた。
「やだぁっ!・・ちょっ・・も・・いいからっ!」
自分だけ追い上げられているのがイヤなのか、じたばたと抵抗して、龍麻は村雨のシャツに手をかけた。
確かに、もうちょい乱れさせてやりたいのは山々だが、こっちももう限界だ。
手早く自分も脱ぎ去って覆い被さると、大腿に触れるモノに龍麻が驚いたように目を見張った。
いつもより質量を増したそれをどうにかだましつつ、龍麻の足を抱え上げる。
早く入れたくてたまらないのだが、さすがにこれをいきなり突っ込むのは無理だというのは、試してみるまでもなく分かり切っている。
「ちっと大人しくしてな」
そこを曝すのに抵抗して暴れるのを力尽くで押さえ込み、両手で押し開くと、まだ閉じている蕾が露になった。
とろとろと流れ落ちた粘液が花茎を伝って蕾に辿り着いているため、閉じているとはいえ、そこはいやらしく濡れ光っている。
薄く色づいたそこに指を含ませ、ゆっくりと馴染ませる。
くぷ、と音を立てて開かれる隙間からは、まだ淡い桜色の粘膜が覗いていて。
じきに、これが自分を受け入れて、痛々しいくらいに擦れて真っ赤になって、でも裂けもせずに健気にも耐えてくれるのだ、と。
連想した途端に、また村雨の質量が増した。
「悪ぃ・・もう、我慢できねぇ」
「え?え?・・ち、ちょっ・・まっ・・・!」
獰猛に呻りを上げて両足を抱え上げる村雨に、龍麻が狼狽えたように声を漏らした。
しかし、それを気に留める余裕はすでに無く。
顔の両脇に膝がくるほどに折り曲げて、上から押しつけるように、猛りをねじ込んだ。
「いっ・・!・・くふ・・あ・・あ・・い、た・・ぁ・・・!」
息を詰めて逃れようとするのを抱き締めて、ぽろぽろとこぼす涙を舐め取って。
「・・とりあえず、一回、出すぜ」
半ばまで埋まっていたそれを、思い切り奥へと突っ込んだ。
根本までのきつい締め付けに沸き上がる射精感を、あえて我慢せず、迸りを叩き付ける。
「あっ!あ・・あ・・・ばかぁ・・・」
龍麻は村雨の背中にしがみついて、腰をすさらせた。
ようやく、一息吐いて、龍麻を見下ろす。
きゅっと目を瞑り、痛みに耐えている龍麻が、視線を感じたのか、うっすらと目を開けた。
「どう・・した?・・随分、堪え性が、無いじゃない・・か・・あっ・・」
放ってすら、またも硬度をぐんと増す村雨に、龍麻は力無く仰け反る。
「アンタを前にしたら、堪え性なんていつも無ぇよ、俺は」
苦笑して、ゆるゆると腰を揺さぶり始めた。
まだ蕾は、侵入者を拒もうときつく閉じていたが、内部に塗り込められた村雨の欲望が、いい具合に潤滑剤となって、動きを助ける。
「あ・・・!んく・・・う・・」
力の抜き方や、呼吸の合わせ方を忘れたかのように、龍麻は、ただしがみつく。
「龍麻・・龍麻・・」
名を呼んでやると、苦しそうに歪んだ目がうっすらと開かれ、村雨を認めて微笑んだ。
「へーき・・・」
龍麻を余計苦しめると頭では分かっていながらも、そんな姿を見ると、またしても村雨の容積が増す。
何とか龍麻を楽にしようと、覚えのある、龍麻のイイ所に鉾先を向けた。
「あ・・ふぅっ!」
狙い違わず。
きついながらも、どうにか龍麻に快感を与えることが出来て、村雨は安堵の溜息を漏らした。
「あ・・は・・・あんっ・・・!」
ソコだけを狙って、幾度か浅く突いてやると、内部が今までとは違う収縮をした。
先程までとは違い、まるで男を引き込むようなうねりに、村雨は感嘆する。
異国の地で、孤閨を囲っていたとは言わない。
むしろ、最初は自棄気味に、男女を問わず幾人かと関係を持った。
彼ら(彼女ら)と比べて、龍麻が特に躰がイイと言うわけではない。
無論、性的な技術と言う点では、明らかに劣る。
しかし、それでも、抱いていてこんなに興奮するのは、龍麻一人だ。
数え切れないくらいしているにも関わらず、飽きるということが無い。
まるで、村雨と対であるかのように吸い付く身体は、己が仕込んだものだ。
その事実が、また、村雨の雄を刺激する。
「やっぱり、アンタは最高だぜ」
囁くのは、故意の睦言ではなく、正直な感想。
久々にこの身体を得ると、どうして4ヶ月もの間、龍麻無しでいられたのか不思議な感じがした。
「ひっ・・あぁ・・む、むらさめぇ・・・!」
あられもなく喘いで、龍麻が泣き出しそうな目を向ける。
「ん・・?もう・・ダメかい?」
こくこくと頷く龍麻のソレは、お互いの腹部に擦られて、はち切れそうだ。
「いいぜ・・・天国に、ご招待、だ・・!」
一旦、入り口近くまで腰を引き、狙いを定めて、思いきり突き入れた。
「ひゃあぅう!」
悲鳴に近い龍麻の嬌声が響く。
もう一度、同じように奥深くまで、ずんっと銜え込ませたとき、龍麻のソレが弾け、内部が蠢くように痙攣した。
「あ・・あ・・あ・・」
呆然と焦点の合わない瞳を向ける龍麻とは裏腹に、熱くとろける内部は、収縮を繰り返す。
それに誘われるように、村雨も、2度目の解放を行った。
「ふぁ・・・熱、い・・・」
余韻のように、ゆるゆると2,3度、腰を浅く動かすと、こぷりと中からどろどろの液体が溢れてきた。
「ん・・・ん・・・っ!」
それすら感じるのか、龍麻が目を閉じて切なそうに啼く。
忙しない呼吸を吸い取るように口を合わせ、幾度か軽い口づけを繰り返す。
ようやく落ち着いて、村雨を見上げた龍麻が、居心地悪そうに身じろいだ。
自分の動きで内部にまだ収まっているモノの存在が主張され、息を詰めるのが分かった。
「村雨・・・?」
抜いてくれないのか、と問うように首を傾げるのに、腰を押しつけることで回答とした。
まだまだ満足しきっていない困ったちゃんが、元気良く暴れ出す。
「・・ダメか?」
一応、お伺いを立ててみたら、龍麻はかすかに笑って、村雨の頭を引き寄せた。
太っ腹な龍麻に甘えて、抜かないまま、続きをいたすことにした。
それから、幾度交わったのか。
ようやく満足して、村雨は龍麻から己を引き抜いた。
ぐちゃぐちゃになっているソコを丹念に拭っているうちに、龍麻の意識が戻る。
「悪ぃ。無茶させたな」
「・・・へーき」
笑ってはいるものの、疲れた様子は隠しようもなく。
気怠そうに目を閉じている龍麻の頭を膝に乗せて、村雨はすっかり冷えてしまった食事を口に運んだ。
「うまいぜ」
「そりゃ、愛がたっぷり詰まってるからな」
くっくっと龍麻が小さく笑う。
額に張り付いた前髪を指先で弄びながら、村雨は真面目な声を出した。
「そこだ」
「何が」
「俺ぁ、てっきり、アンタにふられたもんだとばかり思ってたんだがねぇ」
物憂げに龍麻は目を開き、村雨を見上げた。
「そうか?客観的に見た場合、お前が俺を捨てて世界に出たんじゃないのか?」
「おいおい。アンタが俺を捨てたんだろうが」
ゆっくりとした動作で、龍麻は身を起こし、村雨の前に座った。
投げ出された足といい、ソファにもたせかけられた背といい、随分と身体が辛そうだ。
どうやら4ヶ月ぶりの交歓は、思ったよりダメージを与えたらしい。
龍麻も欲してくれていたようだから、自制せずに思うままに貪ったのだが、4ヶ月ぶりに開かれた身体は、それに付いていけなかったようだ。
しかし、途中、別に文句も言われなかったんだが、と村雨は心の中で言い訳する。
そうしてひとしきり、龍麻が具合のいい姿勢を見つけるまで待って。
村雨は、龍麻の前に正座した。
「なぁ、先生。はっきり答えて欲しいんだがよ。・・・アンタ、俺のこと、まだ好きかい?」
「・・嫌いな男と寝る趣味はない」
苦笑とともにそう呟いてから、龍麻はどこか哀しそうな顔で村雨をまっすぐに見つめた。
「愛してるよ。とても」
短く告げられた言葉に、万感の想いを込めて。
これが、よく言われていたような『あぁ、はいはい、愛してるよ、村雨』とかの半ば冗談のような言葉とは、重みが違うことは容易に知れた。
「・・俺だって、愛してるよ、アンタを」
「知ってる」
囁くように、龍麻は答えた。
「なら、何で、俺と一緒に来てくれなかったんだ?」
答えは、薄々分かってきたけれど。
村雨自身に問題があるのでないなら、東京から離れる、というところが問題なのは理解できる。
だが、なにゆえに、となると、龍麻の答えを待つしかない。
「俺は」
言って、龍麻は自分の手をじっと見つめた。
「俺は、東京の龍脈と、<氣>を共有している。・・・離れられないんだ。もしも、離れたら・・・俺の<氣>は流出する一方で、すぐに衰弱死するだろう」
「聞いてねぇよ、そんな大事なこと」
村雨は、その手を取り、噛み付くように口づけた。
そういえば、柳生戦の直後、龍麻は『自分を龍脈に組み込む』と表現していた。
しかし、それから戻ってきたから、もう龍脈とは切り離すことが出来たのだと思い込んでいた。
言われてみれば、龍麻の異常に早い回復力や<氣>の強大さは、東京中の龍脈がゆえ、と納得できる。
だが。
そんな重大な、龍麻の存在に関わるようなことを、聞かされてなかったという事実は、村雨を打ちのめす。
信用されていない、とは思わない。
だが、それが龍麻の愛情から来ているのだとしても、許せるものではなかった。
「・・誰にも言ってないよ」
何の慰めにもならない。
自分はその他大勢ではなく、特別な一人であるはずなのに。
「言えば、お前は、残るだろう?・・この、『ちんけな』『掃き溜め』に。俺がいる、というただそれだけの理由で」
龍麻はひどく緩慢に瞬いた。
「俺は、お前の足枷にはなりたくなかった。お前が、世界の高みに行くのを、止めたくはなかった」
「そんなのは、アンタの勝手だろうが!俺の気持ちを勝手に推し量って、自己完結してんじゃねぇよ!!」
両肩を掴んで、前後に揺さぶる。
抵抗もなく、龍麻の頭が人形のようにがくがくと揺れた。
『村雨のため』と言いながら、村雨にとっては、全く嬉しくもなかった。
最初から、言ってくれた方が、どんなにか嬉しかったことか。
龍麻のためなら、世界なんて、いくらでも放り出してしまうのに。
「そうだろうな。俺の・・我が儘なんだろうな。俺のために、ずっと一緒にいろ、なんて、言えなかったというのは・・」
龍麻が、言葉を探して、しばし唇を噛む。
そうして、思い切ったように、目を上げて。
「怖かった・・のかも知れないな。お前の人生まで背負い込むほど、俺の器は大きくない」
珍しい、気弱な言葉。
「言えよ!言やぁ良いだろうが!判断するのは、俺なんだぜ?・・世界と、アンタの、どっちが俺にとって魅力的か、ってこたぁ」
輝いて見える景色も。
心地よい興奮も。
一人では、砂を噛むように味気ないものになってしまうから。
「・・・くそっ・・・俺は、いるからな。アンタが駄目だっつっても、一緒にいるからな」
猛獣のような獰猛さで、村雨は呻って、目の前の身体を思い切り抱き締めた。
幾分痩せた身体が身藻掻いたが、あきらめたように力を抜いた。
「うん」
小さい、とても小さい声が、村雨の耳に届いた。
ようやく嵐のような激情が過ぎ去って、落ち着いては来たが、村雨はまだ龍麻の身体を放せずにいた。
何度も髪や背を撫で、顔中にキスの雨を降らせて。
龍麻は日溜まりの中で微睡む猫のような表情で、それを受けていた。
「そういえば、それで何だってアンタ、龍脈の支配を広げてんだ?」
そもそもの目的をようやく思い出し、問う。
「ん?あぁ、最初は、どうにか龍脈から俺を切り離せないかと四苦八苦してたんだよ。だけど、どうにも難しいことが分かってさ。・・・だから、発想を転換したわけだ」
くすくすと、悪戯が成功した子供の顔で。
「俺が、俺の支配する龍脈から離れられないなら、その龍脈の方を広げてやれば、俺が行ける場所も広がるだろう?やってみたら、こっちの方が割合簡単に出来たんだよ」
割合簡単って、そんなに軽く言って良いのだろうか。
龍脈の支配を広げることが、他の権力者を刺激することくらい、理解しているだろうに。
「目標は、とりあえず日本全土だな。それから、中国大陸にまで広げて、親父の墓参りに行くんだ」
日本と中国の龍脈を支配したならば、下手をすれば命を狙われる羽目に陥るか、利用しようと様々な勢力が躍起になるか。
けれど、そんなことを気にして、自分の望みを我慢するような人ではないのだ。
他人から見れば、『墓参りをしたいから』なんて『つまらない』望みのために、中国大陸まで支配されたらたまらん、と思うかも知れないけれど。
まあ、龍麻には自分が付いているから、と村雨はなるべく楽観視しようとした。
運良く目を付けられずにいられるかも知れないし、運良く事件に巻き込まれずにすむかも知れないし。
何より、目を離したら何をしでかすか分からない人だから、一緒にいるに越したことはない。
「あぁ、でも、お前は自由にどこでも行って良いから」
「一緒にいるっつってんだろうが!」
いきなり否定されて、思わず大声が出る。
「俺はな、村雨」
言って、にやりと笑うその顔は、良く見慣れたもので。
「会いたいのに会えないからって、1年に1度の逢瀬を、じっと待つタイプじゃないんだよ」
そういえば、今日は七夕だった。
なんだか色々あって、すっかり忘れていたが。
「お前に会いたくなったら、たとえそれが地球の裏側でも、龍脈を延ばして必ずいつか会いにいくから。もう、我慢なんてしない」
先程までの哀しそうな顔なんてどこへやら。
決断したなら、もう迷うことはない。
村雨が惚れた、そのまっすぐな眼差しで、龍麻は村雨を見つめた。
「お前が、今、ここに存在することを。お前の両親に感謝しよう」
誕生日おめでとう、と言う代わりに、そんな言葉を紡いで、龍麻は村雨にキスをした。
龍麻は、いつでも自分の足で大地にしっかりと立っている。
きっと、やると言ったからには本当に龍脈を延ばして、どこへでも好きなところへ行くようになるんだろう。
自分も、置いて行かれないようにしなければならない。
ただ一緒にいたいから、と、のんべんだらりと龍麻の部屋で惰眠を貪るような生活をするような男は、龍麻の傍らには相応しくないだろうから。
自分の道を自分の責任で選択して、邁進し。
そうして、時に帰ってくる場所があって、そこにいる人と、時間を共有できれば、言うことはない。
これが、きっと、本物の自立への第一歩。
ずっとずっと一緒にいるのではなく、
くっついて、離れて、また、くっついて。
絡み合う2本の紐のように、独立しながらも時に交わる、そんな人生も悪くない。
俺が、ここに存在すること。
彼が、ここに存在すること。
両親と、それから、信じてはいないけれど、神様ってやつに感謝しよう。
Happy Birthday
あとがき
てわけで、うちの村雨さんは一旦振られるんですが。
でも、今後はバカップル一直線(笑)。
ずっと一緒に暮らすんじゃなく、くっついたり離れたりを繰り返す感じで。
どっちも独身で通すけど(大笑)。
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