夜来たる。しかも複数 後編
リルダーナにて。
いきなり出現した天使と悪魔が目にしたものは、クレイドルの膝の上に抱かれたリアムが、ほんのりと頬を上気させ、目を閉じている様と、それに覆い被さっているようなクレイドルの頭であった。
なお、接触までには、まだ数cmの余裕がある状態である。
温かくて、また寝ちゃいそう、と目を閉じていたリアムの耳に、意味不明の雑音が、大きく鳴り響いた。
しょうがなく、目を開けてみると・・・天使と悪魔が5人ばかり、叫んでいた。
(まさか・・・どっ○りカ○ラみたいに、からかわれてたんじゃ・・)
と、見上げた先のクレイドルは、実に不機嫌そうな顔で、額を押さえている。
この分だと、彼の方も、邪魔が入ったのを不愉快に思っているようだ。
「え〜と。・・・あの、皆さん、こんばんは」
安心して、挨拶などしてみる。
クレイドルの膝の上で、彼のマントにくるまって。
「いいから、離れろ〜!!」
頭をかきむしりながら、ナデューが叫ぶ。
・・・却って、クレイドルの腕に、力がこもった。
別段、逆らう気もないリアムは、片頬をクレイドルに押しつけながら、他の5人の方を見る。
「あの、皆さん、一体、何が、あったんでしょうか?・・・今夜は、何か、特別な日か何かなんですか?」
クレイドルも、約束なしに訪ねてきたし。
のんびり、そんなことを考えつつも、どうも、雰囲気が険悪なのを感じ取る。
それも、自分に向かって、ではなく、クレイドルに向かって、敵意が放散されているようだ。
(よく、解らないけど・・・クレイドルさんが、苛められそうなのかな?僕と一緒にいるから?・・・何とか、しなきゃ)
そう、決心する。ともかく、この体勢は、まずいらしい。
離れよう、と少しクレイドルの胸を押すと、ますますクレイドルの腕に力が込められる。
こういう状況でなければ、嬉しいのだが。
「ちょいと。いい加減、お離しよ。・・・坊やが苦しがってるよ」
シトラの声も、かなり低気圧。
こうなれば、実力行使だ、と言わんばかりに、こちらに回ってくるナデューを見て、渋々とクレイドルの腕が緩められた。
その隙に、クレイドルの膝上から降りたって・・・
「ふにゃ・・・くしゅん、くしゅん、くしゅん、くしゅん、くしゅん!」
いきなり部屋の温度に触れて、リアムはくしゃみを立て続けにしてしまう。
また、伸びてくるクレイドルの腕を遮るように、ナデューが割り込んで立ち、マントの留め金を外した。
「そりゃあ、そんな格好じゃあ、寒いだろうなぁ・・・。俺が、温めてやろうか?」
「け、結構でふ!・・・ふにゃっ、くしゅっ!」
つれない返事をするリアムに、ぱふっとマントが被せられた。次から次へと、計5枚。
(有り難い、と言えば、有り難いんだろうけど・・・クレイドルさんのマントの方が、温かかったよぉ・・)
恩知らずなことを考えつつ、ソファに座り直す。
色とりどりのマントの隙間から、素足の先やら、首筋やらが僅かに見えて、妙に可愛い格好だということは、本人は気付かない。
「あ〜、その、リアム。クレイドルが・・・いや、いきなり、そこから始めるのも、何だな。・・・え〜」
さしものソリュードも、リアム相手では歯切れが悪い。
「リアム!アンヌンに行っちゃうんですか?!」
ティムは実に直球ストレートである。
剛速球過ぎて、リアムは話についていけない。
首を傾げたリアムの前に、もう一人、天使が降り立った。
「みな、ここにいたのか!」
「・・・あ〜、来てしまったのか・・・」
「・・・お前ら、責任持って、管理しとけよ」
えらい言われようである。
無論、そんな些細なことは耳に入らず、アドルは、びしぃっと指さした。
「リアム!」
「はいっ!」
「そこの男に、もしや、ふ・・ふ・・ふら、ふら・・」
「・・・ふらひす?」
「違う!ふら・・不埒なことをされたのでは、あるまいな!!」
フラチナコト。
・・・う〜ん、とリアムは悩む。
夢の中でキスされたとか、触られたというのは、自分の勝手な夢だから、『不埒なこと』には、入らないだろう。
温めてくれたのも、入らない気がする。
「あの〜、不埒なことって言うのは、具体的には、どういうことでしょう?」
にっこり、微笑んで聞き返す表情は、無邪気そのもの。
思いもかけない反撃にあって、アドルは狼狽えた。
思わず、周りを見るが・・・
ロキ:やはり「不埒」が理解できていない。
ティム:きらきらと、『生徒』の目で見ている。
ソリュード:何げに視線を外している(口元は笑っている)。
シトラ:人の悪い表情で、見ているだけ。
ナデュー:にやにや笑って、中指を立てている。
・・・誰も、助けてくれない。
「つ、つまり、例えば・・・無理矢理、せ、接吻された、とか!」
真っ赤になっているアドルに、シトラが思わず吹き出した。
「キスくらいで、不埒なんて言われちゃ、たまんないねぇ」
「そうですね・・・僕、キスなんて、一杯しちゃってるし・・・」
思わず相づちをうってから、はた、と気付く。
・・・部屋の温度が、10℃以上、下がった気がした。
ついでに、横からは、ごおおぉぉぉと、荒れ狂う嵐の音がしている気配がする。・・・恐いので、そちらの方には向かないことにした。
雰囲気を読んでいないロキが叫んだが、内容は、みんなの気持ちを代弁していた。
「え〜っ!誰とだよ!俺とはしてないじゃん!」
こうなったら、ひたすら、気付かない振りをして、誤魔化すしかない。
「あ、最近は、してないからね。僕もちょっとは大人になったってことだよね」
うんうん、と頷く。
「説明を、してくれないかな?」
ソリュードの声が、上擦っている。
ちなみにアドルは、硬直している。目が虚ろだ。
「あ、えっと、クランの街では、ケンカして仲直りする時、キスする習慣なんです。僕、ここに来るまで、リルダーナ共通の風習だと思ってたんですけど、違ってて・・・だから、最近は、全然キスしてないんです。昔は、一杯したんだけどなぁ・・・父さん、母さん、姉ちゃんに妹、お隣のお姉さん、おばさん、パン屋のおじさん・・・それに、年の近い子たちとは、ほとんどキスしてるなぁ・・・みんな、どうしてるかなぁ・・・」
しみじみ述懐してから、ふと思う。
(これだけ、キスぐらいなら一杯してるのに、なんで、クレイドルさんにキスされたのは、あんなにドキドキしたんだろう?)
「そんだけ、たくさんキスしたって豪語しやがんなら、俺ともしろよ」
「なんで?ナデューさんと、ケンカした覚えが無いんですけど?」
それを言うなら、クレイドルとも、ケンカした覚えは無いが。
「あ〜、ケンカした時だけなのか?キスをするのは」
「えっと・・・あ、他にもしますね。挨拶代わりに。いってらっしゃいとか、お帰りなさいとか、おはようとか、お休みなさいとか」
「・・・恋人同士はしないのかい?」
「さあ・・・すると思いますけど。僕、まだ、その作法を習わないうちに、こっちに出て来ちゃったから、詳しくは分からないんですけど」
・・・とりあえず、隣の『ごおおぉぉぉ』は、ちょっと収まったようだ。
「・・・キスに作法もくそもあるかよ・・・」
「ありますよぉ。結構、面倒なんですよ?自分が年上または格上で、相手の不作法を許してやるぞという場合のキスの仕方、とか、逆に、自分が格下で、すみません許して下さい、のキスの仕方とか、いちいち決まってるんですから」
だから、きっと、恋人同士のキスの仕方も、色々決まってるだろう。
街の青年団員が、『失敗した〜!』とかひそひそ話し合ってるのは、多分それだ(←違う)。
「その男に、接吻をされたのでは無い、ということは解った。では、何故、突然・・・その・・・」
言いかけて、アドルは、真っ赤になったまま、腕を意味無く振り回した。
次の言葉が、なかなか出てこない。
またしても、助けてやらない天使達。
・・・思わず、フォローするのは、何故かナデューだった。ま、フォローするというか、苛ついているだけかも知れないけど。
「リアム、なんで、いきなり、『大人な意味』が解るようになったんだよ?・・・やっぱり、クレイドルに何かされたんじゃないのか?」
あ〜んなことや、こ〜んなこと、と何やら手振りで示しながら。しかし、目はマジだ。
困ったな〜と、リアムは思う。
「本当に、言葉じゃ、説明しにくいんですけど・・・」
「言葉に出来ないようなことをされたのか!」
「そうじゃなくて!」
う〜ん、う〜んと頭を抱えているリアムに、ソリュードが助け船を出す。
「いや、少しずつでいいから、話してくれないか?俺達も、気になっているんだ。な?」
穏やかな声に促されて、考えながら、話し出す。
「う〜んと・・・・・・えっと、まずは、僕の、『クレイドルさんが好き』とか『アドルさんが好き』とか考えるときの、『好き』が、どうも、間違ってたんじゃないか、って気付いたのが最初で・・・」
つい、ぽろっと。
特定の名前を出してしまってから、慌てて、あ、皆さん好きですけど、と付け加えてみる。
「・・・その2人が『好き』ってのは、確かに間違ってるぞ」
「ちょいと、黙ってお聞き!」
「えっと・・・この『好き』っていうのは、何か、僕に全然関係ない『好き』っていうか・・・う〜ん、例えば、小説の中の登場人物が『好き』って言う時の『好き』と一緒というか・・・。
僕が『熊のミルトン』の猫のギーちゃんが好きだろうと嫌いだろうと、実生活には、全然関係しないんですよね。そういう『好き』っていうか・・・うぅ、どう言えばいいんだろう・・・。
アドルさんもおっしゃってましたよね、人間の一生なんて、天使さん達にしてみたら、一瞬みたいなものだって。
だから、僕、今、天使さんや悪魔さん達とお話してるけど、きっと、それも一瞬のことで、そしたら、やっぱり、僕にとっては、皆さん、伝説の中に出てくる方々と同じで、僕の人生設計には、全然関係してこない人だっていうか・・・」
ところどころ、つかえながら話す姿が、真剣だったため、実は結構失礼な話をされているにも関わらず、誰も突っ込まなかった。
それどころか、リアムの上目遣いの『解ってくれるかな〜』という表情が、可愛いなぁ、などと考えている7人である。
・・・腐った話だ。
「えっと・・・夕べ、クレイドルさんが、お泊まりされたされた時・・・」
「なに〜!!!」
一転、ハイテンション。
「抜け駆けするな!クレイドル!」
「泊まっていっただと!!許さん!断じて、許さん!!」
「・・・ふん」
「ソファで、休んでいかれただけですよぉ!夜中に、お帰りになったし!」
「・・・・・・続きを聞かないか?」
騒ぎが静まるのを待って、話を続ける。
「帰られた後に、毛布に、匂いが残ってたんですよね。
そしたら、急に、『あぁ、この人は、今ここにはいないけど、どこかには、確実に存在するんだな』って、気付いたんです。・・・・・それだけ、なんです。本当に」
ぱたっと話が止まったリアムに、ロキが目を丸くして見つめる。
「へ?それだけ?」
「あの、リアム、僕たちが、ここにいない時には、フラヒスやアンヌンにいるって、気付いてなかったの?」
「理屈では、解ってたつもりなんだけどね・・・」
リアムは、顔をしかめる。
フラヒスも、アンヌンも、存在していることは、頭では理解しているつもりだったけど。
しかし、実際に見たこともなければ、生活したこともない空間。
「アンヌンも、リルダーナの裏も、クレイドルさんが連れてってはくれたんだけど・・・いきなり、飛んでって、『ここがアンヌン』って言われても、ピンとこないって言うか・・・自分の脚で歩いていったなら、遠いところだなぁとか分かったんでしょうけどね」
歩いてはいけないが。
それにしても、いちいちクレイドルの名が出るたびに、過剰に反応するのはやめて欲しい、とリアムは思った。
・・・そう思うなら、もう少し考えて話せば良いのだが。
「ふむ・・・興味深いな・・・。空間認知能力の限界か・・・。リアムの年齢のせいなのか、それとも今のリルダーナに住む人間の特徴か・・・もう少しサンプルが欲しいな。あ、いや、時間認知能力にも関係しているのか」
うんうんと一人頷いているソリュード。
「それだけ、ねぇ。・・・な〜んか、抜け駆けされてる気が、ひしひしとするんだけどねぇ・・・」
そう呟いて、優美な眉を顰めるシトラ。
こっちの反応の方が正しいだろう。
ある意味、リアムは『クレイドルの贄になることを、考えてみた』と言っているのだから。
「ま、まだ、あきらめたりは、しないけどねぇ。・・・やっと、意味が通じるようになったってことは、これからが、誘惑の悪魔の本領発揮だもんねぇ」
競馬で言うなら、4コーナーを回った時点で、10馬身くらい離れている程度の差だ。
逆転の目が、無いことはない。
一応。
「・・・まあ、そういうことにしといてやるか」
あっさり引き下がったナデューは・・・理解できなかったのかも知れない。ロキも同様。
「ふう、もう遅いことだし。アドル、そろそろ、おいとましないか?」
今晩は、十分楽しんだことだし。
ソリュードの目は、そう語っていた。
「『好き』というのは、間違っていた・・・・・・。『好き』が間違い・・・・・・・」
アドルの思考は、そこで止まっていた様だった。
目線を宙に据えたまま、呟いているアドルの腕を取って、ソリュードは、ティムに目で合図した。
「は〜い。・・・じゃ、リアム、また、明日!」
「あ、お疲れさまでした。・・・あ、マント、持って帰ってね。今日はどうも、ありがとうございました」
ティムが逆側の腕を取り、3人の天使は、帰っていった。ほとんど、連行されているようだ。
「さて、と。帰るか、野郎ども!」
「おう!」
「だから、野郎ども、はやめとくれって、何度言ったら分かるんだろうね、このイノシシ男は」
「皆さん、また来て下さいね」
なんだか、急に眠気が襲ってくる。
時計は・・・更の中。かなり遅い。
うにゅうと目をこすりながら、3人にマントを渡す。
「・・・マントから、私の匂いはしたかい?」
「シトラさんの匂いですか?しましたよ。皆さん、それぞれの匂い」
「・・・もうちょっと、言い方はないのかい、この子は・・・」
ふう、とため息をついて、シトラはマントを羽織る。
たった今、その他大勢扱いしたことには、全く気付かず、リアムは、目をしばたいている。
(クレイドルさん、全然、しゃべんなくなっちゃったなぁ・・・。どうして、こうなっちゃったんだろ)
ソファから立ち上がったクレイドルを、じっと見上げる。不機嫌そうな、顔だ。
「クレイドルさんも、また来て下さいね」
おそるおそる、そう言ってみる。
「・・・リアム」
「はい?」
クレイドルの手が伸ばされたが・・・
「ほら、アンタも、帰るんだよ」
あっさり、シトラに首根っこを掴まれた。
その手を払いのけてはみたが、さすがに続行する気も無くなったらしく、クレイドルはきびすを返した。
ナデューが飛び、ロキが飛び・・・、残り二人が、火花を散らしている。
「・・・貴様、何故、帰らん」
「アンタが、ちゃんと帰るのを見届けないとねぇ。この子にちょっかい出して帰らないとも限らないしね」
「・・・貴様には、関係の無いことだ」
「無いってこた、ないだろ?私だって、リアムが気に入ってるんだしねぇ」
思わず、ケンカはやめてよ、といつものセリフを言いつつ、リアムは戸口でおろおろする。
「・・・ふん」
それに気付いて、クレイドルが目線を外し、姿を消した。
「やれやれ。・・・寂しそうだね?私が残って、慰めてあげようか?」
口元を優雅に覆っているが、からかわれているのは一目瞭然。
リアムは、ぷるぷると首を振った。
「じゃあ、私も帰るよ。おやすみ、リアム」
「はい、お休みなさい、シトラさん」
ようやく、みんないなくなって・・・リアムは盛大にあくびをした。
(なんか、今日は色々あったけど・・・とにかく、寝よっと。明日のことは、明日考えよう・・・)
鍵を閉めて、寝室の布団に潜り込む。
(クレイドルさんの抱っこ、温かかったなぁ・・・)
冷たい布団が、身体にしみる。
縮こまって手足をさすりながら、リアムは、またクレイドルのことを考えている自分に気付く。
(クレイドルさん・・・僕のこと、好きかなぁ?アンヌンに、連れていってくれる気、まだ、あるかな?)
脈はあると思うのだけど。
ペットくらいの愛情は持ってもらってるかも。
(よし、明日から、また、がんばろっと。・・・お休みなさい、クレイドルさん・・・)
さすがに、今日は、夢すら見なかった。
次回予告!!
他の7人公認(公式に『敵』と認定)されたクレイドル!キスくらいで悩んでいる場合か!!
リアムも希望していることだし、さっさとアンヌンにさらってしまえ!!
「こういうことには、手順が・・・」そんなことを言ってる場合か!?
さあゆけ、クレイドル!いい加減、Cまでいってくれんと、私も書き甲斐ってもんが・・・!
次回「プロジェクトK」でお会いしましょう。
あとがき
ようやく、終わったっす。「夜、来たる」実は1本の話でした(笑)。筆が(キーボードか)滑る滑る。やっぱり、オールスターキャストがまずかったかなぁ・・・。もう2度と書かないけど。
なお、「夜、来たる」はアシモフの小説から取りましたが、原作の方は「夜が来たる」という意味なのに対し、こっちは「夜に来たる」になってますね。どうでも良いですけど。
・・・ところで、私がクレイドル様の次に好きなのがアドルだって・・・わかった(笑)?