音の工房

PCL86ミニワッター


ぺるけ式ミニワッターアンプの製作(その2)


前回の PCL86ミニワッターもその後快調にいい音を出し続けてくれています。

ぺるけさんのHPにも14GW8のミニワッター作例が掲載され試された方もいらっしゃるのではないかと思います。
http://www.op316.com/tubes/mw/mw-gw8.htm

その記事でこのPCL86の弱い点が書かれています。
それは初段の高域特性の問題です。
ぺるけさん執筆の「真空アンプの素」の終盤にはこのあたりが詳細に記述されています。

いままでそう不満もなく聞いてきたPCL86ミニワッター、
高域特性を改善すればそこにはまた新しい世界が開かれるのであろうか、この駄耳でも?
そう思うと、いてもたってもいられず改造することにしました。


まずは現状把握

現状は初段3極管は以下のような動作状態です。
・電源電圧:260V
・プレート電流:0.5mA
・プレート抵抗:240kΩ
・K-P間電圧:132V
・カソード電圧(バイアス電圧):1.26V

PCL86の初段3極管の出力は高インピーダンスRzの状態で出力管に接続されています。
出力管の入力には若干の容量(コンデンサー分)Czがあります。このRzとCzの関係で高域周波数が減衰する現象が生じます。
減衰を防ぐ(減衰する周波数を可聴域よりもっと高く離してしまう)にはRzを低くする必要があるのです。

上記の条件でそれができるところは、プレート電流を増やし内部抵抗を小さくしてやる。プレート抵抗を小さくする。などです。



プレート電流を目いっぱい流してみる

内部抵抗を低くするためプレート電流を増やしてみます。
どこまで増やせるかEp-Ipグラフで検討してみます。



青色の線が従来のロードラインです。
目いっぱい電流を流せるラインを探してみますと赤の線になります。
赤丸の点-1Vのバイアスを目標に
・電源電圧:260V
・プレート電流:1.8mA
・プレート抵抗:36kΩ
・K-P間電圧:195V
・カソード電圧(バイアス電圧):1.0V

となります。
ぺるけさんの高域改良の常数とほぼ同じ内容になります。

この赤のロードラインで 回路常数を変更します。


回路図

下記が新たな回路図です。





変更部分回路解説

●初段部分の変更
・電源電圧:260V
・プレート電流:1.8mA
・K-P間電圧:195V
・カソード電圧(バイアス電圧):1.0V
・カソード抵抗:R4=?Ω
・プレート抵抗:R3=?kΩ

この条件を満足する回路設計です。
条件に合う電圧電流にするためR4とR3の値を 決定しますが、順番としては
(1)まず、カソード電圧と電流からカソード抵抗R3を求めます。
(2)次にR4の両端にかかる電圧を求めその電圧とプレート電流からプレート抵抗R3を求めます。

まず、バイアス電圧が-1Vなのでカソード電圧が1Vでかつ電流を1.8mA流すにはカソード抵抗は
1(V)÷1.8(mA)=0.56(kΩ)=560Ω
このうちFB用にR5(47Ω)が必要なので
560-47=513(Ω)
となります。これがR4になります。R4=513Ω

次にプレート抵抗R3の決定です。
P-K間電圧が195V、カソード電圧が1VなのでR3に加わる電圧は
260-195-1=64V
流す電流は1.8mAなのでR3は
64(V)÷1.8(mA)=35.6kΩ
となります。

さて、R4の513Ωなんて抵抗はないので手持ちの抵抗470Ω+51Ωと2個直列にして521Ωにしました。
また、R3の35.6kΩもないので売っている抵抗値で近いものは36kΩになります。手持ちになかったので33kにしてみました。


● 電源回路
リップルフィルターの回路を少しいじり電源ON時のB電源立ち上がりを少しゆっくりにしてみました。
また、 MOSFETに3N90を使用しました。秋月で2個100円で買ったものが手元にあり、G-S間のツェナーも手持ちの12Vを使いました。2SK3067や2SK3767でかまわないのですが、ただ3N90を使ってみたかっただけです。
価格のことだけを言うと、2SK3067は100円ぐらいで買えますので3N90+ツェナー2個のほうが高上がりになりますね。



周波数特性

まずは、負帰還NFBをはずした生の周波数特性、 0.5Wのときの比較です。
青線が初段プレート抵抗が240kΩの高インピーダンスのときの周波数特性で、紫の線が33kの低インピーダンスのときです。10,000Hz以降に高域ポールの影響がはっきり出ています。33kの方がはるかにいいですね。
これだけ違えば、年齢で高い周波数が聞こえづらくなった耳でも違いは感じ取れそうです。
ちょっとした設計の仕方でこうもちがうものです。

では次に、それぞれに負帰還NFBをかけたときの周波数特性が下の図です。

ありゃー、ほとんど同じ重なった周波数特性になってしまいました。
NFB負帰還量にもよりますがNFB部分の抵抗値は同じにしてあります。ただし、3極管の増幅度が変わったためNFB量も変わり低くなっているはずです。

240Kのときと33kのときの増幅度とNFB量を測ってみました。
入力
mV
出力
mV
倍率
dB
NFB
240k NFBなし
62
2000
32.3
30.2
 
240k NFBあり
219
2000
9.1
19.2
11dB
33k NFBなし
115
2000
17.4
24.8
 
33k NFBあり
273
2000
7.3
17.3
7.5dB

 

33kでは増幅度が当然落ちますし、NFBの抵抗定数は同じでもNFB量は11dBから7.5dBにさがっています。

つまり、NFB量が少なくなったにもかかわらず、周波数特性はさほど変わっていないことになります。
これは生特性が良くなったことが大きいかと思います。
厚化粧から薄化粧になったとでもいいますか、PCL86のキャラクターがよりはっきり出てきたことにもなると思います。


歪率特性

周波数特性ともうひとつ歪率特性があります。
240kと33kの歪率特性を取ってみたのが下記の図です。
33kのほうが若干歪が大きく出ているようですが、これくらいはほとんど分からない程度かと思います。
総じてほとんど変わらない歪率特性と言っていいのではないでしょうか。




 

試聴と感想

アンプの製作で、製作当事者が客観的な判断をするのはとても難しいことです。特に改良改善目的の改造では。

例えば高域を改善したいと改造を開始します。
改造後の 計測で少しでもいい数値を見てしまうとそれを過大評価していい音に聞こえてしまう。
改造前とははるかに違う→いきおい「激変」なんて言葉が出てしまいます。
趣味の世界、自己満足の世界ですからそれでも一向に構わないとは思いますが・・・。

今回はこれほど大げさではないものの、少しはそのような期待もありました。
しかし、 私の耳では激変なんて言えた変化ではありませんでした。
周波数生特性では明らかな違いが出ていましたが、最終的なNFBをかけた周波数特性や歪率特性ではほとんど同じ特性です。
聴く人の耳のよしあしも当然あるでしょう。私なんぞ還暦を過ぎ耳の周波数特性は特に高域がぐんと落ちているはずです。今回の改造は特に高域のキャラクターの違いによるものが大きいので、その違いが分からなかったのかもしれません。
「わしにはそこまで聞き取れない」というのが本音でしょうか。

ただ、 もともとこのPCL86ミニワッターの音はとてもとてもいい音だったのです。いいものをもっと良くしても私の耳がついて行けななかっただけかもしれません。
作った真空管アンプは10台ぐらいありますが、ここ1年以上常用はこのPCL86ミニワッターです。それは自分にとって心地よい音で鳴ってくれ、いつ聴いても期待に応えてくれるアンプだったのです。

そして結論。
今回の改造で(あえて)私にとって音の「激変」はありませんでした。
しかし、今まで通りいい音のままで、より安定した動作が手に入ったことはとても大きなことです。
愛用のアンプが無理しているのはつらいじゃないですか。
厚化粧から薄化粧になっても変わらぬ音のよさ
そういうことで、今回の改造は大成功ということです。

PCL86(14GW8)の初段の高域改善を深く考察されたぺるけさんに 改めて敬意を込め感謝申し上げます。




最後に

エコが叫ばれている昨今、真空管アンプを愛用している同輩の皆さん何か肩身の狭い思いをしてはいませんか。

そこで、このPCL86ミニワッターの消費電力を計測してみました。
消費電力:25.1W
でした。
真空管アンプの中では結構エコなんじゃない? いやいやまだまだかな?


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