黄龍妖魔學園紀 クエスト編 下
蹴り上げられて、葉佩は尻を撫でつつ取手の手を掴んだ。
「もー、いーいもーん!かっちゃんと踊ってやる〜!」
「何でだ!」
「え…え…あ、あの、はっちゃん…?」
「取手と踊らんって、ちょっとニアピンぽくない?」
「…全然掠めてもねぇだろ!!」
皆守の全力での突っ込みも聞き流し、葉佩は取手の手を引いて坂の下に来た。
そして、適当にステップを踏む。
「ワンツースリーワンツースリー〜」
「あの…ワルツじゃ無理だと思うけど…」
「駄目もとってやつ?」
ワルツのステップを知らないままに、取手は葉佩の動きに合わせた。葉佩の鼻歌に乗せて少しの間ぎこちなく踊り。
「ふーんふんふっふーん♪」
楽しそうな葉佩に釣られて、その山場らしいところで、葉佩の手を取った腕を持ち上げ、葉佩の体をくるりと回した。
「え〜?俺が女性パート〜?」
不満そうな声に、慌てて謝る。
「あ…ご、ごめん…」
自分が女性パートという考えは一欠片も無かったのだが、考えてみれば葉佩だって男である。女性扱いして不愉快にさせてしまっただろうか、と落ち込んだ取手の前で、葉佩が金色の光に包まれた。
「…ほえ?」
葉佩もきょとんとして自分の足下を見る。
「さっきの…泣いたときと一緒だね?」
確認するように言うと、葉佩が不思議そうに頷いて、それから取手に抱きついた。
「うわお!何かよく分かんないけど、クエスト達成!すっげー!やっぱ取手と踊らん、でニアピン!?」
「そ、そ、そんなはずは無いと…思うけど…」
飛び上がって足まで絡めてきていたため、取手は葉佩の腰を抱いて支えた。
「はっちゃん…軽いね」
「そっかなー、頑張って食べてんだけどなー、これでも」
そのままの格好で皆守と緋勇のところに歩いて来ると、皆守が実にイヤそうな顔で迎えた。
アロマを上げ下げして、何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずにそれをくわえる。
代わりに緋勇が軽く葉佩の頭を叩いた。
「まるでコアラが大木にしがみついてるみたいだぞ」
「うーん、そういう表現だとちょっと可愛い?」
くすくす笑って葉佩は取手から降りた。
そして、改めて取手にぴょこんっと頭を下げる。
「ご協力ありがとぉっ!おかげでクエスト達成でぃっす!」
「え…あ、あの…お役に立てて、嬉しいよ」
口を押さえてもごもご言う取手に、葉佩が顔を上げてにかっと笑った。
釣られて何となく微笑む取手。
にこにこと笑い合う二人を横目に、皆守が不機嫌そうに唸った。
更にその皆守を横目で見て、緋勇が喉でくつくつと笑う。
「…何かおかしいか?」
皆守の恫喝するような声に、ますます唇を歪めながら、緋勇は素知らぬふりでHANTを開いた。
「ふむ…時と踊らん、は、そういうことか…」
「正解が分かったんなら、あっちの勘違いしている二人に教えてやれよ」
「いや、面白いから放置」
また笑って緋勇はHANTを閉じた。
目の前では、葉佩が目を輝かせて取手の手を握っている。
「今度から『時と踊らん』があった時には、かっちゃん呼ぶからね!」
「あ…えっと…うん、喜んで…」
照れ臭そうにしながらも、手を握り返した取手に、皆守の目がますます不機嫌そうに細められた。
「時と踊らん、時と踊らん…ちっ、思いつかねぇ」
「ま、良いじゃないか。本人たちは納得しているようだし」
「良くねぇだろ!」
イライラと突っ込んで、そのまま皆守は出口へと向かう。
慌てて葉佩が追ってくるのを確認して、扉に手を掛けたところで振り向いた。
「もー、甲ちゃん、駄目だろーっ!?敵が出るかもしんないんだから、勝手に行っちゃ、めっ!」
「へーへー。いい加減、眠いんだ。さっさと終わらせてくれ」
「ふぁあい」
気の抜けた返事をして、葉佩は扉を無造作に開いた。
そして、見えたコウモリもどき相手にコンバットナイフを翳す。
「んじゃ、いっきまーすっ!」
そうして通路の敵を片づけ、左右の小部屋も片づけてから。
葉佩はまたHANT片手に悩んでいた。
「梯子の下、梯子の下…無いじゃん、梯子なんて〜!」
うろうろと部屋中を走り回る葉佩の左手で、「不連続な反響音を確認しました」と無機質な女性の声が響いた。
「…あれ?」
葉佩は首を傾げて、周囲の壁をこんこんと叩く。
「ひび割れも見えないけど…うーん…」
首を傾げたまま、何気なく一歩下がる。
「不連続な反響音を確認しました」
「おぉう!」
んばっと飛び退いて、床を確認する。
「あ〜…あった〜!」
天井を仰いでから、がっくりと肩を落とした。
「どうした?さっさと爆破したらどうだ」
「弾切れなんですぅ〜…」
しくしくと泣きながら蹲る。
一応、HANTを確認して怪しそうな箇所の数だけ爆弾を持ってきていたのだが、地続きの間のことを計算に入れてなかったので、一個足りなくなったのである。
よよよ、と女座りでハンカチを噛む(真似をする)葉佩に、皆守がうんざりとした声を上げた。
「余分に持ってこいよ…」
「だって、お金、マジで無いんですってば〜」
実はこの爆弾代を払ったことで、明日のメシにも困る状態なのである。
クエストで金が早急に入らなければ、二進も三進も行かないというギリギリの所持金であった。
葉佩はひび割れの部分をがしがしと足で蹴った。
「えーん!この下に俺のカツレツが〜!」
「…一応聞いておきたいんだが、カツレツは誰が希望してるんだ?」
「えーと、日本国首相が国会での戦術のために…」
「……いや、もう、聞きたくねぇ……」
「甲ちゃんは我が儘だなぁ!」
ひび割れの上に仁王立ちになって、葉佩は腰に手を当てて皆守を見上げた。
お前に言われたくない、という言葉を皆守は言わずに飲み込んだ。ぷぅっと頬を膨らませている葉佩が何だか妙に可愛く見えたのである。
18歳の男が可愛く見えるなど、いい加減眠くて目がぼけてきているのかも知れない、と皆守は頭を振った。
その背後で、緋勇の大きな溜息が聞こえた。
「下がれ、葉佩」
「はい?…えーっとこんなもんで?」
きょとんとしながらも、葉佩は数歩ずりずりと下がった。
それを確認して、緋勇が一言命令した。
「崩れろ」
はぁ?と皆守が目を剥いた。
が、そんなわけないだろ、と言う前に、床の亀裂が大きくなり、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。
10秒ほど、沈黙が続いた。
目を虚ろにさせ、遠くを見つめている皆守、驚愕の表情のまま硬直している葉佩、同じく驚いてはいるがただ純粋に、凄いなぁ、といった顔の取手。
三人の顔を見比べて、緋勇は尊大に言った。
「どうした?さっさと降りてみたらどうだ」
その言葉にようやく電池が入ったかのように、葉佩がぎくしゃくと動き始めた。
「は…はは…大地の王って…大地の王って…」
呟きながら、ひび割れから下を覗き込む。
「と、とりあえず…爆弾代、節約できました…ありがとうございますです…」
泣き笑いのような表情でぺこりと頭を下げて、梯子を伝ってひび割れの下の空間に降りた。
しばしの間をおいて、上に残った三人は、下から立ち上った金色の光を確認した。
ひょこっと葉佩が頭を出す。
「何かの骨もゲットー!」
ぶんぶんと振り回すそれを見て、皆守がイヤそうに顔を顰めた。
「ねー、緋勇さん、医学生なら分かるっしょ!?これ、何!?」
「見せてみろ。…おぉ、見事な大腿骨だな」
「そう、大腿骨…ってまさか、人間の!?いやん、人間の骨!?」
きゃーっと叫びながらも葉佩はそれを腰のベルトに差した。骨如きでびびるような繊細な神経は持ち合わせていないのである。
「…どうすんだよ、それ…」
「さー。石くくりつけて原始人風斧を作るとかさー、削ってナイフにするとかさー、ま、何かの役に立つんでない?」
けろっとして皆守に言った葉佩は、HANTを広げた。
「えーと…よし、これで受けたクエストは全部出来た!…と思う!」
そうしてにへらっと笑った顔に、緋勇がぼそりと突っ込んだ。
「だらしのない顔をするな」
「だぁって〜、これで明日からまたメシが食えると思うと…うぅ…」
「そこまで切羽詰まってたのか…」
緋勇が額を押さえて溜息を吐いた。
皆守も呆れたようにアロマを振り回す。
「トレジャーハンターってのはもっと金を持ってんのかと思ったぜ」
「今回の場合、エジプトから日本までの旅費が自己負担だったのが痛かったデス…」
利子もトイチだし、と葉佩は頭の中で計算した。振込手数料はまけておいてくれないかなぁ、と今更気づいて、後でメールしよう、と心に誓う。
貧しさに〜負けた〜♪と調子外れに歌う葉佩に、取手がおろおろと手を組んだ。
「あ…あの…本当に困ったときには、マミーズで奢るから…あ、その、お金の貸し借りって言うんじゃなくって、そのごはんだけでも…」
「うぅ、かっちゃん、ありがとう!人の情けが身に滲みるぜぃっ!」
取手にがしっと抱きつく葉佩に、皆守がぼそりと呟く。
「カレーくらいなら食わしてやるが…」
「甲ちゃんもありがとーっっ!でも、まあ、今回のクエスト全部で3万くらいにはなるし、えーと、弾丸代に爆弾代、それに借金…えーと、たぶん5000円くらいは残るから〜…次の探索までは何とか…っつーか、二人とも、探索にまた付き合って!その方がすっげー助かるっ!」
ぱんっと両手を合わせて拝む葉佩に、取手はこくこくと頷き、皆守はふん、と鼻を鳴らす。しかし、その横顔には、微妙に嬉しそうな気配が滲み出ていた。
二人の様子を見て、葉佩がにへらっと笑った。
「えへへ〜二人ともありがとっ!いやー、俺って愛されてる!?」
「愛とか言うなっ!」
振り上げられた足をきゃあきゃあ言いながら避けつつ、葉佩は鼻歌を歌いながら赤白貝の間を出た。
「あ〜とは〜井戸からアイテムを掬うだけ〜あ〜宝探し屋は素敵な商売〜♪」
「歌うな!」
うわはは、と笑いながら葉佩はひょいっと蹴りを避けた。
が、少しばかり体勢を崩して、とんっとぶつかる。
そこにはまるで何も無かったかのように、恐ろしく軽く扉が開いた。
「………あやや」
辛うじて身を捻って両手を突いた葉佩の耳に、その部屋の奥から殷々と響く声が聞こえた。
「墓を荒らす者は誰だぁあ」
同時に、部屋の周囲からがさがさと移動する音がした。
「…いやん、もう帰るつもりだったのに〜」
葉佩は顔をひきつらせながらコンバットナイフを抜いた。
その辺の雑魚ならともかく、でっかい妖物までナイフで相手にする気は無かったのである。
「第一、かっちゃんは解放されたのに、何でまだいるんだよ〜」
「ご、ごめんね…」
「え…や、かっちゃんが謝る必要は無いんだけどさ〜」
部屋の奥に、白い女の面が浮かぶ。
目を閉じた美しいその顔が、彼らに気づいて目を開き、朱唇をにぃっと吊り上げた。
「…囲まれる前に、こいつらを殺れたら良いんだけど…」
ざっと周囲を見回して、数の少ない方に駆け寄りナイフを振るう。
取手も背中にぴったり付いてきて、腕を持ち上げる。
「この曲を、聞かせてあげよう…」
きぃん、と空気が歪む。
掌の<ホルスの目>が、敵の精気を吸い取っていく。
「サンキュー、かっちゃん!」
声だけで礼を言った葉佩は、振り返る暇も惜しんでひたすらナイフで蜘蛛を削っていった。
「…おい、来るぞ」
皆守の気怠そうな声に、僅かに緊張が混じる。
ようやく部屋の隅の蜘蛛を片づけて葉佩が振り返ると、左右に蜘蛛を従えたカミムスビが迫ってきていた。
葉佩が、ちらりと左右の取手と皆守を見やった。彼らに傷を負わすわけにはいかない、と決心して、自分から前に出る。
走っていって跳躍し、女の面に斬りかかった。
「ひぃいい!」
「妻を傷つけたなぁああ!」
女の左目を切り裂いた葉佩だったが、着地する前に吹き飛ばされた。
咄嗟に受け止めようとした取手と皆守、三人がまとめて転がる。
その様を見て、緋勇が憂鬱そうに溜息を吐いた。
「はぁ…甘やかすのは主義じゃ無いんだが…」
言いつつ、すたすたと何の気負いも無くカミムスビの前に歩み寄る。
「ま、でかい分、引き裂き甲斐が無くも無い…か?血も出ないんじゃ、つまんねーんだがな」
ふぅっと息を吐く。
次の瞬間、無造作に一歩踏み込み、目の前の男の面に肘まで腕を突き入れた。
「ぐああああああ!」
潰れた声が響く中、緋勇はつまらなそうに眉を顰めた。
「あぁあ、やっぱ、外見は生物だが、中身はただの<氣>の塊か。肉の感触が無いとイマイチ盛り上がんねーよなー」
呟いて、緋勇は全身に<氣>を巡らせた。
腕からその膨大な<氣>を妖物の内部に注ぎ込む。
一瞬、カミムスビが金色の光に包まれた。風船のように膨れ上がったかと思うと、ぱちん、と弾ける。
悲鳴だけを僅かに漂わせて、カミムスビは何一つ残さず霞のように消え失せた。
肩を竦めてそれを見送り、緋勇はすたすたと三人の元に戻ってきた。
「どうした?坊や。怪我でもしたか?」
「い…いつつつつ…ちょ、ちょっと、あばら…やっちゃったかなーみたいな〜」
情けない笑みを浮かべつつ、葉佩が左胸を庇いながら立ち上がる。
その腕を掴んで支えた取手が、顔色を一層悪くしてぼそぼそと呟いた。
「ごめんね…もっと上手に受け止めたら…」
「あ、いやいやいや!これは、あいつにどつかれた時にやっちゃったんで!…って、あでででで」
わたわたと腕を振った葉佩が顔を歪めて胸を押さえる。動いたことでますます痛んだらしい。
「あぁ、もう、くそっ!…悪かったよ。俺たちがいたせいで、真っ正面から突っ込んだんだろ?…気ぃ使わなくて良いんだよ、このボケが、んな時だけいっちょまえに…」
謝っているんだかけなしてるんだか分からないようなことを、皆守がぶつぶつと呟いた。
「だぁって、甲ちゃんもかっちゃんも愛してるんだもん〜」
きゃっとわざとらしく両頬に手を当てた葉佩に、皆守は一言「馬鹿野郎」と答えた。
「あり?蹴りは来ないの?蹴りは」
「今、蹴ったらトドメ刺すだろうが!」
「いや、まったく仰せの通りで」
体を斜めにしながら、葉佩は情けない声で笑った。その声すら響いて、僅かに額に汗が滲む。
「あ…あの…少しだけなら、精気…」
おろおろと手を握ったり開いたりしながら、取手が葉佩の前に跪く。
ベストをめくり上げて、脇に口を寄せた取手に、葉佩は硬直しながら瞬時に顔を真っ赤にさせた。
「か、かっちゃん…やっぱ口からじゃないと、駄目なん?」
「…手から出すのは、今度、練習しておくよ…」
「お、お願いします…」
何故自分がそんなに狼狽えているのかも分からないまま、葉佩はぎゅっと目を瞑ってずきずきと痛む脇腹から、じんわりと暖かなものが流れ込んでくるのを感じた。
取手が立ち上がるのと同時に目を開き、そっとそこを撫でてみる。
「うん、ありがと、かっちゃん。ちょっと楽になった」
さすがにそのまま戦いたいとは思わないが、歩くのに支障は無くなった。部屋に帰ったらきっちりガードを巻いておけば、次の探索は何とかなるだろう。
へらっと笑った葉佩に、ほっとしたように息を吐いてから、取手は少し俯いて唇を噛んだ。
そうして、意を決したように、きっ、と顔を上げて緋勇の前に立つ。
「あ、あの、緋勇さん」
「ふむ、心拍数増加、血中アドレナリン上昇。戦闘態勢のような興奮状態でどうした?」
蒼白な顔は強張り、握った手も真っ白になっている。緊張のあまりか、やや体をふらつかせている取手に、緋勇はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
数瞬躊躇ってから、取手は低い声だが力強く訴え始めた。
「緋勇さんは強いと思います。それは凄いと思うし、尊敬もします」
「そりゃどうも」
「なのに、どうして、その力を使ってくれないんですか?最初から手助けしてくれてたら、はっちゃんも怪我せずに済んだのに…」
「…いや、そこで泣かれてもなぁ…」
調子が狂う、と緋勇はぽりぽりと頬を掻いた。
涙ぐんではいたが、取手は答えを聞くまで動かないつもりなのか、緋勇を真正面から…いやまっすぐに背を伸ばすと見下ろすような形になっているが…睨んだ。
葉佩の方が慌てたように取手の袖を引っ張る。
「か、かっちゃん、俺なら平気だからさ…」
「だって、はっちゃんはあんなに頑張ってるのに…ナイフ一本でカミムスビに立ち向かうなんて無茶なことまでして…緋勇さんだって、はっちゃんが勝てるとは思ってなかっただろうに、それなら最初からやっつけてくれたら、はっちゃんは痛い目に合わずに済んだんだ」
目に一杯涙を溜めて、取手は葉佩の脇をそっと撫でた。うひょうっと妙な叫びを上げて、葉佩が自分の脇を庇う。
「あ…ご、ごめん、痛かった?」
「いや、痛いっちゅうか、くすぐったいっちゅうか…すみません、脇腹苦手なんですぅっ!」
「ほー」
他人事のように見ていた皆守がその言葉に興味を示して、葉佩の背中を指で下から上についっと擦った。
「うきょろろろろろ!」
「…何つー悲鳴だ…」
仰け反った葉佩に、皆守が額を押さえた。せっかく(?)くすぐったがり屋なのが分かったのに、悲鳴が頓狂なせいで台無しだ。いや、何が台無しか、は置いといて。
取手と皆守から距離を取って、葉佩は脇を庇いながらうーっと威嚇した。
それを首を傾げて見てから、取手はまた緋勇に向き直る。
「勘違いするな」
緋勇の浮かべた笑みは、ぞっとするほど冷ややかで嘲るような歪みをたたえていた。
「俺は、基本的にお前たちに関わるつもりは無い。手助けをしたのも、気紛れと思って貰おうか」
傲慢な王は、肩を竦めて足でとんっと床を蹴った。
「それとも何か?すぐさまこの地の中心へと赴き、エネルギー体を吸収する方が良いのか?俺はそれでも構わんが」
「ちょっと待ったぁっ!それは駄目!俺がここに派遣された意味が無いじゃん!」
じたばたと右手だけを振り回して葉佩が叫ぶ。
「遺跡の謎を解き、罠を踏み越え、お宝を手にする…それがトレジャーハンターのロマンなの!そんないきなりレベル99で持ち金と装備マックスのデータでロープレするような真似、絶対やだっ!」
「ま、そういうことだ」
ふん、と緋勇は鼻を鳴らした。
そして、取手の胸をとんっと指先で突く。
「ナイフ一本で戦うのは、葉佩の選択だ。それが不本意であろうが、弾丸が無いのは葉佩自身のミスだ。そして、葉佩が苦戦するのは、お前たちが頼りないからだ」
「んなこと無いですってば!緋勇さん、勝手なこと言わないでくれます!?」
悲鳴のようなそれを聞こえなかったかのように、緋勇は続けた。
「自分の無力を、他人に責任転嫁するな。葉佩に怪我を負わせたくないのなら、俺を責めるより先に、己の力を磨く算段でもするが良い」
「…はい…」
項垂れた取手の頭を撫でて、緋勇はにやりと笑った。
「素直な坊やは大好きだ。せいぜい励むんだな」
それを聞いて、葉佩は一瞬動きを止めた。
たぶん、取手が真っ赤になるだろうと思ったのだ。緋勇に状況はどうあれ「大好き」と言われたなら、絶対平常心ではいられないだろうと踏んだのだが。
だが、こっそり窺った顔は、相変わらず白いままで、ぎゅっと唇を閉じていた。
「はい…頑張ります」
呟くようなそれに、静謐だが漲る決意が感じられて、葉佩は目を見張った。
それから僅かに眉を顰める。
緋勇の言葉になら、気の弱さもかなぐり捨ててまっすぐ前を向ける、という事実に、何となく胸にもやもやしたものが沸き上がったからだ。
けれど、その感情はすぐに心の隅にしまい込む。
何故なら、そんな感情は『良き友人』には不要…どころか邪魔なものだったからだ。
「さて、と!んじゃ帰りますかーっ!井戸でアイテム出すのを忘れずにねっ!」
やたらと明るい声で葉佩は叫び、頭の中を依頼とその報酬、それからそれで買うべきもので一杯にした。
「おっかいもの〜おっかいもの〜、ばーくだんにマーシンガンの弾丸さんっ♪」
「微妙に殺伐とした鼻歌歌ってんじゃねぇっ!」
取手と皆守と別れ、自室に戻った葉佩は、早速届いた礼状に目を丸くした。
「すっげー!ついさっき送ったのに〜!」
「…亀急便、ね…何だか正体が分かる気がしたぞ…」
何やってんだか、と呟いて、緋勇は洗面所に手を洗いに行った。
その間に葉佩はざっと礼状に目を通して、現金書留を開いていった。
「あぁ…しやわせぇ…さ、ネット通販するかな〜♪」
HANT経由で必要な物を注文し、確定してからも、葉佩は名残惜しそうに商品ラインナップを眺め続けた。
「は〜…欲しいな、AUG…いつかはタクティカルLも欲しいしな〜…44マグナムも憧れではあるんだけど、俺の体格じゃ扱いきれないしな〜」
ぶつぶつ呟いて、表示された金額に溜息を吐き、HANTを閉じる。
今日使い込んだコンバットナイフの手入れをしていると、緋勇が出てきてベッドに座った。
「おい、葉佩」
「何っすか〜」
「これは、取手には内緒にしておけ」
「…何が?」
振り返った葉佩は、自分の脇腹が金色の光に包まれたのにぎょっとした。
ひょっとして、と自分の肋骨をとんとんと叩いてみた。全く響かない。深呼吸してみても、先ほどまで感じていた軋みはどこにも無い。
「あ、えーと。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた葉佩に、緋勇はイヤそうに眉を寄せた。
「別に、手助けをしてやる気は無いんだがな。夜中に熱でも出されたら鬱陶しいからな」
ふん、と鼻を鳴らす緋勇に、葉佩はもう一度礼をして、それから首を傾げる。
「何で、かっちゃんに内緒?むしろ甲ちゃんに何か言われそうなんだけど」
「あぁ…あの坊やが完全に治してくれたってことにしておけ。せいぜい礼を言うんだな。お前がいてくれて助かった、と」
なるほど、と葉佩は納得した。取手のようなタイプは誉めて伸ばすべきなのだろう。まあ、取手自身には、己の回復量が分かっていて、すぐに嘘がばれる可能性はあるのだが。
しかし、取手が回復してくれたのは嬉しかったし、今後も探索に付き合って欲しいのは確かだから、いっぱいいっぱい礼を言おう、と葉佩は思った。
ベッドの隅に丸くなりながら、葉佩は同じベッドに入っている男のことを思った。
何だかんだ言って、緋勇は葉佩のことを手助けしてくれる。たぶん、取手や皆守のことも気に入っているのだろう。
言葉にしてそれを指摘すると、逆切れした緋勇がもう二度と手助けしないと言いそうな予感がしたので、黙って心の中だけで礼を言っておく。
尊大で傲慢な物言いだが、基本的に緋勇は悪い人では無いと思う。言葉ではなく行動だけ抜き取れば、実は世話焼きでお人好しと言えなくも無い。
でも。
もっと、イヤな人であれば、もっと楽なのに。
実力はあるくせに気弱な取手のようなタイプには、ああいう強引な人が一緒にいた方が良いのかもしれない。実際、緋勇に認められたい一心で、自分を奮い立たせて前に進もうとしているようだし。
そう、取手と緋勇なら、一緒にいるのが相応しい。
片や相手に認められんがためにまっすぐ立つことが出来る男と、片やそういうタイプの人間を支えて楽しむ世話好きな男。
たとえ男同士だからといって、好きになるのを反対する理由も無い。
あぁ、だから。
緋勇がもっと、イヤな人であれば、楽だったのに。