夜来たる。しかも複数 前編


 夢をみながら、「これは、夢だ」と分かっているときがある。
 今のリアムが、その状態だ。
 (最近の、僕の夢って、追いかけられるか、落っこちる夢が、多いんだよなぁ・・・)
 等と、ぶらぶらと揺れる脚元から見える・・・厳密には『見えない地面』を眺めながら、ため息をついてみる。
 舞台は、東の山。突然の突風に、吹き飛ばされるが、アドルに助けられる。いわゆる「リー・ドラゴン遭遇編」。
 なお、追いかけられる場合は、悪魔が相手のことが、主である。
 残念ながら、「追いつかれたら、ナニをされるか」という部分が、今ひとつよく分かっていないため、追いつかれた時点で、夢が終了してしまうのだが。
 (これって、夢だもんなぁ・・・落っこちるかもっって思ってたら、落っこちたりして・・・)
 そんなことを考えつつ、自分を支えているアドルを、見上げた。

 すると・・・いきなり、アドルの姿が消えた。
 (やっぱり〜〜!!)
 「うきゃあぁあっ!」
 咄嗟に、目をしっかりと瞑る。
 地面に激突する衝撃を予感して、身体が強ばる。
 夢の中でも、痛いものは痛い・・・リアムの夢は、そういう風に出来ていた。
 あまり、有り難くない機能である。
 それにしても、滞空時間が長い。そろそろ、地面に着いてもいい頃なのだが。
 「きゃああぁぁぁぁ・・・・・って、あれ?」
 自分が、柔らかく抱き留められているのに、急に気付いた。
 身体の緊張を解いて、そーっと腕の主を確かめる。
 「今のは、何だ!!」
 何やら、いきなり怒鳴られているが・・・とにかく、自分を助けてくれたのは、クレイドルらしい。
 「あ、クレイドルさんだ・・・って、あれあれ?なんで、クレイドルさんが、ここに????」
 嬉しいのだが・・・何故、東の山の断崖絶壁から落ちて、クレイドルに助けられるのだろう?
 つい先程まで、これを夢だと認識していたことも忘れて、リアムは思った。
 ここは、アドルかリー・ドラゴンの出番のはず・・・。
 いや、クレイドルに助けられたのは、本っ当〜〜っに!嬉しい!!のだけれど。
 「お前は、あの天使が好きなのか!!」
 状況が全く把握できていないリアムが、ひたすら考えている中、クレイドルはまだ怒鳴っていた。。
 「答えろ!!お前は、あの天使を選ぶのか!?」
 (なんだか、よく分からないけど・・・クレイドルさんに怒られてるよぅ・・・)
 クレイドルに、がしがしと揺さぶられて、細い首が「縦に」揺れる。これでは、「選ぶのか?」「はい」と言ってるようだ。
 「好きなのか!?・・・あんな男のどこがいいと言うんだ!」
 (なんだか、やっぱり、よく分からないんだけど・・・とにかく、クレイドルさんの質問に答えなきゃ!)
 「ア、ア、ア、アドルさんのことですか?えっと、好きかと聞かれたら、好きなんですけど・・・」
 僕は、クレイドルさんの方が好き・・・という続きは、言葉にならなかった。

 真っ白。

 今のリアムの精神状態である。
 
 まず、戻ってきたのは、痛覚。
 きつく吸われている舌が痛い。それから・・・無理に仰のけられた、首筋が痛い。
 ついで、そうさせている、手の熱さ。
 なんだか、全身が強く抱きしめられている気がする。
 息が・・・出来ない。
 ふいに、唇を覆っていた熱さが離れた。
 焦点が、いまいち合わないが・・・クレイドルの顔がほんの目前にある。
 (ククククククレイドルさん!いいいいいい今の、なに!?)
 言葉が出てこない。ぱくぱくと口だけが動く。
 先程まで熱かった、自分の唇が妙に冷たくて、寂しい・・・それを感じ取ったかの様に、クレイドルが、また唇を寄せてくる。
 温かな感触に包まれて、今度は、ぎゅっと目を閉じた。

 夢なのに・・・クレイドルの舌が、自分の唇を嘗めている感触が、いやにリアルだ。
 歯列を割り、柔らかな頬の粘膜を内からたどられ、生々しい感触にひどく驚く。
 唇だけでなく、脇腹に、幾分冷たい、乾いた手のひらが乗せられる感覚に、リアムの身体が思わず跳ねる。

 (コレハ、ユメダ)
 これは、自分の夢・・・。

 夢は、自分でも気付かない、心の奥底に眠る願望を映すと言われている・・・・
 ならば、これは、自分の希望だろうか?
 クレイドルに、キスされる。クレイドルに、触れられる。
 自分の中には、そんな浅ましい欲望が、眠っていたのだろうか?
 (ボクハ、タダ、コノヒトトイッショニ、イタカッタダケナノニ・・・)
 本当に、そうだろうか?
 (オマエハ、無垢ナ少年ノフリヲシテイルダケダロウ?)
 自分自身の声だ・・ということは判っていた。耳を塞いでも無駄・・・内から聞こえる声なれば。
 もう遅い・・・リアムは、気付いてしまった。
 もう、元には戻れない。

 「・・・なんで・・・っ・・・・僕・・・・」
 何故、こんなに罪深いことを望むのだろう。
 どうして、この人と一緒にいたい、というだけでは駄目だったのだろう。
 すがりついた、クレイドルの胸は、温かい。
 クレイドルの腕は、リアムの背に回っている。先程のように、きつくはない、なだめるような抱擁。
 何故、こんなに優しくしてくれる人に、もっと触って欲しいなんて、思うのだろう。
 もっと、触れたいなんて、思うのだろう。
 「・・・何故、泣く」
 (きっと、僕は、汚れた罪深い存在です、ジーア様)
 ただ、囁かれただけなのに、身体の芯が熱い。
 もっと、と思う。
 全然、足りない・・・コノ男ヲ、喰イ尽クシテシマイタイ程。


 リアムは、開いた目の前の、暗闇を透かし見た。
 今、自分が置かれた状況が、把握できない。
 伸ばした手足が、冷ややかなシーツに触れ、先程までの温もりの記憶が去っていく。
 
 とても、哀しい、夢を見た。
 それが、何かは、思い出せないけれど。

 がたんっと、音がした。
 まだ、暗い・・・誰かが、部屋に・・・
 (あぁ、そうか、クレイドルさんが、いるんだっけ)
 何故か、その人のことを考えると、胸が締め付けられるような心持ちがする。
 リアムは、スリッパを突っかけて、隣室へと向かった。
 「クレイドルさん?」
 誰も、いない。
 ソファの上に、夕べ自分が掛けた毛布が、無造作に置かれてあった。手に取ると、まだ、温かい。
 そぅっと、取り上げて、胸に抱くと・・・匂いがした。
 メーラの葉に似た・・・しかし、明らかに異なる匂い。
 (クレイドルさんの、匂いだ・・・)

 突然に。
 夢の内容が、フラッシュバックする。
 この、匂いのする、男の腕に抱かれた。
 口の中と・・・体躯の肌に蘇る、その感触。

 思わず、その場にへたり込む。
 (ぼ、ぼ、ぼぼぼ僕、なんだか、凄い夢!見たような・・・!)
 よりによって、クレイドルが寝ている隣の部屋で。
 (まずいよ〜、こんなこと、クレイドルさんに知られたら、・・・嫌われちゃうよ〜!)
 勝手に、夢に出演させた挙げ句に、キスはさせるわ、触らせるわ。
 嫌われるというか、怒られるというか、半殺しにされそうというか。
 (待て、冷静に考えろ、僕!僕の夢なんだから、クレイドルさんが知ってるわけ無いんだし!あ〜、でも、明日、クレイドルさんに、どんな顔して、会えばいいんだろう・・・)
 力を込めて、毛布を抱きしめると・・・下腹部に密着するように挟み込んだそれが、別の感触を思い起こさせる。
 「・・・いくらなんでも、それは、まずいよぉ・・・!」
 つい、口に出して、自分自身をたしなめてみるリアムであった。


 翌朝、呆然と洗濯などしながら、リアムは隈の浮いた顔を空中に向けた。
 (ゆうべは、なんで、あんな、ゆめみちゃったんだろう・・・)
 あれから一睡もしていないため、漢字で思考すら出来ない。
 (とにかく、だいじなのは、これからのことだよね)
 何故、というのは、ともかく置いといて。
 一つだけ、確かなことがある。
 自分は、クレイドルのことが好きだということだ。
 これまでは、単に一緒にいたいという漠然とした想いであった。
 よ〜く考えてみたら、一緒にいて、何をしたいかというのは、考えてもみなかったのだけれども。
 ただ、好きだから、1日の内に1〜2時間しかお話しできないというのは寂しいから、もっと一緒にいたかっただけのような気もするし。
 肉体的接触、というのは、頭では知っているつもりであったが、実際自分のこととなると、全く思いつきもしなかった。
 改めて、他の天使や悪魔とのハプニングなどをつらつらと思い起こしてみると・・・相手の方は、ちゃんと判っていたような。
 (クレイドルさんがいう、「にえになる」とか「おちる」って、そういういみだったのかなぁ・・・)
 ・・・今頃気付いたのか。クレイドルが知ったら、さぞかし脱力することであろう。
 いや、他の3人の悪魔が知っても脱力しそうだが。
 あ、いや、天使が知っても。
 (でも、もし、そうなら、クレイドルさんも、ぼくのこと、そういういみですきだってことだよね)
 「がんばろっと」
 何を、どう頑張ったらよいのかは、よく判らないのだけれども。

 実のところ、未だリアムは、「魔になる」ということが理解できていない。
 というよりも、「具体的な自分の未来」というものを想像したことがないのだ。
 自分が、20歳になることくらいはともかく。30歳になった自分、ですら想像がつかない。
 何となく、このままフィーレ先生のところでお勉強をして、多分、大人の男になったら、好きな女の子が出来て、結婚して、子供が出来て・・・。ほとんど、棒読みで言うような未来。
 夜明けまで、一所懸命考えて、ようやく、「自分の未来図」にクレイドルが関係している可能性、というものが想像できるようになった。
 まあ、今まで生きてきた16年間の2倍を生きることすら想像できないので、10倍(多分、それ以上)の時間をどう過ごすのか、見当もつかないのだが。


 冷たい水で顔を洗い、鏡に自分の顔を映してみる。どう見ても、寝不足!という顔であった。
 (うぅ・・・こんな顔で、クレイドルさんに会いたくない・・・でも、会わないのは、もっと寂しい・・・)
 相手は、朝1番に来てくれる。いつもはそれが嬉しいのだが、今日に限っては、もっと後に来てくれるといいのに、等と思ってしまう。
 「・・・開けろ」
 「いま、あけまーす!」
 うひゃあっと飛び上がって、今一番会いたくて、今一番会いたくない人を迎え入れる。
 無言で、メーラの葉を押しつけるように渡し、クレイドルは幾分乱暴に、ソファに腰掛けた。
 (・・・おこってる?おこってるよぉ・・・ま、ま、まさか、しられちゃったとか!?)
 おろおろとメーラの葉を持ったまま、右往左往するリアムに、
 「・・・こっちに来い」
 と、クレイドルは、自分が座っている隣を手で叩いた。
 その仕草は、リアムに、母親が自分を怒るときに静かに言う「リアム、ちょっとここに座りなさい」を思い出させた。
 (心臓が、ばくばくいってるよぉ・・・さ、さきにあやまっちゃうとか!?・・・おちつけ、ぼく、しられてるわけないんだから〜!)
 ぽふっと、とりあえずクレイドルから遠いところに座ってみる。
 ・・・端っこ過ぎて、却って上半身がクレイドル側に傾く。
 様子を伺いながら、数センチずつ、クレイドルににじり寄ってみる。
 体中に力の入りまくっているリアムに、クレイドルの手が伸ばされた。
 肩を掴まれ、引き寄せられて、クレイドルにもたれかかるような格好になった。
 (うわ・・・うわあぁ・・・ぼく、クレイドルさんにさわってるよぉ・・・かたも、うでも、ほ、ほっぺたもクレイドルさんにさわってるよぉ・・!)
 現在、心拍数150。頭の中で、血液が脈打つ音が聞こえる気がした。
 (だ、だめかもしれない・・・)

 ぽてっ。

 緊張と、寝不足が相まって・・・リアムは、気を失った。

 で。
 クレイドルは、呆然としていた。
 (・・・これは、どういう反応だ?)
 朝まで考えた結果、自分はリアムに惹かれているのではないか、という結論に達したクレイドルである。
 ・・・こっちも気付くのが、遅い。まあ、いいけど。
 少なくとも、天使などには取られてたまるか、と、本日は多少の進展をさせようという気合いで訪れたのだが。
 当のリアムの意識が無いのではいかんともし難い。
 いや、その気になれば、意識があろうが無かろうが、やるべきことは出来なくもないが。
 ずるずると、リアムの身体がクレイドルを伝って落ちてきて、俗に言う膝枕で寝ている姿勢になった。
 ・・・一見、かなり怪しげなことをしている姿勢にも見えなくはない。
 (緊張のあまり、気を失うというのは・・・やはり、怖がられているということなのか?)
 それにしては、今、あまりにも無防備だ。そのまま眠ったのか、安らかな寝息を立てている。
 「ふにゅぅ・・・」
 寝心地の良い位置を探しているかのように、リアムがごそごそ動き、また、すぅっと寝入る。
 (・・・嬉しくもあり、嬉しくも無し・・・)
 寝ている人間に、股間でごそごそされるのは・・・見た目は何となく楽しいのだが・・・実際は、非常に空しい。
 蜂蜜色の髪を梳いてみる。指でふっくらとした頬をたどり、唇に触れる。
 薄く開いた唇をなぞると、赤子が乳を吸うように、指を追って唇が吸い付いて来た。
 反射だとは解っているが・・・欲情させる仕草である。

 「な、何をしている、貴様・・・!」
 ・・・嫌な奴が来た。
 現在の「敵」ランキング1位。近衛隊隊長アドルである。
 「・・・うるさい」
 「リアムを離せ!」
 「・・・・・・・いいから、静かにしろ。・・・リアムが起きる」
 思わず黙ってしまうアドルである。
 ソファを回ってのぞき込み、自分が想像した様なことをされているわけでは無いことを確認し、(何を想像したんだ、アドルよ)
 「・・・寝ているのか」
 と、しぶしぶ認めた。
 しかし、その間もふてぶてしく「俺のものだ」と言わんばかりに、リアムの顔や頭を撫でているクレイドルに、またテンションが上がる。
 「何故、リアムが貴様の膝で寝ているのだ!さっさと離れろ!」
 「ふん・・・勝手に眠っただけだ。動くと起きる。・・・元はといえば、貴様らが、くだらんことを命じるから・・・」
 「く、くだらんだと!」
 空気が険悪になったその時、リアムがぐるっと寝返りをした。
 二人のセリフの音量が絞られる。
 次の、瞬間。

 「・・・・・・・ドルさん・・・・・好き・・・・・」
 ぴきっと空気が凍り付く音がした。
 ここにいるのは「クレイ『ドル』」と「ア『ドル』」。・・・絶妙な聞こえ具合の、寝言である。
 こうなると、喧嘩どころではない。
 二人とも、息すら潜めて、もう一度言わないものかと寝言を待つ。

 さすがに、視線を感じたのか・・・リアムの目がうっすらと開いた。
 目前に見えるのは、赤い髪。
 「うにゅ?アドル・・・さん?」
 ぱちぱちと瞬いて、今度はしっかりと目を開く。
 何故か、アドルは90度回転している・・・いや、自分が横になっているのだ。
 横顔に、刺すような視線を感じて、怖々とそちらを見やると・・・恐ろしく睨み付けているクレイドルがいた。
 「うっわあぁっ!ク、クレイドルさん!?やだっ、僕、寝ちゃったの!?」
 跳ね起きて、自分が頭を乗せていた場所を思わずさする。・・・いくら服越しでも、そこはまずいだろう。
 「・・・・・帰る」
 今まで聞いた中でも、最悪に不機嫌な声。
 (・・・怒らせちゃった・・・)
 ふぇ、と目尻に涙が浮かぶ。ごめんなさい、と言いかけて、声を出したら本格的に泣き出しそうな気がして、ぐっとこらえる。
 その間に・・・クレイドルは消えてしまった。
 (ま、また来てくれるかな?来てくれるよね?・・・来てくれなかったら、どうしよう・・・・)
 しくしくと泣き出したリアムに、アドルが慌てて声を掛ける。
 「ど、どうした!?やはり、何かされたのか!?もう大丈夫だぞ!?」
 俺がついているから!とは言えないアドルである。
 ・・・・・・言ったところで、リアムは聞いちゃいないだろうが。
 不憫な青年天使である。



 次回予告!!

 すまん!毎回謝っているが、本当にすまん!ちょっと、長くなったんで、前後編に分けてみた。
 というわけで、後編予告!
  ついに、「好き」という部分を認識したクレイドルと、「好き」部分は判っていたけど「肉体的接触」部分も認識したリアム!もはやクレイドルしか見えていない気もするリアムを他の7人は止められるか!?がんばれ、アドル、がんばれナデュー!そして、がんばれクレイドル!早くしないと、リアムは「誘い受」になっちゃうぞ(笑)!!



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