闇に、染まる 前編


 いつも通りの早朝。
 いつも通りの時間に、クレイドルは、いつも通りメーラの葉を携えて、リアムの家に向かった。
 「あ、おはようございます」
 リアムは、観葉植物を手に、家の外にいた。鉢植えのそれを、あまり直射日光が当たらない位置に据えて、ぽんぽんと手を払う。
 「これで、よしっと。・・・どうぞ、中にお入り下さい」
 向けられた笑顔は、ここ最近見慣れたものとは微妙に違う。
 いつもはもっと、あからさまに幸せそうな笑顔。言うなれば、子供がお菓子を貰った時のような笑顔であったが、今朝の笑顔は違った。
 かといって、それが作られた笑顔だとか、寂しそうな笑顔という訳ではない。
 何というか、幸せが内に向かっているような・・・穏やかな、自信に満ちた笑顔。

 中に入り、メーラの葉をその手に押しつけると、少し驚いた顔をして、それからくすくすと笑った。
 「何がおかしい」
 「もう、持ってきてくれないと思ってました」

 アンヌンに行くにせよ、断られるにせよ。

 クレイドルは、ソファに腰掛けて、部屋を見渡した。いつもと違い、部屋から奇妙によそよそしさを感じさせるのは、こざっぱりと片づけられているせいだ。机の上にも、何も置かれていない。
 すっかり、旅立つ準備済み。
 それに気付いて、思わず苦笑を漏らす。返事を聞く前から、承諾の意志が読めてしまう。
 リアムが、無言で隣に座る。蜂蜜色の小さな頭が、肩にもたれ掛かってくる。

 無言のまま、穏やかに時が過ぎる。

 覗き込むと、柔らかな微笑が返ってきた。
 いつものように真っ赤にならず、微かに目元だけを染めた様は、随分と艶やかだ。
 何も解っていない子供だと、思っていた相手が、急に羽化したかの様な錯覚に陥る。

 「・・・いいのか」
 その一言に、色々な意味を込めて。

 リアムは、目を逸らして、自分の伸ばした両手を見つめながら、独り言のように呟いた。
 「考えました。一晩。・・・答えは決まっていたつもりだったけど、もう一度、考えました」
 煙るような睫毛が、一瞬、空色の瞳を隠す。
 そして、また真っ直ぐにクレイドルを見つめた。

 「光を選ぶか、闇を選ぶか、という問いは、僕には難しいです」

 たった今まで、辺りを覆っていた穏やかな空気が、一変する。
 捕まえた、と思っていた、この子供は、彼を拒否した。
 リアムを、特別な存在だと思っていた心が、急速に凍り付く。
 (手に、入らないならば・・・壊してしまえ)
 それが、自分のスタイルだったはず。
 リアムの細い首に、手を巻き付ける。
 ちょっと、力を込めれば、人の子のそれは、簡単に折れてしまう。そうすれば、もう2度と、誰の物でも無くなる。

 リアムは、それが愛撫ででもあるかのように、目を細めた。
 「僕は、光は見たことがあります。でも、闇を見たことは無いんです。だから、選べない」
 外そうと足掻くのでなく、自分の首に掛かる手に、そっと指を這わせながら、クレイドルを見上げたその瞳は、初めて見るような強い光を放っていた。
 「見せてくれますか?僕に、闇を。・・・貴方の傍らで」
 昂然ともたげた頭は、ひたすら、真っ直ぐだ。
 怯えどころか・・・挑戦的ですらある。
 「貴方の側に、いられたら、それでいいと思ってました。光も闇も、関係なく、貴方さえ見られたら、それでいいと思ってました。・・・でも、それだけじゃ、きっと、多分、駄目なんです。僕は、貴方と同じ物が見たい。出来ることなら・・・貴方と同じ感覚で、見たい。貴方が好きな物は、僕も好きになりたい。・・・できるかどうか、わからないけど」
 視線が、揺れる。
 首にかけた力を、そっと緩める。そのまま、頬に手を沿わせると、その手を包むように、リアムの手が添えられた。
 「俺は、お前を変える。それでも、いいのか?変わった後で、光を選ぶ、と言っても・・・もう遅いのだぞ?」
 「変えて下さい・・・クレイドル」
 闇を選ぶ、と躊躇い無く言えるように。
 初めて、リアムに呼び捨てにされたが、不快ではない。それどころか、それが、彼と共に生きる決意の表れのように思われて、いっそ好ましい。
 それでも、言わずにはいられない。
 「馬鹿な奴だ、お前は・・・」
 それを受けるリアムの瞳は、揺らぎない。
 この、小さなひ弱いはずの子供が、これ程までに『強い』と感じたことは無かった。
 考えてみれば、天使と悪魔8人と対等に渡り合ってきたのだ。ただ流されるだけの人間には無理な事をしてのけたのだから、強靱な精神力を持っているのは、当然と言えば当然ではあったが。
 「では、来い。リアム。・・・お前を、永遠に、俺の物にしてやる」
 リアムの顔に、ゆるゆると昇ってきた表情は、ふてぶてしい程に満足そうだった。



 「本当に、それだけで良いのか?」
 人間の暮らしぶりというのは、よくは解らないのだけれど。
 リアムが手にしているのは、鞄が1つだけ。
 この小屋に、小さい頃から暮らしているという割には、随分と少ない荷物だ。
 もう2度と、ここには戻ってこないというのが解っているのか不安になる程に。
 リアムは、小さく首を傾げた。
 「僕用の食料とか、調理用具を持っていく必要がありますか?」
 「無い」
 「僕用の服を持っていった方が良いですか?」
 「いや」
 「じゃあ、やっぱり、こんな物ですけど」
 数冊の本、香料入れ、香水瓶、洗面用具、一泊出来る程度の衣服。
 「本当に持っていきたい物って、意外と少ないですよね」
 身一つでも良いくらい、と言って、ふわりと笑う。
 捨てる世界の物は、持っていく必要がない、という思い切りの良さは、清冽で。
 子供子供していると思っていた相手が、実はかなり気性が激しいことに気付いて、くらくらする。
 机の上には、『ごめんなさい』と一言書いた紙が乗っている。これも随分、簡潔だ。
 リアムは、もう一度、小屋の中を見渡して、満足そうに頷いた。
 差し伸べた腕の中に、迷わず飛び込んできた少年の躰をしっかりと抱いて、クレイドルは『飛んだ』。



 一瞬、意識を失っていたらしいリアムを、自室のベッドの上に降ろす。
 抱きしめていた鞄を放させ、床に置く。
 リアムは不安そうに、きょろきょろしている。
 「・・・どうした?」
 「ここ・・・アンヌンですよね?」
 「あぁ。・・・俺の部屋だ」
 宮殿の四方に突き出す塔の一つ。それがクレイドルの住処。
 「以前来たアンヌンは、意外と明るかったのに・・・やっぱりクレイドルさ・・・クレイドルの部屋は、暗いんだ」
 落ち着かな気に微笑んだリアムの焦点が、合っていない。
 クレイドルにとっては、これでもまだ薄明るいくらいだが、リアムにとっては漆黒の闇も同然らしい。声から判断した方に向いてはいるが、クレイドルの姿を捕らえられないようだ。
 「・・・怖いか」
 ベッドに腰掛けると、手探りでリアムが寄って来た。
 最初に、クレイドルの手を見つけ、それを伝って、肩に縋り付いてくる。
 「クレイドルの顔が見えないと、寂しいから」
 緊張しているのだろう冷たい手が、肩から顔に這い上り、確かめるように輪郭をなぞる。
 本当は、怖いのだろう。これから何が起きるのかも、はっきりとは理解できていない上に、ただ一人頼りにして来た男は、表情も見えないのだから。
 「『魔』になったら、貴方と同じように、ここでも見えるようになりますよね?」
 「そうなるよう、念じていろ」
 頬にかかった手を外させ、身体を抱き込んで、柔らかくベッドに沈み込ませた。
 「念じたら、それが叶うのなら、貴方好みの容姿になるように、念じていようかなぁ」
 「・・・なんだ、それは」
 「黒髪とか、銀髪の方が、好みでしょ?」
 「・・・くだらんことを、考えるな」
 確かにかつては、そういうのが好みだった。
 いつの間にか、蜂蜜色の髪と、空色の瞳以上に好ましい色合いが思いつかなくなっているというのは、多分一生、口を割るつもりは無いが。
 まだ、何か言い募ろうとしているリアムを、キスで黙らせる。
 「・・・うるさい口だ。塞ぐぞ」
 リアムは、はふ、と吐息を漏らすと、自分の顔を手で覆った。
 「・・・ごめんなさい。・・・緊張、してるみたいです」
 緊張すると喋り倒すというのは、この子供らしいと言えば、らしいが。
 煩い子供は、好みではなかったはずなのに、何故か不快には感じない。内容は他愛もない事なのに、いつもより小さくさえずるような声を聞いていると、胸の内に仄かな灯火が点るようで。堕天する際に忘れた筈の感情に、自分でも戸惑ってしまう。
 自分の中に、そんなものが残っていると考えるのは不愉快なのだが、と眉を顰めながら、少年が纏うシャツのボタンを外していく。
 白い肌には、昨日の名残のほの赤い痕が残っている。さんざん嬲った胸の小さな飾りは、まだ紅く熟している。
 その上に、細い皮紐で繋がれた、布製の小さな袋が乗っていた。『守り袋』とかいう風習だろうか?しかし、そこから漂う香りは、覚えがあるような・・・。
 取り上げて、袋を開けてみると、暗紫色の石がころりと落ちてきた。リアムが慌てて、手探りでそれを探す。
 「・・・なるほど」
 得心したのは、かつて夜に訪った際、リアムから感じた香りの正体がようやく知れたため。まさか身に付けているとは思わなかった。
 「確かに、俺は、『持っていろ』とは言ったが・・・」
 効果のほどを知っているだけに、使えとは言いづらくて、半ば照れ隠しの言葉であったが。
 「あ、いえ、その・・・大事にしようと、思って・・・。その・・・初めて頂いたメーラの葉は、調合に使っちゃったから、これを、宝物にしようって思って・・・」
 大切そうに、魔土石を握って、リアムは顔を赤らめる。
 「・・・そんなもの、これから、いくらでもくれてやる」
 「最初に頂いた物、っていうのに、価値があるんですっ!」
 解るような、解らないような。
 こんな、たかだか石に過ぎない物を大切にすると言う、その心根が嬉しいような、これから、もっと希少な物を与えてやれるのに、と不満なような。
 クレイドルの複雑な心境を余所に、リアムは首に掛かった紐を外し、魔土石をしまい込んで、手首にくるくると巻き付けてしっかりと握った。意地でも手放すまいという覚悟の様だ。
 「・・・好きにしろ」
 取り上げるほどの事でもない。クレイドルは、あっさりそれは放置して、リアムの下半身に手を掛けた。
 下着ごとズボンを脱がせるのに、リアムは腰を上げて協力する。しかし、一糸纏わぬ裸身となると、さすがに、恥ずかしそうに目を逸らせた。
 「あの・・・僕は、見えないけど・・・クレイドルには、僕がはっきり見えてるんですよね?」
 「ああ」
 いっそリルダーナの眩しい光の中よりも、見やすいぐらいだ。
 そう言うと、リアムの顔が更に染まり、きゅっと目を瞑った。自分の視覚を遮断しても、意味は無いだろうに。
 足を開かせ、身体を割り込ませると、小さく声を上げて、閉じようとしたが、もう遅い。
 「な、なんか、凄く・・・恥ずかしいんですけど・・・」
 訴えるように見上げてくる潤んだ瞳は、クレイドルを映してはいない。
 「昨日は、恥ずかしがってはいなかったようだがな」
 「き、昨日は、何だか、よく判らないうちにっ」
 赤らめた頬に舌を這わせると、鋭く息を飲んで、文句が途絶えた。
 首筋、鎖骨、そして胸・・・。クレイドルの指や舌が触れる度に、息を堪える様が初々しい。それはそれで良いのだが、もっと快楽に喘がせてみたくもなる。
 「リアム・・・」
 耳元で囁くだけで、細い躰がびくっと仰け反った。そのまま、わざと音を立てて耳孔を舐ると、堪えられないといった風情で、顔を背ける。
 悪戯に胸を引っ掻いていた手を、脇腹を通って下半身に落とす。
 「やっ・・・!」
 すでに変化して、震えながら自己主張しているそれを、柔らかく握り込む。
 何かを打ち消すかのように、激しくリアムは頭を振る。
 「あ・・・あっ・・・いやぁ・・・!」
 泣き出さんばかりの潤んだ瞳。力無い腕が、クレイドルの背に縋り付いた。
 敏感な先を爪で刺激してやると、簡単にそこは涙を滲ませる。ぴん、と張りつめた内股が、しっとりと汗ばんでゆく。
 かすかに、血の匂いがした。辿ると、噛み締められた唇に、血が滲んでいるのが見える。
 「・・・何故、耐える?」
 今のところは、嬲るつもりは無いのに。素直に、快楽に身を任せれば良いのに、何故、それを拒むのか。
 顎を掴み、噛み締めた唇ごと舐めると、僅かに力が緩んだ。舌を絡ませながら、手でゆっくりと刺激を与えると、小さな舌がわなないた。
 「・・・ずるい、です」
 せわしない息の下から、辛うじて紡がれた言葉が、理解できない。
 「第一、どうして、僕だけ、裸なんですかっ」
 悔しそうに、言い放つ。・・・どうやら、この子供は、あくまでクレイドルと対等な立場でいたいらしい。
 苦笑して、自分の衣服を取り去る。床に、鎖が落ちて、ちゃりという音を立てた。
 「これで、満足か?」
 直接触れる肌に、怯えたようにリアムは身を竦ませた。それでも、クレイドルの背に回された腕に、力が込められる。
 「はい。・・・クレイドルの匂い、好きだから」
 それを示すように、クレイドルの首筋に顔を埋めて、鼻をくすんと鳴らした。
 瞬間、こみ上げた感情のままに、力一杯抱きしめると、リアムは少し驚いた顔をして、それから、笑った。
 とても、幸せそうに。

 切ない泣き声のような、喘ぎが室内を満たす。同時に、淫らな湿った音も。
 この子供の拒絶の言葉は、自らの快楽を示すのを打ち消そうとする無意識の産物と、理解してしまえば、これ以上に甘い睦言はない。逆に、苦痛は訴えることが無く、ただクレイドルに縋り付いてやり過ごそうとする。
 「あっ・・いやっ!」
 何度目かの精を放って、リアムの内部が小刻みに痙攣する。差し込んでいた指を引き抜くと、熱い粘膜が放すまいと絡みついてきた。
 力の抜けた両脚は、クレイドルのなすがままに、たわめられて。指の代わりに、自身をあてがうと、キスをねだるように、腕を伸ばしてきた。それに応えてやりながら、入り口をノックすると、その都度、蕾がきゅっと収縮する。幾度か繰り返し、反応しきれなくなったところで、一気に貫いた。
 声もなく、限界まで反らされる躰。
 狭い通路にねじ込む形で、腰を進めると、ひたすらしがみついてくる。
 息を詰め、衝撃に耐えているリアムの口を、無理矢理こじ開けてやる。
 「はっ・・あっ・・」
 声が漏れると同時に、きつく閉じていた躰も多少やわらぐが、また強ばっていって。
 どうにか、全てを納めきって、リアムに声をかけようと身を屈めたが、その動きにも顔を歪める。
 「辛いか?」
 その問いを咀嚼するように、何度か瞬いて、リアムは口元を笑いの形に変えた。
 「平気、です・・・クレイドルは、やっぱり、優しいな・・・」
 何故、この子供は、こんな状況で笑おうとするのだろう。
 何故、こんなにも信頼しきった目で見上げるのだろう。
 与えている物は、苦痛の筈なのに。
 この子供を見ていると沸き上がる、自分自身の感情を認めたくなくて、乱暴に突き上げた。
 
 血臭が、立ち籠もる。そのぬめりを借りて、幾分動きやすくはなったが、嫌いではなかった筈の臭いに、胸がむかつく。
 どんなに責め苛んでも、リアムの口から拒絶の言葉は漏れない。力無い手が、ただ縋ってくるだけ。
 自分が、快楽を得ているのか否かも、よくは解らない。ひょっとしたら、耐えているこの子供同様、事の終わりを望んでいるのかも知れない。
 苦痛に泣きわめく相手を、征服するのは、とてもオモシロイものだったはずなのに。
 拒絶するなら、切り刻んで、ただの肉の塊にしてしまうのに。
 リアムが苦痛を耐えている、と考えるのは、とても不快で。それを与えているのが、自分だという事実は、もっと不快だ。
 快楽から離れていく思考とは裏腹に、生理的に熱せられた欲望から、膿がリアムの最奥に放たれる。開放感、というより、これでリアムの苦痛が終わるのだという安堵感に、息を付いて、身を離した。
 目をきつく閉じて耐えているリアムの額に、汗で張り付いた髪を、指で整える。
 (早く、目を開けて、俺を見ろ)
 その瞳に自分を映させたい。自分だけを、見させていたい。
 大切だ、と思う、その不慣れな感覚とは別に、味わい慣れた強烈な独占欲は、健在だ。自分でも、呆れたものだ、と思う。リアムの、苦痛に歪んだ顔は見たくないと感じつつも、これを見るのは、自分だけだという矛盾した満足感。
 「リアム」
 呼びかけて、口づけを落とす。額に、瞼に、頬に、唇に。

 ゆるゆると、リアムの瞼が、震えながら上がった。
 覗き込んだ瞳に、見たくはなかった感情が浮かんでいるのに気付き、息を飲む。
 ・・・『恐怖』。
 最初に出会った頃にさえ、ここまで始原の純粋な『恐怖』は、表さなかったのに。
 やはり、無理だったのだろうか?
 何が起こるか、理解しておらず、与えられるものが苦痛だと知って、その源の彼を拒否するのだろうか?
 (お前は、俺のものだ)
 狂気が、心を満たしていく。
 たとえ、リアムが怯えて、逃げようとしても。彼から、もう心が離れたのだとしても。
 逃がしはしない。呪縛の悪魔の名に賭けて。
 「お前は、俺のものだ」
 声が、ひび割れる。心と同様に。

 だが、それを聞いて、リアムの瞳が幾分やわらいだ。
 唇が、何かを形取っているのに気付いて、耳を近づける。
 「・・・ク、レイ・・・躰、が・・・へ、ん・・・」
 微かな、吐息のような、訴え。
 髪が引かれる気配に、そこを見やると、指がクレイドルの髪に巻き取っている。その指を握ると、驚くほど、冷たくなっていた。
 「リアム?」
 「死ぬ、のは・・イヤ・・・いっしょに、ず・・・と・・・・・・」
 恐怖に見開かれた瞳から、涙が溢れ出してくる。
 リアムの指どころか、腕、体躯までもが、凍えるような冷たさに浸されていくのに気付き、ようやく、クレイドルは、事態を把握した。
 変化、していっているのだ。
 「大丈夫だ」
 触れると張り付くのではないかと思えるほどに冷たくなった指先を包んで、クレイドルは、言い聞かせる。
 「お前は、『魔』になる。・・・目が覚めたら、それから、ずっと、一緒にいられるのだから・・・」
 自分でも、確信を持っているのではない、そのセリフを、念じるように耳に注ぎ込む。
 「お前は、永遠に、俺のものだ」
 リアムが、僅かに、微笑んだ。
 そして、ゆっくりと、瞼が閉じられる。
 力の抜けた指が、ぱたりと、シーツに落ちた。
 そのまま、息さえ、静かになっていき・・・



 
呼吸も、心臓の拍動も、停止した。






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