「一緒に走ろう!?」
並木道の下の歩道をママチャリが走っている。
ジグザグに走る。スラロームのつもりか。それに、何か歌っているようだ。
アニメソングか何かのようである。調子はずれで何の曲かは聞き取れない。
どうやら、かなりご機嫌のようである。時折ガッツポーズをしている。
タカシ。彼はそう呼ばれている。たぶん本名だ。
散歩中の犬の引き綱を引っ掛けそうになって回り込む。運動神経はいいようだ。
犬にガンをつけながら走り出す。横を向いているから、今度は猫を轢きそうになった。
尻尾を太くしている猫の脇を走りぬける。猫は苦手なようだ。
かなりお調子者のようだ。相変わらずスラロームを続ける。懲りないらしい。
つい2時間ほど前、タカシは自動2輪の卒業検定に合格した。
いつもなら居眠りしてしまうような教官の講釈も真面目に聞いた。
面倒な手続きと料金の支払いを済ませてきたところである。
これで明日免許の申請に行けば、堂々とバイクに乗れるわけだ。
「でも、しばらくはアイツは乗せられないなぁ・・・。」
タカシは、教習所に通う前のことを思いだした。2ヶ月ほど前だ。
要領がいいから、適当にバイクには乗っていた。親父のスクーターだ。
黄色ナンバーである。簡単に乗れるし、そこそこ走る。
一見真面目な風貌で一応ヘルメットも被って乗る。
無免許運転だから真面目ではないが、運がいいのか、お巡りさんと話したことはない。
キーを下駄箱の上からとる。ジーンズのポケットに捻じ込み玄関を出る。
車庫からスクーターを引き出す。一応、音は殺しているつもりだ。
タカシの親父も黙認してるのかキーを隠したりはしない。
パチンコ屋に行くときくらいしか乗らないから、不都合もないのだ。
この間、本気の拳固をもらったが、親父のセダンにブレーキレバーを擦ったからだ。
正直に白状して損したが自業自得だ。まぁ50センチも擦れば安くはないか。
表通りに出て、隣の2、3軒目までスクータを押しエンジンをかけた。
たいした音はしないから、それで十分、脱出成功だ。
跨るとスルスルと走り出した。白煙を残して走り去る。
5分ほど走リ、バス停の脇に停まるとヘルメットを持って歩道にしゃがんだ。
ここで待ち合わせたのだ。バスはあまり本数がないから停まっていても平気だ。
少し早すぎたようだ。割とせっかちなのかも知れないなと思う。
ヒマだと、何か考える。思っているだけかもしれない。タカシの癖だ。
「わっ!」
ひぇっ!立ちあがった拍子にヘルメットが転がった。慌てて拾う。
「なんだよぉ〜、脅かすなよ・・・ガキっぽいな・・・。」
「あはははっ、そういう顔、可愛いわよ。っはははは。」
どうやらタカシより先に来ていたようである。そのつもりで隠れていたようだ。
腹を抱えて笑っている。しばらく止まらない。タカシはふくれっ面だ。
「・・・あぁ、面白かった。飛びあがるんだもん。ふふ。」
笑いすぎて吹きだした涙をぬぐいながら、ようやく身体を起こした。
切れ長な目が大きい、悪戯ぽい表情はまだそのままだ。
「勘弁しろよぉカオリぃ。まったくぅ乗せんのやめるぞぉ!」
「ふふふっ。明日話すのが楽しみぃ。ふ・・。」
華奢な身体で背丈はタカシの胸くらい。タカシと同じ学校に通うカオリだ。
「見かけより臆病なのねぇ〜。タ・カ・シく〜んっ。」
「ちっ違げ〜よ!いきなり後ろからヤリやがったくせに・・・うぅ。」
駄目だ。口では敵わない。タカシが黙るしか抵抗のしようはない。いつもそうだ。
カオリとは同じクラスだったが、2年に上がったときにクラスは分かれていた。
まぁ可愛らしいからタカシもまんざらではないが、彼女なのかどうかは分らない。
なんだかんだとカオリが付きまとってはいるが、邪魔にする理由もないだけだ。
先週スクーターを乗りまわしているとき、停車した脇をカオリが自転車で通った。
目が合って、シマッタと思ったが遅かった。
二人共、意味不明にニィーッと笑ったまま。タカシはやり過ごしたつもりだった、が。
やっぱり甘かった。次の日、「乗せて、乗せてぇー。」と散々であった。
無免許だから駄目だというと、「いいよぉ。じゃっバラしてやる。」とくる。
本当に告げ口するとは思えないが、そこはそれ、例によっていつものとおり
丸め込まれるタカシである。結局、乗せてやることになってしまった。
「いいよ、もぉ。ところでなんだいソレ、持ってるヤツ?」
「これ?ヘルメットじゃん。何んにみえる?」
どうやらスケボー用のヘルメット?のようである。
「家にあったのよ。弟のだけど、私にもちょうどいいのよ。」
「・・・・。」
「う、いいよコッチにしな。コッチのほうが似合う、よ。」
(ったくぅ。何んにも知らないくせにぃ・・・)
上からポンと被せる。かなり大きいがベルトを締めれば良さそうだ。
「どぉ?可愛い?ね?」
「あ、あぁイイよ。可愛い可愛い、十分可愛い」
「・・・そぉ・・」
慌てて自分も被る。タンデムステップを倒して跨った。
「あのなぁカオリ?最初で最後だからなっ。」
「いいよぉ。」
「捕まったら免許取れなくなるから、その辺回るだけだからな。」
「いいよ。」
「コケたら、怪我するから。大人しくしてろよ、な。」
「わかった。」
(なんだ、妙に大人しいな?)
セルを回す。エンジンがかかった。
「乗れよ!」
シートがやや下がった。・・・そういえば今までこんなに接近したことはない。
接近というより接触だ。考えてもいなかったが、そういうことだ。
「ちゃんと手回して、掴ってろよ!」
なんだか、かなりクスグッタイ。それを誤魔化すように発進した。
スロットルを回す。いくらか加速は鈍い。(この子軽いんだな・・・。)
「・・・タカ・・・・・。」
「・・何んか、言ったか?」
返事はなかったが、気のせいかカオリの手に少し力が入った。
速度が上がったせいか?
いつもより多めの白煙を上げて疾走るうちに。
タカシはふと思った。カオリは、何を考えているんだ、と。
「なぁ?さっき何言ったんだ?」(聞こえるわけないな)
相変わらず大人しくしている。
まぁいいか。そこのところ曲がって戻るとするか。
そのままバス停まで戻った。なんだ30分しか経っていない。
「あ、あった良かったぁ〜。盗られちゃったかと思った。」
例のヘルメット?だ。そのまま置き忘れてしまっていた。
「あぁ、それか、バイクには使えないよぉ、捕まっちゃうよ。」
「私、ヘルメット買おうかな?可愛いヤツ」
「えぇ、あっあぁ、いいけど免許取っても1年間はタンデムできない、よ。」
「えぇ、どこか一緒に行けると思ったのにぃ〜。何んでぇ〜?」
タカシは、キマリはキマリだから駄目なのだと言うしかなかった。
「じゃ、明日ね。」
「ん、うん・・・。」
タカシが無免許でスクーターに乗るのも、その日が最後になった。
それきり、カオリは不思議とバイクの話しはしなかった。
二人乗りさせたから気が済んだのか、たぶんそうだろうとタカシも気に留めなかった。
相変わらず歩道をスラロームして、角を曲がる。坂を200m登ればタカシの家だ。
自転車だと結構きつい勾配だ。立ちこぎを始めた。
後ろから排気音。しばらくしてホーンを鳴らされた。
「なんだよぉ?どけって言うのか?」
タカシは振り向いた。
「あ・・・」
スクーターが並んで停まった。4ストの新車だ。
「カオリ・・原付取ったのか・・・イツの間に。」
「へっへっへっ。免許は私の方が先輩よ。参った?」
何が「へっへっ」だとタカシは思ったが、言葉は出なかった。
「これってさ、煙が出ないんだって。バイク屋さんが言ってた。」
「うふふ、一緒にどこか行けるじゃん。すぐに。」
「・・・・・。」
「まぁ、いいけど、さぁ・・・。あのなぁ・・・。」
「え?なぁに?」
「あっ、あぁあ〜、なんでもない、なんでもない。」
スクーターと自転車で競争しようと言い出したカオリをなだめながら
タカシは坂を登り始めた。家まではもう少しだ。
タカシは思っていた。いつもの癖だ。
これからどうなるか、なんとなく分ったような気がしていた。
まぁいいか、まんざらでもないし。
つづく