2.まずはマックスマシーン

16bitという理解不能の宣伝文句でインテレビジョンが発売されて、まぁカセットビジョンとかもあった訳なんだけど、カートリッジ交換式の家庭用テレビゲームなんかが認知され始めた頃に、世の中の一部ではマイコンブームだかなんだか。

小学生のガキンチョの頃から、輔導員や顔見知りの大人の目を隠れて隣の駅のゲーセン(蒲田のシルクハットやら)迄チャリンコで遊びに行ってたりして、どこにでもいたゲーム小僧だった儂。

そのどこにでもいたゲーム小僧にとって、マイコンだかパソコンだかは、家でゲームのできる素晴らしい機械でしかない訳だ。当時すでにゲーム=ビデオゲームの図式は間違いなく出来上がっていて、更にそのビデオゲームというのはゲーセンのビデオゲームに他ならない。まずゲーセンありきなの。

その内、やっぱり16bitとか日本語ベーシックとかで、ぴゅう太登場。
タカラからゲームパソコン(M5)登場。
フレンドリーコンピューターマックスマシーンも出た。

儂にとって、いや世間様的にもこれ全てキーボードの付いたゲームマシン。
で、なにかしらで、このへんを親に買って貰えることになった。
ゲームマシンだから当然ゲームで選ぶ。

ぴゅう太のイメージはスクランブルができるボンブマン
ゲームパソコンはナムコのゲームが揃っているのが売りか?
マックスマシーンは安い
だいたいスペックなんてものは見ても解らんし、気にもしなかった。

で、なんでマックスマシーンなのか?
いや、ゲーセンのゲームができるからなんですけど。

マックスマシーンの当初のラインナップで目にとまったのが、
(スペースインベーダーにしか見えない様な)アヴェンジャーとか、
(平安京エイリアンにしか見えない様な)スーパーエイリアンとか、
(サーカス、或いはアクロバット...etcにしか見えない様な)クラウンズ
といったゲーセン系のゲームの類で、

実際のところ、当時にしてレゲーの範疇に入るゲームばっかりだったりした訳なんだけど、ノーライセンス品ながらその移植度は恐ろしいほど高く、他の機械無理して移植した似てない新しめのゲームよりも、ちょっと古くて名前が違ったりしても、すごくそっくりな、そしてなにより、飽くまで遊べなかった平安京エイリアンが遊べるほうが魅力があったんだな。

ということで

 

マックスマシーン買い


 ゲーム三昧の日々

 

こうして、家でゲーセンで楽しいゲームライフを送っていた儂。
しかし、その平穏は長くは続かないのでした。

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