聖誕祭がやってきた 前編
朝−−と言うか、アンヌンに朝はあるのか、と言うツッコミはさておき。
ともかく、目覚めた二人の朝は、まず、ANSPA!を読むことから始まる。
その日も、先に目覚めたリアムは、そぅっとベッドから抜け出し、玄関にANSPA!を取りに行こうとした。
取りに行こうとしたのだが・・・
(あぁっ!今日もクレイドルは素敵だっ!!)
寝ていることを確かめるために振り返った先では、クレイドルがお休み中。
その寝顔に、うっとりと心を奪われてみたり。
(キレイに通った鼻筋とか〜、ちょっと薄目の唇とか〜、意外と長い睫毛とか〜・・あぁっ格好良い!!そして、可愛いっ!!
絶対、絶対!誰が見たって、世界で一番素敵だよねっクレイドルはっっ!!!)
いやんいやんと身を捩っているリアムに、うっすらと瞼を上げたクレイドルは、低く声をかけた。
「・・・何をやっている」
「あ、起こしてしまいました?ごめんなさいっ!・・今日もクレイドルは格好良いなぁってみとれてましたぁっvv」
満面の笑みで、そう答えられたクレイドルは、額を押さえる。
自分の容姿が、人並み以上だという自負は、無論ある。
しかし、この子供が言うように、「ティルナティリで一番の美貌」だと、そこまでは思ってはいない。
空色の瞳には、明らかな憧憬が浮かんでいて、本気でそう思っていることは明白ではあるのだが。
それでも、毎日のように「クレイドルって素敵だなぁっvv」と言われると、頭の一つも痛くなると言うものだ。
まあ・・・不愉快では無いのだが。
「隠しちゃ駄目ですよっ」
リアムは不満そうに口を尖らせながら、額を押さえるクレイドルの手首を掴んだ。
じーっと真っ正面から見つめる瞳に、ハートマークが飛び交っている。
(あぁっ!どうしてクレイドルは、こんなに格好良いんだろうっっ!!)
手にしたクレイドルの手首にも、目を凝らす。
(大きくって、ちょっと骨太だけど、長くて綺麗な指してるんだよね・・。繊細な動きもお手の物だし・・魔術の材料扱うときとか〜・・僕の・・ごにょごにょvv)
指をなぞったり、口づけてみたり。
不意に、その手が動いて、リアムの頬に触れた。
無言の視線に誘われるように、リアムは、横たわったままのクレイドルに顔を寄せ、口づけた。
クレイドルの唇が、傍目には、そうとは判らないほど微妙に吊り上がった。
ま、そんな具合で。
二人の朝は、時折、昼に始まる。
日本語の矛盾は、無視して頂きたい。
二人は、ANSPA!を読んでいた。
厳密には、クレイドルがANSPA!本誌をソファに座って。リアムが折り込み広告を、その足下にぺたんと座って。
『ティッシュ5箱で198soul!お一人様1セット限り!!』に赤で○を付けながら、リアムは主を見上げた。
「ねぇ、クレイドル。商店街にも最近飾ってるんですが、このマークって何ですか?」
クレイドルは面倒くさそうに見下ろし、リアムが指さす広告の肩に描いてある印を認め、いかにもイヤそうに息を吐いた。
深紅と漆黒の絡み合った、アンヌン色マーク。
「そうか・・・また、この時期が来たか・・・」
はあっと重い溜息をまた一つ。
「それは、シフィール生誕祭のシンボルだ」
「はあ、シフィール様の・・・生誕・・・何周年の?」
納得しかけて、リアムは首を傾げた。
赤ペンを弄びながらのセリフは、結構ツッコミ体質だ。
朱に染まったのか、元々の性格か。
「まったく・・ウン万年を越えて、生誕祭も何も無いものだ」
眉間の皺が、いつもより深い。
(そんな顔も素敵・・vvv)
非生産的なことを思いつつ、リアムは主の苦悩の原因を推し量る。
「ひょっとして・・・また、いつものバカ騒ぎ系イベントですか?」
「・・・そうだ・・・」
静寂と暗闇に包まれていると思っていたアンヌンは、意外にも猥雑なほどの活気に満ちあふれる場所だった。
風景が、殺風景だからだろうか。
住人達は、これでもか、と言わんばかりに陽気なイベントが大好きだった。
何かにかこつけては、お祭り騒ぎを楽しんでいる。
ちなみに、リアムは、そういうのも嫌いではない。
森で一人暮らしをしていたとは言え、元は、やはり活気のある港町育ちだ。
『シトラ様1万人切り達成記念イベント』だろうが『クレイドル様の魔(リアムのことだ)御拝謁記念』だろうが、結構、ノリノリで参加している。
眉間にしわを寄せたクレイドルは、その間、自室で唸っているか、長旅支度で闇探しに潜っているか。
機嫌の悪いクレイドルには、下仕えの魔達も、怯えてそそくさと仕事をするのだが、それを全く気にせずじゃれつくリアムは、クレイドル付きの魔達に、感謝されているのだった。
「さて、今回はどうするか・・・また、地下迷宮に潜るとするか・・。あぁ、お前は、参加すると良い」
地下迷宮に思いを馳せたか、どことなく上の空なクレイドルに、リアムはぷーっと頬を膨らませた。
「たまには、クレイドルと一緒に、楽しみたいです!・・あ、でも、どんなイベントなんですか?リルダーナにも、ルー様生誕祭がありましたけど・・。ジーア様がルー様をおつかわしになったことを感謝して、教会に行ったり、ご馳走を食べたり、劇をしたり・・」
何か、ちょっと、歪んだ認識のようだが。
「知らん」
クレイドルは、あっさりと言い切った。
「年々、派手になっていっているらしいのだが、具体的なことは知らん」
まあ、いつも逃げて・・もとい、不参加だから。
ちぇ、とリアムは口を尖らせた。
「いいです、商店街の皆さんにお聞きしますから」
一緒に行きたいのに〜、とぶつぶつと。
「クレイドルと屋台で焼き鳥(?)を食べたり、クレイドルとステージでデュエットしたり、クレイドルと仮装して練り歩いたり・・」
手を組み合わせて、その情景をうっとりと思い浮かべるリアム。
多分、周囲の人間・・じゃなかった、悪魔達が退くこと請け合いの光景だ。
翌日のANSPA!一面、間違いなし。
「お前が、何と言おうと、俺は、行かん」
同じものを想像したのか、幾分青ざめて、クレイドルは言い捨てた。
「クレイドル・・・」
上目遣いの空色の瞳が、潤んでいる。口元に両手が可愛らしく添えられて。
捨てられた子犬的な訴えかける口調が、何とも蠱惑的。
ぐらり (←理性が揺らいだ音)
「い、行かん、と言ったら、行かん!」
可愛らしい、己の魔の口から、『チッ』という舌打ちが聞こえてきたのは、気のせいだと言うことにしておこう。
さて、ぽてぽてとリアムはアンヌン商店街を歩いていた。
「あ、リアム様!今日は、活きのいいヘテヘテが入ってますよ!」
「う〜ん、どうしようかなぁ・・自分で捌くから、まけてくれる?」
「いやぁ、リアム様には敵いませんっ!えぇい、モニュの内臓もおまけで持ってけ!」
「わぁい、ありがとうvv」
4大悪魔クレイドルの『魔』兼愛人にして、シフィール様の遊び相手。
本人に大した魔力はなくても、他の悪魔・魔達に、一目置かせるに十分な立場のリアムである。
しかも、別世界に来たというのに、全く拒否反応もなく、馴染んじゃったり。
光の満ちあふれるところでは棲息できない彼の主に比べたら、随分とナイロンザイルな神経の少年なのだった。
まだ残っている『魅惑』の香りも高らかに。
人外な外見の魔達にも分け隔てすることなく話しかける気さくな少年は、ひっそりとアンヌンにてその地位を固めつつあった。
そのファンクラブメンバー数は、とうにロキを追い越し、実はすでに主のそれをも上回っている。
ちなみに、ファンクラブ会報は、年4回発行。限定100部にリアムの生写真が付いてくる。
なお、儲けの3割はリアムの懐に入っている。
実に、したたかな子供である。
閑話休題。
アンヌン商店街は、ここ数日、来るたびに飾りが増えていっていた。
深紅の玉石と黒いリボンで彩られたそれは、シフィール様生誕祭のマーク。
おまけに、どこからともなく、ベルがジャンジャンと鳴っている。
シャンシャン、ではない。
喧しい限りだ。
「今年のシトラ様の衣装は、どんなのかしら」
「去年は、凄かったわねぇ・・ステージ一杯に拡がった、あの煌めき・・」
「うふふ、楽しみねぇ・・あぁ、麗しのシトラ様・・」
店の前でたむろってる主婦な魔の方々の会話を通りすがりにチェックしつつ、リアムは、ひっそりと呟いた。
「シトラさん・・引っ込みがつかなくなってるんじゃ・・」
まさに、アンヌンのK林S子。
そんなこんなで、商店街を回り、大体のイベント内容を把握したリアムは、自分の塔へと帰った。
入り口で、ふと足を止める。
出かけるときには無かった、妙な物体がある。
目が合った。
「・・・リアム様、クレイドル様にとりなして頂けませんでしょーか・・・」
若い悪魔が、下半身を土に埋めて、呪縛っていた。
「あの、一体、何を・・」
「ふっ、よくぞ聞いてくれました!あの3つの塔を見て下さい!!」
身体が動いたなら、びしぃっと指さしたであろう、その意気込みに、リアムは、他の3大悪魔が住まう塔へと、目をやった。
普段は、灰色の石造りの塔が、何やら、派手派手しい色合いに塗られている。
それぞれ、テーマがあるようではあるが、凡人には見当もつかない彩色だ。
「我々若手アーティストが、丹誠を込めて仕上げた、シフィール様に捧げる魂のほとばしりです!!是非とも、この塔には、私の作品を・・!!」
どうやら、無謀にも、クレイドルに直談判したらしい。
その結果が、コレだ。
ま、死んでないだけ、クレイドルも随分と丸くなったものだ。
にっこり、と魅惑をたたえて、リアムは微笑んで見せた。
「そうですね。クレイドルには、貴方を殺さないよう、とりなしておきますねvvv」
「あ、いえ、そーではなく、私の腕を振るわせて・・」
リアムは、笑いながら、手に持った荷物から、商店街で貰ったオーナメントを取り出す。
そして、呪縛ってる悪魔の身体に、黒いリボンを巻き付け、頭に深紅の玉石を飾った。
「それまで、貴方が、ここの飾りになっていて下さいvvv」
目が笑っていない。
あぁ、あの主にして、この魔あり。
かくして。
生誕祭終了までに、クレイドルの塔の入り口には、合計23体の自称アーティスト悪魔のオブジェが飾られることになる。
その間抜けさ具合が受けて、『4塔どれが最も芸術的か投票』では、堂々の1位に輝いた。
どうでも良い話ではあるが。
そういう具合に、シフィール様生誕祭の準備は、着々と整っていったようだった。
日に日に増していく、お祭り気分。
日に日に増していく、クレイドルの青筋。
「やかましいっっ!!!」
今日も、外からでっかいベルの音が鳴り響き、ついにクレイドルは、窓から魔力を放った。
ぜーぜーと背中がでっかく波打っている。
「うわぁっ、格好良いっvvv!!」
その後には、拍手をするリアム。
無言で、零れた魔法薬の掃除をするモップ型魔。
クレイドルの塔では、ありふれた日常風景であった。
さて、生誕祭、前日。
鬼気迫る表情で、地下迷宮潜り装備を確認しているクレイドルに、お付きの魔達は怯えて遠巻きになっている。
それを、物ともしないリアムが、背中から、のしかかった。
「クレイドル〜。今回は、地下迷宮、行かない方が良いと思います」
「・・・何故だ」
「はい、これ」
渡したチラシには。
『地下迷宮オリエンテーリング!浅い階から深い層まで、20のポイントに設置されたチェック箇所で、スタンプを押して、君も豪華賞品を狙おう!!』
「僕も、クレイドルと一緒に地下迷宮に潜ってますから、結構詳しくなってるんですけど・・・タイムトライアルみたいだから、飛べない僕じゃ、あんまり高得点は狙えませんね」
うふ、としがみついたまま、リアムは笑う。
くっくっくっとクレイドルの口から、地を這う響きが押し出された。
更に遠のく、お付きの魔達を余所に、リアムは、すりすりとクレイドルの首に顔を擦り付けている。
首にリアムをぶら下げたまま、クレイドルは勢い良く立ち上がった。
目がイっちゃってる感じだ。
「・・・・・・・皆殺しにしてくれる・・・・・・・」
チラシはぐしゃぐしゃのビリビリにして、叩きつけ、踏みにじる。
「あぁん、素敵っvvv」
ラブラブな目線を注ぎつつ、リアムはよじよじとクレイドルに登った。
「でもでも、不正行為を働いたっって、実行委員の皆様に怒られちゃいますよぉ」
チラシにも『暴力行為で他者を邪魔するのはやめようねっ!正々堂々と戦おうっ!』と書いてあったし。
どうでもいいが、正々堂々とオリエンテーリングする悪魔というのは、如何なものか。
「もし、クレイドルが罰でも受けることになったら・・・僕、シフィール様に嘆願しますねっ」
「それは、やめろ」
即答したクレイドルは、リアムを引きずり降ろし、目の前に立たせる。
リアムは、小首を傾げて、クレイドルを見上げた。
「え?シフィール様、僕には甘いから、お願い聞いてくれますよ?きっと」
「それが、危ないと、何度言えばわかる!?いいか、そもそも、お前は・・・」
二人、床に正座して、とくとくと。
神妙な顔で、クレイドルの説教を聞いているリアムの手が、こっそりと後ろに回され、お付きの魔達に示された。
親指と人差し指で、○を作っている。
通訳すると
『我、話題ノ転換ニ成功セリ』。
アンヌン内で、最も寿命が縮むと言われた、クレイドル付きの魔。
配置転換が決まった途端に、家族に当てて遺書を書いたという伝説が残る職場は、こうして、近頃、最もおもろかしい職場へと変身を遂げたのだった。