聖誕祭がやってきた 後編
さて、生誕祭当日。
結局、自室で過ごすことにしたクレイドルだったが。
ポン、ポポン、ポーン!!!
朝っぱらから、表から、軽快な爆発音が鳴り響いた。
『ついに、ついに!やって参りました!シフィール様、御生誕記念の、今日この日であります!!!』
ついでに、大音量のがなり声。ひび割れ付き。
「・・・くっ。・・・くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ<っ<っ<っ<っ<っ<っ・・・・・・」
声も、途中から座っているようだ。
ゆらりと、ベッドから起きあがりかけた時、白い細い腕が絡みついてきた。
「どちらに行かれるんですか?」
「くっくっくっ・・・知れたこと・・・・・・こうなれば、アンヌンを死と静寂に満ちた世界に塗り替えてくれる・・・」
異常に光輝く瞳を見れば、本気であることは、容易に知れた。
リアムは、にっこり、と極上の笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕も、付いていきますねvvv」
「・・・不要だ」
「僕の、全ては、貴方のもの。貴方が何をしようと、どこへ行こうと、僕は一生、付いていきますからvvv」
クレイドルの、怒りで深紅に染まった思考が、空色の穏やかな色に塗り替えられていく。
そう、もう彼は一人ではないのだ。
かつてなら、この喧噪に耐えかねて、沸き上がる狂気に身を任せても、得られるものは『死』という名の静謐であった。それは、むしろ喜ばしいことで。
今は。
この、彼しか目に入っていない、おバカな魔が共に在るのだ。
彼はともかく、この子供に与えられるものは、『死』という安息ではないだろう。
○○だったり。
×××だったり。
あまつさえ○○○の挙げ句に、□□□□で△△△△△△なことを●●だったり。
そんなことは、断じて許さない。
この子供は、彼の、彼だけのものだから。
独り身の自由を失った『呪縛の悪魔』は、数十秒の思考の末、結論を出した。
「リルダーナの方が、まだ、マシか・・・」
そして、『呪縛の悪魔』を『呪縛』した蜂蜜色の髪をした少年は、また、にっこりと笑う。
「支度してきますから、少し、待ってて下さいね?」
「・・・いや、お前は、好きにすると良い」
「えぇ、好きにしますよ?僕にとって、クレイドルの側以上に楽しい場所は無いんですから」
ふわり、と猫じみた優雅な所作で、ベッドから降り立ち、リアムは厨房へと消えた。
「・・・・・・ふん」
クレイドルは、なるべく冷たく鼻で笑ってみた。
それでも、どこか、満ち足りた表情であるのは、否めない。
『・・・さあっ!!まずは、何から行ってみようか!!おおおっっとぉ!!ここで、ナデュー様の殴り込みだぁっ!!!』
『まあったくよぉっ!聞いちゃあいられねえぜっ!!いっくぜ〜!!!』
「ふっ・・・騒がしいことだ」
ほら、すでに反応が違うし。
ほとんど、清々しいとさえ言えるような表情を浮かべて、クレイドルは窓に背を向けた。
戸口から、お付きの魔が、ぱらぱらと散っていった。
どうやら、見守られていたらしい。
困ったものだ。
てなわけで。
二人は、リルダーナにいた。
厳密には、リルダーナの裏に。
「静かですね」
クレイドルの腕にしがみついて、リアムは嬉しそうに言った。
岩山のてっぺんは、渺々と風が吹き荒び、時折、訳のわからん叫び声が聞こえるが。
とりあえず、アンヌンの喧噪に比べれば、耳が痛いほどに静かであった。
「はい、クレイドル。クッション、どうぞ」
「・・・お前が使え」
「いいですよぉ。僕は、お尻、丈夫に出来てますから」
どんな尻だ。
ごつごつとした岩肌に、クッションを敷き、クレイドルの腕をとり、座らせようとする。
どうせ、退く気はないのだろう、と、無言で、クレイドルはそこに座った。
にこにこしながら主の前に腰を下ろそうとするリアムを招き寄せる。
クレイドルの膝上に抱きかかえられて、リアムは目元を赤らめた。
「重くないですか?」
「・・・ふん。お前如き・・・」
微かに、クレイドルの目元も赤らんでいる。
それに気付いて、リアムは、えへへ、と幸せそうに笑った。
本当は、風の冷たさを感じる身体では無くなっているけれど。
暖を求めるフリをして、クレイドルの胸に身を寄せる。
「・・・月が」
リアムは、そうっと、独り言のように、呟いた。
『夜』のリルダーナに浮かぶ、白銀の円盤。
煌々とした光が、二人の影を地に落とす。
「月が、眩しいですね」
最早、『人』ではない、この身には。
月光すら、目映くて。
この光に満ちた『夜』が、ぬばたまの闇に思えた頃。
『闇を怖れる』と答えた頃。
同じように、彼と共に、ここへ来た。
月は、あの頃と、変わりはしない。
ただ、この身が、変わってしまっただけ。
それを、後悔したことは、一度たりとも無い。
「僕は、本当に、幸せです」
そう、ティルナティリで最も素敵な相手と巡り会い、側にいられることができて。
言葉通り、幸せそうに笑うリアムを、不思議そうな面もちで眺める。
「・・・イベントに、参加したかったのでは無いのか?」
リルダーナで育った子供は、闇のみでは生きられないと思ったから、独占欲を押し殺して、なるべく他の者達との交流も妨げないようにしていたのに。
「僕だって、アンヌンが煩すぎると思うときがあるんですよ?
せっかくクレイドルとお茶を飲んでるときに限って来るANSPA!の集金とか。
クレイドルの魔術の講義中に、外から聞こえる竿竹売りの声とか」
おどけたように言うが、実際、本当に腹を立てているのだろう。拳がグーになっている。
それにしても、所帯じみた話だ。
「・・・もしも、お前がナーヴェリーを完成させていたら、どうなっただろうな・・・。
あの煩い輩は、フラヒスへ喜んで戻るだろうから、アンヌンは静かになって良かったかも知れない」
「じゃあ、アンヌンに、僕とクレイドルの二人きりですか?いいなぁ、それ」
笑って、リアムは答える。
本当は、ナーヴェリーを完成させていたら、アンヌンにはいないだろうが。
リアムの脳には、クレイドルと共に在る自分しか思い浮かんでこない。
「毎日、静穏で。毎日、変わらぬ景色だけで。・・・お前は、それでも良いのか?」
「クレイドルがいるでしょう?僕は、それだけで、幸せですから」
見飽きるということがないのか、リアムは、至極満足そうに微笑んで、クレイドルを見上げた。
「光も、音も、何も要りません。クレイドルの側にいられたら、それでいいんです」
「まったく、お前は・・・」
もう、何度目になるか判らない言葉を口にして、クレイドルは、空を見上げた。
薄闇に浮かぶ、白銀の月。
闇の中にあっても、いや、闇の中にあるからこそ、煌々とした光を失わない、それ。
闇にあって闇に染まることなく。
むしろ、闇をより深くさせる。
そんな関係があっても、良いのかも知れない。
腕に抱える、子供の額に、ふと唇を寄せた。
ところで。
生誕祭は、1日のみで終わるイベントではなく。
二人は、1週間の間、リルダーナの夜の側を行ったり来たりしたのだった。
そして、また、アンヌンでの日常に戻る。
さて、二人の朝は、その日も昼頃始まった。
クレイドルはソファでANSPA!を拡げ、足下にはリアムが座る。
「ねぇ、クレイドル。このマークは何ですか?」
ANSPA!に挟まれていた広告を見ながら問うリアムに、クレイドルは、溜息を吐きながら答える。
「それは、『暦替え記念イベント』のマークだ・・・」
「ひょっとして・・・・・・また・・・・・・・」
「・・・・・・そうだ・・・・・・」
ここは、アンヌン。
楽しい、アンヌン。
退屈だけは、しない世界だった。