「うんがぁ!」
川沿いの公園を歩いていた。
流れているのかいないのかよく分からない、幅10m程の川である。
私の職場の近くにその川はあって、ときどき気晴らしにそこをあるくのだ。
「ここからは、徐行、してください」
川の対岸の手摺りに、大きな看板があった。なんのことだ。
通りを向いているのなら、それ程不思議には思わなかった、が。
それは川のほうに向けて掲示されている。デカデカとである。
「東京都港湾局」
あ、なるほど。右下に小さく書いてあった。
川は川でも、ここは運河なのだ。看板は船に対して有ったのだ。
ということは「河」と書くのが正しいのか。
そういう目で見れば、何やら元船着場のような階段が、河辺に何箇所かある。
勿論、船が通るのは一度も見かけたことはないから、運河とは知らなかった。
ある日、その運河の流れの真中に、カメが浮かんでいるのを見つけた。
大きいカメだ。瓶ではない。亀が泳いで、いや浮いていたのだ。
ミドリガメのような奴だ。体長さ20cm程はありそうに見える。
それが、私の方を向きながら流れていく。首を伸ばしてコチラを見ていた。
ボラが群れるような河だから、海水が混ざっているに違いない。
ミドリガメが住むような河でないのは確かだ。
この辺りは両河岸とも、コンクリートの壁が垂直に切り立っている。
誰かが捨てたのか、何処からか逃げたのか、そのカメはゆっくりと流れている。
その間、ずっとコチラをカメは見ていた。なんだか凄く気にはなった。
それきり二度と、そこでカメを見かけることはなかった。
ただ、そこを通るたびに、なんとなく探してしまう。
奴は、元気でいるだろうか。
昨日、久し振りにその運河の公園を歩いた。
カメはいなかった。
鴨の群れが泳いでいく。ああ、少し前は親子連れだった鴨だ。
今は、たぶん先頭を行くのが親で、続くのが子ではないかと想像するだけだ。
おや、一匹だけ白い。純白だ。
全部で八羽、よく見るとアヒルだ。アヒルが一羽混じっているではないか。
仲良く一緒に泳いでいく。醜いアヒルの子は白鳥だったが・・・。
綺麗なアヒルが鴨に混じって泳いでいく。
「カメの次は、アヒルか。」
鴨が飛んだとき、あのアヒルはどうするんだろうか。
そんなことを考える私の前を、八羽は気持ち良さそうに泳ぎ去っていった。
イイ天気なので、今日も昼休みに散歩に出た。
運河のほとりを歩く。
カメはいなかった。もっとも生きていても、もう冬眠する季節だ。
鴨の群れもいない。
あれは、あの鴨達は渡り鳥なのかも知れない。どこかへ飛んでいったのか。
そうだとすれば、アヒルは置き去りか。
白鳥は飛べるが、アヒルはどうだろう。野生だと飛ぶのだろうか。
そんなことを思いながら、トボトボと私は歩いた。
そこで突然思い出した。今朝、家を出て商店街を歩いていたら・・・。
いや、私の家は商店街の一番外れのところに位置していて、通勤のため家を出たのだが。
商店街の中程にさしかかると、道の真中にバナナが一本、落ちていた。
まだ首の青い、みずみずしいヤツがである。
潰れてもいない、いかにも美味そうなバナナだった。
誰かが「置いた」にしては、道路の真中というのは不自然だ。落としたに違いない。
この辺りには野良猫はいても野チンパンはいない。食うのはカラスくらいか、な。
バナナも最近は安いが、私が子供の時分には一本300円もした。
そのころの物価や賃金水準なんかからすると、結構高級品だったのだ。
子供だと風邪でも引かないと食べられなかった。
何を隠そう私の大好物なのだ。バナナは。今は2日に1本は食べている。
むぅ、あのバナナ。どうなったんだろうか。どうにも気になって仕方がない。
「バナナが一本♪ありましたっ♪♪・・・」歌まで頭に浮かんでしまっている。
さっきまでのカメもアヒルも、もうスッカリどこかへいってしまった。
相変わらずトボトボと、私は歩いて行った。
やがて、運河が交差し、橋がかかった辺りが公園の端になる。
そこから道路に出て職場に戻るのが、私のお散歩コースだ。
橋の辺りまで来ると。
「ぐぅわっはっはっはっ、ぐわっ・・・・。」
何か、ヒトが笑うような声で鳴いているのが聞こえた。はて、なんだろう。
先程から、運河に点々とウミネコが浮いているのが目に入っていた。
声はその辺りからしている。
「おっ!」
声には出さなかったが、そう思った。
ウミネコの群れの端にアヒルを発見したからである。
「ぐぅわっはっはっ!」
アヒルが笑っている。昨日のアヒルだろうか。そうかも知れない。
昨日、一緒だった鴨達は見当たらない。ウミネコばかりだ。
「ぐぅわっは・・・」
元気そうだ。
ウミネコの仲間になったのかどうか、そんなことはわからないが。
とにかく奴は高笑いしているように見えた。
そうだ。あのカメも、どこかで笑っているだろうか。
カメが笑うのかどうか、わたしは、そんなことはモットわからないが。
どこかで笑っていて欲しい。急に、そう思った。
「ぐわっはっはっは!」
職場へ帰る私の後ろで、まだ奴は笑っていた。
「ぐわっはっはっ!」
事務所の席に戻った私は、アヒルの真似をして大声で笑った。
というのはウソである。
11月某日