「風ぐるま」
「おい!なんだよお前ら。何やってんだよ!オレのバイクに何しやがった!」
数人の男達の、足元に横たわるバイク、オイルが黒いシミを路面にひろげている。
転倒しているが、見間違うはずもない。あのカウルはオレが付けたものだ。
「どけ!それはオレのだ。手を出すな!」
オレは動転していた。寄ってたかって他人のモノをどうする気だ。
なんだぁ、良く見ると男達の中には巡査がいるではないか。
おれは咄嗟に、巡査に食って掛かった。
「お巡りさん。それはオレのだ、なんでこんなコトになっている?」
巡査は振り向かない。なんで無視するんだ。
「おいっ!!」声を張り上げた。オレは切れかかってる。
この間、速度超過で捕まった時。興奮して抗議したあげく、余計に説教された。
結局、仕事の打合せに1時間も遅れたことなど、なんの教訓にもなっていない。
「懲りない」という言葉はオレのためにある言葉に違いない。
この際、巡査に喧嘩を売ってどうなる状況で、あるわけはない。
「おい!なんだ?無視するのか。」
それで、さすがに巡査は振りかえった。
「おいっ、オレが呼んだんだ。どっちを向いているんだ、おいっ!!」
巡査の目は遠くを見ていた。
「おーい、こっちだ。こっち!」その巡査が手招きしている。
オレは振りかえった。何だというんだ!?
知らない間に赤い光が辺りを旋回していた。あぁ救急車か、何時来たんだ。
救急隊員が駈けてくる。巡査が手招きしていた手を下げ、立っている男達の奥を指差した。
「ちょっと無理かも、知れんが・・・」
髪の毛が逆立っていたオレも、かなり異様な雰囲気にようやく気がついた。
興奮しているせいか、いくらかフラついたが数歩前に進む。
背を向けて動かない男達の肩越しに、巡査の指した方に目をやった。
オレのバイクだ。間違いない、お、数メートル奥に男が倒れている。
ん、ジーンズとスニーカーが最初に目に入った。転がしていたのは奴か?
オレは急速に、頭が冷えたと同時に。
「誰だ、アレは?アイツがオレのバイクをヤリやがったのか・・・」
ありふれたフルフェイスのメットだ。シールドが割れて3分の1程ぶら下がっている。
オレは、吸い寄せられるように近づき。覗きこんだ。メットの中の顔、誰だ・・「うっ!」
こんなことが・・・
背筋を冷たいものが走った。うう、急に息苦しさを覚えた。
む、目の前に見なれた蛍光灯が、貧乏臭くチラついている。自分の部屋だ、そうか・・・。
額に脂汗が浮いている。が、身体は冷えている。それに妙に胸糞が悪い。
身体を起こす、夢か、夢だ。嫌な夢を見たものだ、ううっ。
急にこみ上げてきた。便所は近い。転がり込むなり、電車便へ一気に戻した。
2度、3度。最後は音だけだ、なにも出ない。
スリッパに手を突っ込んでいる。人に見せられた姿ではない。
胃が空になっているのを覚えながら思った。
「オレが・・・自分が死んでいた、のか?・・・いったいなんだ?」
バイクは?・・・もしや、そんな馬鹿な!それだけは勘弁してくれ。
窓を開け、目の前の電柱の根元を見る。
有る、昨日停めたときのままのようだ。
このうえバイクがどうにかなったりしたら、とても遣り切れない。
最近さっぱりツイていない。夢といい、現実といいロクな事がない。
ホッとして窓際にへたり込みながらぼやいた。
思いついて携帯を手に取った。メモリーする必要などないほど、呼ぶ相手は少ない。
ソラで覚えている番号を押す。
・・・駄目だ。やはり携帯を解約してしまったようだ。
「アイツ・・・。」分れたとか、そういう実感はない。
少し気まずい話や、雰囲気はあったが。
連絡が取れなくなって一月程になる。
「フラれたか・・・。」まぁ、付き合っていたのも、今から思えば不思議だ。
だから、振られたところでどうという気持ちもない。嬉しくはないが。
ぼぉっとしていると、すぐに出掛けなければならない時刻になった。
顔を洗いながら、蛇口からの水をがぶ飲みした。
まずい、また吐きそうだ。
ソレが、オレがソレにあったのは、いつ頃だったろうか。
毎日朝、這うように起きあがり会社に出る。
会社には内緒でバイクで通う、毎日のことだからじきに感動も失せた。
渋滞の中をすり抜けでトロトロ走る。退屈この上ない。
まぁ鮨詰めの電車よりはましだ。だから乗って出る。
通勤費は定期代が給料と一緒に出るが、いつもスグに飲んでしまう。
いよいよバイクで通うしかない。雨の音で目覚めるとウンザリだ。
憂さ晴らしに夜走るようになった。
会社を出て、ひとつ先の角を曲がり、路地に停めてあるバイクで気の向く方向へ走る。
大抵は渋滞など解消した時間だ。電車なら、もう何本も残ってはいない、終電間際だ。
何処の街だろうか。ふとメーターのあたりに目をやった。
住宅街なのに街灯がまばらだ、気持ち良く流していた、そのときである。
もう最近は、意識してメーターなど見たことはなかったのだ、が。
何か、視線のようなものを感じた。ん?
タコメータにソレは座っていた。ちょこんと。
肌色だ。人の形に似ているが、かなり省略されている。目と口は、あるようだ。
首をかしげてオレを見ている。
普通なら、かなり驚くはずだ。怖くなるかもしれない。
だが、何故か怖くはなかった。むしろ、初めて見るソレに親近感を覚えた。
いよいよオレもオカシクなったかと、納得したのかもしれない。
それくらい、オレは毎日に疲れ始めていたのか。
ソレは、オレが夜走るといつのまにかメーターに座っていた。
スピードメーターだったり、タコメーターだったり座る位置は定まらない。
機嫌がいいとカウルの内側を跳ね回る。不思議と転げ落ちたりはしない。
そのうちソレは、オレに話しかけるようになった。
ソレは、当たり前のように、幾らかはオレのことを知っていた。
オレがソレの事を、まるで知らないのに、ソレはオレのことを知っていたのである。
オレはバイクで流しながら、ソレと過ごす時間が長くなった。
愚痴や悩みも嫌がらずに聞いてくれる。
哀しいと言えば、慰めてくれる。
元気がなければ、励ましてくれる。
気を利かして出てこないことまである。邪魔にされたりするのは嫌いなのか?
なぜ、ソレはオレの前に現れて、そこに居るのか?
オレは、いつのまにかソレを必要としている自分に気がついていたが。
「ソレが何なのか?」
オレはそのことに、ついに疑問を感じる事はなかった。
ソレが、ある日オレに「欲しいものがある。」といいだした。
珍しいこともあるものだ、ソレはこれまで、およそ要求らしいことはしたことがなかった。
何も食べない、寝ていた事もない。服も着ない。もちろんお金なんかに興味はない。
何かと思えば「風ぐるま」が欲しいのだという。お安い御用だ。
左のリアビューミラーの根元に括り付けてやった。
ソレは、その風ぐるまがとても気に入ったようすで、喜びようは尋常ではなかった。
どのくらいソレと付き合っただろうか、大して長い日数ではない。
オレはどうにも、気分のすぐれないときが多くなるようになった。
ソレは、懸命に毎日話しかけてくれた。が、気分は冴えない。
しばらくして、ソレはなぜか少し悲しそうなそぶりをしたあと、思い直したように言った。
「仲間のところへ、遊びに行こう」というのである。
オレはためらわなかった。一緒にいってみよう。
その時初めて、オレの中にソレが何であるのかを知りたい気持ちが生まれていた。
何処へとも知れず、オレは走り出した。ソレは、いつものように座っている。
ソレが道案内するのは珍しいことではない。
なんども素晴らしい景色のところへ、オレを連れていってくれた。
どうしてソレが、そんな場所を知っているのかは分らなかったが、ソレはいつも確実に案内した。
気がつくと、まるで絵から飛び出したような風景の前にオレ達は居るのである。
いつもより長く、かなりの距離を走った。暗闇にアップにしたライトだけが伸びている。
ソレが「目を閉じて」と言った。走っている最中である。
オレは目を閉じた。
ソレが叫んだ。「もっと、飛ばして!速く!」
オレはスロットルを開けた。全開だ。闇の中で排気音が高く尾を引いた・・・・。
一瞬、断切るように排気音が消えた。静寂、物音一つしない。
辺りは、闇ではないが、明るくもない。
どのくらい時間がたったのか、よく分からない。
オレは思っていた。
いや、オレは、話していた。何を・・・あぁ。
この女は?あぁ、アイツ。何を話してるんだ・・・・。
「あのさ、赤ちゃんとかできたらどうする?」えぇ?何を言ってるんだ?
「ふふ、ちょっと聞いてみただけよ・・・・」冗談やめろよ、ビックリしたぞ・・・
「そうねぇ、考えたことないわね・・・・・」
・・・あれは・・・もしかしたら・・・そうなのか・・・
そう思ったとたん、アイツも消えた。そこに居たのか、思い出したのか。
しばらく、静寂が続いた。
ソレは?
居た。目の前でオレの顔をを覗きこんでいる。
「あっち」
そこに、山?があった。
その山?の方を指している。ソレには指はないのだが。
ああ、確かにソレの仲間達が居るのだろう、オレにもすぐに分った。
いったい何本あるのだろうか?想像もつかないくらい。
その山一面に、風ぐるまが回っている。
風ぐるまで山が飛びそうな賑やかさだ。
オレは、歩き始めた。その山へ向かって。
ソレはいつのまにか、オレの肩に乗っている。バイクに乗っているときよりも楽しそうに。
オレは、ソレに聞いた。いつものように。
「これは、夢なのか?」