
墨染めの木綿衣に草鞋ばき、振り分け荷物に網代笠。建長寺の山門をくぐり、杉並木の参堂を上り詰め、禅道場の大玄関にて
「頼みましょおぉ・お・ォー…」
の大一声…。深閑としている…。が、ややおいて、
「どぉれええ・ヱェ…」
見るからに精悍な修行僧が現れた。何の誰がし、と名乗りをあげて入門願いと誓約書なるものを手渡す。
「しばらくのお待ちを」
の一言を残し彼の僧が引き下がる。と今度はいかにも道場の親玉といった感じの僧が
「ここはつまらぬところ、手元も不如意、貴殿の如き立派な経歴のお方の入るところでは…」
とか、実に丁重な断り方をして、さつさと退場…。 で、私の方はといえば、これで、「はい、そうですか」と引き下がるわけにはゆかない。ただひたすら入門願いたし、と両手をついて深々と低頭したままの姿勢である。二時間以上もたったろうか…、突然、まったく突然に、ダダダッ、と地を揺るがすかの足音、と同時に、
「まァだ、こんなところに居座っているかァ…。」
「先ほどは、あれほど断ったのに、付上がりオッテ。」
「目障りだ、とっとと立ち去れぃ!」
の大音声…。まさに青天の霹靂。見れば、腰揚げ、たすき掛けの荒法師が三人。一人は長い警策(坐禅用の精神棒)を振りかざし、一人は素足で、土間に飛び降りるや、私の胸倉つかんで、ドドッと外へ押し出す。三人目はと言えば、なんと立てかけておいた網代笠を門外へと放り出す。取りつくしまもあればこそ。仕方もなしに、とぼとぼと引き返す羽目に…。ところがである。これまた唐突に、先ほどとは別の雲水坊が二人、木立の影から出現、またもや警策構えて立ちふさがり、
「一度や二度の追い出しが何だ、何のために剃髪までしてここへ来た。さあ、戻れ!」
と追い上げる。戻れば戻ったで、
「また、来たか。」
と、追い払われ、下がれば、
「もう一度いって来い。」
である。(後に知り得たこことではあるが、これら一連の私の受けた洗礼を道場用語では“ご案内”と呼んでいるものであるが)こんなのを二三度やられて、もう何が何やらわからない。ボーっとした頭の中で、「とにかくどっちかを突破しなければ、」と、そのことだけを思った。
上るか。下がるか…。
さあ、どっちだ。
参道のど真ん中、一瞬思考が止まり…、そして決まった。
一気に駆け上がった。
門を飛ぶように通過、決死の覚悟で、玄関に突進した…。
が、一体全体どうしたことか。だあれもいない。何事もない。清らで、シンとしている。私は、前と同様に笠を立てかけ、再び、深い低頭の姿勢をとり続けた。
巧みにも、まさしく、ゴアンナイされていたのである。そして、私が入門を許されたのは、この姿勢のままで三日間。一人部屋でもまた三日間坐り、放置された後のことではありました。
月刊ぷらざ 1992年2月号 掲載